ep1-5
「よし、では始めよう」
刀を抜いて構えを取る結花ちゃん。
「はいよ」
俺は刀を抜かずに拳を握る。
「む? 得物は抜かないのか? ああ、抜いたら意味無いのか」
よく分かってらっしゃる。
「まぁ大丈夫。素手でもがっかりさせはしないさ。武道とかは習っちゃいないが小学生の頃から親父と殴り合ってるからな」
今でこそ落ち着いたものの、母さんと離婚した直後は酷かったからな。
「な、なんか凄い人生を送っていそうだな」
「まぁな。だからそこら辺の不良共なら三十人は相手にできるぜ」
流石に三十人は盛りすぎた。でも見栄を張りたいお年頃なのである。
「ほぉ。うちの生徒会長と同じくらいの強さなのだな転校生」
え? 本当に人間なのそいつ。
「では、両者位置について! 」
俺達の間に立った初老の男が旗を振り上げた。
「え!? 誰!? 」
「ジャッジを務めます。平公平でございます」
恭しく頭を下げる公平さん。いや、いつの間に現れたんだよ。
「平さんはいつも決闘があるとどこでも現れるのだ」
すげーな平さん。
「では、宜しいですかな? はじめっ!!! 」
平さんの声が聞こえた瞬間、結花ちゃんの姿が消えた。
「速っ!? 」
突然目の前に現れた結花ちゃんの刀を辛うじて避ける。
「隣のクラスの益田君並に速いな」
剣信のスピード☆スターと謳われた益田君並のスピードを持つ女の子がいるとは。ここは俺がかつて益田君を破った戦法でいくしかない。
「ふんっ! 」
斬撃が繰り出される前に地面を思い切り殴りつける。
「ぬおっ!? 」
打撃で地面を揺らして結花ちゃんの足を止める。建物の全体が揺れる程の打撃に突っ込みたい人に一つ言っておこう。
「この作品はフィクションです! 」
その一言と共に結花ちゃんを掴む。
「なんだいきなり!? ふぃ、ふぃくしょん? 」
「せええええい! 」
結花ちゃんの言葉を無視して背負い投げ。綺麗に決まった。
「くっ! ……やるな」
苦痛に顔を歪めながらも立ち上がる結花ちゃん。バカな。益田君を倒したフィニッシュブローだぞ?
「……ったた……貴様を強敵とみなして全力で行く。超刀・真空の力を使わせてもらうぞ」
真空? それがあの刀の銘か。
「なんかやばそうだから使われる前に行くぜ! 」
わざわざ相手に技を使わせる必要はない。バトル物のセオリーを守らない男と呼ばれた俺である。
刀を振り上げたままの結花ちゃんに接近しようとしたが。その目がカッと開いたのを見逃さずにすかさず離れる。
「ぜえええええいっ!!!!! 」
声と共に結花ちゃんが刀を振り下ろす。
「うおおおおおおおっ!!!!? 」
な、なんだ? 斬撃が飛んできた?! あっぶねー。よく避けたな俺。
「はあっ!!! 」
続いて横に刀を薙ぎ払ってきた。
「嘘!? 連射可能!? 」
横一直線の斬撃を床に這いつくばって避ける。ちらっと後ろを見ると綺麗な十字に武道場の壁がくりぬかれていた。
「やあああああっ!! 」
また来た!!
「そう何度もやらせるか! 」
またもや飛んできた縦の斬撃を最小限の動きで避け、距離を詰める。
「ちっ! くらええええええっ!!! 」
「させるかあああああああっ!! 」
またもや刀を振り上げた結花ちゃん。この距離でアレに当たったらいくら今がコメディ調になっているとは言え大怪我間違いなしだろう。
「俺流奥義! 白刃取り!! 」
成功率三割の奥義を繰り出す。この奥義は無論、相手の振り下ろす刃を掴む物だ。
「あ、しまった」
よく考えたら懐に入りすぎてるぞ俺。
ふにょん
あ。
「あふっ!? しまった集中が切れた! って、どうした? 」
い、いまいまいまいまいま。
「……お、おおおおおお、おっぱ、おっぱっぱ」
ふにょんって! 手の平に奇跡が起きた!
「む? おっぱ? ああ、今私の胸を鷲掴んだ事を気にしているのか? 別にいいさ。女同士なんだし気にするな」
笑顔で言う結花ちゃん。なんという事だ。
「……グ、グレイト……ッ! 」
なんということだ。大抵のこういうラッキースケベは制裁される物だというのに……俺は今簡単に許された。
だって女の格好をしてるから! 俺は今女の子だから!
「く。くくっ。くくくくくく! 」
そうか。そうだったか。俺は今日からセクハラし放題というわけか……って、バカ野郎! この糞童貞! そんなの紳士としてあるまじき行為! っていうか犯罪! 女装して女子校に入学してセクハラって考えうる変態の中でも最悪のケースだろ!
「ど、どうした?! いきなり頭を床に打ち付けだして! 」
心配そうに俺に駆け寄ってくる結花ちゃん。ああ、優しいなこの子。それに比べて俺って奴は。
「なんでもないよ。今煩悩を滅殺したとこだから」
「あ、ああそうなのか。それよりもすっごい量の血が頭から噴き出してるけど大丈夫か? 」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫。シリアスな感じになってなきゃ大丈夫だよ。でも眠たいからちょっと眠るね」
薄れ行く意識の中、このまま運ばれたりなんかしたら男ってバレるんじゃないかなと思ったが、そんな事よりも眠たかったので眠る事にした。