その男、天才につき
執筆者:ういいち
空を翔る巨剣、高機動魔導飛翔艦アストライアの内部は、基本的に白一色で統一されている。外観も白亜なら内装も白妙。床、壁、天井、悉くが新雪に等しい。
そんな空間が何処までも続く艦内にあって、一箇所だけ異なる場所が存在していた。元々は白い部屋だったのだが、今では何処も薄っすらと黄ばみ、当初の白さを消してしまっている。原因は居住者が絶えず吹かしている紫煙にあった。大量の煙草が発するニコチンは壁や天井に染み付き、これらを皆変色させてしまったのだ。
全ての発端である大量の煙草達は、その身を潰れた吸殻に変え、室内に置かれた卓上で山を作っている。アルミ製の灰皿をその起点とするものの、何十本もの色褪せた吸殻がこれでもかと詰め込まれ、盛り上がり、見苦しい醜態を晒す。
また卓上には膨大な量の書類やファイルが散りばめられ、丸かったり四角かったりという用途不明な物体が所狭しと置かれていた。其処彼処に分厚い書物が山積みされ、或いはページを開いたまま無造作に放り出され、目を覆いたくなるほどの惨状である。
酷いのはテーブルの上だけではない。床などは更に徹底した汚さを示す。机の物とは比較にならない凄まじい量の研究書、参考資料、誰かの論文、バインダー、報告書、ちり紙や空き缶やお菓子の袋などが乱雑に敷き詰められ、床板が見えないまでに体積している。
それら紙類に混じって大量のコードやチューブがとぐろを巻き、垂れ下がり、複雑に絡み合って這いずるように放置されてあった。大小無数の機材や部品も散乱し、配電盤や大きなモニター、小型の筒や中型の箱、何なのか分からない奇怪なオブジェが林立する。その所為で本来は広い筈の室内に耐え難い圧迫感と閉塞感が生まれ、踏み入る者を息苦しくさせた。
散らかり放題に散らかされた、とてつもなく汚らしい空間。そこはアストライア内で、最も清潔と距離を置いた場所と言って間違いないだろう。そんな部屋の中を、ノイウェルは開かれた入り口から呆然と眺めていた。
「なんという散雑とした部屋なのだ。三日前に禾槻が掃除したばかりと聞いたが、僅か三日でこの有様なのか」
顔全体に驚きを宿し、ノイウェルは呻くように零す。扉を隔てた一歩外は清廉とした白い通路である為、これが同じ艦内とは到底思えない。使う者によって、部屋とはここまで大きく様変わりするものなのか。
信じ難い光景を見る目で、少年艦長は諸悪の根源を探し始めた。文字通り足の踏み場もない空間を、入るか入らないかという位置で眺め渡す。だがそんな事は必要もない。何故なら目的の人物は部屋の中心で、堂々と寝息を立てていたのだから。
物置か塵溜めと間違いかねない机の上へ素足を投げ出し、備え付けのリクライニングチェアを限界まで軋ませて、痩身の男が豪快にいびきを掻いている。上向けられた顔には開かれた本がアイマスクの代わりとばかりに乗せられ、だらしなく垂れた両腕が椅子の側方で揺れ動く。その右手は鋼鉄で構成され、薄い照明に照らされて不気味な光沢を返した。
薄汚れた黄色いセーターの上から、よれた白衣へ袖を通している。だが、だらしない格好で寝入っている男に、科学者然とした気配は皆無だった。どちらかといえば此の世の怠惰を凝縮した、駄目人間の結晶を見ている気分になる。
「ハウエンツァ、来客があるのに何時まで寝ているつもりだ」
呆れながらにノイウェルが声を上げた。歯切れの良い明瞭な口調は澄んだ音を鳴らし、雑多な空間に染み渡る。
それから数秒後、垂れ下がっていた男の腕がゆっくりと持ち上がり始めた。薬液か何かの染みがついた袖を引き摺り、緩やかに進む腕。それは顔の上に乗せられた本へと伸び、緩慢な動作で掴み取る。
「うるせぇなぁ……ったくよぉ」
いがらっぽい声が煩わしげに唸り、次いで本が床へと放り捨てられた。500ページあまりの専門書が書類の束を押して硬板へ落ち、鈍い音を立てる。それへ上から被せられたのは盛大な欠伸だった。遠慮のない大きな欠伸と共に、白衣の男がリクライニングチェアの背凭れを起こしていく。
