厨二病発症かと思いきや……!?
「やっと見つけた!」
「へ?」
突然そう、呼びとめられてしまいました。
ビックリして振り返るとそこには、見知らぬ幼児たち(5歳くらいかしら?)が3人。
一人は私に声を掛けてきた少年でしょう――黒い短髪の、このまま育てば将来はスポーツ少年になるのでは?と思える顔立ちの少年。
彼は二人を御伴のように背後につけて、私をしっかりと見上げてきています。
そんな彼の後ろには、凛とした佇まいで此方を見て来る少女――見た目は幼児らしく可愛らしくツインテールにした長い黒髪の、少々気の強そうにも見える、将来は風紀委員長とかに属しそうな整った顔立ちの少女。
そして、その横でクリクリの真ん丸な目をきらめかせて私を見上げてきている少年?いや、少女?
……いや、たぶん少年でしょう。
着ているモノが男の子のモノですからね。
彼は金髪碧眼の甘い顔立ちだけれども、たぶん何処かの国とのハーフの子なのでしょ――輪郭が何処となく日本人風なので。
将来は学校の王子様とかアイドルとかになるんじゃないかと思われます。
そんな彼らの視線を一身に集めているのは私こと、己幸 莉紗、28歳独身。
外見は特に特筆する所のない、モブとしか言いようがない、町中に入れば目立たない事請け合いなしの平々凡々な女です。
あ、自分で言ってて何だか悲しくなってきたので、これ以上は外見について何も言わないようにします。
まあ、そんな悲しくなる事は一旦片隅に置いておいて。
何故、私がこの見た事のない、面識のない子供たちに声をかけられているのでしょう?
……はっ!!?
もしや、私の後ろに誰かいるのでは?
そう思いまして背後へと振り返ってみるものの、この住宅街のど真ん中の、普段は人通りがかなりあるはずのこの道に、珍しくも人っ子一人見当たりません。
はて……?
いや、そんなことに首を傾げている場合ではありませんね……。
「おい、リサフィニア!
何処を見てるんだ、こっちを見ろ!」
「…………。」
えっと…………?
あえてもう一度自己紹介しますが、私の名前は己幸莉紗です。
リサフィニア?とか言う名ではないのですが……。
そう考えながらもう一度彼等に視線を送ると、先頭の未来のスポーツ少年が不機嫌そうに私を見つめています。
どうしましょう……?
彼はどうやら人違いをしているようです。
ここは年上らしく、ゆっくり彼と話をしましょう。
「えっと……君――」
「ライだ。
俺の名を忘れるな、リサ。」
「………………えっと、ごめんね?
ライく――」
「ライ、だ。」
「…………。」
どうしよう……。
とりあえず謝ってみたけど、私、やっぱりこの子の事知らないんですけど……?
リサとか……リサフィニアを略した愛称みたいだけど、何故か私の名前と被っちゃってるし……。
本当に私の名前が呼ばれているみたいで、少し気恥ずかしい気もします。
……ん?
っていうか、さり気なく20歳以上歳下の子供に呼び捨てにされてますけど……。
…………う、うん。
とにかく私の事は後回しにして、ライと呼び捨てにしろということなので、呼び捨てにしてみましょうか?
「……えっと……ラ、ライ?」
若干どもったり、疑問形になってしまったことには目を瞑って下さればと思います。
けれども、私が彼の名を呼び捨てにすると、ライ少年は酷く嬉しそうな――それこそ蕩けてしまいそうな幸せそうな笑顔で頷いていました。
そして、そんな彼の後ろでは、彼に良かったねと言わんばかりの笑みを向けているツインテ少女とハーフの子が……。
何が起こったのでしょうか?
良く分かりません。
と言うかこの幼児たち、表情が嫌に大人びているように見えるのですが……。
うん、まあこの際それはどうでもいいですね。
先に聞きたい事を聞いてしまいましょう。
「あの……ところで私達、何処かで会ったことがあるのですか?」
「…………え?」
私が質問した途端、三人は酷く傷ついたような茫然とした表情となってしまいました。
ツインテ少女に関しては今にも泣きそうです。
いや、泣かないでください、ほんと、切実に!!
