ep1-6
「んぅ。ん……」
ここはどこだ?
「む? お目覚めですかな? 」
突如眼前におじさんの顔が現れたものだから俺はとんでもない悲鳴を上げて後ずさった。
「ほっほっほ。私ですよ。平です」
「あ、ああ。ジャッジの。な、なんでこんな所に? 」
周りを見回してみると、どうやらここは保健室らしいという事が分かった。つまり、俺は平さんに運ばれて来たのだろう。ば、バレたかな?
「凛様が意識を失ってしまいましたので、私めがここまで運ばせていただきました。結花様が運ぶとおっしゃっていたのですが、それではあなた様の正体がバレるやもしれませんので」
「あ、あんた俺の事を知っているのか? 」
「はい。理事長からお話は伺っております。彼は妻と娘に頭が上がらないのです。どうか、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げられたので俺も頭を下げて「頑張ります」と言った。
「さて、それでは私は失礼します。もう直ぐお昼休みです。どうかごゆるりと」
え。転校初日にして一時限も授業を受けずに昼休み?
「あ。ほんとだ」
丁度終業を告げるチャイムが鳴った。
「だだだだ、大丈夫か転校生!! 」
そしてチャイムが鳴り止む前に平さんと入れ替わるように結花ちゃんが入ってきた。
「ああ、大丈夫だよ」
ぜぇぜぇと息を切らしているのを見ると、終業のチャイムが鳴った瞬間にここまで走ってきたのだろう。どんなスピードだ。
「そ、そうか。すまなかったな。私が決闘を申し込んだせいで……」
土下座をする勢いで頭を下げる結花ちゃん。
「いや、俺のは自爆というかなんというか」
そんなに謝られても困るぞ。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、それでは私の気が済まない。お詫びに何か奢ろう。食事はできそうか? 」
「ああ、うん。じゃあ遠慮なく」
こういうのは断るよりも受け入れた方が相手の気持も収まるだろう。まぁ完全に俺のせいなわけだが。
「よし。では行こう。私のオススメはすぺしゃる天丼だぞ! 」
俺の手を掴んでずんずんと歩いて行く結花ちゃん。
「……あぅ。凛が連れてかれた」
一瞬ノアちゃんの声が聞こえた気がしたが、どこにも姿が見えないので気のせいだろう。
「どうだ転校生! 美味しいか! 」
「ああ、うん。っていうか転校生って呼ぶのやめないか? 俺には凛という名前があってな。ってかさっき教えたよな」
男らしくないのでそんなに好きではないが、母さんが付けてくれた大切な名前である。
「う、うむ。な、なんだろうな。貴様を名前で呼ぶのは少し照れくさいぞ」
結花ちゃんが頬をほんのりと染めながら「よし」と言った直後。
「うはははははは!! 海老げっとおおおおおおおお!! 」
食堂に響き渡る声で叫ぶ白雪が海老をパクっていった。
「斬る! 」
即座に刀を抜く結花ちゃん。物凄い反応速度である。
「うははは! 斬られんぞ! うはははははは!!! 」
白雪も得物である短刀・断風を抜いて楽しそうに結花ちゃんの剣を捌いて行く※ここは食堂である
周囲の生徒も食事をやめて食堂の端へと避難している。随分と慣れているという事はこういう事は珍しくないのか。
「やめんかッッッッッ!!!! 」
その二人の間に人影が立ちはだかったかと思うと二人の首もとを掴んで持ち上げた。
「うはははは!!! 私ゃ猫か! 」
宙ぶらりんのまま笑う白雪。うん。やっぱりお前はアホなんだな。
「か、会長……しかし林崎の奴が」
え? 会長? あれが生徒会長?!
「いかなる理由があろうと風紀担当が風紀を乱していい理由にはならんッッッ! 」
ば、バカな……あ、あれが剣聖女学院の生徒会長? 俺が最終的に倒すべき相手……?