「テメェ、誰の許しを得て俺様の研究室に入ってきてんだ」
入り口に佇むノイウェルを、男は高圧的な物言いで睨みつける。その凶暴な目付きや不遜な態度、刺々しい言葉の何処にも、少年への気遣いや優しさは存在していない。
男の顔色は悪い。土気色で血の気を感じず、まるで死人であるかのようだ。頬はげっそりとこけ、疎らに無精髭を生やし、眉間には深い皺を刻んでいる。殺人犯が獲物を狙うような目付きをしており、陰気な気配を負う男は、全てが極めて不健康そうだった。
手入れのされた形跡もなく無造作に垂らされた銅線色の髪からは、先の尖った長い耳が覗く。森の民とも呼ばれ、自然と共に生きる事を好むエルフ族の特徴だ。閉鎖的な社会構造のエルフ達は確かに他種族を避ける傾向にあるが、それにしても男の態度は度を越していた。
ハウエンツァ・パルパト。それが三十の大台に乗った男の名前である。
「それを言うなら、そなたは誰の許しを得てこの艦に居座っておるのだ」
汚泥めいた陰惨さを宿す男の目を真っ直ぐに見返し、恐れも気負いもなくノイウェルは反論する。気高さと威風を兼ね備えた若き艦体指令の言葉へ、しかしハウエンツァは小馬鹿にするような視線を射込んだ。
「馬鹿が、知らないのか。俺様には誰かの許可なんぞ必要ねぇんだよ。俺様のやる事は、全てが絶対に正しいからな。何故なら俺様は超天才だからだ」
真剣なノイウェルの姿勢を鼻で笑い、ハウエンツァは懐から煙草を一本取り出す。それを口に咥えると右手の人差し指を先端へ近付けた。
「ヒ」
ハウエンツァの口から一語が漏れると、指先から真紅の炎が一瞬だけ出現する。それは煙草の先端を即座に炙り、次には何事もなく消滅した。
魔力を操り奇跡を引き起こす秘術、魔法。これを行う為に必要な手順の中、ごく初歩的且つ最低レベルの詠唱を以ってハウエンツァは炎を作り出した。詠唱は、魔力に反応する音韻を含んだ専用言語の組み合わせからなる。単なる一語では魔法の規模も威力も発動時間もあってないようなものだが、煙草に火をつけるならば充分だった。
耳の長い男は細い煙草を静かに吸う。先に灯った赤い光が急速に後ろへと進み、白い包みと中の葉を燃やしていった。程無く男は口を開け、暗い洞窟めいた口腔から盛大に紫煙を吐き出す。放たれた煙は天井へと舞い上がり、周囲へ広がり消えていく。
「相変わらず滅茶苦茶な理屈だ」
ハウエンツァの吐き出す煙に顔を顰めつつ、ノイウェルは首を振る。両者の間にはある程度の距離が存在するが、煙たさは確実に届いてきた。
「それで、わざわざ俺様の安眠を妨害するほどの用事があるのかよ、ガキ」
忌々しそうに少年を睨みつけ、ハウエンツァは煙草を吹かす。依然として机に足を乗せ、椅子へ座り続ける姿は果てしなくふてぶてしい。
それでも対峙するノイウェルに怒りや苛立ちはなかった。相手の礼を逸した言動に憤慨するでなく、真っ向から受け止めている。万人の在り方を受容する姿勢は、若くとも人の上に立つ器を感じさせた。
「うむ。以前に頼んでおいた品物を受け取りにきた」
「あァん? なんだそりゃ。俺様は知らねぇなー」
ノイウェルの言葉へ、ハウエンツァは口を『へ』の字に曲げて応じる。小指で耳の中を掻きながら、美味そうに煙草を吸う様からは、真面目に取り合っているとは思えない。
「そんな筈はない。確かに頼んだぞ。皆の冒険の手助けとなる道具を作ってくれと」
「知らねぇってんだろ。俺様は忙しいんだよ。とっとと出てけ」
小動物を追い払うような仕草で、ハウエンツァは機械の腕を振った。子供とはいえ元皇族に対する仕草とは、とても思えない粗雑さである。ノイウェルの出自を知らぬわけではないのに、この不遜さ。自分以外の全てを平等に無価値と断じるハウエンツァならではの応対だった。到底褒められたものではないが。
「なにが忙しいものか。今の今まで眠っていたではないか」
面倒臭そうに自身をいなそうとする男エルフへ、ノイウェルは唇を尖らせる。
「バーカ。テメェは知らねぇのかよ。俺様の安眠が妨げられる=世界の危機、だろうが」
