プロローグ3~誕生パーティー~
「あー,頭痛ーい……。」
「同感ー。」
昼時にはまだ早い閑散としたカフェで,真昼と優羽はテーブルに突っ伏していた。オレはそんな二人を眺めながら,コーヒーに口を付ける。
「美味いな……。」
ここはオレのお気に入りの店で,コーヒーを飲むならここだと決めている。そんなオレの呟きを聞きつけ,優羽が顔だけをこちらに向ける。
「なーにが,うまいな……っよ! ペケの裏切り者っ。」
全く似ていないオレの声真似をしながら,優羽が毒気付いた。あまり大きくない声ではあったが,それでも頭に響いたらしく,隣にいた真昼がうめき声を上げる。
「ゆっちー……。声,抑えてー……。」
「ご,ごめん。」
二日酔いの二人を尻目に,オレはコーヒーを楽しむ。この二人が復活するのは一体いつになることか……。
「うーっす。……って何だ? だらしねぇな。」
そこへ徹がやってきた。真昼と優羽はそんな徹にヒラヒラと元気なさそうに手を振って答えた。
席に着くなりタバコを取り出して火を付ける徹を見て,オレはそっと灰皿を徹の前にやる。
「お? サンキュー,ペケ。」
「気にするな。」
そして暫く無言の中,オレはコーヒーを,徹はタバコを楽しむ。
「こんにちわ。って,あら……皆早いわねぇ。待たせちゃった?」
声に振り向くと,杏里を連れて千歳がにっこりと笑っていた。
「うーっす。別に気にしなくて良いぞ。」
「おう。早いというか,オレとこの二人は徹夜してそのままだ。」
千歳と杏里が席に着き,そのまま会話が続く。
「あらあら,ダメじゃないペケくん。ちゃんと見張ってないと。」
「いや,これでも止めたんだぞ? それに,オレはこうして二人を無事にここまで連れてきた。」
「ったく。酒は飲んでも飲まれるなって言葉もあるのによぉ。」
「まったくだな。」
「とりあえず,二人は復活までほっとくとして,飯食おうぜ。腹減ったー。」
「適当にサンドイッチ頼んでつまむか?」
「私はそれでもいいけど……,杏里と徹はどうするの?」
「あんまり,お腹,空いてない。」
「俺はランチ頼むわ。」
「じゃあ,注文するわね。」
「……サンドイッチを。」
「二人分追加ー……。」
千歳が注文をしようと店員を呼ぶ寸前,死にかけの声で優羽と真昼が声を上げた。オレ達は顔を見合わせて笑うと,店員を呼び注文を済ませた。
サンドイッチが運ばれてくるまで,杏里が優しく真昼の頭を撫でていたのが微笑ましかった。
「これなんてどうかしら? 功さんにピッタリだと思うけれど……。」
そう言って千歳が手に取ったのは,薄い水色の生地に淡いピンクや緑の水玉模様の明るいネクタイだった。
「良いと思うよー。千歳さんがネクタイなら,僕はタイピンでも買おうかなー。」
二日酔いの二人が復活したのは午後三時頃だった。それからオレ達は揃って本日の目的である買い物に来ていた。
「ペケ,この鞄とかどうよ?」
「良いと思うが……ちょっと高くないか?」
「そこでよ! 二人からってことで半分ずつ出せば良いと思わねーか?」
「なるほど。オレもちょうど何にしようか迷っていたし,そうするか。」
こうしてオレと徹は鞄を,千歳はネクタイ,真昼はタイピンを購入した。四人で会計を済ませると,道を挟んで反対側にあるスーパーへと向かう。そこで色々と買い込んだ優羽と杏里と合流し,オレ達はワイワイ話しながら親父がやっている探偵事務所の二階へ辿り着いた。
「ペケ,イッチーいつ頃帰ってくるんだっけっ?」
到着して早々に前々から準備していた物で部屋を飾り付けていると,調理場から優羽が顔を覗かせた。ちなみに,イッチーと言うのはオレと真昼の父親のことで,本名は功と言う。
「七時過ぎだ。」
