表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝ける星光  作者: 輝ける星光
間章
26/28

竜を殺す

執筆者:ウラン

◆あの日◆



 その日、僕らの村は火に覆われていた。

 ボウボウ、ボウボウ、と。

 それを眺めていた黒髪の女の退屈そうな表情が、ひどく場違いだった。



 バンッ、と渇いた音が響く。途端、足に急激な痛み。僕は前のめりに転んだ。

 後ろを振り返る。

 そこには、一人の女がいた。

 パッと見14、5くらいの、長く艶やかな黒髪の女。

 彼女はうっすらと顔に笑みを浮かべて、落ち着いた声でこう言った。

「死んで死んで死んで! 私のためにっ、私達のためにっ、世界のためにっ! 私の私の私のためにっ!」

 銃口を僕に向け、落ち着いた声でそう言った。

 またバンッ、という渇いた音。

 僕はその場に崩れ落ちた。

 ――怖い。

 それは、幼い僕の切実な思いだった。

 ――何で? この人は笑いながら、何で自然に笑いながらこんなことができるの?

 それは、幼い僕の切実な疑問だった。

「あはは! トッドメェーッ!」

 女が銃口に手を掛ける。僕を向いてる銃口に。

 僕は何としてでもここから逃げたかった。

 彼女――僕のお気に入りの場所に今もいるであろう、彼女のためにも。

「……んー、ワープ? 超能力(サイキック)ってやつですかぁー? あはは、小癪なっ!」

 女は銃口の向きを変え、引き金を引く。

 バンバンバンバンッ、と耳を突くような音。

 でも、僕はそこにはいない。

「効かない? ……まさか、幻覚能力?」

 それだけじゃないよ。

「スキップ!」

 僕の幻覚とは別のもう一つの能力、瞬間移動(テレポート)能力でそこを離脱する。

 おしかったね、50点だよ。

 女の罵倒する声が、どこかで聞こえたような気がした。





 瞬間転移スキップで、僕は村の近くの崖のくぼみに逃げ行った。

 ちょうど、村からは死角になる位置だ。

 そこで僕は、頭を冷やすことに成功した。

 ――足が、痛い。

 まず浮かんだのはそのことだった。

 しばらく歩けそうもない。

 ……冷静に考えると、あの女は実に巧妙だった。

 致命傷ではなく、ちょっとくらいずれても少なからず歩みに影響のでる足への射撃。

 あの狂った言動も、今思えばそれを隠蔽いんぺいするための演技だったかもしれない。

 あの女は、あいつら、村を襲っているあいつらの中では弱い方だった。

 だからこそ、あそこまで緻密で、卑怯で、巧妙な手段をもっていたのだろう。

 弱いからこその強さ。

 ――弱き、強さ。

 半端に強い奴なんかよりよっぽど厄介だった。

 母上の預言では三日後、戦争は終わるらしい。

 ……その時生きているのは誰なのだろうか?

 少なくとも、僕にあの女の死ぬ所なんて思い浮かばない。

 ――エレーナ。

 いや、彼女は、彼女だけは生き残ってほしい。

 大丈夫、彼女は結界の中にいる。

 村長の作った、優しくて強い結界。

 僕もいつか、彼のように……。

 逃げ切れた安心からか。僕は超能力サイキックの反動に押され、深い眠りについた。





 僕が目を覚ました時、戦争は終わっていた。

 村からは人の気配がしない。

 ――そうだ、エレーナ!

 しかし、それまでしたこともない長距離の転移の消耗はひどく、結局動けるようになったのは、それからたっぷり一週間も後のことだった。



◆竜殺しの英雄◆


raguna-side


 あるぅ日♫ 山の中ぁ♬ ドラゴンさんにぃ♪ 出会ぁ、――ちゃったよぉぉぉぉっ!

 そう、ドラゴンである。

 四足の巨体にコケのような色をした鱗の鎧を身にまとい、同色の大きな翼で空を飛ぶ。

 その大きく鋭い口からは、多属性の炎を吐きだすとされる、かつての伝説上の生き物。

 それが、私を現在進行形で追いかけてきてるんですよ。

 いやもう、怖いのなんのって。

 まぁうん、この状況の要因は私にあることは認めよう。

 だがしかーし、誰が予想できようか。

 まさか、昼寝中のドラゴンの尾をおもいっきし踏んでしまうなんて。

 テンプレートすぎて逆に予測できなかったぜっ!

