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盗まれ

火曜日は四限目に体育がある。


体育の時間が長引けばその分昼休みが減ってしまう。


昼食を取るのも他のクラスより遅くなるので食堂で食べる者にとっては最悪の日だ。



とはいえ私はいつも教室で一人静かに食べているのでそれほど支障はない。




体育を終えて皆が足早に教室に戻る中、私はゆったりとした足取りで歩いて行った。



教室に入るとまたもや前方に人が集まっていた。



やはり皆待ち遠しくてロボットを見ているのだろうか。


そう思いながら自分の席に向かった。



荷物を置いてからもう一度クラスメイトに視線を向けた。


しかしどこかおかしい。


皆は驚いたように瞳を震わせている。


一体どうしたというのだろうか。



私はなんとか状況を把握しようと椅子に昇って中を覗いた。


そして動けなくなってしまった。



「いない」



ロボットの姿がどこにもなかったのだ。




次々と生徒が帰ってきては、異常な事態に驚き、輪の中に加わって行く。


そうしてとうとうクラス全員が集まった。


皆何か推論を立てるわけでもなくただただ瞳を震わせてロボットがいるはずの場所を見つめている。


人は驚きが大きければ何も反応できなくなるものだ。


しかしどうにかしてこの事態を変えなければならない。


昼休みに渡辺は来ない。


しかし誰かが声を上げなければ皆は永遠にこの場所から動かないに違いない。



しかしどう言えば納得してくれる。


私はロボットがここにいない理由を知らないのだ。



そうこう考えていると後ろから私を跳ねのけて誰かが現れた。


危うく倒れそうになったが、丁度机があったので腰の辺りを強く打ち付けるだけで済んだ。



「あのロボットは先生しか動かすことができない。ロボットが勝手に動くはずはないからね。

でも先生が何も言わずにここから連れ去るわけはない。それじゃあ何故ここにロボットはいないのか。

考えられるのは一つしかない。

誰かが盗んだ」



そう言ってその者は悪魔のような笑みを浮かべた。


そんなことをするのは一人しかいない。



白石だ。



白石は面白そうに笑みを浮かべながら集団を見つめていた。

そしてちらりと私に目を向けた。



私はどきりとした。


しかしそんなことに動揺している場合ではない。


クラスメイト達に目を向ければ皆は先程とは違い各々見つめあっている。


それはただ顔を見合わせているというよりかは、この中の誰が犯人であるか確かめている様子であった。

先程の震えていた瞳が細く鋭く研ぎ澄まされている。



誰が犯人であるのか。


まるで探偵もののドラマでも見ているような気分だ。


誰かが殺されこの中に犯人がいると探偵に言われ疑心暗鬼になる様。



白石はそれを楽しんでいる。



ロボットを盗んだのは白石なのか。



ハッとして白石を見つめれば、白石もこちらを見つめた。


相変わらず何を考えているのかわからない目だ。



「お前だろ。お前あんなに欲しがってたもんな。ブスのくせにいきがってんじゃねえよ」


「それならお前だろ。がり勉のくせに人気者になりたいだろ? 素直に勉強だけしてればいいんだよ」


「ていうかお前のしきりたがりにはいつもうんざりしてたんだよ。てめえだろ。注目されたかったんじゃねのかよ」



突然皆は思い思いに暴言を吐き始めた。


きっと普段から溜まっていた物が一気に溢れているのだろう。



全員が誰かに暴言を吐き合っている。


なんともおぞましい光景だ。


まるでデモを起こしているようだ。

いや、戦争と言った方がしっくりくるだろうか。



私は怯えて止めて欲しいというように白石を見た。

しかし白石は無表情で喧騒を眺めているだけでこちらに目も向けてくれなかった。



仕方なく収まるのを見届けるしかないと思い、私も皆に目を向けた。





吐き出される人間の醜い感情。

普段は決して出すことのない、出してはいけないと抑えている感情を皆は思い思いに出している。


人間本当の感情を出すことの方が大事なのかもしれない。

よく見れば皆はいつにもまして真剣な顔をしている。


嘘で包み、自分の感情を隠すよりは、時には醜くとも本当の思いをぶちまける方がいいのかもしれない。



人は本気で人を怒鳴ることに楽しさを見出すものはいない。

それにも関わらず人はこんなにも真剣に醜い感情を必死に出すことができるのだ。


人とは本当に不思議で興味深いものだ。



止めなければいけない。

早く止まってほしい。



そう思う気持ちはあるのだが、ついつい喧騒に目を奪われてしまった。



「ほら、やっぱりね」


後ろから悪魔のささやきが聞こえた。


白石は嬉しそうに笑みを浮かべていた。


それから真剣な顔になって息を大きく吸った。



「ここにいるはずがない。きっと今日休んでいる奴だよ」



白石がそう声を上げると、先程までの光景が嘘のように静かになった。

白石はそれを確認してからもう一度声を上げた。



「だって俺たちは真剣に体育の授業を行っていたじゃないか。この中に誰か一人でも途中で抜けた奴はいたか?

