ep1-1
「ふむ。ここが剣聖女学院か」
確かにこう厳かな雰囲気がビシバシ伝わってくるな。
「まさか俺が女学院に転校することになるとは」
ため息を一つついてこの無理難題を押し付けられた経緯を思い返す。そう、あれは一ヶ月前。
「ごめん。本当に悪いと思ってるんだけど。退学だわ君」
本当に悪びれている人間ならできないであろうスマイルを浮かべながら言うのはここ剣信学園の理事長であり、我が義母である林崎京香さん(47)だ。
「ちょっと待ってくれ母さん」
「学校では理事長先生」
……
「理事長先生。あまりの突拍子の無さに俺の心は置いてけぼりを食らってるんだが」
いや、確かに前々からお前いい加減にしないと退学にするぞとは言われていた。だが、こんなに急な物なのか? 退学って。
「だってあんた何回喧嘩するなって言っても聞かないんだもん。すーぐその鈍刀で他校の生徒をボコるんだからもう面倒見れないわよ」
学校ではプライベートな話し方はやめようと言ったはずの母さんが家にいる時と同じ口調で話し始めた。
「いや、だが待って欲しい。確かに俺は昨日もそこら辺の高校生に絡まれた結果暴行を加えてしまったが、あれも奴等が先に手を出してきたんだ」
ひどく俺の心を傷つけるやり方でだ。
「あれでしょ? 向こうの不良君達があんたを女の子だと思ってナンパして、それにキレたあんたがボコったんでしょ? 散々聞いたわよ」
「分かっているならなぜ」
「向こうは声をかけただけなのにあんたがやりすぎなの。今回も相手方が大事にはしないって事で被害届とかは出されなかったけど、あんたこれで八回目だからね? 」
くっ……仏の顔も九度までとはいかないか。
「しかし。義理とは言え一人息子が高校を中退なんて」
「逮捕されるよりはマシよ。いい? あんたはここ剣信学園の生徒なの。そして剣信学園は日本では数少ない帯刀を許されている学校。その学校の生徒が刀で傷害事件なんて起こしてみなさい。一大事よ? 」
そう、ここ剣信学園は世にも珍しい“全校生徒帯刀”を義務付けられている学校だ。なぜこのような学校が誕生したかというと何代か前の総理大臣が「いや、やっぱサムライスピリッツっしょ。日本と言えば」と言い出したからだとか。まぁそれはどうでもいい。
「ぐ、ぐぅ」
ぐぅの音しか出ない。
「だけど、そんなあなたに最後のチャンスをあげたいと思います」
最後のチャンス……?
「なんだ? それをすれば俺は退学しなくて済むのか? 」
「ええ。まぁ高校中退と履歴書に書くことはなくなるわね」
ふふふふふ。そいつぁいい。
「よっしゃぁ! なんでも来い! 漢林崎凛! 逃げも隠れもしねぇぜ! 」
「あら頼もしい。じゃ、あなたにやってもらう事なんだけれど」
「うむ」
「女装して剣聖女学院に転校しなさい」
「了解! お安い御用えっ? 」
瞬き三回。
「ええと? まぁ色々と突っ込みたい所はひとまず置いておいて。第一に聞きたいのはなぜそんな事をするのかと」
「ほら、あれじゃない? 最近少子化対策ってことで持ち上がった剣聖と家の合併&共学化の話が破談になったじゃない? 」
「ああ。確か向こうの生徒会が猛反対したんだよな」
男子校が共学化するかもという夢に溢れた話で我等一同大いに盛り上がったっけ。
「そう。その生徒会をなんとかして欲しいの」
「そ、それはつまり殺れと……」
なんてこったこの歳でそんな大罪を犯せというのか。
「そんなわけないでしょ常識的に考えて。つまり、あんたが向こうの生徒会長になれってこと」
「生徒会長? そんな簡単になれるのか? 」
つまり、生徒会選挙に勝てということだろ? 転校してすぐにそれは無理難題では。
「無論、すぐにとは言わないわよ。今年の冬に行われる生徒会選挙までに支持を得て生徒会に立候補できるだけの権利を得るの」
「ふーむ。でも、それだけで生徒会長にはなれないんじゃないか? 」
「大丈夫よ。向こうの選挙は全校生徒から選ばれた六人がトーナメントを行って役職を決めるらしいの。優勝すれば生徒会長よ」
そうかそうか。
「無理! 却下! 拒否! 」
トーナメントで優勝はともかく、まず女装して女子校に入学する時点で無理だ。俺の溢れんばかりのダンディズムによって一瞬でばれてしまう。
「じゃー仕方ない。退学よ、明日から来ないでいいわ」
「ぐぬぬ……卑怯な」
この人は本当に俺の親なのか?
「分かった。やってやるよ。どうなっても知らねーぞ! 」
「それでこそ我が息子! 」
現金だな本当に。
「ってか待てよ? 剣聖って白雪が通ってるじゃん。あいつに頑張ってもらえよ」
白雪とはこの理事長の一人娘。つまり、俺の義理の妹である(同い年だが、俺の方が三日誕生日が早いために俺が兄である)
「無理よあの子私に似てか弱いから。優勝なんて無理無理」
「はいはいそうですね」
まぁこうなったらやるしかないか。いや、冷静になれ俺。よく考えたらこのまま残りの高校生活を女気の無い男子校で過ごすよりもよっぽど華やかな生活になるのでは? あわよくば彼女ができたり。ああ、女装するんだった。
「それじゃ、来月には向こうに通って貰うから」
残りの剣信生活楽しみなさいと言った後、理事長は仕事に戻った。
そして夕飯時、母さんから話を聞いた白雪が早速絡んできた。
「凛! あんた剣聖にくるんでしょ!? しかも女装して! うはははははは!! 」
「なぁ白雪よ。俺は無事に転校できるのだろうか? この溢れんばかりの紳士オーラは自分じゃ抑えられないぞ? 」
「へ? 紳士? どこが? どっちかって言うと超美少女だけど。まぁ私には敵わないけど! うははははは! 」
爆笑しつつ俺の背中を叩く白雪。
「ちょっ、いてぇしうぜぇよ。そしていい加減その魔王様みたいな笑い方変えろよ」
「うはは。物心ついた時からこの笑い方だからしかたない」
これのどこがか弱いんですか母さん……
「んじゃあ早速化粧と制服着てみよう! 」
「は? 化粧? 」
「まぁ凛ならすっぴんでも充分すぎるけど、いちおう身だしなみね」
「は、はぁ」
ノリノリだなぁこいつ。
と、いうわけで白雪の部屋に連れてこられた。
「はい。目ぇ開けていいよー」
鏡台の前に座らされ、目を閉じろと言われてから数分。まぁ化粧といってもそんなに変わるわけ……
「うわ! 可愛い! 誰コレ俺かっ! 」
しまった。なんかナルシストより気持ち悪い感じになってしまった。
「いや……これは正直笑えないわ。私より全然可愛いわ」
白雪が凹んでいる。だが、一番凹むのは何より自分だ。