何を当たり前のことを、とでも言いたそうな顔で、ハウエンツァは堂々と言い切った。度を越した身勝手さも、ここまでくると病的である。さしものノイウェルも言葉を失い、反論すべき語を見付けられない。
「ノイウェル様」
その時、突如として第三者の声が割り込んできた。名を呼ばれた少年は少しだけ驚き、蒼髪を揺らして振り返る。見ると扉の外、白い廊下に一人のメイドが立っていた。
「リリナ、どうしたのだ?」
「ノイウェル様、この部屋には近付かないよう言っておいたではないですか」
少年の問いにメイドは色のない顔で即座に応じる。心なしか平時よりも語気が荒い。
「しかしハウエンツァに頼み事をしていてな」
「それならば私が参ります。ノイウェル様自ら足を運ばれる必要はありません」
主君の主張を珍しく一蹴し、リリナは厳しく言い放つ。普段以上に有無を言わさぬ静かな剣幕に圧倒され、ノイウェルは反射的に口を噤んだ。浴びせられる従者の言には咎め成分が色濃い。
「此処は空気が淀み体に悪いのです。何より巣食っている者が悪疫。長らく居るのは勿論、近付くことさえなりません」
困惑気味のノイウェルを真っ直ぐに見詰め、リリナは淡々と告げる。彼女の瞳には強い否定と願いが混在していた。本心からハウエンツァとの接触を拒んでいる様が知れる。まだ幼い主君を劣悪な害意から護らんとする想いは、忠臣のそれでなくとも当然と言えるだろう。
「さあノイウェル様、後は私がやっておきますので御戻り下さい」
「待てよ、クソメイド」
退出を促すリリナの言葉に、底暗い反意が覆い被さる。それは鮮やかな女声を遮り、粘着質な悪意で似って絡み付いてきた。
「チビガキ様は、俺様とお話の真っ最中だ。他人の会話に横から口挟むなってママに教わらなかったのかよ、アバズレ」
相対者の尊厳を頭から無視した嘲弄である。相手を敢えて貶める為の暴言は、吐き出される白煙と共に室内大気へ溶け、濁ったそれを撹拌させた。
「ノイウェル様の前で、下品な言葉を使わないでいただけますか」
言葉遣いこそ丁寧だが内奥に荒ぶる赫怒を燃やし、リリナは冷厳にハウエンツァへと言い渡す。細められた双眸は研ぎ澄まされた刃さながらに鋭く、温かみの欠片もない冷光を輝かせた。
気の弱い者なら失禁しかねない痛烈な眼光に射抜れながら、それでもハウエンツァは醜顔歪ませ歯を見せる。リリナの気迫をものともせず、下卑た笑みを露骨に浮かべた。
「そうまで御執心たぁ、お坊っちゃまの具合は相当イイとみえる。今度、俺様にも試させてくれや。あんまり良すぎて、狗みてぇに媚びへつらうようなっちまうかもなぁ。ギャハハハ!」
「貴様ッ!」
大口を開けて耳障りに狂笑するハウエンツァへ、激昂したリリナがナイフを抜いた。袖口から滑り落とされたナイフは、一瞬の間にメイドの手中へ収まっている。そうかと思えば腕は曲がり、投擲姿勢が整えられていた。あまりに鮮やかな、手品の如き早業である。
一呼吸の終わらぬうちに作られた攻勢体勢から、今正に酷薄な白刃が解き放たれようとする刹那。
「止めよ!」
強くはっきりとした厳命が、張り詰めた空気に響き渡った。極限まで引き絞られていた緊張に少年の威声が染み、全ての動きを瞬時に停滞させる。
ナイフを構えたままリリナは静止し、物問いた気に主君を見た。ハウエンツァも眉間の皺を深めつつ、不審露に若輩艦長を窺う。二人の視線に挟まれたまま、ノイウェルは両者を素早く見遣る。その顔は幼くとも険しさを湛え、双方への怒気が滲んでいた。見開かれた目には厚い光がともり、顔全体が上気して熱味を帯ている。明確な怒りの表情だった。
「我らは同じ志を持ち集った同胞なのだぞ。どのような理由があろうと、艦内で仲間同士争うことは許さん」
再度二人の顔を交互に見て、ノイウェルは威厳と覇気の込められた昂然たる声で謳う。少年の姿からは不釣合いな圧力が放射され、閉じた空間を重く感じさせた。
「ですが、此奴はノイウェル様を愚弄したのです」
「余はなんとも思っておらぬ。そなたが余の名誉を護ろうと思うならば、率先して乱を成そうとせず自重するのだ」
