ep1-4
「ふぅ。大丈夫だ。落ち着け。確かに転校初日から遅刻はしている。だが、それだけの事じゃないか。何も問題ない」
二年菖蒲組の前で俺はとても緊張していた。
「もうすぐ授業が終わるから、こうさりげなく行こう」
独り言を呟いた瞬間に終業のチャイムが鳴った。
「転校生の林崎ですー。遅れてすみませんー」
「じゃあ次回h……」
シーンとする教室。うん。まぁそりゃそうなるわ。うん。
「……あ。私の友達」
「凛! うはははは! 初日から大遅刻じゃん! 」
ノアちゃんと白雪が立ち上がった。二人とも同じクラスだったのか。
「えと、こういう場合はどうしたらいいのかな? 」
若い女性教師がなぜか俺に聞いてきた。知りませんよそんなの。
「うはははは! まぁ自己紹介とかは帰りのHRでいいんじゃない? ちゃんと席は用意してあるよ! 」
白雪に手を引かれて空いている机にやってきた。
「じゃあ頑張って! 」
そのまま自分の席に戻ってしまう白雪。ああ、そんな薄情な。
「……友達、席隣。やった」
「お。ノアちゃんが隣か。よろしくな」
そういえば俺はまだノアちゃんに名前を教えてなかったな。
「おい! 転校生! 」
俺がノアちゃんとは反対側の隣の席の子に挨拶しようとした所、前方からずんずんとやってくる女の子が一人。
「もしかしなくても俺だよな。ええと、なんでしょうか? 」
肩を怒らせてやってきたのは髪をポニーテールにし、キリッとした目付きの美人だった。物凄く機嫌が悪そうだけど。
「貴様、転校初日から遅刻とは弛んでいるな! 生徒会、風紀担当としては見過ごしておけん! 」
風紀担当? 風紀委員とは違うのかしらん。
「始まったわね、竹内さんの“鬼の風紀取り締まり”が」
「転校生さん大丈夫でしょうか? 」
周囲の子達もざわざわし始めた。なんだかよく分からないが面倒な事になる前に謝っておこう。
「おーい凛ー! よく分かんないけど戦う事になったら手加減してあげなよー。ゆかっちはあんたより弱いんだから」
おおおい白雪さん!? とんでもなく余計な事言ってるよあんた!
「ほほぉ~。林崎が面白い事を言っているな。よし、では勝負と行こうじゃないか」
こめかみをピクピクさせている竹内という生徒。
「いや、でももうすぐ授業が」
「ここ剣聖女学院では剣よりも大切な事など存在しない!! 」
えええええ? 僕達は一応学生ですよ。
「行くぞ! 」
ポニーテールを翻して颯爽と歩いて行く竹内さん。
「……友達。大丈夫? 」
「お、おおノアちゃん。俺は大丈夫だ。あと、俺の名前は林崎凛だ。これからは凛って呼んでくれ」
ノアちゃんは無表情で頷くと若干嬉しそうに凛、凛と呟いていた。
「え? あなた白雪と同じ名字なの? 」
「なになに? 偶然? 」
女子生徒数名に囲まれた。おおおおお、女の子がこんなに近くに沢山。
「あ、ああ。まぁあいつとは家族だしな」
「え!? 」
「そーそー。林崎凛。私のおねーちゃん。三日しか誕生日違わないけど」
良かった。白雪が普通に兄貴です。とか言わないで。
「双子でも無いのに歳の近い理由っていうのはまぁ言わなくても分かるよな。と、言うわけで初めまして。白雪がお世話になってます」
頭を下げる。
「なんであんたお姉さんがいるって言わないのよー。初めて知ってビックリしちゃった」
肩を押されてうははーと笑っている白雪。
「へー。白雪のことめっちゃ可愛いと思ってたけどお姉ちゃんもヤバイね」
ヤバイって何がヤバイんだろう。確かに白雪はヤバイ奴だ。笑い方も変だし。
「美人姉妹かー。両親も鼻が高いだろうなー」
すんません。実は一人は男なんです。
「っていうかなんで転校? 」
うっ。その質問を想定していなかった。
「貴様等何を和気藹々とやっておるかーーー!!! ビックリしたわ! 後ろ見たら誰もいないんだもん! 暫く独り言言いながら廊下を歩いてしまったではないか!! 」
竹内さんが物凄い勢いで帰ってきた。
よかった。これでさっきの質問をはぐらかせたかな。
「あー。もう、ホントに。次はちゃんと来いよ! 」
またツカツカと歩いて行く竹内さん。
「えっと、凛ちゃんでいい? 」
「おう」
女の子にいきなり名前で呼ばれた。ああ、素晴らしいよ女子校。
「メアド交換しようよ」
なっ、メッ、メアド交換!? つ、ついに俺のケータイに家族以外の女の子のメアドが登録されるっていうのか。
「おう。いいぜ。じゃあ送信するわ」
「あ、いいなー。ウチとも交換しよー」
「次私もー」
うはっ。うはははっ。モテモテじゃないか俺! モテ期きた!
