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【第七回】大道芸、シマウマ、バー


 メールで指定されたバーにやって来た。地上には入り口と階段だけがあって、店本体は地下に存在している。ごみごみした都会の組み入った路地の中に置き看板が一つあるだけだったから入り口を探すのには苦労したが、どうやら指定された時刻には間に合ったようだ。

 カウンター席のやたら背が高くて背もたれのないイスにかけて、長い黒髪のセクシーハンサムなバーテンダーに一言「シマウマ」とだけ言う。すると彼は小さく一つうなずいてから、自然な動作で自分のチョッキの胸元に手を突っ込んだ。俺は拳銃でもでてくるんじゃないかと身構えてイスから腰を浮かせたが、どうやらそれは杞憂に終わったらしく、彼は胸ポケットから金色の鍵を一本取り出してこちらに渡すと「あちらの扉からお入りください」と耳打ちし、指で店内の扉を示した。

 店の中が暗かったせいでよくわからなかったが、近づいてみると扉には金色の文字で「STAFF_ONLY」と彫り込まれていた。見ると、壁沿いには同じような扉がいくつか並んでいて、この扉もそのうちの一つのようだった。合い言葉はシマウマか。どうしてシマウマなのだろう。いや、そんなことはどうでもいい。それよりも、この先にいるものを思い浮かべて少し感慨深い気持ちになりながら、受け取った金色の鍵で扉を開けた。

 扉の向こうには細長い通路ともう一枚の扉とがあって、それを抜けるとそこが目的の部屋だった。十畳ぐらいの広めの部屋で、壁は店と同じく黒く、しかし店とは違って、メガホン形のシェードに光を絞られた強めの電球のライトが全部で四つ、四隅から部屋を照らしていた。

「よォう兄ちゃん」

 そこには、白黒横縞の囚人服のような服を身に纏った、細身で少年のような男が一人、立方体の置物に腰掛けて待ち構えていた。少し大げさな動作でようと腕を挙げている。シマウマというのはこういうことか。シマウマみたいな服を着ている。

「……おまえ、昼間の大道芸人じゃないか」

 今日はこの約束まで時間があるんで、近くにあった噴水のあるような大きな公園で時間を潰していたのだが、この男、そのときに見た大道芸人に非常によく似て、というか、そいつそのものだった。つまり状況から判断するに、探していた人物とあの大道芸人が同一人物だった、という認識で正しいのか……?

「そうだぜ? それがどうした?」

 どうやら正しかったらしい。

「なんで囚人服なんか」

「囚人服ってな失礼だな。これは囚人服じゃなくて、ただオレのトレードマークってんで着てるだけだからさ」

 男は激しくオーバーな身振り手振りを使って喋る。部屋の入り口に立った俺はそれを観察しながら話を聞く。

「……そうかい」

 変なこだわりも持っているらしい。さて、ため息もついたところで、口慣らしの適当なおしゃべりはここまでにしておくとしよう。襟をただしてきりっと前を向く。立方体の上であぐらをかいて、ぶかぶかで白黒ボーダーの服で手を振り回している彼を見据え、ばっちりと視線が受け止められたのを確認すると、俺はすぅっと息を吸い込んだ。

「単刀直入に言おう、俺と契約して欲しい」

「まァそうだろうな。それ以外の用件でオレと会いたいと願うのはせいぜい友人と借金取りぐらいだぜ」

「人間だって同じようなもんだよ」

 あえて意味深長な発言をしてみる。契約、人間ではない、それはどういうことか。この目の前にいる白黒ボーダーの男、青木トシユキという男は、人間ではない。対価による契約で人間に力を貸す悪魔的な存在だ。俺も、それを知ってここへ来た。

「そっかそっか。んで、お前は何を望んで、どれだけの力を貸して欲しいんだい? そんで、どんだけの対価をオレにくれるんだい?」

 目をぎょろりぎょろりと動かしながら、青木は愉快そうに訊ねてくる。その声はボイスチェンジャーを使った歌手のようなテクノボイスとなってこちらに響いてくる。楽しむような表情と声色に直感するものがあって、青木に一つ質問してみる。

「……思うに、お前は俺が何を望んでいるのかぐらいならもうとっくにわかっているんじゃないのか?」

「オッ、鋭いねェ。なんでわかるんだい? オレ、そればっかりはちょっと気になっちゃうぜ?」

「どうだっていいだろ」

「ケッ……まあいい。そんで対価だ。お前はオレに、その望みを叶える引き替えにどんなものをどのぐらい出すんだい?」

 喋る青木の目は非常に楽しそうに輝いていて、ただ不思議な奴だと思った。人間ではないという話だし、それも当然のことなのだろうが、彼がだいたいどのようなことを考えているのかわからない。常識が通じないから、どういう場面で楽しいのか、どういう状況で不愉快なのか、そういう根本的なことがわからないから、相手の機嫌を損なわないように接しようとするとびくびくしてしまいそうになる。なるべくそうならないように意識する。

「三十年だ」

「ヲォ?」

「聞こえなかったか、三十年だ。俺の寿命を残り三十五年のうちの三十年やるって言ってるんだ」

「ほォう。昼間とは違ってダイブ気前がいいじゃんか」

「あいにく金は持ってないんでね」

「そうかそうか。了解だぜ」

 青木は満足げに笑った。


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