探査、『謎の設計図』と『神々の華』について
執筆者:蠱毒成長中
―前回より・遺跡内部―
ふざけた性能を誇り破壊の限りを尽くした巨獣を塵に返した我等がアストライア一行は、探査を兼ねての休憩時間に入っていた。
疲弊したレリオは岩壁に背を持たれて休み、深手を負った禾槻はナノリペアによる回復に依存する為一応エレーナとラグナを付き添いに休憩中。
両の腕を失ったセルシアは、元より片翼のアウロと互いの戦績を称え有ったり、決死の献身を決行した禾槻は実に男前だとか、スキンクはやっぱり無駄が多いだとかと語らい有っている。
一方のノイウェルは、側近リリナと司書スキンクを連れて遺跡の調査に向かっていた。
―遺跡深奥―
『単刀直入に言う。この施設は終末戦争末期頃に稼働してた魔力帰還研究所だ』
モバイルパソコンの通信機能で画面越しに喋るのは、研究班のハウエンツァ・パルパト。
『襲ってきたバケモンは防衛システムで間違い無ェ。
多分「部外者は見付け次第殺せ」とかそんなバカ丸出しの命令で動いてやがったんだろうぜ。
全く……まさに戦時中の人間共が考えそうな事だぜ。クサレ脳ミソなりにも学者だった奴らがよォ…。
俺様ならもっと高度な作戦を組み込んでやるぜ』
等と言う雄エルフに、透かさずスキンクが口を挟む。
「茶を出すとか?」
『はァ!?オメー何バカな事――「ガソリンの。更にそこへ放電機構を仕組んだ茶菓子を食わせて焼き殺すんでしょう?」――……そこ、せめて毒とかじゃね?』
スキンクが言いだした何とも言えない作戦に、研究者はかなり退き気味だった。
『まぁ兎に角、戦時中ともなりゃ相当なお宝が眠ってる筈だ。
見付けた分は絶対ェ全部持ち帰れ。良いか?これは命令だ。
もししくじりやがったら――「剥かれて出鱈目に縛られ宙吊りの挙げ句全身に冒涜的な落書きされて○○に待ち針でも刺されたりします?」――んな趣味ねぇわ!じゃなくてな――「○の中辺りに生きたヤツメウナギか束ねた木乃伊の手足でもブチ込まれるんですか?」――テメェん中で俺はどんなキャラになってんだよ!』
(※○の中には剣戟音が入るものとして頂きたい)
スキンクの妄言で加速度的にペースを崩されていくハウエンツァ。
一方それを見届けるノイウェルとリリナはというと、
「スキンクめ、なんかすごいのう。余は兎も角リリナさえもあれだけ扱いに苦戦するハウエンツァをああも自分のペースに乗せておる。
というかリリナ、余の両耳から手を離してくれぬか?スキンクの声がよう聞き取れぬ」
「もう暫くお待ち下さいませ、ノイウェル様」
「うむ。リリナがそう言うのなら待つのは構わぬが、何故にこの様な事を?」
「激戦を超えて尚、私が今もこうしてノイウェル様にお仕え出来ているという幸せを感じていたいのです」
その後、スキンクのペースに飲まれて疲弊したハウエンツァは通信を強制切断。
探査は二手に分かれて続行された。
―ルート:艦長とメイド―
遺跡深奥を進むノイウェルとリリナ。
一応脅威となる存在は粗方排除してあるが、それでもまだ何が居るか判ったものではない。
「ノイウェル様、お気を付け下さい。この上怪我でもされたら私の生存価値が急落します」
「リリナよ、そう案ずるでない。余とて腕っ節はそう強くもないが、これでもアストライアの艦長なのだ。
そう簡単に死んで堪るものか」
適当に語らいながら調査を進める二人が調べているのは、嘗て資料室として用いられていたと推測できる部屋だった。
金属製の棚には赤錆が広がり、紙の資料はその大部分をシミやシバンムシに食害されており、どれも原型を留めていない。
ふとノイウェルが足下を見れば、名も知らぬ蟲達が乾いた床面を這い回る。
「(こんなにも冷たい空気の中で、よくも生きて居るものだな…)」
見上げれば、棚は高い天井まで続いているのが判る。
ボタン一つで望む資料を手に取れるような機械的な設備らしいが、エネルギー源の無い今となってはそれも単なる棚でしかない。
しかもその棚の中身もほぼ全てボロボロとあっては、何とも言えない気分になってしまうのが人情というものである。
「(当時この建物を使っておった者達は、どんな事を思い、願っていたのであろうな……)」
ノイウェルが感慨に浸っていると、リリナが声をかけてきた。
「ノイウェル様、此方へ」
「うむ。どうしたのだ?」
リリナに呼ばれたノイウェルは彼女の元へ小走りで駆け寄る。
「これをご覧下さい」
リリナが指し示したのは、樹脂と思しき透明の板材に刻まれたレーザー加工の線と、その板材に挟まれるようにして封入された書類であった。
レーザー加工の線は複雑怪奇な直線と曲線、そして数字や様々な単位・製図器号を描いており、それは一見設計図に見えた。
板材は金属の壁面に埋め込まれ、更に12本の太いリベットで堅く打ち付けられているらしく、簡単には取り外せない。
