計画は遂行されたのだった
変わり映えのしないクラスの様子を聞くのはどうでもよかった。
結局それからはクラスの人数が減ることも、揉め事が起こることもなかった。
本当に勉強をするためだけに学校に来ている生徒たちは小テストで皆優秀な結果を残したという情報だけは面白かった。
そしてとうとう金曜日が訪れた。
そろそろ気を引き締めなければならない時が来てしまったようだ。
さて、これからどうしようか。
教室に近づけば中からは賑やかな声が聞こえてきた。
もしかして戻ったのか?
驚いて扉を開ければ、そこには小道具を懸命に壊している佐伯の姿があった。
「こんなもの! 何が文化祭だ、何が舞台だ! これはこのクラスが作ったもの。
吐き気がするぜ」
佐伯は一人で次々と小道具を壊しながら叫んでいる。
生徒たちはただ佐伯を怯えたように見つめていたが、中には懸命に非難の声を浴びせている者もいた。
しかし皆怯えきってしまい、誰一人として佐伯に近づこうとはしなかった。
「止めなよ! あたしだって作ったんだから、それあたしのよ」
小谷がようやく叫びながら佐伯を止めに入った。
しかし佐伯は一つの小道具を小谷に突き付けてきた。
それはいつか小谷と加藤がもめるきっかけになった物だった。
小谷はそれを視界に入れた途端、目の色を変えてそれを壊し始めた。
「おい、小谷まで何してんだよ!」
誰かがまた声を上げた。
しかしその周りにいた生徒たちからは先程までの怯えはなくなっていた。
皆何か見えない敵を睨みつけるようにどこかを見つめていた。
「確かに吐き気がするわね。だってこれ作ったのってここにいる奴らだもの。こんなの見てるだけで嫌だわ」
そう言って飛び出したのは川崎だった。
普段から大人しく凛としている川崎からは想像できない荒々しい口調だった。
皆もその三人に加わるように手探りに小道具を掴んでは踏みつけたり、引き裂いたりし始めた。
明日は文化祭。
去年は川崎が作った台本で大成功だった。
仲の良いクラスは皆で協力しあっていた。
夏休みは他のクラスよりも多く集まっていた。
おかげでかなり稽古ができ、台詞も演技もばっちりだった。
しかし、とうとう全てが壊れてしまった。
クラスそのものが壊れてしまった。
このクラスを修復することはもう何によっても行うことができない。
皆は本当に真剣に無我夢中で壊している。
まるでこのクラスそのものを壊す様に必死に、狂気的な目で壊し続けている。
今皆はどのような気持ちでいるのだろうか。
「こ、これ」
登校してきた白石が恐ろしい物を見たかのような声を上げた。
「これがあなたのしたこと。あなたが後藤をそそのかして皆の信頼をなくした結果。
こうなる引き金を引いたのはあなたなのよ」
白石は膝の力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
白石の鞄が肩から落ちてドサリと音を立てた。
「こんなつもりじゃ、こんなはずじゃ」
白石は怯えきって涙まで流していた。
「ごめんね」
少し哀れになった私は座り込んだ白石の目線に屈んでその頬にキスをした。
その時にいつも隠しているネックレスが出てしまった。
「あんたは結構良かったよ。でもね、どんなに頑張って築き上げたって所詮壊れるのは簡単なのよ」
もう出てしまったものは仕方ない。
私はブラウスから出たネックレスをそのままに教室を後にした。
司書室で最後のレポートを書くことにした。
もうノートは四ページまで埋まっている。
「それにしても、人間って本当に面白い生き物だわ」
レポートを見つめながら笑いが込み上げてきた。
ロボットが導入され、それに振り回される生徒たち。
本当に滑稽だった。
そしてとうとうクラスそのものが崩壊した。
これほど面白いものはない。
「とうとう終わってしまったな」
後ろから無機質な声が聞こえてきた。
喜んでいるわけでも、悲しんでいるわけでもない。
「満足か?」
そう言って隣の椅子に腰かけた。
私より身長が高い相手は座るときはいつも前のめりになって目線を合わせてくれる。
隣の椅子から前のめりになれば顔は至近距離に迫る。
相手はそのまま私の唇に軽く唇を合わせた。
「人間は面白い。それはわかったわ。でも、一つだけ気になってた。
どうして皆あんなにロボットの虜になっていたの? どうして皆同じ感情を抱いていたの?」
不思議に思って問いかければ、まるで親が子を諭すような柔らかい笑みを向けてみた。