こんな所、誰かに見つかりでもしたら、“先日、己幸さんとこのお嬢さんが小さい子を泣かせていたそうよ”なんて噂になりかねません!
そうなってしまうと、私、表を歩けなくなってしまいます。
ほんと、泣かないで下さいよ~!!
そうやって私が焦っていると、ライ少年は傷付いた表情に影を落とし、斜め下を見つめて独り言を呟きます。
だからいちいち大人びた表情をしすぎだと思います。
もっと子供らしい表情を希望します、切実に。
そんな私の願いは、お星様に届きそうにないですが。
「そうか……やはりまだリサは魂の記憶が壊れたままなのか。
だから、俺たちの事を探していなかったのか……。」
「ライ、気を落さないで。
元の世界に戻れば、きっと徐々に記憶を取り戻すと思うから……。」
「ミユ……。」
「そうそう、ライ。
もし戻らなくても、どうにか向こうの世界で記憶を取り戻す術を探せばいいじゃないか。」
「ハイン……。
そうだな……ありがとう、二人とも!」
そう会話をして三人の幼児が力強く頷き合います。
何となくと言いますか、見ていて少しシュールです。
そして、厨二病にはまだ早いんじゃないかと心配になります。
魂の記憶って……元の世界って……。
どうすればいいのでしょう?
これは何かのごっこ遊びでしょうか?
良く分かりません……。
そうこうして私がどうすればいいか悩んでいると、三人はもう一度互いの顔を見合って私に自己紹介をしてきます。
「俺たちの事、覚えてないんだったら仕方ないな。
まず自己紹介をしよう。
俺の名はライード=カノルイエ。
向こうの世界の国――ルクアニアで生まれた庶民なんだが、勇者として魔王討伐の旅をしている。」
ライード=カノルイエ?ルクアニア?勇者?魔王討伐?
ライくんは本格的に厨二病が発動している様な……いや、きっとそういう設定のごっこ遊びなのでしょう!
勇者ごっこ、みたいな……うん、そうだと思います。
「私の名前はミュヴィキール=グライノッドリア……ミユと呼んで。
同じくルクアニアで姫神子をしているわ。
よろしく、リサ。」
姫神子……いや、何も言うまい。
ミユちゃんは勇者PTの神子さんですか、そうですか。
うん、なかなか凝った設定です。
この設定、思ったより深くまで掘り下げられているようですね。
「僕の名前はハインドリヒ=キ=ルクアニア……ハインと呼んで欲しいな。
名前から何となくわかると思うけれど、向こうの世界で騎士兼王子を務めているよ。
ちなみにこの世界での名前は木戸ハイン。
あんまり分からないかもしれないけれど、これでも日本人の父とイギリス人の母を持つ、日本生まれ日本育ちのハーフだよ。」
ハインくんは王子兼騎士?
確かにお似合いですね。
見た目自体でもそのままですし、なかなかな役柄ではないでしょうか?
ってか、木戸……うん、確かに似合わないですね。
……って、この世界の名前って……。
もしや、二人にもあるのでしょうか?
いや、多分あるのでしょうね。
いや、普通は有るでしょう、この世界の名前――というか、本名……聞いてみましょう。
「ちなみに、ライとミユちゃんのこの世界?の名前は何と言うのですか?」
「リサ、私の事もミユと呼び捨てで良いのよ。
私は向坂 美優と言うわ。」
「俺は戒田 雷雅だ。」
「わかりました、教えてくれてありがとう。」
とりあえず、本名は分かりました。
向こうの世界?の名前は、自分の名前を少し変えて作ったのですね、きっと。
では、これからどうしましょう……っと、私の自己紹介を忘れていました。
「では、私の自己紹介を……私の名前は己幸莉紗。
よろしくお願いしますね。」
「分かったわ、リサ。」
「分かったよ。」
「ああ、知ってる。」
それぞれが返事をしてくれます。
ただ、最後、ライくん……何で知っているのですか!?