「これは…何だ?」
「この設計図のようなものに関しては皆目検討も尽きませんが、此方の書類が戦時中の公用語と思しき言語で綴られた研究報告書と思われます」
「そうか……では、ハウエンツァへの土産にこれを持ち帰るとしよう」
「えぇ。それが妥当でしょうね」
「しかし困った……どうやって取り外せば良いのだ?」
ノイウェルとリリナは頭を抱えた。
―ルート:トカゲ―
「研究室だってのは判ってんだ。判ってんだよ。
問題があるとすりゃあ、ネタの見当が今一つかねぇって事だが…」
スキンクは再び調査の結果獲得した書類(特殊な金庫に保存されていた為食害を受けなかったもの)に目を通した。
「この頃に使われてた文字の解読ならある程度は出来る。母さんが教えてくれたからな」
スキンクは懐から小さくも分厚い本を取り出し、そのページを捲る。
これこそは彼が母・楠木雅子から少年時代に貰い受けてからというもの、もう20年近く愛用している古語辞典だった。
「っとー何々…神……植物…いや、これは寧ろ華か?
で、この神が複数形として、タイトルは差詰め『神々の華』ってか」
スキンクは改めて周囲を見渡すが、並んでいるのは古びた硝子の円筒や様々な機械、そしてメスや注射器、鉗子等の医療器具ばかり。
植物学の研究にしてはどうも不自然である。
「こりゃどう見ても医学か動物学の研究だよなぁ…あの円筒も人間押し込むぐれぇなら不自由はしねぇだろうし……」
スキンクは再び翻訳に取りかかる。
頑張って訳してみればその文面は確かに、医学や動物学を思わせる内容のものだった。
「解剖…遺伝子操作…移植……成る程、医療技術かクローニングの研究でもしてたのか?」
軽い休憩を挟みながら尚も翻訳を進めるスキンクだったが、思わぬ壁にぶち当たってしまう。
独特な綴りをしているが為に読もうにも読めず、また辞書にも一切載っていないのである。
「…こいつぁ参ったな。
どれ、ちィとばかし本部にメールで送るか」
スキンクはモバイルパソコンのメール機能で謎の古代単語についての情報を本部のハウエンツァに送りつけ、解読を依頼した。
無論あのハウエンツァ相手に普通の依頼など通るはずがない事を知っているスキンクは、独自の文体で彼の精神を巧みに操る事を思い付き、実行に移す。
そしてその結果、ハウエンツァからの返信には、謎めいた単語の意味が記されていた。
「成る程な……この謎めいた単語は全部固有名詞だったのか。
しかもどれも、3000年以上前の神話で語られたロクでもねぇ神と来てる。
『神々の華』って計画は、コイツ等を地球上に呼び込む計画だったのか?」
謎を解きながら、スキンクは更に翻訳を進めていく。
「神々……12…表……体現?
……魔術……科学……共に、立てる…いや、此処は『両立』か?
つまり、『魔術と科学の両立』で……『12神々を体現する』と。あ、ここのコレは『為に』か?」
スキンクが翻訳を続けた結果、以下の情報が得られた。
・この資料は『神々の華』という計画について記録したものである。
・計画は極秘裏に行われており、部署そのものの認知度が無いに等しい程だった。
・その概要とは、高等魔術と最新鋭の科学技術を駆使し12柱の『旧支配者』の力を引き継ぐ者を人造するという事である。
・『旧支配者』の力は、古代魔術を昇華させた技術により高純度の魔力結晶体―『素体』―に封じ込められる。
・素体は自我を持ち自らの意志で動き回り、自らの力を行使すべき生命体を模索・選別する。
・素体に選ばれるにはそれぞれ異なる性質・資質が必要であり、これを持たない者は素体に選ばれず、拒絶される。
・この計画ではその難点を完璧にクリアする為、素体に選ばれる者をも人為的に創り出す事で解決しようとしたらしい。
・しかし、計画は失敗に終わった。
・計画の要となる人造生命体は時期こそバラバラだったが最終的に全て死滅。その上、素体も一つを残して保有容器から姿を消した。
「…そうか…人造有機生命体か……遺伝子操作で人為的に創り出した生命体と高純度の魔力結晶体を同化させ、神の力を持つ兵士を創り出そうって算段だった訳だな…?」
手に入れた資料を抱えたスキンクは、改めて壁面にそそり断つ硝子の円柱の観察を始める。
「資料にはそれぞれエンブレムがあった。神一柱につき、一つのエンブレム。
この紫色した小さな円の集合体みてぇのが、丁度12番目のヨグ=ソトース。
その右隣にある白い戯画的なヒトガタが11番目のイタクァ。
どっちも素体を入れておく機械がぶっ壊れてやがる。中は……当然の如く空だな。
次は黄緑の蜘蛛。こりゃアトラック・ナチャで間違い無ぇ。
その次が黒い蛇で、コイツはイグのエンブレムだろうな。
そん次にあるこの黄色い何とも言えねぇ生き物らしいヤツは…順番からしてガタソノアで良いよな?