 というわけで、ドラゴンと追いかけっこ中である。

 現在、私が圧倒的不利。いや、だってさー、奴ってば飛ぶからさー。

 私ってほら、人間だし?

 空飛ぶドラゴンから走って逃げ切るとか無理、絶対無理。

 というわけで、戦力的撤退うぃあきらめた私は、対抗するべく拳銃を取り出して構える、が――

「下がってな!」

 と声が掛かった。

 私は指示通りに銃口を下に向け、ドラゴンと距離を取る。

 すると、長身の男が身の丈ほどもある棍でドラゴンに殴りかかった。

 金髪青眼の、イケメンと呼んでも差し支えのない整った顔立ち。

 革地の上下に身を包み、腰には二振りの刀を差している。

 有体ありていに言うと、カックイイ感じのリア充っぽい奴だった。

 ……爆発しやがれ! っと、そんなことを言っている場合じゃない、自重自重。

「怪我はないか?」

「……大丈夫」

「そうか、ならそんな物騒なモンはしまってどっかに隠れてな!」

 私は頷き、拳銃をしまって木の陰に隠れる。

 リア充(確定)の言う通りにするのは癪だが、ドラゴンの相手などまっぴら御免こうむるので任せることにする。

 体制を大きく崩したドラゴンが立ち上がった。

 すかさず、リア充がその自身の倍以上ある巨体に棍を打ちつける。

 ドラゴンが喚いた。

 しかし、リア充は構わず打撃をくらわせ続ける。

 腕、足、腹、背。

 一通り全身を打つと、今度は大きく振りかぶって頭を垂直に強打する。

 ドラゴンが大きくよろけた。

 その隙を逃さず、リア充は棍を投げ捨てて腰から二振りの刀を抜きとる。

 まず右手の刀で右上へと切り上げ、同じ軌道を左手が追う。

 そのまま遠心力を利用して半回転、再び正面を向き、勢いを殺さずに今度は左下へと刃がほとばしる。

 そしてまた回転、斬撃、の繰り返し。

 くるくるくると、コマのように廻りながら踊るように刃を振るう。

 ドラゴンが息絶えるまで、そう時間は掛からなかった。



rui-side


 俺は、ある山脈の一角に来ていた。

 目的は99匹目の“竜”を殺すためだ。

 ――竜殺し。

 強さを求める内に、俺はそんな通り名で呼ばれるようになった。

 もっとも、俺の存在を知る者などとっくに朽ち果てて(・・・・・)しまっただろうが。

 とまぁ、来てみたわけだが……。

 黒いコートに身を包んだ14、5歳くらいの白髪の少女がドラゴンに追いかけられていた。

 いや、これは流石の俺も度肝を抜かれたね、まったく。

 助けてやる義理などないのだが、どのみちドラゴンを殺すつもりだっしついでに助けてやるか。

「下がってな!」

 俺がそう言うと、白髪の少女はいつの間にか手に持っていた拳銃を下に向けて後方へ下がった。

 ――あの動き、素人じゃねぇな。

 まぁ、並の奴じゃあここまで来るだけでも難しいからな。

 この分だと、あっちはあまり気にしなくても大丈夫そうだ。

 一応、注意くらいしといた方がいいか?