「だからさぁ!! なに?! なんなの!? 人の話聞いてないの!? バカなの!? おかげで私が独り言を呟いてたかと思うと突然走り出す変な奴みたいに思われたらどうする! 」
またもや物凄い勢いで竹内さんが帰ってきた。騒がしい人だなぁ。
「ゆかっちうるさいぞー。うはは! 」
「林崎は黙っていろ! ええい! こうなったら無理やりにでも連れて行く! 」
俺の腕を掴む竹内さん。お、意外と力強い。
「ちょっ、力強いな!? だがしかし剣術とは腕力が全てではないという事を教えてやる! 」
俺の腕を顔を赤くしてまで必死に引っ張りながらそんな事を言う竹内さん。ああ、微笑ましいなこの子。
「もー! いい加減にしろよー! いーくーのー! 勝負するのー! 」
ああ、駄々をこね始めちゃったよ。周りの皆も我が子を慈しむかの様な表情で竹内さんの地団駄を見ている。
「分かった分かった。行くから。ね? 」
「うん。絶対だぞ」
またもやツカツカと歩いて行く竹内さん。もう一回同じ流れになったら泣き出す恐れがあるので大人しく付いていく。
「そもそもだな。貴様は転校生とは言っても既に剣聖女学院の生徒なのだ。そこら辺の自覚をもっとしっかりと持つべきだとは思わないのか? 」
俺の方を振り返りもせずお説教を始める竹内さん。もしかしてさっきもこうやって一人で説教してたのかな。
「まさかまたいないのか!? よ、良かったいた」
俺の顔を見ると安心したような表情を見せてまた歩き出した。
「ええと、竹内さん? 」
「おお、そうか。自己紹介がまだだったな。私は竹内結花だ」
「結花さんね。俺は林崎凛だ」
「林崎? 林崎白雪と同じ名字なんだな」
さっきクラスメイトに話した事を結花ちゃんにも話した。
「ほほー。そうなのか。しかし、それよりも気になるのはその得物だな。なかなかの物と見えるが」
「おっ。分かっちゃう? これは林崎家に代々伝わる妖刀。銘は“朧月”って言うんだ」
柄をポンと叩く。
「ふむ。朧月か。聞いたことないな。妖刀というとあれか? なにか特別な力をもっているのか? 」
「ああ、今から戦う相手に言うのもどうかと思うが。こいつは鞘から出した瞬間すっごい光る」
以上!
「……え? 光るだけ? 他には? 」
「すっごい切れ味が悪い! 豆腐さえ切れないぞ! 」
もはや俺の中ではこいつは刀ではなく鈍器という認識だ。
「そ、そうか。やはり転校初日から遅刻する人物の得物は常人とは違うんだな」
褒められてるのかな俺。
「しかし、妖刀とは初めて見たな」
珍しそうに“朧月”を見つめる結花ちゃん。
「ああ。下手したらそこら辺の無銘の刀よりも弱いだろうがな」
だって切れないんだもの。もはや刀である意味がないんだもの。
「そんな事はないだろう。なんというか雰囲気が他の剣とは比べ物にならないくらい違う」
刀の雰囲気ねぇ。
「おっと。着いたな。この武道場で勝負を行うぞ」
はぁ。転校初日からなにやってるんだ俺……