隣は灰色いしたサルの乾燥標本みてぇなヤツか。これは……クァチル・ウタヌスって訳だ。
オレンジ色したヒキガエルはツァトゥグァ、更にその次の青い魚っぽいのがダゴン、緑色の触手みたいなヤツはナイアルラトホテップだろうな。
赤い火の玉はクトゥグァで、深い青色をした蛸のエンブレムはクルウルウ、そんでもって…」
スキンクは最後の円筒の前に立つ。
「CDの裏麺みてぇな虹色で手足の生えたダルマは、イゴールナクのエンブレムだ。
ここだけ足下の機械が無事な所を見ると、中身も残ってそうだよなァ…」
スキンクは懐から長剣を取り出し、慣れた手つきで機械のフタの接合部を破壊しフタをこじ開ける。
小細工中心の戦闘スタイルを取るスキンクだが、接近戦をこなすために腕力もかなり高い。
というか、古藤にそう設計されていたりするのである。
スキンクが機械の中を覗き込めば、其処には大きな岩石に似た物体が安置されていた。
スキンクは機械の中へ手を入れ、それを手にとってみる。
スキンクの大手でもかなり余る程の大きさをしたそれは、肥大化した緑鉛鉱の結晶のような見た目をしていたが、スキンクが知る限りでは緑鉛鉱の結晶はここまで軽くは無かった筈だった。
「……こう言うのは普通持ち帰って調べるモンだが、割って中身を確かめてみるか」
スキンクは玄翁とタガネを取り出し、結晶にタガネを突き立てて其処へ玄翁を叩き込んでみた。
ゴッ
軽い一発のつもりだったが、結晶は何と一瞬にして粉々に砕け散ってしまった。
「っあッレぁ!?何だェオイ!脆いってレヴェルじゃねーぞ!?今の威力じゃダイヤモンドでも砕けねーって!」
驚き慌てふためくスキンクだったが、砕け散った結晶の異変はまだ終わらない。
今度はその結晶から、油のような液体が流れ出ている。というか、石が液体に変わっている。
更に液体は空中で集結し、掌大をした球状の半固体となった。
「……!?」
更にそれがゆっくりと床面に降下し重力により楕円形となると、その表面には点のみの目と思しきものが二つ、そして波線のみの口に見えなくもないようなものが一つ形成された。
「……フ○バー?」
スキンクは、嘗て母から聞いたことのある古代のマイナーな神話のタイトルを口にした。
と、その時。
『プルー!!』
楕円形の半固体はそんな間の抜けたような甲高い鳴き声を上げると、何かを覚ったように身体を振るわせる、凄まじい速度で遺跡内を跳ね回り忽ち姿を消してしまった。
「……心亡くし忙の字、心荒れて慌の字とは言い得て妙だな。
奴は心を持ってるかどうかも不鮮明なもんだから、発作的に忙しなく慌てちまうわけだぜ。
まぁ良い。ゆっくり追い掛けるか」
―同時刻・ルート:メイドと艦長―
「ううむ。それにしてもどうしたものか」
「樹脂板、リベット共に対魔術素材です。ノイウェル様の魔法でも取り外すのは不可能です」
「そうか…ではリリナよ、そなたのナイフではどうだ?」
「残念ながら不可能かと。刃の厚さや長さが足りません。
かと言って、この金属板の壁ごと切り抜くには刃が薄すぎます。もっと大きく強靭な刃物でもあれば話は別ですが、私のナイフは暗殺や投擲を目的として設計されております故。
二本あったコンバットナイフでも、この金属に穴を空ける事さえ叶わないでしょう」
「そうか…それは無念……ではどのようにして持ち帰れば――『プルー!』――ん?何だこの妙に間の抜けたような甲高い声は?」
「さて、私にもさっぱり見当が付きません。戦闘準備を整えますか?」
「うむ。この声の雰囲気からしてそれ程危険な存在とは思えぬが、一応ナイフの五、六本は用意しておいて損はあるまい?」
「畏まりました」
リリナがナイフを構えるのと時を同じくして、『妙に間の抜けたような甲高い声の主』こと、『緑色をした楕円形の半固体』が、飛び跳ねながらノイウェルに向かっていった。
リリナは咄嗟にナイフを投げようとするが、中々狙いが定まらない。