その事にギョッとして聞いてみようと口を開きかけますが、私が声を発する前にミユちゃんが申し訳なさそうに、けれども少し焦ったように話しかけてきます。
「ところでリサ、もう時間がないの!
リサには悪いけど、今直ぐ私達について来てくれないかしら?」
「えっと、何処に……?」
「帰るのよ、ルクアニアに。」
「……へ?」
ルクアニアに帰る?
って、向こうの世界?
………………いやいやいや!
たぶん、これから彼等の秘密基地か何処かについて来てということでしょう。
これから向かう場所が、きっとルクアニアという国――という設定なのですよね、分かります。
どうせ今日の仕事は終わっていますし、後は一人暮らしの家に帰って家事をするだけですし、夕飯食べて寝る位ですし……うん。
ここで知り合ったのも何かの縁。
もう少し、彼らのごっこ遊びに付き合ってあげましょうかね。
私はそうやって、軽い気持ちで彼等に了承の意を示す言葉をあっさりと返すのでした。
そんな私に、彼等は不思議そうな、そんなあっさりと了承していいのかと言いたげな複雑な表情を向けていたのですが、彼らの秘密基地がどんな所なのか気になって想像を膨らませていた私は、気付くことが出来なかったのでした。
*****
所変わって近所の空き地――。
「ここがライ達の秘密基地ですか?」
「いや、秘密基地じゃないが……。」
「いつもここで遊んでいるのではないのですか?」
「ここには三人で話し合いをしに集まる位で、此処で遊んでいる訳じゃあない。」
「そうなのですか。」
ライくんは子供らしくない訝しげな表情で私の質問に答えてくれます。
きっと、私の様な大人に対して背伸びをしたいお年頃なのでしょう。
遊んでいるということが恥ずかしいのですね。
フフフ……結構子供らしいではありませんか。
ただ……。
そんな私達の様子を私の隣でニコニコと微笑ましそうに見ているだけのハインくん。
何故そのような目で私達を見るのでしょう?
良く分かりません。
そんな私達は今、空き地の隅っこで立っています。
そう、隅っこです。
何故真ん中ではないのかと言うと、ミユちゃんが何やら呪文の様な言葉をブツブツと唱えながら空き地いっぱいに絵を描いているからです。
何処となく、アニメや漫画などで見かける魔法陣の様に見受けられるのですが……。
これで向こうの世界?に帰るらしいです。
彼女は魔法を本気で信じているようですね。
そういえば、私もこの年代に魔法が本気で使えると思って、ステッキを振り回して呪文を唱えていましたね。
懐かしいです。
そう考えると、多少厨二病が過ぎるかなとは思いますが、三人とも可愛らしい幼児たちではありませんか!
見ていてほっこりします。
最近、仕事仕事で忙しかったので、こういう癒やしは嬉しい限りです。
そんなことを考えながらニコニコと微笑んでいると、横で訝しげな表情のライくんと、相も変わらずニコニコ顔のハインくんがコソコソと話をしています。
「なあ、ハイン。
リサ、絶対に信じてないよな?」
「うん、信じてないみたいだね。」
「良いのかな?
こんな調子で連れ帰っても……。」
「良いんじゃないかな?
