プロローグ1~始まりは二年前~
不定期更新です。
プロローグは早めに上げようと思いますが、それ以降は驚くほど遅い更新になるかもしれませんのでご了承ください。
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二年と少し前。オレの……オレ達の母親は,突然いなくなった。
その日,双子の弟である真昼とオレは大学受験を翌日に控え,中々眠ることが出来ないでいた。二人で問題を出し合いながら,やっと眠りに沈みかけた時だった。
突然轟音と共に,下から突き上げる様な強烈な揺れが起きた。
オレと真昼は飛び起きてお互いの無事を確認すると,母さんがいるはずの居間へと急いだ。
今思えば,夢を見ていたのかとも思う。轟音がした直後なのに周りが静かすぎた気がする。普通,あんな爆音がしたら周りの民家のおばさん達が騒いでいるはずだ。それに,下から来た衝撃。体が少し浮くぐらいの衝撃があったのだから道具や荷物が散乱していてもおかしくはないのに,部屋の中や廊下はそんな衝撃があったとは思えないほどいつも通りだった。どこからが夢で,どこまでが夢か分からない曖昧な記憶。その記憶は居間に続くドアに手を掛けたところで途切れている。
次に目覚めたのは,病院のベッドの上だった。
病室はどうやら二人用らしく,左隣のベッドには真昼が寝ており,間に置いた椅子には親父が座っていた。オレが身じろぎすると,親父が物凄い勢いでオレの顔をのぞき込んできたのを覚えている。その顔は窶れていて,髭も二,三日剃っていない様だった。
その後,ちょっと興奮気味に「大丈夫なのか?」的なことを聞いてくる親父を落ち着かせながら話を聞くと,どうやらオレと真昼は三日前に,家で起きたガス爆発に巻き込まれ意識不明になっていたそうだ。話を聞いていると,真昼も目を覚ました。二人とも奇跡的に外傷は無く,意識だけが戻らない状態だったらしい。
出張先で連絡を受けた親父は一度家の様子を見てからすぐに病院に駆けつけ,それからはずっとオレ達の様子を見守っていたようで,オレ達の意識が戻って暫く話すと安心したのか電池が切れた様に病室の椅子で眠ってしまった。
オレと真昼は簡単な検査と医師の診断を受けた後,目を覚ました親父と一緒に昼食を取った。三日も意識不明だったのに,「短時間で簡単に検査が済んで良かった。」と言った真昼に,親父が「お前達の意識が無い時に,一度精密検査したんだが……異常が全く見つからなかったからだろう。」と答えているのを聞いてオレも納得した。
昼食を食べ終わって暫く経った時,真昼が親父に「そういや,かぁさんは?」と聞いた。
「それが,お前達が意識を失った日。つまり,家が爆発したらしい日から,姿が見えないんだ。」
少し言いにくそうに,親父はそう言った。
「焼け跡からは……?」
変な言い回しが気になって,オレは親父に質問してみたが,その答えは「崩壊した家の下から何かが出てきたというのは聞いていない。」だった。
まさか,とは思う。そんなことができるような人では決してない。優しくてのんびり屋な,あの母さんが……。
顔に? を浮かべている真昼は,この可能性に気付いてはいない様だ。良くも悪くも,純粋無垢な弟とは違い,オレの顔は険しくなっていた。
親父はオレの方を向いて,オレの名を呼んだ。
「修夜。」
「……なんだよ。」
「ちょっと,耳を貸せ……。」
そう言って内緒話をする様に体を乗り出してきた親父に耳を貸すと,親父は真昼に聞こえないくらいの小さな声で話し出した。
その内容をまとめると,おかしなことが沢山ありすぎるということだった。
一つ,家はガス爆発で吹っ飛んだと警察から聞いたが,火が出た様子がなかった。
二つ,近隣住民に爆発音を聞いた人がいない。
三つ,明らかに,崩壊した家の残骸の量が少ない。
四つ,家はバラバラに砕け散っていたのに,近隣の家には傷一つ無かった。
加えてもっと細かなところで疑問に思うことや,オレ達が無傷だったのも含め,ほんとに沢山の謎が出てきた。
「母さんは,違う。もしかしたら,これをやった犯人に捕まっているのかもしれない。この話を警察にすると,お前が“もしかして”と,思った方向で捜査するに決まっている。だから,警察には母さんのことを話していない。」
親父はここまで話すと顔を離し,オレの頭をグリグリと乱暴に撫でた。
「気にするな。父さんも,最初はそう思った。もちろんすぐに否定したが,それは否定する材料があったからだ。望まない結果を無条件に無視するのは,真実から目を背けるのと一緒のことだ。条件が違えば,その線も視野に入れただろう……。」
それから親父は優しく微笑んで,「なに,心配するな。」と言った。
オレ達は次の日には退院し,近くのアパートに引っ越しした。遠く離れるべきか,近くで母さんが帰ってくるのを待つかで悩んでいた様だが,真昼が「かぁさんが帰ってきた時,すぐ分かるように,近くがいい。」とい言ったので結局そうなった。
オレと真昼は受験どころでは無く浪人生となり,親父は母さんを捜すために仕事を辞めた。代わりに働きに出ようとしたオレと真昼を止めたのは親父だった。あまり興味が無く知らなかったのだが,親父はそれなりに有名な会社の重役をしていたらしい。そんな親父に「お金には困らないから,お前達は大学に行った方がいい」と言われたので,オレと真昼は素直にそれに従った。
そうしてオレと真昼は大学再受験の為に勉強をし,親父は母さんの手がかりを探し続けた。オレは勉強の間に,鍛錬をして体を鍛えながら,料理を始めた。真昼は何故かオカルト系の本を買い漁り,勉強と家事をこなす以外の時はその本を読んで過ごす様になった。
いつだったか,親父が珍しく弱気になって「父さんは間違っていたんだろうか。やはり警察に探してもらった方が良かったのかもしれない。」と言っていたのを聞いて,真昼と二人で励ましたことがあった。
実は,警察に言わなかった理由がもう一つある。
俺たちの母親は俗に言う駆け落ちというやつで親父と一緒になったのだが,問題はその実家で,居場所がばれると命が危ないらしい。オレ自身はそんな危険な目には遭っていないし,真昼もそうだ。どうやら親父はその実家に顔が割れていないらしく,母さんは普段からあまり外に出ないものだから,見つかっていないだけなんだろうと思っているが,母さんのことを話せばまず間違いなく母さんの顔が全国ニュースで流されることになるので,やはり自分たちの力で見つけ出すしかないということになったのだ。
それを再確認する様に,「正しいかどうかは分からないが,オレも真昼もそれが正しい選択だったと思う。」と言うと,いくらか楽になった様だった。
そんなこんなで一年が過ぎオレと真昼は近くの同じ大学に受かった。それなりに友達も出来,テニスのサークルにも参加しながら,オレは鍛錬を続け剣術を始めた。真昼もオレと同じサークルに入った。真昼は一年間引きこもっていたとは思えない社交性を身につけていたが,家では相変わらず家事以外の時間は本を読んで過ごしていた。
一方,親父は母さんを捜す内に身につけたことを元に探偵を始め,これが難事件も難なく解決する凄腕事務所になった。依頼人の捜し人はすぐに見つかるのに対し,オレ達の母親の手がかりは欠片も見つからなかった。
それでも諦めることはせず,けれどゆっくりと落ち着きを取り戻してきたオレ達の生活は,ちょっとした問題を挟み,さらに一年をかけてやっと安定することになるのだった。