そうこうしている内に、緑色をした楕円形の半固体はノイウェル目掛けて高く跳び上がった。
「ッ!!」
思わず身構えるノイウェル。
リリナもまた、ナイフを構える。
が、しかし。
ぽふっ
「「!?」」
緑色をした楕円形の半固体は、あろう事かノイウェルの頭に着地すると、そのまま幸せそうな顔つきでくつろぎ始めた。
「「……」」
暫し黙り込む二人。
「…のう、リリナよ」
沈黙の後、先に口を開いたのはノイウェルだった。
「…何でしょう、ノイウェル様」
「此奴は一体、何なのだ?」
「しがない低学歴暗殺メイドの私では皆目見当も付きません」
「そうか……」
抱える筈だった頭の上で、緑色をした楕円形の半固体がくつろいでいるため仕方なく腕組みをするしかないノイウェルの元へ、大きな紙束を小脇に抱えたスキンクが現れた。
「艦長ー。侍女さーん」
「おお、スキンク。丁度良い所に来てくれた。
…ところで、その手元の紙は何だ?此方では紙など殆どが虫に食われておって読むどころか持ち上げることさえままならなかったぞ?」
「蟲もカビも湿気も通さねぇ金庫らしき代物に入ってましてね、鍵をブチ壊してこじ開けました」
スキンクは更にその後、資料を解読した結果得られた情報と、そのスライムの正体についてを報告した。
「ふむ。即ちこのスライムのような存在は、自我を持った高度な魔力結晶体であると?」
「そういう事ですね。更に言うとそいつにゃ、イゴールナクとかいう神の力を引き継いでるとかで。
何でも、そいつは自我に従って動き回り、自分が選んだ奴に独自の力を与えるんだそうです」
「選んだ者に……力を?」
「えぇ。そいつ自体が高純度の魔力の塊ですが、それと同時に選んだ相手に対し独自の力を貸すそうです」
「ではその、独自の力とは何なのだ?」
「その辺の記述は複雑な文体が多いのでまだ完全には翻訳してませんが、『命令』を意味する単語があったので、それに関するものかと」
「命令…?まぁ良い。ひとまずはこのまま頭に乗せておくとしよう。別段害を為す訳でもあるまいしな」
「それもそうですね。
それで、良いところに来たとか何とか言ってましたが、何の事で?」
「おぉ、そうであった。
いや実を言うとだな、この壁面に埋め込まれておる透明な板、これをそなたに周囲の壁ごと切り出して欲しいのだ」
「そういう事でしたか。それならばお任せを。
コイツでもって、何とかやってみます」
そう言ってスキンクは金属の壁から樹脂板を切り出し、更に器用な手つきで樹脂板にまとわりつく金属の板を剥がした。
「このリベットは持ち帰ってから抜けば良いでしょ」
「それもそうだの。では、帰るとするか。余等のアストライアへと」
「えぇ。そうしましょう」
こうして遺跡調査を終えた一行は、来た道を戻るようにしてアストライアへの道を急ぐ。
休憩を終えたレリオはまた何時も通りに回復していたし、禾槻の容態も無事治癒に向かっているようだった。
幸いなことに行きで襲ってきた魔物とも落ち合うことはなく、誰もが無事に帰還できるものだと思い込んでいた。
しかし、現実とは非情であり実にサディスティックである。
まぁ、マゾヒスティックな現実とはどんなものだと聞かれたら答えることは出来ないわけだが。
それは兎も角として、帰還しようと遺跡内部を進む一行を、影から付け狙う者達が居た。
それらは人間等からすれば実に小柄であったが、一行を遙かに上回る総数で彼らを見張っていた。
そしてまた、それらは見張りながらにして、動いてもいた。
何処の誰が何時言った言葉か、「帰宅までが旅である」という言葉がある。
これは「楽しい旅だったからと言って、帰り道に気を抜いていてはならない」という意味の言葉であり、これは無論現在の一行にも該当していた。
しかしそんな事に気付かない面々は、他愛もない雑談に華を咲かせながら帰路を急いでいた。
状況によっては魔物をも上回る脅威が、背後に迫って居るとも知らずに。