 苦も無くドラゴンを倒せた。

 もっとも、既に98も殺していたことを考えると当然のことだが。

 今、白髪の少女に先の戦いで少しばかりできた傷を治療してもらっている。

 何でも、お礼、だそうだ。

 少女は治癒魔法が使えないらしく、包帯などの原始的な携帯治療具を使っている。

「……君は?」

 突然、少女が訪ねてきた。

「俺か? 俺はルイっていうんだ」

 そして俺はこう続けた。

「――竜殺し、って呼ばれている」

「……竜殺し?」

「ああ、さっきのを合わせると99匹殺した」

 少女は俺の言葉を聞くと、唸るようにこう言った。

「…………まさか、ジークフリートが……」

「ジーク……何だそれ?」

 俺が聞き返したちょうどその時、後ろから強風が襲ってきた。

 ――いや、ただの風じゃない。これは……。

 後ろを振り返る。

「白竜、か? おいおい、ウソだろ?」

 魔法に精通しているとは言い難い俺ですら感じることのできる、圧倒的な魔力。

 さっきのドラゴンなんて比べ物にならない。

『竜殺しの男よ』

 突如、どこからともなく声が聞こえた。

 いや、これは声じゃない。

 何か、まるで脳に直接語りかけているような……。

 少女は白竜の登場に驚いているだけで、どうやら声は聞こえていないようだ。

 ――通信能力テレパシー、これはまぎれもなく超能力サイキックだ。

 強大な魔力に超能力サイキック、ドラゴンの厄介な所を丸ごと強化したような存在。

竜人(・・)の身で竜を殺すか』

「知るか! 俺は、俺は強くなるためなら何だってやってやる!」

 ――エレーナ、僕は君を守るよ。

 俺は、100匹目の強敵に立ち向かっていった。



raguna-side


「知るか! 俺は、俺は強くなるためなら何だってやってやる!」

 ルイとかいう男は突然そう言い、これまた突然現れた白竜に向かって一振りの刀で切りかかった。

 しかし、先のように不意打ちでも相手がよろけているわけでもないため、正面からいっても簡単に返される。

 尾で弾き飛ばされたルイは、すぐに体制を立て直す。しかし、白竜の行動の方が早かった。

 白は大きく口を開き、魔力を集中させる。ルイは回避を諦めたのか、防御態勢を取っていた。まったく、あれほどの魔力が相手では、そんなことをした所で意味はないだろうに。

 懐から拳銃を取り出し、魔力集中のため隙だらけの白竜に向かって発砲する。目を狙ったつもりだったが、少し外れて頬の辺りに当たった。

「グゥゥゥゥ……」

 それでも気は逸らせたらしく、白竜は魔力を拡散させて私の方を見る。今度は私に跳びかかってこようとしたが――

「お前の相手はこっちだ!」

 ルイが二振りの刀で白竜の背を十字に切り裂いた。

 白竜は小さく呻いたかと思えば、その翼を目一杯にはためかせる。先の斬撃の反動でスタンしていたルイが後方へ吹き飛ばされた。竜は気にせず、翼を更に大きく振って空へと舞い上がる。そしてそのまま停滞した。

 ……やばくね?

 白竜は再び口の前に膨大な魔力を集め始める。空中で。

 不意に、手が引かれる感覚。見ると、いつの間にか私の近くまで移動していたルイが、私をこの場から引かせようとしていた所だった。

 私は自分で立ち上がり、前方に向かって駆けだす。ルイはそれについてきた。

 背中の方から轟音が生じる。少し振り向いてみると、森が凍って(・・・)いた。

「――っ!」

 氷属性のドラゴン・ブレス。

 当然のごとく、氷の上は走りずらい。つーか走れん、歩けん。これじゃあ、足場がどんどんなくなっていくじゃん。しかも、ドラゴン飛んでるからメリットないし。火を吹いてくるのよりも性質たちが悪い。

「おい! 何で俺のことを助けた!」

「……あのまま君がやられてたら、私が一人で相手する羽目になっていた」

「俺がやられてる隙に逃げてれば、そんなことにはならなかった!」

 私の能力は、彼を援護するくらいのことは十分に可能だ。

 しかし、それでも私は彼を見捨て、往々と逃げのびる選択を取るだろう。

 私は英雄ヒーローなんかじゃない。そんなしんどいこと、出来たとしてもやりたくない。

 しかし、今回は事情が違った。

 思いもよらなかった。

 まさか、竜を99匹も殺すような馬鹿(・・)がいるなんて。

「……竜殺し、何故あれを殺さない?」

「は?」

「……君は99もの竜を殺したのだろう? ならば、たかが一匹の白竜を殺すことなど訳ないだろうに。

 それとも、他も先のように不意打ちしたとでも?」

 そう言うと、ルイは何故か目を伏せた。

「……そうだよ。俺は、竜を全て不意打ちで殺した、ただの卑怯者なんだよ!」

 沈黙が私達を包む。後ろの轟音が、ひどく小さく聞こえた。

「……なら、不意打ちしろ」

「はぁ?」

「……これまでのように、あの竜も不意打ちしろ」

「いやいや、無理だって。この状況じゃあ」

「……何を根拠に判断した。先入観は捨てろ。

 何も恥じることはない。むしろ、誇ってみせろ。多々の竜の不意を突いてみせた、と。

 言うなれば、君は不意打ちのプロだ。プロならそれらしくしろ。

 君は既にそれだけの数を不意打ちで仕留めた。同じように出来ない道理がどこにある。

 卑怯者と自称するなら、卑怯な手段で竜ぐらい殺してみろ」

 要は無理強い、もしくは当てつけだった。

 竜殺しとか大層な通り名あるんだったらそのくらいしろやボケッ! みたいな。

 不意に、ルイが足を止めた。彼に絶対零度が降りかかる。遂には諦めたのだろうか?

