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王騎士  作者: 庵こく
3/5

 

 そんな生活がしばらく続き、


「セルマ、入るぞ」


 閣下、イザヴェルの不法侵入の腕前はどんどん上がり、度々女子寮に現れるという男の子の噂はすっかり消えてしまった頃。


「はいはーい。居ますよ、今日は何ですか?」

「今日は相談事だ」

「相談? 貴方が私になんて珍しいこともあるもんですね」


 今日は遊びの御誘いでは無いらしい。真剣な赴きをしていた。

 しかも、いつもは持ち歩かない剣まで持参している。私たち騎士に配給されている量産型の剣とは違い、ごっつい両手で扱う剣だ。

 彼は頭がいい、私にこれまで物事を相談することなどなかったというのに、一体何事だろう? あまり良い予感はしない。


「これから暇か?」

「ええ。今日は非番です」

「なら少し付き合ってくれ」

「? はい、構いませんけど……」


 いつものイザヴェルとは雰囲気が違う。よく見れば、恰好がいつもの庶民服ではなく騎士達が鍛錬で着る薄手の服を着ていた。


「それと、剣を持て」


「しかしイザヴェル、貴方と剣は……」


 なんとなくこの後の展開が予想できたので、それとなく指摘をする。


「私はむしろ構いません。が、乳母殿にイザヴェル様とは剣を交えるな、と言われております」

「それだったら問題ない、アフェイとは後で話をつけるさ。いいから来い、王家の闘技場に案内する」


 有無を言わせぬ彼の言葉に、私は反発できない。いくら対等でいいとイザヴェルが言ってもそう簡単ではないのだ。

 結局押し切られるまま、私は自分の愛剣を取った。


 連れてこられたのは王宮の地下にあった古い闘技場だった。嘗ては歴戦の兵が自らの力を誇示し続ける為に使用されていたそうだ。


「俺が王として、大衆の前に出る日取りが決まった」


 円状の舞台で、イザヴェルと向かい合うと彼はいきなりそう切り出した。

 

「ふぇ!? 本当ですか! それで日取りは!」

「1年後、俺の誕生日だ」

「それはおめでとうございます! これでようやくイザヴェルがこの国を纏める日が来るのですね」


 彼の戴冠式、それは私としても喜ばしいことだった。同時に、彼の友人として今後も彼と共にいたい思った。


「でもその前に、一つやらなければならないことがある」


 イザヴェルが剣を抜いた。余計な力など無い綺麗なオクス。

 彼の表情にはさっきから感情が無かった。せっかくこの窮屈な生活を終えられるというのに。

 〝自らの手でこの国を豊かにする〟という目標を何度も私に語って聞かせた時の、私の好きな彼の笑顔はそこには無かった。


「セルマ、相手が俺だからって手なんか抜くんじゃないぞ」


 しっかりとした構えから流れるような挙動、イザヴェルはオクスの構えのまま地面を軽く蹴った。綺麗な乱れのない構えだ、誰の教えだろう。

 私もすぐに剣を抜いて構えた。彼の初手は突きと見切ってこちらも剣を構える。

 イザヴェルは右から回り込んでくる。剣先は上げたまま変わらない。私の読みは当たっていたらしい。


「スピードに乗ったいい身体の運び方ッ!」


 イザヴェルの切っ先を鍔で反らし、身体を横にずらしてカウンターの態勢を取った。

 私の型はヘルム家独自のものなので、教本にはないはずだ。騎士学校時代に私の型を初手で見切ったのはクロス師範だけである。

 イザヴェルでもいきなり対応することはできないはず!


「ッ! 話には聞いていたが、流石だなセルマ! 俺が認めた女なだけはあるよ!」


 イザヴェルの驚いた顔。頭じゃいつも勝てないから、彼をあっと言わせたのが嬉しかった。


 ヘルムの型は絶対に攻めに転じない守りの剣だ。相手の力が大きいほどカウンターは入れやすく、型が綺麗なほど見切りやすい。女の私にとってこの剣はとても扱いやすい物だった。

 イザヴェルの剣をしっかりと見たのは今回が初めてだけど、大方の予想通り師範並みの化物じゃない限りは私に歩がある。

 しかし、今回は剣自体重たいのがイザヴェルに味方をした。

 私が弾いた剣を、イザヴェルは身体を捻った時の遠心力と剣の重さを利用して再度攻撃へと移ったのだ。


「乱れない構え、突きの初速、そしてこの対応力。やっぱりイザヴェルには驚かされる!」


 下段に落とした剣をすぐに振り上げ、防御に回す。イザヴェルの容赦の無い打ち込みは重たく腕が痺れた。

 金属と金属の激しくぶつかり合う音が広い空間に反響する。

 鍔迫り合うことなどイザヴェルはしない。こんどは彼が私の剣を受け流すと、まるで私の対応を予想していたかのように次の行動へと流れていく。


 私としても、力では彼に勝てないので純粋な剣戟はありがたい!


