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求め

翌朝私はいつもよりも五分早く家を出た。


昨日の渡辺と白石の会話。

今日何か起こるのならば朝からしっかりと見ておきたい。


学校に入ると走り出す様な勢いで教室に向かった。

勢い余ってまた音を立てて教室の扉を開けてしまった。



しかし今日はそれに笑い声を上げる者も、いつものようにおはようと言う者もいない。



いつかの日のように皆ロボットの元に集まっている。

しかもあの時とは違い席に着いている者は誰もいなかった。


今登校しているクラスメイト全員がロボットの元に集まっているのだ。



私は恐る恐る皆の元に近づいて行った。



皆何やらぶつぶつと呟くように言っている。


皆がほとんど一斉に言っているので何を言っているのか上手く聞き取れない。


生徒一人一人を見つめながら耳を澄ましてみた。


昨日斎藤が異常になったことで一番に声を上げた小泉の姿が見受けられた。


小泉はロボットの一番近くにいて、長々と何かを呟いていた。

小泉だけの声に耳を傾けてみると、ほどなくして言葉が聞き取れた。


「あいつさえ時間を取らなければ俺もロボットを動かせるはずだったんだ。

何より皆時間を使いすぎなんだ。あんなどうでもいいことばかりお願いしやがって。

俺はあんなちんけなお願いをわざわざこの素晴らしいロボットにしたりはしない。

俺は人の心を覗いてほしかったんだ。ほら、俺が一番すごいお願いじゃないか。皆だってきっと盛り上がっただろ」



確かに昨日小泉はロボットを動かす五人のうちの一人だった。

結局は三人とも存分に満喫していたために時間がなくなり、後の二人はできなくなってしまった。


私は急いで小泉の次に選ばれていた佐伯の姿を探した。


佐伯は学年一位でとても勉強熱心な男だ。

きっと自分の地位を得たいとか、大学受験に関したことでもお願いするつもりだったのではないだろうか。



そう思いながら視線を彷徨わせているとすぐに佐伯を見つけることができた。



「このロボットさえ手に入れば俺には手の届かないものが手に入る。

勉強がなんだっていうんだ。偉くなったところで一人だったらなんの意味もないじゃないか。

俺はモテたいんだ。女の子にちやほやされたい。クラスで一番の人気者になりたい。

このロボットならきっと人の心を操ってそれぐらいしてくれるはずだ。

だってこれはなんでもできるロボットなんだ」



佐伯の願いに驚きを隠せずにいた。


確かにこういう男子に女子は近寄りにくい。

男子が思う願いにしては当たり前と言えば当たり前だ。



しかし皆はわかっているのだろうか。

今のロボットには何を話したところで自分の願いは何も届かないことを。



それにモテたいという佐伯はともかくとして、小泉は心を覗いてほしいと言った。


昨日これが授業の間で行われたのならばどれほど大変なことが起こっていただろうか。



想像しただけで身震いしてしまう。


しかし、なんでも自分が望むことをしてくれる者が現れれば人々はこんなにも素直に自分の欲を吐くものなのだろうか。


人間には理性と本能がある。

普段は理性で行ってはいけないことに制御をかけている。


今のクラスメイトの姿は本能のままに生きる動物のようだ。



このロボットの何がそれほどまでに理性をなくしてしまうのだろうか。



私は不思議と恐怖と好奇心に駆られながら他のクラスメイトを見渡していた。


やはり後藤の姿はそこにはなかった。


勿論白石の姿もない。



一周ぐるりとクラスメイトを見渡してから、不思議になってもう一度ゆっくりと一人一人に目を向けた。


しかしやはりおかしい。



あれほどまでに魅入られていた斎藤の姿がどこにもない。



普通ならばまだ学校に来ていないだけだと考えればいい話だ。

しかし昨日の異常な斎藤のロボットへの愛情、それまでのロボットに向けていた好奇の目を考えればそれだけでは済まされない。


なんなら誰よりも一番に教室に来てロボットを独り占めするぐらいのことはやりそうである。




考えごとをしていれば時間は経つのはあっという間である。



いつもより五分も早く教室に着いているのにもうHRを告げるチャイムが鳴ってしまった。


私がチャイムの鳴り響いた方に思わず顔を向けると、それまで思い思いに欲を吐いていた者たちが一瞬で静かになった。


それから昨日のロボットのようにチャイムを合図に皆席に戻り始めた。


やはり誰一人としてチャイムを無視してロボットの元に残っている者はいない。



怖いほどにロボットと連動していて、怖いほどにクラス一丸となっている。



全員が席に座るか座らないかぐらいのタイミングで何ともない顔をして渡辺が入って来た。


気づけばいつの間にか白石が席に座っていた。


私がクラスメイトに魅入られている間に来ていたのだろうか。



それではきっと白石はまた私がロボットに興味を持って皆に混ざっていたと思ったに違いない。



睨みつけるように視線を向けたが、白石は全く気付かない様子で一限目の準備をしていた。



「皆今日は随分早いなー」


渡辺が呑気な声を上げながら教室を見渡している。


「って、また後藤は休みなのか。ん? なんだ斎藤も休みじゃないか。二人で仲良くサボりかー。全く文化祭も近いっていうのに困った奴らだ」



渡辺は困ったように頭を掻きながら出席簿にチェックを入れている。



昨日の後藤の様子が蘇る。


ロボットの授業に慌てて登校し、何も見たくないというようにずっと机を見つめていた。

そして放課後になると誰かを待って静かに廊下に立っていた。




後藤が心配でならなかった。


しかし何よりも気になるのは斎藤が来ていないということだ。


どうして来ていないのだろうか。



今日もロボットは動くというのに、どうして斎藤は学校に来ていないのだろうか。


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