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輝ける星光  作者: 輝ける星光
プロローグ
2/28

天を駆ける艦

執筆者:ういいち

 澄み渡った青空に流れるのは白い雲。風に乗って緩やかにたゆたい、おぼろげに形を変えながら渡り行く。

 その最上方では、眩いばかりの太陽が朗らかな輝きを放っている。人手の及ばぬ天の高みで、全てへ平等に光を注ぐ。

 空と対する眼下の地平もまた青い。何処までも広がる蒼海だ。陽光を反射して煌き、寄せては引く波音が静かに大気を満たしている。海の中には無数の魚影が走り、それを追うカモメの群が海面すれすれに白い帯を作っていた。

 天と地に近しくも異なる青を敷き、世界は遠く彼方まで続いていく。澄明な空海を穏やかな風が撫で、諸々を安寧の色に染め上げる。大自然のパノラマは、ゆったりとした時間の中で永遠とも思える営みを繋げ見せた。

 そんな世界の只中を、巨大な剣が重音唸らせ轟き走る。白雲の群を突き破り、音に比する速度で大空を渡っていく。通った後には碧の粒子が軌跡を描き、鮮やかなる残滓を燻らせた。

 その全長にして136m、全幅にいたるは37m。降り注ぐ陽光を反射する白亜の偉容は、天空に浮かぶ巨大な剣そのもの。クレイモアーと呼ばれる巨剣を遥かに大きくしたような外観の、それが高機動魔導飛翔艦アストライアである。

 鋭き切っ先は艦首を務め、長大な刀身は艦体、左右へ突き出した主翼は鍔へ位置し、グリップ部分に主要機関区である動力系統を設ける。平たく切り詰められた柄頭に推進装置である大出力スラスターを擁し、碧に輝く魔力の光を放出していた。

 重厚たる刃に類する艦体中程、剣身中間部となる其処に艦橋がある。特殊強化製の耐衝撃仕様硝子と、偏光シールドに護られた発令所。動力部が心臓ならば、艦の頭脳と呼べる最重要区画だ。

 その内部には座り心地の良さそうな椅子が扇形に配され、それぞれが硝子側へ向かい設置された機器に面する。その背凭れから線を引いたら全てが交わるだろう中央に、幾許かせり上がる壇域があった。置かれているのは機能的な柔椅子。今これに座っているのは年端もいかない少年が一人。

 蒼い髪を首に掛かる辺りで切り揃えた、随分と可愛らしい少年である。肌は白磁のように白く、滑らかで、幼さ故か全体に華奢だ。目が大きく鼻は高い、ともすれば少女とも思える。

 年齢は10歳そこそこ。充分に若く頼りなげだが、理知的な面立ちと堂々たる雰囲気が、気の強さや心の堅固さ、誇り高さを感じさせた。

 蒼海を映し込んだようなコバルトブルーの瞳には、知性の輝きが煌いている。それと共に飽くなき探究心、無限の好奇心が眩い光を放ち見せた。

 今は亡きアルハルト皇国の知られざる皇子、ノイウェル・フォン・アルハルト。それが少年の名前だった。

 白と青を基調とするローブ似のゆったりとした着衣を纏い、ノイウェルは大いなる遺跡艦の最高権威者、艦長を示す玉座に座っている。

「してリリナよ。本艦は今、どの辺りを飛んでいるのだ?」

「はい。現在は北大陸アルコノスト南東部海上を、東大陸カスミガへ向けて航行中です」

 ノイウェルの問いに淀みなく答える声。その持ち主は、少年の隣に整然と佇んでいた。

 白い髪を首筋まで伸ばす、メイド服を着た若い女性である。顔の作りは整っているが無機的で色がなく、感情の揺らぎも感じられない。仮面のような無表情や、隙がなく落ち着いた姿から、怜悧な女性秘書という印象を与える。

 ノイウェルに仕える忠実な従者、リリナ・レイツェン。彼女は10歳以上も年下の主君に、礼節を以って応じていた。子供だからと軽んじる様子は皆無。表情こそ無味乾燥であるが、慇懃な彼女の態度からはノイウェルへの強い忠誠が窺える。

「そうか、じきにカスミガか。あの大陸は豊かな地だと聞く」

 椅子に深く腰掛けながらも、ノイウェルはどこかソワソワしている。まだ見ぬ大地への期待に、これから待っているだろう冒険の予感に、胸躍らせているのだ。少年は興奮の面持ちで、強化硝子越しに大海へ向ける瞳を目一杯輝かせていた。

「はい。四季での格差はありますが気候は比較的安定しており、動植物の品種も多様です。大きな事件事故も近年聞きませんので、極めて過ごし易いかと」

 その隣では相変わらず顔色一つ変えないで、リリナが淡々と目的地の情報を述べていく。手元にはなんの資料もない。記憶の中から必要なものを取り出しているのだが、非常に滑らかだ。起伏のない平淡な声だが、不思議と耳に心地良い。

「折角の異国なのだ、母上も御連れしたかった」

 不意に、ノイウェルの顔へ寂しげな影が差した。年相応の子供らしい、人恋しさと心許無さが覗く。

 それを敏感に察知して、リリナは即座にフォローを返す。

「ノイウェル様の世界を巡りたいという願い、これを誰より推しておられるのは他ならぬヒカル様です。あの方はノイウェル様が気兼ねなく自由に羽ばたけるよう、御自身は彼の国へ残ることを望まれました。ヒカル様の御身を案じるノイウェル様が、冒険に注力出来ぬ事を良しとせぬ故にです」

「うむ、分かっておる。母上の御心遣い、余は決して無駄になどせぬぞ。如何なる秘境や魔境、危地や危難、謎と神秘に挑み続けよう。この世界を冒険し尽くす、それこそが余の人生を懸けるに足る夢なのだから」

