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彼との運命的出会いを果たした日からそうたっていない夕暮れ時、私は再び王の間を訪れていた。
この何日かで劇的に変化したことなんてなかったけど、今日は気持ちの沈みがひどい。
あの日の殿下の言葉が今日まで毎日のように頭にあった。今も、現実を目の前にして殿下との最後の会話が蘇ってくる――
『セルマ、どうか孫の剣になってはくれんか? こんな世の中だ……女であるぬしに地位は与えられずとも、類い稀なる武があるとクロスから伝え聞いた。』
『え、師範にですか!?』
『奴はこの国でも類い稀なる剣の腕の持ち主だ。クロスが推す逸材なら申し分ない』
クロス=プレイヤー。騎士学校時代の恩師で、女性では異例である騎士軍のトップを務める団長だ。
私が騎士になるにあたり、イロイロと手を貸してくれた母親のような人でもある。
『いま孫に必要なのは、その身を守れるだけの絶対的な力だ。孫に四六時中張り付いて警護しろというわけではない。が、どうか孫の傍にいてはくれないだろうか……老人の最後の願いだ、どうか頼む』
――私が聞いた王の言葉はこれが最後となった。
王は私の目の前で、力強さを残しながらも安らかな表情で永遠の眠りに着いている。
思い残すことはない、そんな顔だった。
私と、この日から正式な王位後継者となったイザヴェル閣下。私達二人の他に、信頼のできる御付の者数名による別れの儀が厳かに執り行われた。
「――閣下。失礼いたします」
私は王の間の戸からすんなりと中へと入った。もう何度も足を運んでいるので戸を守護する近衛騎士ともすっかり顔なじみになっていた。未だに怪訝な顔は向けられるけど。
王の間に入ると、閣下は殿下の傍を離れずじっと祖父の亡骸と向かいあっていた。
「……何だろうな。この気持ち。悲しいはずなのに泣けないって俺はどうかしているのか? なあ、セルマ」
「……」
この前までは息をしていた人間が眠っている。
人の死。私も直に目にするのは両親の死以来だ。
こんな大事だと言うのに民や、この王の間を外で守る近衛騎士達でさえ先々代の王の死を知らない。
殿下の死を悲しむ者は少なかった。
「殿下の死は絶対に他の者に知られてはなりません」
そう殿下の乳母殿はきつく私と閣下に言いつけた。
まあ考えてみれば当たり前のことだ。
先代の王ですら既に亡きこの国は今もっとも危険な状態にある。今まで国を動かしてきた王が亡くなった、さらに元王も既に亡くなっているなんて事実を大っぴらに出来る筈がない。
「イザヴェル閣下……そろそろお時間です」
「わかっている、しばし待て」
私と同い歳の若き閣下。
なんで私がそんな閣下の側近に抜擢されたのか、ついに殿下から詳しく聞くことは叶わなかった。
ただの護衛なら私なんかより適任はいっぱいいるというのに。
未熟な私とは対照的に、閣下は『魔法技術』と剣に抜きんでた才を持っている。私なんかが必要とは思えない。
普通に考えれば、こんな私がこの国の中心にズカズカと入り込んでいいはずがないのに……
「――よし、いくぞセルマ」
「は、はい」
しかし、現在の私の主は彼だ。彼も私を付き人としてくれている。
それだけで、私はこの先も生きていける。と思う。
それからの日常は、以外にも驚くほど変わらなかった。
詳しい事情は知らない私ではあったけど、国は平穏で終戦協定を結んでいる隣国との外交も目立った問題がなく友好的だった。
しかし、変わったとすれば――
「セルマ、いるか?」
「っっぶぅぅぅ! か、閣下! なな、な、なぜこのような所に! ちょ、待ってください!」
未だ警備の任から変わらない女子寮生活を過ごす私の元に閣下自らがやって来たことだ。
思わず食べていた夕食を噴き出してしまう。
「なんだ? 都合が悪いか? それなら出直すが」
「い、いえ! ただその、私の恰好がとてもお見せできるものではないといいますか、率直に言いますと、今下着姿でして……」
「あー……そ、そうか。タイミングが悪かったな、また後で来る」
「いえ! それには及びません! 今全速力で着替えておりますので、しょ、少々お待ちを!」
扉の前に閣下を待たせておくわけにもいかない。
だって、ここ女子寮なんだよ。十数名の女性しかいないとはいえ男子禁制!
みっともないけど、散らかったままの部屋を片付けもせずに薄手の布切れを羽織った。
「ぉお待たせしました! は、早く中入ってください!」
少々乱暴だったかもしれないけど、閣下の地味上手くに変装している庶民の服を掴み部屋に引き入れた。
「ハァ……ハァ……それで、何故こんな汚いところに? 閣下の方からいらっしゃらずとも、御用でしたら私の方から窺いますのに」
「いや、なに。俺の顔を知る者などこの国にはほとんど居ないだろ? 神官達と騎士達の眼を盗んで城を抜け出して散歩がてら暇つぶしに立ち寄った」
「だ、だからってこんな危険を冒してまで! 何かあってからではどうするんですか!」
閣下が初めて出来た友人。それが私だったそうだ。
幼き頃より城の奥深くで隠されてきた閣下。知っている顔はご家族を除けば乳母殿と数名の信頼できる高官の人だけだったらしい。
外の景色など知らずに育ってきたので、最近では外の世界に興味が尽きないそうだ。
後々聞いた話だと、閣下が唯一気を許せた場所が市街にある騎士女子寮の一人部屋である私の部屋らしく……まったくこの人は……
おかげで、『セルマが男を連れ込んでいる』なんて噂が立つことになるのだが、この時の私は必死でそんな噂が耳には入っていなかった。
「その様子だと今日の任はもう済んだのであろう?」
「た、確かに今日はもうあがりですが……まさか、これからですか?」
「ああ! もちろんだ!」
外の世界を知らず何が王か。
閣下はそう言って私の暇を狙っては城の外へ赴くのが日課になっていた。もちろん、閣下の乳母殿は承知しているらしくむしろ『イザヴェル様をどうかよろしくお願いいたします』と御願すらされてしまったほどだ。
「さっさと着替えろ、いくぞ!」
「あーは、はい。では少々お待ちを閣下」
「……おい。前から王の間以外で俺を『閣下』とか堅苦しく呼ぶのは禁止だと言ったろう。ましてや二人きりの時に固くなる必要もない」
「ぁ、えっと……はい、イザヴェル――って、やっぱり慣れないわよ!」
「よし、それくらい砕けた感じでいい。では今日は市場までくりだすか! どうやら夕飯を台無しにしてしまったようだからな、今夜は俺が奢る」
城から出れば、彼は本当に好奇心旺盛な普通の男の子だった。
どんなことにでも幼い子供のように興味を持ち、どんな経験でもしようとする。
同年代の者たちと身分を隠して遊んだり、朝まで民達と酒場でこの国について語らい騒いでいたり、たくさんの経験をした。
経験と言えば、正義感の塊であるイザヴェル閣下は町に出るとすぐトラブルに首を突っ込んでしまう性質らしく……
二人で連続喰い逃げ犯を捕まえたり、暴力で金銭を巻き上げる悪党の輩を退治したり。
さらには巷で問題になっていた婦女子の人身売買組織を二人で潰してしまったこともあった。
本当、なんど死ぬ思いをしたことか……あ、主に気苦労でね。




