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一人また一人と

そして私はまた図書室に向かった。




この時期皆は放課後文化祭の準備に追われ、誰も図書室になど足を向けない。

そういう事情で私は図書室を訪れる。



「なんで」


扉を開けて思わず言葉が出た。


そこには誰よりも先に帰ったはずの白石の姿があった。



「ああ、来ると思ってたから待っていたんだ」


白石はそう言っていつもの怪しい笑みを向けた。


「私に何か用なの?」


「面白いことになってきたね。なんでもできるとはいえ、たかだかロボットでここまで人を狂わせることができるんだね」



白石はおかしそうに笑いながら言っている。


「クラスメイトがおかしくなったことがそんなに嬉しいんだ」


私が真剣に問いかければ、白石は吹き出して笑った。


「何聞いてるの。君だって嬉しいくせに」


「私とあなたを一緒にしないでくれる。後藤にロボットを盗ませて、クラスの雰囲気を変えたのはあなたなのよ」


白石は立ち上がって先程まで読んでいたであろう本を差し出してきた。


「まあ、結果的にそうなったね。ちょっとは貢献できたかな」


白石はそう言って図書室を出て行った。


何を読んでいたのか手元に視線を落せば、心理学の本だった。


やはり白石はどうすればクラスの行動が変わるのか、心理学を勉強して操る術を学んだのだ。



私はなんとなくその本を広げてみた。


図書室にあるような心理学の本とは何が書いているのか気になった。

人間一度は心理学という物に興味を持つ。


何故なら人間にとって一番不思議で、一番怖いものは他人の心理なのだから。







図書室を出るころにはすっかり辺りは暗くなっていた。

私はまだ乱れていたリボンを整えてから重い腰を抑えながら歩き出した。


全く堅いところで同じ体勢で過ごすのは辛いものだ。





翌朝教室に近づけば中を確認しなくても女子の楽しそうな声が聞こえてきた。

なんだ、やはりまたすぐに戻るんじゃないか。

人間とはこうも切り替えが早いものか。


呆れながらも少し感心して扉を開けると、教室の後ろの隅で小谷が中心となって新しい小道具を作っている姿が見えた。


小谷がこういうことで中心となるのは珍しいが、特に気にしはしなかった。

ただ昨日言い合いをしていた加藤もそこに加わっているのは少々驚いた。


まあ、あんな人たちでもきちんとした友情関係があるということだろう。


私は席に着いてから辺りを見渡した。

女子の大半は小道具作りに専念しているが、男子は気だるげに携帯をいじっている。


いつものクラスの風景だ。


所詮白石が何をしでかそうとも、人はすぐに日常を取り戻せるのだ。




その日は本当に平和な一日だった。

授業も変わらず静かだったし、休み時間は男子がところどころで談笑していたし、昼休みも平和に終わった。



人間の修復機能にも感心したものだ。



そして放課後になり、いつものように文化祭の準備が始まる。

生徒が机を前に移動させている時だった。



「ちょっと、何これ! めくれてるじゃないの。ちゃんとノリつけたの?」


そう声を上げたのは小谷だった。


「は? あたしはいつでも真面目だけど、だいたいそこ塗ったのあたしって確証あんの?」


言い合っているのは加藤だった。

またもめているのか。


女の喧嘩ほど醜い物はない。


「どうせあれでしょー。数学の先生のこと考えてたんでしょー?」


小谷はねっとりと耳にまとわりつくような言い方で加藤を責めた。

その瞬間加藤の顔色が明らかに変わった。


「おい、それどういうことだよ」


二人の元に、いや加藤に駆け寄って行ったのは小泉だった。


「お前、あの先生となんかあったのか」



ああ、今度は痴話げんかか。

にしてもこの二人付き合ってたんだー。


私はさして興味もないことを頭の中で浮かべながら周りの様子をうかがった。


こういう話は皆食いつくものだろ。


興味本位でクラスメイトを見渡して背筋が凍りそうになった。


皆明らかに加藤に憎悪の目を向けていたのだ。



「うっさいわね! 関係ないでしょう。あんたみたいな子供よりね、先生の方がよっぽど良かったわよ」


加藤はヒステリックに叫ぶと、わざと小泉を押しのけるようにして出て行った。



小泉はそんな恋人を追いかけることはせず、去って行く加藤に憎悪の目を向けた。



「さーて、稽古はじめよっかー」


小谷がまるで何事もなかったかのように明るい声で皆を集めた。

皆もさして心配する素振りも見せず、言われるがままに小谷の元に集まった。



また生徒が一人減った。



帰ろう。


さっきから寒気が止まらない。


扉の方に歩こうと前を向くと、そこには珍しく白石がいた。

いつもなら皆が机を動かす時には教室にはいないのに、白石が楽しそうに笑いながら立っていた。


しかし私が歩き出すよりも先に廊下に出て行った。


ハッとした私は慌てて白石を追いかけた。



「あんたのせいでめちゃくちゃよ」


私は体の奥から煮えたぎるものを吐き出すように強く言った。



「それは悪いことをした。でも、おかげで確信できたよ。渡辺先生が関わっているってことにね」


白石は薄ら笑いを浮かべながら去って行った。


何を今さらそんなことを。


渡辺と白石が学習室でロボットを使って生徒を壊す話をしていたことは知っているんだ。



まだ寒気は収まりそうにない。


九月のこの時期はそろそろ寒くなろうとしているがまだ暖かい。


私は気持ちを落ち着かせるために今日も図書室に向かうことにした。


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