「喝ッッッ!!!! 」
会長は二人の額と額をぶつけてそのまま投げ捨てた。
「いったああああああい!! 」
「ぐっ!! さ、流石会長」
な、なんだよあれ。ほ、本当に女子高生なのか? どこからどう見てもあの背筋が鬼の面のように見えて地上最強の生物と呼ばれている人物にしか見えないぞ。
「皆、すまない。騒がせたな」
手を上げて去っていく会長。
「……」
目の前で起きた惨劇のせいで食堂は無人になったかのような静けさだった。
「なぁ白雪。一つ聞きたい」
会長に謝罪に行くという結花ちゃんと別れて白雪と教室へ向かう途中、我慢できなくなった俺は聞くことにした。
「ん? なに? 」
「あれって本当に女子高生なのか? 何かの手違いでここに来ちゃったオーガとかじゃなくて? 」
「おーが? 違くて、あの子は生徒会長の伊集院雅ちゃんだよ? 」
なんで名前はそんなにお淑やかな感じなんだよ。完全に歴戦の戦士だっただろ。
「すっごいんだよ! エクスカリバーっていう名前のでっかい剣をブンブン振り回すの! 」
完全に狂戦士じゃないか……え? 俺そんなのに勝たなきゃならんの? いや、でも最悪彼女(?)の卒業を待てばいいのか。
「うわ。すげぇ自信無くなってきた」
うははー大丈夫大丈夫と適当に笑っている白雪を恨めしい目つきで睨んでいると
「君が竹内環境担当と戦ったと言う転校生か? 」
ガシッと肩を掴まれた。手ぇでかっ!
「うわああああでたああああああ!!!! 」
背後にはドンッと佇む生徒会長様のお姿が。
「いきなりすまないな。私は生徒会長をやらせてもらっている伊集院雅だ」
「な、なななななんだ?! 俺に何の用だ? 」
めちゃくちゃビビッている俺。こればかりは仕方ない。
「うむ。うちの役員が迷惑をかけたと聞いてな。お詫びにきたんだ」
すまなかったと頭を下げる生徒会長。
「いえいえいえいえいえいいえ! 俺の方こそ初日から遅刻とかしてすんませんしたあああ!! 」
これ以上は無いという速度で土下座に移項する俺。
「ああ、いや。そんなに謝られても困るのだが。と、いうか君はなんだか男のような話し方をしているな。いや、別に悪いという意味じゃないんだ。ただ先日男が女の格好をして女子校に入学するなどといった漫画を読んだのでな。その主人公も君と同じような話し方」
「何を言ってるんですか会長。私が男だって意味ですか? もーそんな訳ないじゃないですか」
だだだだだだ誰だそんなピンポイントな漫画描いた奴!! 今すぐ打ち首にしてやる!
「はっはっは。つまらない冗談だ。では、改めて、ようこそ剣聖女学院へ」
握手を交わす俺と会長。緊張と恐怖で汗がベトベトだったのだが、会長は全く気にしていないようだった。
すごい。岩みたいな手だ。女の子(?)の手を握っての感想としては失礼すぎるだろうが、これが素直な感想である。
「では、さらばだ」
悠々と去っていく会長。ちなみに俺の腰は抜けた。
「うははは!! 凛ってば緊張しすぎでしょ! 同級生相手に」
同級生!!!???
「同級生なの!? 生徒会長なのに!? 」
「そーだよ。ここは剣の実力だけが全てだからねー」
卒業を待つという望みも絶たれた。つまり、あの筋肉の化身のような彼女と戦わなければならないという事が確定したのだ。
「だから! 凛も頑張れば生徒会長になれるよ! なりたいな~ならなくちゃ~絶対なって~やる~ってね! 」
なかなかの懐メロを出してきたな。
「おr、私に出来ると思う? 」
「おっ。やっと女の子っぽく振舞う気になったんだ」
疑われた訳ではないだろうが、先ほどの会長の冗談がもの凄く気になるので言葉遣いも改めることにした。恐らく俺が男だとバレた瞬間に俺の命はキュッとなってパッと無くなるのだろう。
先行き不安というか、お先真っ暗である。