「知りたいのか?」
突然真剣な口調になったので、少し戸惑った。
しかしここまで来て全てを知らないわけにはいかない。
「教えて」
「わかった。明日な」
「明日?」
相手はそう言うと既に立ち上がっていた。
「そう明日だ。明日教室の前に来い」
私は訳がわからないままとりあえず頷いてみた。
それを見届けると相手は足早に司書室を出て行った。
明日、か。
これからどうするべきか本当に考えなくてはならない。
夜までずっと考えていた。
答えはとっくに決まっている気がしたが、それでも私はもがき続けた。
今朝はいつもよりも早く学校を訪れた。
教室までの足取りは重かった。
扉を開けようと教室の前に立つ。
中からでもこのクラスの有様がわかった。
ゆっくりと扉を開く。
壊された小道具があちこちに散乱していて、いくつかの机や椅子も倒されていた。
「渡辺先生」
「おう、早かったな。昨日の質問に答えよう」
渡辺先生は廊下から見えない位置の机に腰かけた。
私は向かいの椅子にもたれかかって渡辺の言葉を待った。
「あのロボットはな。そういう風にできているんだ。
一度興味を向けてしまえばたちまち魅入られてしまう。
そう、今回のように崩壊させるのが目的のロボットなんだ」
「崩壊が目的? どういうことなの」
ただのなんでもできる、なんでも欲しいものが手に入るロボットではなかったのか。
「倉田はどうしてこのロボットが世に知れ渡っていないと思う?」
「そりゃすごいお金だし、こんなものがいくつもあったら大変だから」
私が恐る恐る言えば、渡辺は笑った。
どこか安心したような微笑みでもあった。
「裏社会でしか流通してないからだ。このロボットを送り、相手の組織を潰す。そのためのロボットだ。
お前はともかく、白石も魅入られなかったのは驚いたけどな」
渡辺は白石の名を口にするとき少し目を細めた。
「あいつは俺らの作戦に半分気づいていた。だから聞かせてやった。
そしたらあいつは最高の協力をしてくれたな」
学習室でのやりとりはこれだったのか。
てっきり渡辺が勝手に白石と協力して事を起こそうとしていたのだと思っていた。
「クラスは崩壊した。心理学の勉強にしてはとてもいい実験だっただろう。
いい成果が残せて良かったじゃないか。送ったのか?」
「ええ、きちんと送ったわ。事細かく書いておいた」
渡辺は何も話さなかった。
何も言わずにじっと私を見つめた。
「本当にいいんだな」
渡辺はそう言って私を抱きしめた。
私はゆっくりと首を縦に動かした。
「それじゃあ行くか」
もう誰に隠す必要もなくなった。
私と渡辺はお揃いのネックレスを見えるように出して、手を繋いで門から出て行った。
今日は文化祭。
先生たちは準備に追われて門には誰もいなかった。
登校してくる生徒たちが皆驚いたようにこちらを見つめていた。
だけど今の私たちにはもうそんな視線もどうでもいい。
見たい奴は見ればいい。
きっと後々あの時二人の姿を見たって噂し合うタネになるんだから。
「海っていいわね」
「ああ」
「ねえ、渡辺先生はどうしてあたしの実験に協力してくれたの?」
「お前が心理学で有名になってほしかった。そして何より、お前を愛しているからさ」
渡辺先生はそう言ってキスしてくれた。
今のが最後だろうか。
「じゃあ最初からこうするって決めていたんだ」
「あのロボットを手に入れた時点でこれしか道はなかっただろう」
ロボットは一週間という期限つきで安く手に入れたらしい。
しかしこのロボットは裏社会に流通するもの。
一度手に入れてしまえば、表には帰ることはできない。
「海って広いのね」
「ああ、このまま遠くへ行こう。あの海の彼方へ」
学校では二年三組が全員欠席したことが大騒ぎになっていた。
三組の舞台が予定されていた時間を埋め合わせるのに朝から多くの先生が走り回っていた。
他のクラスは全くおかしな状況に気づいていなかったようで、驚きを隠せずにいた。
そして朝のことを思い出す。
「三組の渡辺先生、倉田さんと手を繋いでどこかに行ったよ」
誰かがそれを呟き、担任先生が驚いた顔で職員室に走って行った。
結局文化祭は予定よりも三十分遅く始まった。
始まってしまえば生徒には三組がいなくなったことなどどうでもよくなっている。
いつもの楽しい文化祭が幕を上げた。
他校の友達が集まり、OBが集まり、楽しい楽しい文化祭が始まったのだった・・・。