 ルイが居た場所が蒼に包まれた。私も足を止めて見ると、そこにはもはやただの氷でしかなくなった、ただの氷となった草木(・・)だけが存在した。

 ふと、見上げてみる。視界には、翼をはためかせて飛ぶ白い竜と、二刀を振り上げた竜殺し(・・・)

 ――瞬間移動テレポート。究極の機動力を持つ、不意打ちに長けた超能力サイキック

 青年は、竜を切り裂いた。



rui-side


 俺は、竜の背を十字に切り裂いた。

 瞬時、再び瞬間移動テレポートで少女のもとに戻る。

「……殺した?」

「……いや、まだだ」

 白竜は生きていた。それどころか、未だに飛び続けている。

「チッ、外したか?」

 いや、確かに手ごたえはあったはずだ。

「……さっき」

「え?」

「……さっきも、同じところを切ってなかった?」

 ――そうだ。

 そういえば、先程少女に助けられた時も同じく背を、その上まったく同じ切り方をしていたはずだ。

 さっきはテンパってて気が回らなかったが、あの時とっくに不意打ちはしていたんだった。

 それでも、竜は飛んでいる。それが意味するのは――

「ダメージが、与えられていなかった……?」

 全力で刀を振るった。それでも、切れない。

 これまでの竜の鱗は裂けた。それでも、通じない。

 攻撃が効かないなんて、一体どうすれば勝てる?

 ……いや、勝てる。しかも、つまらないほどありきたりな方法で勝つことができる。

 それは始めから思いついていた方法で、それでも絶対にやろうとしなかった方法。

 だけど――

「……ちょっといいか?」

「……いい」

「これから、俺はすげぇ卑怯なことをする。ずるいと言われても、何も反論できないようなことだ」

「……それで?」

「お前は、それをどう思う?」

 俺を汚いと軽蔑するか? それとも、逆に凄いと尊敬するか?

 少女はこれまでのように、一拍おいてこう答えた。

「……始めからやれ」

「――はっ」

 何だよ、それ。


 一振りの刀を鞘に戻し、もう片方と棍を組み立てて薙刀を作る。

 これまで様子を覗っていた竜が、待ちきれないとばかりにブレスを吐いた。

 俺は少女ごと瞬間移動テレポートして避ける。

 瞬間移動テレポート、俺が使える超能力サイキックの一つ。他に幻覚能力ファントムも使えるが、普通の攻撃が効かないなら意味はないだろう。

 瞬間移動テレポートとは、対象の座標を瞬間的に変える能力だ。つまり、場所を一瞬で移動することができる。だが、逆に考えれば、場所しか変えることができない。

 例えば、走行中の列車に乗っている時に瞬間移動テレポートを使った場合、移動した直後に慣性で引っ張られる。

 そういう時はデメリットにしかならない特性。しかし、この場合は――

 白竜が魔力を集めている内に、俺は腰を低くして薙刀を持った腕をできるかぎり後ろに構える。

 突き、の姿勢。

 相手が空に飛んでいるため、このまま普通に突きだしても当然当たるはずがない。しかし、それはあくまで普通という仮定の話。

 俺はそのまま薙刀を突きだす。そして、振り切る直前に薙刀を白竜の体の内部(・・・・・・・)に移動させた。

 竜の腹が目に見えて出っ張った。そのまま刃が貫く。どうやら、鱗も内側は柔らかかったらしい。

 すかさず、腰の刀を抜刀術の要領で振い、瞬間移動テレポートを使う。

 白竜の首が引き裂け、血が噴き出す。

 竜は絶命した。


 これで、俺は100匹の竜を殺したことになる。

 何となしに、自分の体を見渡してみた。

 ……やっぱり、何も変わった様子はない。

 ――100の竜を殺せば、神にも等しき力を得られる。

 どこかで聞いただけの、有り勝ちな伝説。強さを求めていた俺は、そんなわかりやすい力を得るため躍起になって竜を殺した。それも、2000年(・・・・・)もの長い長い間。

 その結果がこれ。結局竜を何匹殺した所で何も変わらず、卑怯な手段を繰り返しただけに終わった。

 愚か、としか言いようがない。こうなることくらい始めからわかっていたが、いざその時が来てみると、果てしなく空しい。

 何となしに少女の方を見ると、彼女は黙ってじっとこちらを見つめていた。

「どうした?」

「……君は、元々瞬間移動(テレポート)を使うつもりがなかったように見受けられる」

 ああ、そのことか。

「……俺は、強くなりたかった。だから、超能力サイキックなんてもんに頼りたくなかったんだよ」

 こんな訳のわからない力にたよらない、俺だけの本当の力。それが欲しくてたまらなかった。

 大切な者を、少なくとも女一人くらいは守れるくらいには強くなりたい。そのために、頑張ろうとした。だが、それがわからなかった。

 どう頑張れば強くなれる? どうしたら本当の力を手に入れることができる?

