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Eis und Eisen 氷と鉄の世界兵器  作者: テータッセ
第一章 歯車
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第二話 Maedchen 2

 リビングの床に少女を下ろしたヘルマンは、急いで救急セットを用意した。焦っているはずの彼の頭は案外冷静で、状況を整理し始める。

 少女は黒服の男たちに追われ、どこから逃げてきた。今負っている傷のほとんどは、ヘルマンが目撃する前に負ったものだろう。

 ヘルマンは地面に突っ伏した男の赤い腕章を思い出し、身震いした。赤字に黒の鍵十字。まぎれもない、彼らはネオナチ集団だったのだ。

 それにしても、どうしてこんな傷を負ってこんなに平気にしているのだろう。ヘルマンは内心素朴な疑問を抱えていた。一度格闘訓練でこれでもかというほどに痛めつけられたことがあるが、思い出したくないほどの痛みだった。そもそも、この出血量で明瞭な意識を持っていることも不思議だ。

 彼は黙って少女の傷を負った腕に手を伸ばした。

「触るな」

その手は払われる。ヘルマンは抗議のまなざしで少女を見つめた。

「触らないと応急処置もできないじゃありませんか」

「むぅ」

至極まっとうな彼の言葉に、少女は眉を寄せてうなると、身を硬くした。そのうちにヘルマンは傷口を縛る。

 指先に触れた赤い血にはぬくもりを感じた。鼻を刺すつんとしたにおいも、リアルなものだ。自分は幻覚を見ているわけではない、と彼は安心する。だが、安心できることではないと彼は歯を噛み締めた。

「そいつは痛そうだ」

銃弾を摘出するために取り出したナイフに、少女はあどけない声で文句を言う。

「仕方ありませんよ」

腹部の銃創は、貫通していない。銃弾が腹部に残っていると考えられた。慣れているわけではないが、仕方がないとヘルマンは思った。病院にも連れて行けないし、こんなときに役立ちそうな兄はまだ帰ってこない。

 深刻な顔をする彼に、少女は現実味もない様子で言った。

「電気をくれ、青年」

「え……?」

簡単に思い通りにならないのが癪に障るのか、少女は苛立ちをあらわにする。

「聞こえなかったのか、電気をよこせったら」

ヘルマンには、何を言っているのかよくわからなかった。携帯電話でも充電する気なのだろうか。傷を治すのに電気が必要などとは、初めて知った。軍も知らない新手の医療技術なのだろうか。そう眉をひそめるヘルマンを、少女は強く睨みつけた。

「説明は面倒だ。言われたとおりにするんだ。あのコードをそのナイフで切って私にくれ。どうだ、簡単じゃないか」

「感電してしまいますよ」

そう言いながらも、彼はせかされて言うとおりにした。

 目の前にあるのは、確かな現実のはずなのに、彼にはもはや何が何だかわからなくなり始めている。

 少女は、断線したコードを握って非現実的に一瞬笑うと、現実的に真剣な声で彼に言った。

「今さらだが、私を見たこと、今日起こったことを他言しないと誓えるか?」

少女の黒い瞳は、真剣な顔をするためか睨むためにあるらしい。硬い光は拳銃の黒い防錆塗装を思わせた。その眼力に負けて、ヘルマンは思わずうなずいていた。

「は、はい。誓います、黒の皇帝の名にかけて」

「フン。では、今から私に絶対に触るなよ」

ぐっと彼女は再びヘルマンを睨みつけると、コードの切り口を握りしめた。青白い電流が一瞬まばゆく弾ける。それに、ピクリと少女の眉が震えた。

 手を伸ばした彼に少女は首を振る。少女はいったい何をしようというのか。目を見開くヘルマンの前で、少女は何かに集中するように目を閉じている。

 少女の身体に再び青い火花が走る。ふいに、少女は手を腹の傷に当てた。ヘルマンはようやく気付いた。

 床を濡らしていた赤い血が見当たらない。真っ白な肌を染めていた血は? 痛々しくうがたれた膝の銃創は? 鼻腔に感じるのは、癖のある薬のようなにおいだけだ。

 少女の表情は、黒髪に隠れて見えない。ヘルマンの口は、まぬけに開かれたままになっていた。

「もういい」

少女は顔を上げ、電気のコードをぽいと手放した。同時に腹の傷から手をどける。傷も服の切れ目も、幻だったかのように消えている。少女の手のひらから、鉛色のひしゃげた弾頭が転がり落ちた。

「一体……」

「訊くな」

まぬけにこぼれた彼の言葉を少女は一蹴して、傷を縛る布を解いて返した。すると少女はじり、と立ち上がるそぶりを見せた。

「世話になったな。では私は帰る……ぞ」

わずらわしそうに眉を寄せて、動きを止める。

「どうしました?」

少女はため息を吐き、悪態をつく。しかし、その呟きは聞こえないほどに細くなって、ついには消えた。少女はそれきりぴたりと動かなくなった。

「あの……お嬢さん?」

ヘルマンはおずおずと手を伸ばした。その手は今度こそ払われない。彼は少女の肩をつかんで、軽く揺さぶった。少女の目は閉ざされている。

 とたんにヘルマンは不安に襲われた。やはり手遅れだっただろうか。彼女は平気な顔をしていたものの、傷は消えたものの……?

 こてん、と少女は力なく彼の胸に身体を預けた。柔らかくひんやりとした髪が、ヘルマンの手を撫でる。

 はっとして、ヘルマンは大きな安堵のため息をつき、心の底から疲れるのを感じた。

「びっくりしますよ……」

穏やかな寝息が、彼にはようやく聞こえたのだった。

 こんにちは、湯呑みです。

 第二話……ですが、サブタイトルは変わりません。すみません、一話投稿しようとしたところ、あまりに長かったので四話くらいに分けたんです。

 ちなみに、Maedchenメートヒェンはドイツ語で女の子を意味します。

 しばらくMaedchenですので、次話もよろしくお願いします。

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