リサの言質は既に取ってあるし、実際問題、魔法が発動して彼女を連れ帰ったとしても、半分の魂――もともとこの身体にある魂はそのままだしね。
ただ、リサの記憶は別に消去しなくていいと思うけど、僕たちの記憶は消去しておかないと。」
「もしかして、それでこっちの世界の名前を名乗ったのか?」
「そうそう。
リサは僕たちの名前を知っている。
つまり、この身体の子たちが何処の誰か分かるから、きっとリサの事だから、必ず僕たちを家に届けてくれるはずだよ。
この事はミユにすでに伝えてあるから。
魔法陣に記憶消去するよう描いているはずだよ。」
「う~ん……まあ、それならいいか。
…………いいのか?」
「うんうん、良い良い。」
コソコソ話しているけど、全部聞こえてますよ。
もしかしたら、この後記憶喪失の真似事とかするのかもしれませんね。
それならそれで乗ってあげましょう。
それで、彼らの通う幼稚園か警察に彼等自身を連れていってあげましょう。
フフフ……面白い子たちですよね。
「できたわ。」
そうこう話している間に、ミユちゃんの魔法陣が完成したようです。
ではでは、此処は彼女たちの様子を見て、ノリ良く魔法が出たように驚いたフリをしてあげましょう!
私がそう考えて微笑んでいると、そんな私の顔をチラチラ心配そうに見やるライくん。
フフフ、大丈夫ですよ?
私、ちゃんとお芝居してあげますからね!
そう考えてグッ!と親指を立てて見せると、彼はさらに怪訝そうな不安そうな表情で私を見てきました。
できないとでも思っているのでしょうか?失礼な!
「さあ、皆。
この円の中心に固まって乗って?」
ミユちゃんに促されるまま、私達は魔法陣の中心に集まります。
そしてそれを見て、彼女は準備は良い?と確認をとってきます。
もちろん、魔法が出て驚いたフリをする準備は万全ですよ!
私が彼女に向けてグッと親指を立てると、ミユちゃんまでもが不安そうな――若干可哀想な子を見るような目で私を見てきます。
何でそんな目で見るんですか……。
ライくんといいミユちゃんといい、流石の私でも少し悲しくなりますよ?
そんな私の心境など置いてけぼりに、三人はコクリと頷き合っていました。
「では、今から転送を開始するわ。」
そういうと、ミユちゃんは前倣えをするように腕を持ち上げ、地上に向けて手を翳します。
そして目を伏せては、一つ深呼吸。
本格的な魔法使いの様ですね!
はいはい、オッケーですよ!
私のリアクションの準備はもう万全です!
「歴はドアク歴672年4月20日21時00分00秒――私達が魔王城へ向けてルクアニア王城を出発した1日後、王城の中庭へと転送するわ。」
ん?
魔王城?
これもごっこ遊びの設定ですかね?
ほんと、本格的ですね。
私は少し感心しながら彼女の魔法発動の言葉を待ちます。
「我が守護を授けしヒノアの神々よ、我を守りし精霊アクリアノよ……これを以て我に聖なる力をもたらしたまえ……転送、ルクアニア!」
ビカッ!!!
彼女がそう叫んだ途端、辺り一面が一気に真っ白に染まります。
私は驚いて目を瞑り、つい側の何かを掴んでしまいました。
その温かくて柔らかな何かのぬくもりを感じるとともに、私の意識は遠退いて行くのでした。
*****
「……サ…………リサ…………リサっ!!」
「は、ハイなのですっ!!?」
大きく肩を揺さぶられ、眠りの淵から目覚めました。
……私、いつの間に寝てたのでしょう?
返事はしたものの、視界はぼやけて良く見えません。
ついでに辺りが暗くて視界が悪いと思いました。
と同時に、少し湿った草木の匂いが鼻を掠めます。
どうやらここは屋外の様です。
しっかり頭を覚醒させるよう、顔を両手で擦ります。
そして、目の前を見ました。
そこには――。
「よかった……リサ、目が覚めたようだな。」
そう言って安堵の表情を見せられるとびきりの美形……。
ヨーロッパ人種の方のようで、彫りの深い顔立ちをしておられます。
後ろへ撫でつける様にして黒に近い緑の髪を流してます。
広い額が見せる肌の色は程良く焦げており、男らしい眉がスッと延びています。
精悍な顔付きで、瞳の色は蜂蜜を溶かしたような色で……うん。
めちゃくちゃ私好みの顔です。
って、いやいや、そんなことを考えている場合ではありませんね。
「…………えっと、どちら様ですか?」
「んなっ……!!?」
私がそう声を掛けると、相手の男性――18歳位の青年は、酷く驚いた様な愕然とした表情で目を見開き、固まってしまいました。
……えっと、私の知り合いなのですかね?
