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「イザ―……、陛下。そろそろお時間です」
イザヴェル16歳の誕生日。王国は活気に満ち溢れていた。
待ちに待ったこの時がきたのだ。
「だからセルマ、二人でいる時くらい名前でいいだろ? 妃になったからって俺に固い言葉はいらない」
「ぅ、でも」
こればかりは彼と夫婦という関係になっても慣れるハズがなかった。
私は未だイザヴェルになれなれしくできる根性がないのである。でもこれまでのように二人でいる時間が減った今、私達は多くの人の目に着くのだからこれでいいのかもしれない。
下手に彼へ馴れ馴れしく接して周囲に不快を与えるわけにもいかない。
王の間で正装に身を包み出番を待つイザヴェルと、初めて着たドレス姿の私。
いやー、落ち着かない。
「それにしても、綺麗だな」
イザヴェルの綺麗な蒼い瞳に見つめられる。
「あ、ですよね! この国一番の職人が作ったドレスだそうです。胴と各種間接部の糸にはドラゴンの髭を編みこんでいるのでそれが僅かな光でもキラキラ光るし、これ一枚だけで鎧以上の強度を誇るとか」
「いや、ドレスも綺麗だけどさ。セルマが、な」
「……ぅぅ」
なんて甘い空気なんでしょうか。むずむずする。この人はときどきドストレートなことを言ってくるから心構えができないのである。
「へ、陛下こそお似合いです。その、かっこいい……」
「お、おう」
お返しとばかりに精いっぱいの反撃。
まったく、これからスタートだというのにお互いぎこちないことこの上ない。
「でも、陛下……か。短いようで長かったな」
そう、この一年は下積みに徹し地盤を強固なものとしてきたのだ。
でも慎重で大胆な行動をした甲斐もあり、なんとか無事に今回の戴冠式まで辿り着けたのだ。今日まで大きな問題が起きなかったのは幸いである。
先々代の陛下が危惧していた神官の方達も突然の告白に驚愕していたものの、大方納得してくれイザヴェルをこの国の王と認めてくれた。
「これも、お前の支えのおかげだな。本当に感謝してもしきれない」
「い、いえ。私は何も。ただイザヴェルと一緒にいるのが楽しかったから」
日が沈みだした茜空の中、ようやく戴冠式が始まった。
初めて公の場に姿を晒した陛下。
今、この城の前にはほぼ全国民が集まっているだろう。城の前の大広場は人で埋め尽くされている。
多くの民や騎士達はこの国の若き王を心から祝福し、歓声を上げた。
恥ずかしながらも、イザヴェルが私を紹介すると群衆は一気に盛り上がりを見せた。
民衆や周囲の反応は私が思っていたよりも良かった。多くの人々は私とイザヴェルを快く迎え入れてくれたのだ。
――そう。多くの者達は。
まるで図ったかのようなタイミングでそれは訪れた。
王の頭に証が掲げられるのと、災厄がこの世界を覆ったのは同時。
「て、敵襲ッ!!」
一人の騎士の切羽詰まった叫び声が幸せに包まれていた空気を一瞬で凍りつかせた。
歓声が一瞬で止む。
「きゅ、休戦中の…り、隣国三ヶ国が、同時に我が国境を……突破しましたッ! その勢い、凄まじ、く! 各遠方の村々から次々と……焼き払われ、数時間後にはこの王都にまで到達してしまいます!」
伝令に走ってきた騎士はどこか国境からきたのだろう、満身創痍でかなりの深手を追っていた。
「し、しっかりしてください!」
私はすぐさまその騎士に駆けより、鎧をはぎ取った。王妃が血に濡れる様に高官達は引いていたみたいだけど体裁を取り繕う暇なんてない。
「……!」
「これは……」
私も含め、近くにいた者は思わず顔を反らしてしまった。隣にいるイザヴェルだけが使命を果たし息を引き取った勇敢な騎士を直視していた。
「……なんという、ことを」
輝かしい場での人の死と、戦争の始まりを告げるかのような血のような真っ赤な夕日。
誰もが何もできず唖然としていた。すると、
「何を呆けている!」
絶望の中にあるこの式の場で、突然イザヴェルの怒号が響いた。