「分かった!」
優羽はそれだけ確認すると,再び調理場へ戻っていった。
今現在部屋の飾り付けをしているのは男三人に千歳を入れた四人だ。優羽と杏里は調理場で料理をしている。意外なことに,優羽と杏里は物凄く料理がうまい。オレも結構腕を上げた方だが,二人には勝てる気がしない。一方千歳も料理が出来ないわけではないが,手先の器用さを飾り付けに生かすことにした。何故なら,オレ達男衆にはセンスが無いからだ。そんなこんなで適材適所,部屋を飾り付け,完成した料理を運び,準備は整った。後は本日の主役を待つだけとなった。
「功さん帰ってきたわよ!」
「タイミングばっちりだねー。」
窓から外を見ていた千歳が小声で報告し,オレ達はクラッカーを手にスタンバイする。聞き耳を立て,親父が二階へ昇る音に集中する。そして,オレ達が待ちかまえているとも知らず,親父がその扉を開いた。
「イッチー! 誕生日おめでとう!!」
瞬間,優羽が叫ぶと同時,オレ達の手に持っていたクラッカーが一斉に色とりどりの紐や紙をまき散らしながら大きな音を立てた。
「ぬあ!? え……何だ何だ?」
完全な不意打ちが成功したことで,優羽は大はしゃぎだ。オレ達も笑顔を浮かべ,親父だけが置いてけぼりを喰らっていた。
「功さん。今日は功さんの誕生日ですよ。これ,わたしからのプレゼントです。」
「お……おぉ,ありがとう。」
未だ戸惑っている親父に真っ先にプレゼントを渡したのは千歳だ。そしてそれに続いて真昼がプレゼントを渡し,その後にオレと徹が鞄を渡した。
「私と杏里からは豪華な料理をプレゼントだよっ!」
「こりゃ……また,ほんとに豪華だね。」
やっと事態が飲み込めてきたのか,親父はいつもの感じをだいぶ取り戻していた。そしてテーブルの上に並べられた料理に驚いている様だった。
テーブルの上には和洋折衷,色んな料理が並んでいた。中でも一番目立つのは,やはり中心にある三段もあるケーキだろう。
「ほんとに嬉しいよ。ありがとう皆。」
そうして親父は改めてオレ達に向き直って嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ始めようぜ。今年は全員成人したから飲み物はアルコールになってるけど,いいよな功さん?」
「あぁ,かまわないよ。」
「いよっし! それでは,功っちの誕生日を祝って! カンパーイ!」
優羽の音頭に合わせて皆で「乾杯」をして,誕生パーティは始まった。
親父を混ぜてこのメンバーで飲むのは初めてのことで,優羽と真昼は二日酔いも忘れてはしゃぎ,飲みまくっていた。オレはそんな二人の様子に,またオレがおもり役か,とため息をついた。
深夜一時。
案の定,オレは一人タオルケットを潰れた連中に掛けて回っていた。親父や真昼,それに徹は床のカーペットに放置して,その上にタオルケットだけ被せてやる。女子はソファーに並べて寝かせ,そっとタオルケットを掛けた。
オレは散らかった空き缶やお菓子の袋などをざっと片付けると,部屋の隅でタオルケットにくるまった。
「……?」
さっそく眠りに落ちかけていたオレは,かすかな物音に気がつき身を起こす。
「あ,ごめん。起こしちゃった?」
部屋の中をこっそり移動していたのは真昼だった。
「いや,まだ眠っていなかったから気にするな。トイレか?」
「うん。」
それだけ言葉を交わすと,真昼はトイレへと向かって行った。オレは真昼を見送ると,再びタオルケットにくるまり直した。昼間は温かいと言うより少し暑くなってきたこの時期でも,夜は冷える。最後にもう一度,顔だけを起こし全員にきちんとタオルケットが掛かっているのを確認して,オレは瞳を閉じたのだった。