「ノイウェル様……かしこまりました」
戦意を維持したまま言い募るリリナだったが、年若い主の真剣な眼差しと言葉に諌められ、昂ぶっていた闘志を収めていく。手にしたナイフも袖口へとしまい込み、主君の求め通りに身を引いた。
その様子を見て満足気に頷いた後、ノイウェルはハウエンツァへと向き直る。
「あん?」
「何故そなたは、他者の感情を逆撫でるようなことしか言わぬのだ。そなた程の者なら、どの言葉が誰にどのような影響を与えるか容易に想像出来よう。人を嘲り和を乱さんとする意図が知れんぞ」
「ガキが一丁前に説教か? 世界最高の叡智である俺様が、その他大勢の馬鹿共を弄って何が悪い」
煙草を吹かしつつ、ハウエンツァは朗々と述べる。反省や罪悪感といったものは全く感じられない。傲慢な有様を正そうとしない姿勢は、ノイウェルの後ろへ控えるリリナに剣呑な貌を作らせた。
「それがそなたの性情ならば、もはや何も言うまい。だが余の艦の中で無用な騒動を起こすのは止めてもらおう。今後もこのような事を繰り返すのならば」
「俺様を叩き出すか? この超越的頭脳を持つ俺様を。テメェ等が見付けてきた古代遺物の研究が出来て、艦の主動力のメンテナンスを手掛ける唯一の人材たる俺様を。テメェは手放せるのか、あァん?」
「そうだ、叩き出す。皆の足並みを嬉々として乱すような輩は必要ない。どれほど優れた能力を持っていようと、余は決して許さんぞ。覚えておくがよい」
挑戦的な目で見てくるハウエンツァへと、ノイウェルは毅然とした態度で応じた。付け入る隙の一切ない揺るがぬ意志が、彼の本気ぶりを充分に教えている。子供と馬鹿に出来ない威風を備え、燦然たる気概を有し佇立する姿は、紛うことなき王君の雄姿を思わせた。
そんな少年の返答が予想外だったのか、白衣のエルフはあからさまに顔を顰める。
「チッ、腐っても皇子サマってか。随分と勇ましいこった。どこぞの家政婦がメロメロになる筈だぜ」
盛大に舌打ちを鳴らすと、ハウエンツァは面白く無さそうに乱れ髪ごと頭を掻いた。次いで短くなった煙草を卓上の吸殻山へ捻じ込み、机から足を下ろす。紙束や得体の知れない機材が散乱する床を素足で適当に払い、一角に埋もれていたジェラルミンケースを掘り起こした。これへ手を伸ばし掴み上げると、無造作にノイウェル目掛けて放り投げる。
手放されたケースは薄い照明を反射させながら、放物線を描いて少年の許へと飛んできた。ノイウェルはそれを両手と胸とでしっかりと受け止める。
「これは?」
「テメェの欲しがってたスペシャルアイテムだ。くだらねぇことダベってたら、作っといた事を思い出したんでな。俺様の寛大さと頭脳を伏して拝めよ」
尚も尊大な在り方を改めないまま、ハウエンツァは懐から新たな煙草を取り出し口へ運んだ。先刻と同じ様に小さな炎を瞬間的に発生させ、先端へ火を灯す。
そんな開発者の提供品を、ノイウェルは早速チェックに入った。ジェラルミンの留め金を外し、ケースの蓋を上げる。開かれた囲いの中には、黒と灰色でまとめられた腕輪、風邪薬のようにも見える小さなカプセル、薄いプレート、金色の指輪という四つの品が収納されていた。
「そこの腕輪がモバイルパソコンだ。多目的情報ツール、パーソナルコンピュータを極限まで小型軽量化した。腕輪の中に大容量の超高性能集積回路を入れてある。腕輪自体に耐衝撃及び防水加工を施してあって、どんな劣悪な環境下でも正確に機能する一品だぜ。ちょっとやそっとじゃ壊れねぇよ」
「こんなに小さいものがパソコンなのか」
「動力は太陽電池。充電電力の保持期間は凡そ100時間。起動させると三次元座標検出システムによって、ホログラフィックモニターとキーボードが出現する。何時でも何処でも利用出来るとありゃ有り難いだろうが。今も星の外周を巡ってやがる太古の通信衛星を介してモバイル同士通信したり、現在位置や周辺情報の把握も可能だ。ついでに艦内のデータバンクとリンクして欲しい情報を検索・読み込み出来るぜ」