「絶望に染まるのは早い! 立て、動け! これは我が国への宣戦布告だぞ! 今この時も、罪無き何人もの命が失われているんだぞ! 思考を止めるな! 自分は何ができるのか考えろ! 騎士達は剣を取って民を護れ! 民は己の家族を守れ! この国を俺が、俺達が護らないでどうするんだ! これは、〝王〟の命だぞ!」
何十万人もの人間が集まるこの地は、ざわつきから一瞬で静寂に包まれた。
未熟な王の言葉に皆が目と耳、全神経を傾けていた。
誰からも頼られるような王になろうと懸命に生きてきた彼の必死の叫びは人々に届いたのだろうか。
国を誰よりも知ろうと、自らの足で国を駆けまわり、民達と誰よりも近くで接してきたイザヴェルだからこそ、
士気を高める男たちの雄叫びが大地を揺らした。
彼を讃える言葉が巻き起こる。
誰よりも強くあろうと、武も知も鍛え上げ、この国に住まう者達を護りたいが為にこれまで生きてきた。
「イザヴェル…」
どこまでも国の長であろうとした彼の言葉は、皆の心に確かに響いていたのだ。
それからの国民達の対応は速かった。
慌てふためく民達を騎士たちが先導して都から非難させ、多くの騎士はすぐさま状況に対応して戦に備えた。
騎士でない戦える男たちも、己の護るものだけでもと自ら慣れない剣を取った。
だがこうしている間にも、敵はこの地を目指して突き進んでくる。
「でも、なんでこんな最悪のタイミングで……ッ!」
慌ただしい場内で戦の準備に追われている時、私は見てしまった。
神官の何人かが、邪悪な笑みを浮かべているのを。
「あいつら……最後までイザヴェルの王位継承を反対していた……っく!」
近くにあった剣に手をかける――が、思い直す。
奴らが今回の戦争を引き起こした確証なんてないし、始まってしまった戦争を今さら止められない。
今見たモノを忘れようと、各方面に指示を飛ばすイザヴェルの元に急いだ。
「セルマ!」
豪華な上着だけを脱いだ、戴冠式のままの服装でイザヴェルは騎士団の指揮を執っていた。着替えている時間でさえ惜しいのは私も同じだ。
「めっちゃ可憐で綺麗な格好だけどな、それじゃあ動くのに邪魔になる! 着替えろ!」
この、馬鹿王……空気を読みなさいよ。
「着替えている時間が勿体無い――でしょう!」
さすがに動き難いとは思っていたので、ちょいと太ももあたりから下の布を斬り裂いた。私の昔の給料では一生かかっても払えないような高価なドレスだったけど、もう必要なくなるのだ。
「ああ勿体無いことしやがって……いいか、お前は近衛騎士団に護衛される非戦闘員と共に南に行け! 今ならまだクロス団長の騎士団がいるから一緒に――」
王の間で鎧を纏いながら、イザヴェルが私に逃げろと言う。それを、
「何馬鹿なこと言ってるのよ。言っておくけどね、私は貴方の剣、つまりはこの国の剣でもあるのよ! 私だって戦える。それは貴方が身をもって知ってるはず」
鬱陶しいドレスの裾にスリットを入れ、腕の部分も引きちぎる。
よし、これでだいぶ動き易くなった。
「……はぁ、まあそういうとは思ってたけどさ。いい、解った。俺はすぐに軍を率いて王都の外に向かうが、お前はどうしたい?」
彼のお父上同様、最前線にイザヴェルも赴こうというのだ。
「言ったでしょ、私は貴方といつまでも共に」
イザヴェルの乳母をしていたアフェイさんが、すでに私の愛剣を持って立っていた。この人とも長い付き合いになった。
「セルマ様、どうか陛下を……お護りください」
彼女の言葉に頷き、準備の整っているイザヴェルに向き直る。
「お互い、初めての実戦になる。大丈夫か? 震えてるぞ」
「す、すこし肌寒いだけよ! イザヴェルこそ震えてるけど?」
「バーカ、武者震いだ」
不安や恐怖が無いわけないじゃない。
今だって気を抜いたら腰が抜けてしまいそうだし泣き叫びたい。でも、みんなの前では、彼の前では弱い自分を見せたくなんてなかった。
誰だって戦争なんかしたくないんだ。ここにいる誰一人として喜んでいる者などいない。
「そろそろか……今いる将軍達を至急集めろ、至急だぞ! 大勢を立て直す!」
敵大軍団の地鳴りが聞こえてきた。
接触の時間は、刻一刻と近づいていく。