女子も見ていたけど今日は誰も見学していなかったしね。となると」



白石はそう言って言葉を切ると、誰も座っていない机の方に目を向けた。



皆の頭には同じ二人の人物が浮かべられている。



昨日のことがふと蘇った。



決してロボットを見ようとしない後藤、恋人になってほしいと意気込んでいた斎藤。


その二人が今日は休んでいる。


しかも二人は大の仲良しなのだ。



そして昨日後藤は廊下で文化祭の準備にも加わらずに誰かを待っていた。



ロボットを奪うために待っていた。


誰を?



白石に視線を向けると、白石はただ笑みを浮かべてこちらを見つめるだけだった。



白石がわざと奪わせた?



何故。

何故そんなことをする必要がある。



ここに来てからの白石の態度。



白石はわざと、こうなることがわかって奪わせたというのか。




いや、どうなるのか見たかったのかもしれない。


まるで何かの研究をしているかのように、どういう行動をとるのか確かめたかっただけなのかもしれない。



「ともかくここでいがみ合っていても仕方ない。六限目までに二人を呼ぶことにしよう。

早くご飯食べないと昼休み終わっちゃうよ」



白石は先程までの笑みを消して皆に呼びかけた。


皆は多少渋々と言った様子であったが、席に戻って昼食をとる準備をし始めた。



先程まで暴言を吐き合っていた者たちといつものように机を囲んでお弁当を広げている。


皆にとって先程の時間はなんだったというのか。



まるで何事もなかったかのようにいつもの昼休みの光景が広がった。



何故、白石の言葉一つで皆は元に戻れたのか。


ちらりと白石に目を向ければ、白石も何事もなかったかのように弁当を広げていた。



私も仕方なく自分の席に着いた。




二学期からロボットが導入された。

皆はロボットに感動を受けて狂気的な目を向けるようになった。

動かないロボットを見つめたり、かと思えばすぐに興味をなくした。


しかしやはり再び動かせば皆は興味を向ける。

しかも初めて動かした時よりも狂気的な目で一言も発しずにロボットを見ていた。


そしてロボットが指輪を渡すと全員が川崎に殺意を向けていた。


しかし自ら抱き付きに行った加藤には殺意を向けず、ただ羨ましがっていた。


皆はロボットにアイドル的な感情を抱いているのだと思った。


だからこそ抱き付いただけの加藤には何も思わず、証のような物をロボットから渡された川崎に嫉妬したのだろう。



しかしこのロボットがこのクラスに来て一体どのような効果があっただろうか。


人間の醜い感情のぶつけ合い、人間の本当の欲の吐き出し合い、理性というストッパーが外れて本能のままに行動するクラスメイト。


本来見ることのできない。見せなくていいクラスメイトの感情を見ることができた。


それではロボットはそのためだけにここに来たというのだろうか。

それだけではあまりにも残酷的ではないだろうか。


確かに本能のままの人間を見ることは貴重だと思う。


だがロボットがなしえることはきっとこれだけではないと思う。



今回ロボットを導入したのは渡辺だ。

そして先程まるでクラスメイトを操るように言葉一つで状況を変えた白石。


白石はまるでこの状況を楽しんでいるようだった。


もしかして渡辺と白石が協力しあってクラスメイトを操っている?


一体なんのために・・・。






そこまで考えるとチャイムが鳴り響いた。

しまったすっかり考え込んでしまいお昼を食べ損ねてしまった。



周りを見渡せば皆はもうお弁当を食べ終わって談笑したり、男子は廊下に出てふざけ合っていた。

いつもと変わらぬクラスメイト達。



白石はそれをロボットというもので操っているのだ。






五限目は何事もなくいつものように数学の授業が行われた。



先生にあてられれば答えていたし、誰かが答えられず先生が囃し立てれば皆はいつものように笑っていた。

問題を解き合おうと隣同士であれやこれやと話し合っている者もいる。



先程の喧騒を見ているだけに、その光景が少し怖かった。


きっと六限目にロボットの話合いが始まれば、まして後藤と斎藤が来てしまえば、皆はまた豹変してしまう。



授業の内容が何も頭に入らず、気づけば休憩時間になっていた。



「そんな顔してどうしたの? 本当はこんな姿見れてうれしいくせに。まあ、心配しないで。きっと奴は来るから」


白石はいつの間にか私の近くに来ていて、すぐに廊下に出て行った。


やはり白石が操っているのだ。



しかし白石は奴が来る。と言った。


つまり二人のうちのどちらか、来るとしたらきっとあの子。


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