美味そうに煙草を吸い、濃厚な紫煙を燻らせ、ハウエンツァは饒舌に語る。自らを天才と称するだけはあり、機能説明に於いては死人めいた顔にも知性の煌きが宿って見えた。
「カプセルはナノリペアだ。蛋白質を主成分としたナノマシンの群体で、治療用の製品だな」
「なのましん?」
「テメェ、そんな事も知らねぇのか」
小首を傾げるノイウェルを睨み、ハウエンツァは苦々しい顔で吐き捨てる。苛立ちのままに吸われた煙草は、先端から中程まで一気に赤点が進んだ。
「1ナノメートルは10億分の1メートル。これに相当する極微細な装置を指して呼ぶんだよ。利用目的は体組織の修復から惑星環境の改造まで多岐に渡る。構成素材も蛋白質を基盤にしたものから機械仕掛けまで様々だ」
「ふむふむ。そういう物なのか」
「俺様が今回作ったナノリペアは、自己量産機能を持つ蛋白質ナノマシンの結晶だ。立体構造を自己形成し、自己構築する能力を持つ。急速増殖するナノ分子が欠損した細胞を補い、負傷部分を修復してくれるってわけだ。ただ腕が無くなっただか脚が吹っ飛んだだかで損傷部が大きくなると、流石にカバーしきれねぇがな。それ以外の怪我なら、程度にもよるが数分で完治させちまうぜ」
煙を天井目掛けて吐き付けるハウエンツァは得意気である。専門分野の講釈をたれるのが面白いらしく、かなり御満悦だ。ただしニヤけた貌は嬉しそうと言うより、不気味という表現の方がしっくりくるが。
「プレート型の装置は光学迷彩スーツだ。光の屈折率を操作して装着者を透過処理する。周辺情報を直接反映して常時更新するんで、機能させたまま動き回っても姿は消え続けるというグレートな一品だな。姿自体は完璧に隠蔽出来る。生物の視覚を直接騙すんで、どんなに目の良い奴が見てもバレやしねぇよ。魔物だって例外じゃねぇ。熱処理も同時に施すよう調整してあるんで、赤外線でも見破れないのはポイントが高いだろ?」
「おお、これはまた凄い発明品だな」
「ま、気配やら足音やら息遣いまで隠せるわけじゃないんで、その辺は使用者が鋭意努力してくれや。あと魔力を探知されたりすると一発でバレるぜ。そこまでは隠し切れないんでな」
言い終わると吸いかけの煙草を握り潰し、再度新しい一本を取り出す。火の消えた吸殻は卓上へと放り捨てられ、灰皿の外縁にぶつかって床に落ちた。ハウエンツァにそれを拾う気配はない。
「指輪は高電磁シールドだ。物質的な障壁に因らず、電磁力で構成されたシールドがあらゆる衝撃を防ぐ。剣や銃弾は勿論、光線や爆風や魔術に超能力、なんでもござれのイージスの盾だ。指輪型の発生装置が超高密度の電磁波を形成するが、強力な電磁場は原子核反応の熱すら封じ込める。どんなボンクラが使っても無敵の城壁と化す傑作だってこった。しかし如何せん高出力である分、連続使用に向かないがな。一度の展開時間は10秒弱。その後は10分の充電時間を必要とする。燃費の悪さが最大の弱点か」
次の煙草を咥えて滔々と語り、ハウエンツァは大きく伸びをした。皺だらけの白衣が動きに合わせて揺れ、椅子の座面で布擦れ音が低く鳴る。
「これで満足だろ、ガキ艦長様よぉ」
「うむ。まさかこれほどの物に仕上げてくれるとは思ってもなかったぞ。感謝する」
胡乱気な視線をノイウェルに送り、口先で煙草を動かしながらの問い。ハウエンツァの言葉に笑顔で頷き、少年はケースを閉じる。先刻厳しい対応をしたばかりありながら、素直に謝辞を述べられるのは子供ならではの切り替え速さか。それとも彼自身の性格か。
「ケケケ、テメェの後ろでクソメイドが微妙な顔してやがるぜ。良かったなぁ、テメェ等。俺様の気分がノってる時に作ってもらえてよぉ。土下座して俺様の足にキスをしろ。そしてこの天才頭脳を崇め奉るがいい!」
ここぞとばかり居丈高に声を張り上げ、ハウエンツァは哄笑する。その傍若無人な妄動を余所に、ノイウェルとリリナは室内に背を向け、さっさと立ち去ってしまう。
後に残された白衣のエルフは彼等の退去へ気付かぬまま、盛大に紫煙を吐いて天井へと絶叫した。
「俺様ってば超天才ィィィィッ! 素晴らしいィィッ! ヒャッハァーッ!」