「俺だって驚いてるよ。全力で相手ができる相手が親父以来でうれしいさ。だから手加減はすんなよ! 本気で来い!」

「もちろん! 真剣勝負でしょう!」


 イザヴェルの、幾多もの戦場を生き抜いてきたかのようなの荒々しい剣。

 私の、生き残ることだけを優先した防御主体の剣。


 お互い、一時間以上は本気で打ち合っていたと思う。しかし決定打になりえるものはなかった。

 悔しいけど、互角。


「はぁ……はぁ……もう、無理ー」

「俺も、だ。体力つけないとな」


 気がつけば、舞台はボロボロになっていた。意識していない間に暴れすぎてしまっていたらしい。


「……俺な、前に俺に剣を教えにきた近衛の騎士を切り殺しかけたことがあったんだ」


 お互い、消耗して並んで地面に倒れていると彼が口を重たそうに口を開いた。


「俺の剣は親父仕込みだ、一応かなり有名な武勇伝を残してるみたいだからさ、実力も半端なかった。そんな親父と十年くらい毎日稽古をしていたんだ、いくら腕の立つ騎士とはいえまったく相手にならなず、危うく殺すところだった」


 薄暗い闘技場。天井は今にも崩れ落ちそうなほどボロい。

 私はそんなことを心の片隅で考えながらイザヴェルの話を黙って聞いていた。


「でもようやくセルマ、お前という俺と対等の相手と巡り合えた。お前の剣の腕は男には決して劣らない素晴らしいものだ。俺が自信を持って言う」


 ときどき彼が王家の人間だと忘れてしまいそうなほどな、いつもの無邪気な声だった。


「あはは、それはありがたいお言葉だね。幼少より極めてきた甲斐がありましたよ。私も、何年ぶりかに本気の剣を振れて、とても充実した時間でした」

「そうか――っよし!」


 イザヴェルは疲れ切った身体を物ともせず飛び起きた。


「随分と考えてたんだ。でも、俺が王家の人間でも本気でブツかってきてくれるお前の腕前と気概、そして日々の凛々しい姿を感じて決心がついた」


 いつになく真剣な顔で褒めちぎられて心臓が破裂しそうになる。

 絶対、これ恥ずかしさで顔が赤くなってる。


 さらに私へ追い打ちをかけるように、


「だからセルマ、俺の剣になってくれないか? も、もちろん嫌だというなら断ってくれて構わないからな!」


 イザヴェルの口から想像もしないような言葉が飛び出した。


 彼は恥ずかしいのか、見上げる私と目を合わせようとはしない。

 ……ふふっ、相変わらずこういった喜怒哀楽の感情は解りやすい人だ。


 きっと、彼のそんなところも私は好きなのである。


「何をいまさら。私のこの体は命まですでに貴方に捧げています。こんな私でいいのなら、どうか永久(とわ)に使ってください」


 きっと今の私は、柄にもない満面の笑みで彼に微笑んでいるのだろう。


 王の剣となる夢。そう、気持などもうこの城に入る前から決まっていた。

 それとは別にあった、小娘の健気な小さな夢も同時に叶う。

 彼の剣とはつまり、彼を支える存在となるということだ。彼との時間を長く共有してきたからこそ芽生えた私の思い。


「い、言っておくけどな! 俺が言いたいのはお前をただの〝剣〟とするだけじゃなくてもっと違う意味で――!」


 はぁ……まったくこの人は。せっかく余韻に浸っていた私の気持ちをこうやってすぐ壊そうとする。でもまあ女心に関しては……うん。このまま唐変朴でいてもらいたいかもしれない。

 私だけを見ていてもらいたい。

 そんな気娘みたいな小さなこそばゆい思いを飲み込み、照れ隠しで喧しい彼の口を塞ぐ。


 こうして彼と繋がっているのはとっても恥ずかしいんだけど、それ以上に嬉しいってことはこんな私でもやっぱり根は女だったってことで。

 

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