 椅子から降り、拳を握り、ノイウェルは大空を仰いで宣言した。まだ幼い若輩の身ながら、胸に燃やす熱意と決意は本物である。

 父皇の不義によって生を受けたノイウェルは、その存在を疎まれた為に長らく幽閉同然の生活を強いられてきた。世界の広さを知る事もなく、自らの生に意味を見出せず無下に過ごす日々。それは多感な少年の心に強烈な痛手を負わせ、癒せぬ渇きを宿らせる。

 閉じられた領域から解放された時、その心身は強烈な反動に襲われた。即ち、遠大なる世界への挑戦。見知らぬ全てを己が目で見て、肌で感じて、悉くを暴き晒し知り尽くしたいという衝動。その揺ぎ無い一心は凄まじい貪欲さを持ち、留まり得ぬ渇望が少年を衝き動かす。

 そんなノイウェルを最も身近で見守ってきたからこそ、彼の内心を誰よりも良く知る実母は、旅立ちを望んだのだ。母に背を押されて広大な世界へと踏み出したノイウェルは、古代の飛翔艦を手にしたことで、願望と夢想を実現させる手段を得た。抑えきれない好奇心と冒険心は少年に不撓不屈の覚悟を決めさせ、果てしない活動の道へと飛び立たせる。

「余はこの世界を隅々まで駆け抜けてみせようぞ!」

 高らかに謳い上げるノイウェルを、リリナは僅かに目を細め眺めていた。殆ど変化がない顔のため分かり難いが、心なしか微笑んでいるように感じられる。

 一途な夢に邁進する少年へ従者が注ぐ紫瞳は、真なる主へ捧げる忠節と、柔らかな優しさを含む。

「その気概はけっこうなのですが。ノイウェル様、まずは当面の問題がございます」

 小さな緩みは知らぬ間に消え、リリナの顔にはクールさが戻っていた。そのまま投げられる抑揚のない言葉に、ノイウェルは振り返り小首を傾げる。

「問題とはなんだ?」

「はい。端的に申し上げて、人員不足です」

「ふむ、確かにな。これだけ広い艦内に、余とリリナだけというのは寂しい気もする」

「気分の話だけではありません。現実的に考えて、今のままでは何もやれはしないでしょう」

 責めるでもなく一定の声調で語るリリナは、冷静であるからこそ発言が重々しい。特に力が入っているわけでもなく、語気も荒いではいないのに、楽観できぬ状況なのだと伝わるものがある。

 ノイウェルも正しくそれを感じ取り、我知らぬまま息を飲んでいた。

「今でこそ自動操縦で艦の運行を行っていますが、何時までもこのままではいられません。いざという時、的確な運用を行える人材は必要不可欠です。魔導艦の操縦経験者を見付けて下さい」

「うむ、操舵士が居らぬでは移動もままならぬな」

「それから目的地までの最適経路や運行日程を割り出し、状況に応じて操舵士をサポートする航海士も必要です」

「成る程な」

「そして艦の整備や、主要動力炉の調整が出来るエンジニアも必須ですね。古代技術や魔術システムに詳しい機関士は何名居ても困りません」

「そうか。では、そちらもどうにかして……」

「冒険をする以上、ノイウェル様と私だけではどう考えても荷が勝ちすぎましょう。もっと多くの仲間を集めるべきです。同じ様に世界を冒険したいと思っており、尚且つ信頼の置ける同志を集めて下さい」

「そうだな。仲間は多い方が良い。是非、我が艦へ招き入れたいものだ」

「仲間が増えれば食事が必要になります。コックに成りえる者も乗せることを提案します。それから救護班も居てもらわねばなりません。発見した遺物の調査を行う研究員も欲しいところですね。幸いにして必要な設備などは艦内にあるので、まずは人員を集めましょう」

「う、うむ」

「それから掃除係、衛生官も忘れてはいけません。艦長の補佐や代理を行う要職、副艦長も見出さねばならないでしょう」

「副艦長はリリナがやれば良いのではないか?」

「私は艦長の、つまりノイウェル様の護衛です。アストライアの行動決定に口出しするつもりはありません」

 口に出した疑問は間髪いれず一蹴された。ハキハキとした物言いに、感情の差し挟まれぬ声は、例え発言者にそのような意図がなくとも、矢継ぎ早に聞かされる側を圧倒する。

 次々繰り出される注文に、ノイウェルは早くも頭が追いつかなくなりつつあった。若干混乱し、目まで回ってくるような錯覚を覚えている。

「とにかく乗組員を集める事が先決です。これから方々の国や街を巡り、仲間を見付けていきましょう。御安心下さい、ノイウェル様。この艦は目立ちます。興味を抱いた者達は自ずと集まってくるでしょう」

「余もアストライアを見た時は感動した。冒険者ならば、心震わされずにはおられまいな」

 リリナの意見に得意気な顔をして、ノイウェルは大きく何度も頷いた。艦の事を褒められると、我が事のように感じるのは、それだけ愛着があるからだろう。

「ノイウェル様、そろそろ東大陸が見えてまいります」

「おお、そうか!」

 従者の声に反応して、幼い艦長は開けた展望へと視線を投げた。

 澄み渡る空と海の続く景色に、緑溢れる大地が姿を現しつつある。見下ろす視界に輪郭が、次いで街と思しき開けた区画が明瞭に確認出来ていく。新たな大陸への訪れを確かに感じながら、ノイウェルは高鳴る鼓動を抑えられない。知らず知らずのうちに顔は笑顔に、目には期待と喜びが溢れていた。

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