 神にも等しき力とやらが、超能力サイキック以上に訳のわからない力だという矛盾に気づいていなかったわけじゃない。

 それでも、何をすればいいかわからないなんて行き止まりには、絶対にたどり着きたくなかった。

 だから俺は、ひたすら竜を殺し続けるという、無駄でしかないことをやり続けてきた。

 それでも――、

「……ふぅん、また随分とめんどくさいことを」

 少女のこの物言いには、正直イラっとした。

 無駄でしかなかったとはいえ、俺が死ぬ気で過ごした何百何千年をめんどくさいだ?

「……あまりに非効率的。だがまぁ、そうしたいならそうすればいい」

 何その言い方? そんなことを言われると、これまでどうりやるのが何か癪だ。逆のことがしたい。超能力サイキックをバンバン使いたい。

「チッ」

 苛立ちに任せて舌打ちし、白竜の死体から刀を抜きとる。竜の血で、刀身が真っ赤に染まっていた。

 二刀を鞘に戻した後、それらを少女の足元に放り投げる。ついでに棍もやった。

「……何?」

「そんなチャチな拳銃一丁じゃあ下山が不安だろ。一応は命の恩人だし、やるよ。俺は瞬間移動テレポートすれば一発だしな」

 瞬間移動テレポートでふもとまで送ってやったりはしない。したくない。

「……でも」

 腑に落ちないのか、少女は中々刀を手に取らない。まぁ、血だらけというのもあるだろうが。

「それに、もう俺には必要ないしな」

「……それが、君の選択?」

 ああ、と答える。

 初めて竜を殺す時に極めた物だし、その頃から使い続けていたからそろそろ限界も近いだろう。むしろ、よくもまぁこんなにもったな、といった感じだ。

「……わかった。これは私が引き受ける」

 いや、そんなに神妙になるほどのことでもないんだが……。

 その後、沈黙がその場を包む。まぁ、元々無口っぽいし、なにせついさっき出会ったばっかりだ。そう話が続くはずもない。

 ……つーか、ちょっと気まずい。

 これ以上ここにも少女にも用はないので、俺は別れを切り出すことにする。

「じゃあな」

「……うん」

 存外、別れは素っ気なかった。



 人はそう簡単には変わらない。

 しかし、変わる切っ掛けってやつは案外どこにでもあるもんだ。

 ただ、それを活かせないだけ。選り好みしているだけ。

 だから、ちょっと会って話をしただけの少女なんかに人生を変えられることなんて、滅多にない。

 それでもまぁ、極々稀にはあるかもしれない。

 俺は2000年もの間、竜を殺し続けてきた。ただ、自分を変える好みの切っ掛けを探すためだけに。

 だから、もし俺がこれから変わったとしても、それは運命だの必然だのそういったファンシーもんでもなく、偶然なんてラッキーなもんでもなく、こんだけ探せばそりゃあ当然見つかるだろうっていう、そんな話。

 それに、俺を変える切っ掛けになったのがあいつとは限らない。白竜かもしれない。100匹の竜かもしれない。

 そう、竜。それらがあの少女と出会う切っ掛けになってくれたというなら、まぁ、これまでは無駄じゃなかったとも思える。

 だがしかし、俺が心を許すのは、あの純粋で清楚で可憐で金髪の、あいつとはまるで正反対の彼女。

 あいつとは、恋人は愚か友達にもちょっとなりたくない。でもまぁ、戦友くらいならなってやってもいいか。

 やっぱり、少女のことを認めるのは癪だった。

 ……そういや、名前訊いてなかったな。まぁ、もう会うこともないだろう、多分。



raguna-side


 瞬間移動テレポートでルイが消えるのを見届けてから、足元の二刀を手に取る。鞘から抜くと、真っ赤な刀身が現れた。

 血は消えたようになくなっている。それでも、赤い。紅い。

 神具ジークフリートとなったそれを、私は観る(・・)

 ジークフリート。まだこの星が地球と呼ばれていた頃、ドイツという国の英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』に主人公として登場。