記憶にないのですが……。
そう考えつつ、何か彼を思い出す物がないか、彼の衣服に目を向けます。
彼は簡素な衣服(夏)に胸当てやら籠手やら脛当てやら、かなり簡素なといいますか、簡易な防具を身につけています。
RPGとかのゲームに出てきそうな方ですね。
ちなみに私の肩を掴んでいるのは目の前の彼でした。
彼は片膝を立てた状態で、地面に横たわっているらしい私の直ぐ側で座っています。
……って、私は何故横たわっているのでしょうか?
というより、衣服がおかしいです。
私は見たこともない、RPGなどのゲームで魔法使いがよく着ている真っ黒のローブに身を包んでおりました。
………………え?
いつの間に着替えたのですか?
しかもコスプレ?
「クハハッ!
ライ、きっとリサは記憶がまだ戻ってない状態なんだと思うよ?」
「……ハイン。」
ん?ライ?ハイン?
「おはよう、リサ。
といっても、今の時間はこんばんわになるのかな?」
「え、あ、はい…………って、おぉっ!」
話しかけられ、目の前の青年がハインと呼んだ人間の方へ顔を向けると、何とそこには王子様!
正しく、物語とかに出て来る金髪碧眼の王子様がいました!
さらさらとした長い髪を背中でゆったりと結び、顎に手を当てフフフと上品に微笑む王子様。
この方もヨーロッパ系の彫りの深い顔立ちで、優しげで穏やかなその甘いマスクに、きっと全乙女は釘付けになると思われます。
そう言う私もついつい見惚れてしまっていたら、目の前のライと呼ばれた青年に突然抱きしめられ、彼の胸に頬を打ちつけてしまいました。
地味に痛かったです……。
「そんな威嚇しなくても……大丈夫だよ、ライ。
僕はリサを取ったりしないよ、安心して?」
「……今のリサは記憶がないんだ。
安心なんてできるかっ!」
今も見惚れてやがったし……。
そう言って、ライと呼ばれた青年はグルルと唸る勢いです。
……犬じゃないので唸らないとは思いますが、ただの私のイメージです。
そんな彼は私をさらに強くギュッと抱きしめます。
胸当てが頬に押しつけられていないだけましですが、ボタンが地味に頬を圧迫して痛いです……。
それに、結構苦しいのですが……。
あと、恥ずかしいので離して欲しいです。
ですが、私は抗議の声をあげる事が出来ません。
だって、息するのもやっとな位のキツイ抱擁ですから……。
そんな私を――いや、私達を見てフフフと爽やかに微笑んで見守るハインと呼ばれた青年――いや、王子様。
頼みます、そろそろ助けてください、切実に!
と――。
「3人とも、こんな所で油を打ってないで。
城の中へ入るわよ。」
凛とした女性の声が聞こえました。
それと同時に私は抱擁から解放され、ライと呼ばれた青年の手によってスッと立たされてしまいました。
そこからどうなったのかよくわかりませんが、私がボウッとしている間にいつの間にか彼の手によってお姫様だっこされています……って、ひぃぃぃっ!!??
「うわ、お、降ろしてください!」
「ダメだ。
リサは目覚めるのが一番遅かった――つまり、まだ魂のダメージが癒やされていないのだろう。
身体は元に戻っていても、今はまだもう少し休むべきだ。
……俺が運ぶ。」
「いや、あの、何言って――。」
「ライの言うことを聞いてあげて、リサ。
きっと、最後に見た貴女の様子を思い出して後悔しているのよ。
これはその罪滅ぼし。」
そう言って私を覗きこんできたのは、艶やかな笑みを向ける、妖艶な美女。
フワフワのウエーブの掛った長い赤髪に、漆黒の――いや、かなり深い黒に見紛うほどの紺色の大きな瞳。
やはり顔のつくりはヨーロッパ系の様ですね。
彫りが深い顔立ちで、その下の方にある唇はふっくらと赤く艶めいていて……言い方が少し悪いかもしれませんが、エロスを感じます。
衣装は何と言いますか、アラビアンな踊り子さんといいますか、ベリーダンス用の衣装といいますか……下に穿いているブーツカットのズボンは、外側にスリットが入っていて生足が見えています。
ヤバいですね……。
あ!
