【第一回】ペンギン、Tシャツ、校長室
二十七時の校長室。冗談みたいに静まりかえって、窓の向こうでかすかに聞こえる虫の音の他に音はない。私は部屋をぐるりと見回し頷いて、も一度見回し頷いた。今度は部屋を歩き回って、あちらを見たりこちらを見たりし、近づいて見たり離れて見たり、観察しながらまた頷いた。これが我らが校長室か。狭すぎず広すぎず、ちょっと広い程度の広さで、壁の上には歴代の写真、ガラスケースは壁際に、何かの資料が詰まったファイルとそれが入った段ボール。そんな私の侵入を、捉えているのは金魚だけ。あぶくを泳ぐらんちゅうと、その下にいる水泡眼。
汗だくで、二十六時に目が覚めて、夢の名残がほどける中で、校長室に行かなきゃと、天啓みたいに閃いた。校長室へ行ってみよう、今まで行ったことがない、校長室へ行ってみよう。Tシャツを、ペンギン柄のに取り替えて、ジャージのままで家を出た。サンダルの音が夜に響いて、響いただけで消えてった。私の高校に着いてから、サンダルを脱いで上履きに、そのまま歩いてここへ来た。私の小さな大冒険。
初めて訪ねる校長室は、月の光に照らされて、白い光の下にある。磨かれた床はぴかぴかで、足を滑らせたくもなる。きゅっきゅきゅっきゅとやってみる。これはなかなか悪くない。ふと窓の外に目をやると、空から何かが落ちてきた。まっすぐに窓に落ちてきた。ガラスを破って粉々にしてそいつは机に降りたった。きらめくガラスの粉の中、机の上で立ち上がる。私は我が目を疑った。むらさき色のペンギンが傷一つ無く立っていた。ぶるると体をふるわせて、彼は私に目を向けた。おしまいだ。私は両手で頭を抱え、つるつるの床にへたり込む。のどの奥から漏れる声。
「こ、校長……」
「いかにもだ。不法侵入はよくないよ。明日の昼にまた来なさい。原稿用紙を渡すから」
突きつけられた反省文。我らがペンギン校長先生。私の小さな大冒険。