 名剣バルムンクを奪い、悪竜ファブニール退治の際、魔力のこもった竜血を浴びて全身が甲羅のように硬くなり、いかなる武器も受け付けない不死身の体となる。

 英雄。竜殺しの、英雄。

 しかし、所詮は作り話。そんな者は実在しない。

 だが、どうだろう? 本当に否定しきれるのか。

 竜の血。それは、超能力サイキックの制御に必要な媒体だ。

 超能力者サイキッカーと呼ばれる奴らには、少しはそれが混ざっている。

 まぁ、もはや私の他にそれをしる者は存在しないだろうが。

 でも、もしそんな物を100匹分も浴びたら。

 人の細胞は、外部からの血を否定する。微弱な魔力が、それらを弾く幕を形成する。どんな生物でも血には魔力があり、それが混ざって穢れることを拒絶するからだ。

 しかし、魔法剣ならまだしも、ただの刀にはそんな魔力はないし、そもそも拒絶する必要がない。

 竜の血はそこに漬け込む。バルムンクでなくとも、それは魔力を蓄え、超能力サイキックに近い力を持つ。

 ルイは、この刀で100匹の竜を殺したと言っていた。だが、そんなことをしたていたら、とっくに刀の寿命は過ぎているはずだ。

 それでも刃が欠けすらしないのは、少なからず吸った竜の血が関係しているのだろう。

 竜は神の使いという説がある。その血を利用した、神の道具。

 それがジークフリートの名で呼ばれる神具。神にも等しき力を秘めた道具。

 あの実験(・・・・)に加担した私がその理論を導き出せたのだから、間違いなく本物だ。

 なにも100匹丁度でそうなるわけじゃない。だが、100匹目の白竜のそれが、平均を遥かに上回っていただけにすぎない。

 しかし、白竜が99の竜を殺した者の前だけに現れるというなら、竜にも100という数に拘りがあるのかもしれない。いや、だとしたら神の方か。


 ルイは、彼女(・・)と似通った道を歩もうとしていた。

 けど、違った。彼は、私に明け渡すというショートカットでその道を避けた。

 それが、彼と彼女の違い。明確な差。

 ……それでも、辿たどり着いた所は同じ、か。

 まぁ、いまさら1つでも2つでも変わらないだろう。

 うん、問題なし。

 私はそう自己完結し、ジークフリートを拾い上げる。


 この時、これが出会いではなく再会であったことには、遂に気付けなかった。



◆あの日前夜◆


 夜、僕はお気に入りの場所に一人で来た。

 しかし、そこには人影。どうやら、先客がいたようだ。

 白い短髪に、科学者着るようなが白い服。僕より(見た目)少し上くらいで、無表情が印象的な女だった。

 村の者ではない。そしてきっと、人間。

 警戒心は湧かなかった。それは、僕が本能的に理解していたからだろう。

 僕がどうこうした所で、この人の前では意味がない。それほどまでに、強い。

「……もう時期、戦争は終わる」

 不意に、彼女が言った。

「……少年、戦争は嫌いか?」

「え、あ、はい」

「……そう、か」

 必ず一拍開けてる。変な話し方だ。

「あの、あなたは?」

 自然と口に出ていた質問だった。

「……あたしは、ラグナ。終末戦争ラグナログを終わらせる者の名。覚えとけ」

 彼女はそう言い残して、どこかへ歩き去った。

 僕は、その後もしばらく動けなかった。



◆古ぼけた手帳◆


 竜人の村襲撃作戦は成功。竜人は全滅した。

 しかし、腐っても竜人。こちらの被害も大きい。

 生き残りは、俺が目をつけていた(ファースト)の“ラグナ”と、“ラグナ”が“アリア”とか呼んでいた黒髪の(ファースト)の2名だけ。

 生き残りが失敗作だけだったことに荒川の奴は頭を抱えていたが、大方俺の予想通りだ。まぁ、ここまで顕著だとは思いもよらなかったが。

 成功作では最強にはなりえない。良い意味でも悪い意味でも数値通りだからだ。そこに差はほとんどない。

 しかし、失敗作は違う。そこには多大な誤差がある。まぁ、だから失敗作なのだが。

 中途半端な奴はすぐに死ぬ。生き残るのは、本当に強い奴と、本当に弱い奴だけだ。

 “ラグナ”なら俺の期待通り、いや、期待以上の働きをしてくれるだろう。

 竜人の研究も、大量のサンプルが手に入って順調だ。

 これなら、俺の計画も問題なさそうだな。

 後は――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