ちなみに王子様の衣装はかっちりとした、それこそ騎士の方が式典などで着る服です。
甲冑じゃないですよ!
白地に所々金で刺繍やら意匠やらが施されていて、ネクタイは鮮やかな青色です。
正に王子様!
騎士様でも可かもしれません!
っとと、またまた話が飛びましたね。
かなり恥ずかしいですがお姫様だっこのまま城へと進むライさんの横に並んで歩く美女さんに、ポツリ、話しかけます。
「罪滅ぼしって……?」
「そう、罪滅ぼし。」
「チッ……!」
彼女が私の疑問交じりの言葉を繰り返すと、頭上から舌打ちが聞こえてきました。
驚いて舌打ちをなさった音源の方へ視線を向けると、ライさんはバツが悪そうな、苦虫を噛み潰したような表情で前を見据えていました。
その表情に、何となく罪悪感の様な、酷く胸が騒ぐような感覚を覚えます。
と、そんな私の心境など知らず、美女はフッと――少しだけ悲しげな、此方も若干の後悔が滲む様な表情で微笑まれました。
「城内に入ってから、またゆっくりと説明するわ……ライが。」
私はコクリと頷き、後はジッと、何故か入った事のない城の廊下を懐かしく思いながらされるがままでいるのでした。
*****
入った事がないはずなのに、何故か懐かしい様な落ち着くような部屋にあるベッドに、そっと優しく寝かせられる私。
起きようとすると、ライさんがやんわりと私の肩を押して倒し、自分はベッドに腰掛ける様な形で座っては後悔と切なさの滲む瞳で見下ろしてきて、優しく頭を撫でてきます。
「えっと、まだ眠くないですよ?」
「いいんだ。
眠くなくとも、まずは少しでも身体を休めて欲しい。
それから、このまま順を追ってきちんと説明するから。
……訳わかんないだろ?」
彼の言葉にコクリと一つ頷きます。
と――。
「ライ。
僕たちは父上や城の皆に経緯を話してくるから、君はリサに説明を頼んだよ?」
「こちらは任せてね、ライ」
王子様、もといハインさんと妖艶な美女がそう言って出ていきます。
それにライさんは片手をあげて簡単に応えていました。
二人がいなくなって、二人っきり。
何となく胸がドキドキします。
それは緊張からか、それとも――?
「リサ。」
「はい……?」
「リサ……。」
「はい……。」
「リサ……。」
「…………?」
何なのでしょう?
ライさんは何度も確かめるように私を呼びます。
意味が分からなくて、最後は返事もせずに小首を傾げて見せました。
すると、ライさんが傷ついた様な困惑した様な悲しそうな表情になります。
……私、悲しませる様な事、してしまったのでしょうか?
どうすればいいか良く分からなかったのですが、とりあえず、ライさんが何故か辛そうなので、そっと私を撫で続けているその手を取って、両手で包んで私の頬に寄せます。
そして、大丈夫ですよって気持ちを込めて、その手の平に頬を擦り寄せました。
すると、これ以上ない位に目を見開いて驚きの表情で瞳を揺らし、固まってしまうライさん。
え?これ、ダメだったでしょうか?
なんとなく、こうした方が良い様な気がしたので、考えの赴くままに行動したのですが……。
ダメならやめましょう……残念です。
そう考えて私が手を離そうとすると……あれ?
彼の手が私の頬に触れたまま離れません。
何故でしょうか?
