5
火薬の臭いと、人間の焼ける臭い。
咽返る血の臭い。
それらが混ざりあった臭いに、落ちていた意識が強制的に戻された。
全身の疲労と異臭に顔を歪めてしまう。
「伝令! で、伝令ッ! 北門に続いて西門、東門共に破られました! 城壁は陥落! 城内への進行を防ぎきれません!」
敵の凶刃から逃げてきた僅かに取り残された民達は冷静ではいられないだろう、かなりのパニック状態だ。
生き残った残り少ない兵達は傷だらけになりながらも死地へと赴いていく。
護りたいものがあるから彼らは決して帰れない戦場へと向うのだ。
それを、心臓が潰れそうな思いで送り出す者が、ここにもいた。
「構わない! 城の下層は捨てる、油を流して魔法技術で火を放て! 残った騎士は十団までで逃げ遅れた民達が城外に出るまでの時間を稼げ! もう俺の護衛などいらない!」
業火に燃える城。装飾の施された鎧を身に纏いながらも、混沌と化した自軍を自ら指揮するイザヴェル。
味方の騎士、推定残り700。敵軍、約10万。
もう戦争とは言えなかった。こうなってはただの虐殺だ、一方的な暴力の前に、もう勝敗は決している。
だが、戦いは終わらなかった。
最初の戦闘ではイザヴェル率いる騎士達の奮迅で先鋒を撃退することはできたが、数が違いすぎた。圧倒的な兵力で押しつぶされた軍は敗退、王都での籠城戦まで追い込まれ今に至る。
「ッ……どれくらい、意識なかったんだろう」
プツっと意識が途切れたのはものの数分だと思う。流石に三日間戦い続けながら一睡もしないのは無理があった。
「残った騎士で山道に続く南門を死守しろ! ここだけ一点防衛ならば相当の時間が稼げるはずだ! 残っている魔法技術に特化した騎士は最大出力の防御陣! いいな、民達が全員避難できるように南門だけは何としても敵を入れるな!」
隅っこで腰をおろしていた私に気がついたのか、イザヴェルが小走りに近づいてきた。
「セルマ、大丈夫か?」
傷ついた彼の手が差し伸べられる。
「大丈夫。ちょっと寝不足だったからかな」
「だな……そろそろ残っている騎士達の肉体も精神も限界だろう。今晩でなんとか残った民だけでも脱出させられればいいんだけどな……」
もう三日前の高かった士気は無い。今は目の前に迫った絶望に心が壊されないようにするので精一杯。
呼吸を整え、冷静を装ってイザヴェルの手を借りて立つ。身に纏うドレスや腰に差した剣は血でべっとりになっていて気持ち悪いが着替えている時間なんてない。それにこのドレスには何度か命を救われたから役にはたつのだ。
「……セルマ。疲れているところ本当に申し訳ないが、脚の軽い部下達を数名引き連れて城周りから回ってくる魔法技術隊の斥候をどうにかしてもらえないか? ……出来るならば状況に合わせて牽制と遊撃も頼みたい。これだけ圧倒的差を見せつけてるってのに敵の勢いはまるで象が蟻を全力で踏み潰してるかのようだ……避難が終わるまででいい、俺達が正面から敵主力を抑え込むからその間なんとか民が安全な所までいける時間を、稼いでくれ……」
苦しそうな顔でそう言ったイザヴェル。優しすぎる彼のことだ、きっと私にこんな命を下したくないんだろう。
でも、彼はこの国の〝王〟そして私は彼の妻である前に王の〝騎士〟。
「そんな苦しそうな顔しないでよ……貴方らしくない」
今までどんな困難な場面でも決して崩さなかったイザヴェルの強気顔がどんどんと崩れていった。
「頼む。頼むから、無茶だけはしないでくれ……俺の居ないところで死ぬなんて許さないからな」
彼の本音。それが聞けた私の体からは疲れが吹き飛んだ。
「貴方もよ、必ず戻ってきてよ」
腰の剣、初めて彼と斬り合った時とはまるで重みが違う王の剣を抜きながらイザヴェルは防衛の最前線へと向かった。
彼を止めることはできた。すべてを捨て、一緒に逃げることもできた。
でも、きっとイザヴェルは私が引き留めるのを快くは思わないだろう。無論、私だってそんな弱い女じゃない。
――けれど、結果など明白だった。
幾ら私たちの国が他に負けない大国であろうとも、三国から同時に攻め込まれては成す術もなかった。
この国を守護する多くの騎士はこの国を守るため戦い、殺された。
三日も持ち堪えることができたのは、イザヴェルの軍略とかつての大戦を生き抜いた屈強な騎士達がいたからだろう。
この国はもう死んでしまった。
「おい、しっかりしろ! おいッ! セルマァ!!」
煙が充満した回廊を、私はイザヴェルに支えられながら歩いていた。
「あ、危ない危ない……一瞬意識が落ちかかって、たわ。イザ…ヴェル。私は、もう――」
―死ぬ。
わかってる。もう下半身の感覚がない。こんなことなら多少動き難くてもドラゴンのドレスを破いたりしなければよかったかな……。
「言うな!」
彼だって、この国の王だというのに最前線で戦い続けかなりの傷を全身に負っているはずだ。もはや、この国は陥落したのも同然。
「まだ、終わってなんかない……」
イザヴェルと一緒に、一度も来たことの無い城の最上階に辿り着いた。小さな小さな部屋。
もう目蓋を開けているのも辛い。頭も働かない、そろそろ限界らしい。
「俺達が……これから作るはずだった、この国は…無くなった―」
イザヴェルが、床に自らの血で何かの陣を張っていくのが見えた。
「でも、ただで終わらせられるかよ……」
彼の書いている魔法技術がなんであるか、素人の私でも解かる。
陣が齎す構築でこの部屋を満たす大源はすでに魔界の域に達していた。
この技術は以前イザヴェルが言っていた――
「俺は、この国を……血に汚れて終わらせることなんて出来ない。俺の親父と、爺さん達が造った国だ、……そして、俺の愛する者達が生きた地だ。それを奪うというなら……でも、それは俺の……我がままに過ぎないんんだよな……お前まで、俺の身勝手に巻き込もうなどとは思わない」
彼の蒼い瞳は今でもその輝きを失わず、私を見つめていた。
「――何を、いま、さら。私はあの時、誓いましたよ? 貴方にこの命を捧げる、と」
「……っは、そうだったな。無粋な問いだったよ、忘れてくれ」
どうせ助からない命。それなら最後まで彼と一緒にいさせて。
いよいよ最後の時が来たらしい。大将の首を狙う敵の足音はすぐ近くにまで迫っている。慟哭が世界を包んでいた。
「――蒼穹の王が命じる」
イザヴェルが陣の中、詠唱を開始した。
そう、これは〝滅びの技術〟。
すべてを無に帰す終焉の光だ。
私の目には、部屋になだれ込んで来た敵と同時に発した淡黒い光に包まれる彼の姿が映った。
ああ、もう二人で馬鹿して過ごす日々は叶わない。
―セルマ、すまない。
そんな悲しい声が、最後に聞こえた気がした。
BADENDな結末ですが、一応これでおしまい。
頭に思いついたことをただ勢いで連ねていった話でしたけど、いかがでしたでしょうか?
いや、短くまとめるってのは難しいですね。
とりあえず最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。




