初恋
執筆者:百合宮桜
全てが火で覆われ、いつもどんよりとしていたあの頃がうそのように今は輝いている。年数で言えば、たった三千年。それだけでこうも時代は変わるのでしょうかーー
お父様やお母様、村の方々が知らぬうちに消えたあの戦争は今ではもうなかったことなのでしょう……覚えてる方などいらっしゃらないのだから。
まだ幼い時分、ドラゴーナと呼ばれる村で私は暮らしていました。大らかな竜人族の村でした。中でも幼なじみのルイは将来性のある聡明な子供でした。自分で言うのも変ですが私達二人はとても仲がよくて、私の父が村長だったので婚約の噂まで立ちました。
無論、噂は噂。ですが、二人ともそのようなことを言われると意識してしまうマセた子供でした。今思えば、あれは幼いながらも恋だったのでしょう。ルイの一挙一動鮮やかに思い出せます。
「エレーナ、こっちだよ!」
ふわふわの金髪を緩く結んだルイが走りながら私を呼んでいます。空のように青い瞳をきらきら輝かせて、手をぶんぶん振りながら。
「待ってください、ルイさん」
肩で息をしながら私は言いました。ルイさんは走るのが速すぎるのです。
はあはあと息を切らせながらルイさんのところまで辿り着くとルイさんは黙って私の手を握られました。
「!? 離してください!」
自分でもびっくりする程大きな声が出ました。
「何で? 僕と手をつなぐの、嫌?」
「嫌じゃないですけど……」
「なら良いじゃない」
「……ルイさんは私の能力をご存知ないのですか?」
泣きそうになりながら私は聞きました。
「知ってるよ? 触れた物の能力や使い方、または心が読めるんでしょ?」
「だったら!!」
「けど僕はエレーナのこと、信じてるから。エレーナは人の心を読むなんてことしないでしょ?」
「わかんないです。しちゃうかも、知れません……」
私は自分の能力を操る自信がありません、と下を向きながら続ける。
「じゃあ、今僕の心が読めてるの?」
ぷるぷると首を横に振る。
「なら大丈夫だよ。行こ?」
「でも……」
「大丈夫。例え読まれても僕はエレーナのこと、絶対に嫌いならないよ?」
だから安心して、と太陽のような笑顔でルイさんは仰いました。その笑顔がすごく綺麗で……トクンと心臓が高鳴るのを感じました。
それから目的地までの道のりをずっと手を握りあって、話していました。
「着いたよ。上を向いてごらん、エレーナ」
素直に上を向くとそこには星空が広がっていました。
「うわぁ……」
感激のあまりしばらくずうっと上を向いたままでした。
「誕生日おめでとう、エレーナ」
不意にルイさんが呟くように仰いました。
「ありがとうございます」
「ここ、僕のお気に入りの場所なんだ。今は戦中で……お金がないから、これがプレゼント」
ごめんね、と手を合わせて仰るルイさん。
「とんでもないです! 私は難しいことはよくわかりませんが……村全体の生活が厳しいことはお母様からよく伺っております。祝っていただけただけでも私は幸せ者です」
涙ぐみながらエレーナは言った。この笑顔を守りたいのに……何も出来ない不甲斐なさだけがルイの脳内を支配する。でも伝えなくちゃいけない。それが己に課されたお役目なのだから。
「あのね、エレーナ」
沈痛な面持ちでルイは口を開いた。
「何でしょうか?」
「ドラゴーナには今から二度と戻っちゃいけない」
「!? ……どういうことでしょうか、私には理解出来ません!」
珍しくエレーナが声を荒げる。
「だめだよ。静かに聞いて」
声を潜めて言うとエレーナも渋々口を噤んだ。
「ドラゴーナの仲間は全員戦いに出るんだ。でも僕ら幼いからって村長が逃がしてくれた……」
「お父様が……」
みるみるうちに涙がたまる。先程の嬉し泣きとは明らかに違う涙だ。
「そう。ここは結界が張ってあるから村長夫妻以外は入ってこれない。ここで三日間様子を見てから逃げろってさ。母上の予言では三日経ったら、戦争は終わるらしいんだ。だから……四日目の朝、ここを出てね、いいね?」
「はっ……はい」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながらエレーナは頷いた。
「あの、ルイさんは…………」
一緒におられないのですか、と瞳が語っていた。
「ごめんね、エレーナ。エレーナのことは大好きだった。愛してた。でもね、僕も行かなくちゃいけないんだ。一緒にいられないの」
どこに、とは聞かなかった。それがわからない程エレーナも愚かではなかった。
「大好きだよ。愛してる」
そっとエレーナに触れるようなキスをして、ルイは飛び立った。
それから三日間、茫然として過ごしていました。ルイさんは戦いにいきましたが、死の知らせは届いていません。だから私は死ぬことが出来ませんでした。そしてそれは今も……ばかですよね。全滅したって噂だって流れていますのに。
「そんなことはない」
ずっと本を読まれていた霧川さんが仰いました。私が驚いた顔をしていると本に目を向けたまま、「僕も……生きてるかもわからない母を探していたからね」
よくわかるよ、と呟くように仰ってくださいました。
『アラストイア』のお仲間は皆、優しくて参ってしまいます。
最初はかなり迷いましたが、今は乗ってよかった……心からそう思います。
願わくば誰も危険な目に遭うことなく、この旅が終わりますように……