そう考えてキョトンと彼を見上げていると、突然トサリッ!と彼が私の上に覆い被さるように倒れてきます。
って、何でっ!?
まるで押し倒されているかのように錯覚してしまう――いや、実際問題押し倒されている体勢なのだとは思いますが、そんな突然の彼の行動に心臓は煩いですし、顔は熱いですし、パニック寸前で声が何も出ません。
私はハクハクと口を動かすしかできないでいると、耳元でククッと笑い声が聞こえてきます。
……え?もしかして私、笑われてますか?
彼と触れている部分から、彼が体を小刻みに揺らしている事がわかります。
でもこれは泣いているのではなくて、笑っているからで……って、何でですか!?
「リサ……お前、可笑しっ……!
記憶があってもなくても、同じ行動して……ほんと、可笑しいというか、可愛いというか……優しいな。」
へ?可愛い……いや、ここはスルーしましょう、真面目にとらえてはいけません!
って、なんですか、ソレ……。
記憶があるときと同じことをしたので笑われてたのですか?
…………理不尽に思って良いですか?
「ククッ……笑って、ごめん。
でも、何か、嬉しくて……。」
う~ん……嬉しいなら、仕方ないですね。
…………仕方ない、のかなぁ?
でもまあ、あんな悲しそうな顔が消えたのなら、良しとしましょう。
そう考えていると、背中――腰とベッドの隙間にモゾモゾと何かが侵入してきます。
右手が未だ頬にあるので、きっと彼の左腕ですね。
と、そうこう考えていると、頬に添えてあった右手も肌を滑るように、後頭部へと移動します。
そのままギュッと、寝た体勢のまま抱きしめられてしまいました。
初めてのはずの感覚に、懐かしい様な、幸せな様な、くすぐったい様な――何だかほんわかとする気持ちが胸を占めます。
そんな自分の胸中に若干戸惑いはしましたが、別段嫌な感じはしないので、おずおずと腕を動かして彼の背中へ――つまり、抱きしめ返してみました。
すると、私の身体に縋りつくようにして、ライさんが抱きしめてきます。
何となく、ソレが嬉しくて、幸せで――。
と同時に、何故だか申し訳ない様な、謝りたい気持ちにもなりました。
コレハ、ダレノキモチ……?
「……ごめん、リサ。
あの時、俺がもう少し注意していたら、こんなことにはならなかったんだ……。
お前を失いそうになるなんて…………もう、こんな経験たくさんだっ!
お前のいない未来なんて――……!」
そう言って、彼はポツリポツリと話してくれました。
彼が言うには――。
私の名前はリサフィニア=ミドルホノイル。
彼と同い年で幼馴染で、世界一の魔法使いだったそうです。
ある日、神殿に神の神託が降り、魔王が世界を闇に陥れようと企んでいる事を知らされたそうです。
そして、魔王と対抗できる力を持った人間――勇者は、ライード=カノルイエだと告げられ、西にある魔王城へ討伐に迎えと告げられたそうです。
かくして、私を今現在抱きしめているライさん――彼がそのライードらしいのですが、勇者とその仲間の旅が始まったそうです。
旅は順調で、5年ほどの歳月でもって魔王城へ辿り着き、魔王と対峙したそうです。
が、魔王の力は強大で――。
私達は瀕死の状態で――特に私は魂まで破壊されるほどの強力な魔法を魔王の手によって受けた状態で、神託を神殿に告げた神の手によって魔王の元から救い出されたそうです。
が、そのまま放置しておけば、唯一魔王に対抗できる勇者一行を死なせてしまう。
そこで、神はもう一つの平行して存在している世界――地球のある世界で暫らくの間魂を休ませることにしたそうです。
こうして、勇者一行――私達の魂は、地球にある似た魂を持つ人間の中に入れられ、暫らくの間魂の再生をしていたそうです。
その間に、神はルクアニア国のあるこの世界で、私達の魂が入る為の器――肉体の再生を行っていたそうです。
約7年、勇者たちは似た魂を持っている肉体の宿主と共存して魂の再生を行う予定でした。
ちなみに私は魂の破損が大きく(魂に記録された記憶までもが壊される程の損傷を受けていたそうです)、7年では到底治りきらない――30年ほどかかるとの事だったので、3人より早い時代に似た魂を持った器の人間の中で魂の再生を行っていたそうです。
ところが――。
予定より早くルクアニア国のある世界で再生していた肉体が治った為、少し早いけれども神が魂を肉体の元へ戻すようになり、急遽連絡の取りやすいライさんへ連絡を取り、皆を集め戻るように言ったそうです。
記憶のある魂の所為か、この世界での記憶がある彼等はそれぞれでそれぞれを探して連絡を取り合い、できうる限り一緒に行動していたそうで、すぐにでも集まる事が出来たのですが……。
記憶のない私だけが何処に居るか分からぬままで――。
ようやっと見つけて話しかけ、事情説明は後回しにして簡単に自己紹介を済まして連れ帰ったと、そう言うわけらしいです。
ちなみに、魂の再生は今もこの肉体の中で行われ続けているそうです。
あと2年ほどで再生し終わるのだとか……って!
私、何も承諾してないですよ!
ってか、あの幼稚園児三人組がライさんたちだったのですか!!
言ってたことは厨二でもごっこ遊びでも何でもなくて、本当のことだったのですか!?
………………何だか騙された気分です。
そう考えて不満満載な表情を作ると、ライさんが少しだけ身体を持ち上げ、鼻が擦れるかって位の距離で困ったように笑いました。
その時、彼の息が口に当たって、かなりドギマギさせられました。
というか、現在進行形でドキドキが止まらない状態です。
顔も熱いので、きっと真っ赤な事請け合いなしです。
変な顔をしているでしょうね、絶対。
……あまり見ないで欲しいのですが、たぶん大丈夫でしょう。
室内はそんなに明るくないし、現在進行形で顔が近いので、きっとライさんの焦点も合っていないはずですから。
でも、やっぱりもうちょっとでいいので離れて欲しいです……言えませんが。
だって、そんなこと言っちゃったら、悲しませそうだし、理由を聞かれたら何て答えたらいいか分かりませんので。
段々と照れくささが増してきて、顔を背けました。
が、直ぐさま後頭部にあったライさんの右手が動いて私の顔を自分の方へ向けて固定します。
うぅ~~~っ!
これは新たないじめですか!?
不満満載に剥れて彼の顔を睨んでやると――。
「俺から目を逸らさないでくれ……頼む。」
泣きそうな表情で懇願されてしまいました。
そんな顔、卑怯ですよ……。
でも、仕方ありません。
なんてったって、その願いを反故にするのは私自身が嫌だって思っていますからね。
っと、もしかして、さっきから感じているこういった感情は、記憶の壊れる前の私の感情ですかね?
……うん。
なんとなく、そうだと思います。
なら、この良く分からない彼に対する感情も、そうなのでしょうね。
嫌じゃない嫌じゃないって、さっきから考えていますけど、本当は――。
これ以上考えるのは、もう少し先にしようと思います。
できれば、記憶を取り戻してから……。
*****
この世界へ戻ってから、五年後――。
無事記憶を取り戻した私は、晴れてライの恋人になれました。
そして現在、魔王城前――。
「皆、準備は良いか?」
「はい!」
「大丈夫だよ。」
「構わないわ。」
ライの声かけに私・ハイン・ミユと答えます。
四人で顔を見合わせ、以前挑んだ時より強い力を手に入れた私達は、負けるなんて事、微塵も考えてなくて――。
ここでの戦いが終わった後のことを夢見て、でもきちんと気は引き締めて、魔王城に突入します。
さあて、リベンジマッチに行きますよ!!
そして、今度こそ平和を手に入れるのです!!
皆の為に、何より自分達の為に!!!
おわり
長々とお付き合いくださりありがとうございました。