ふたりきり
霞の記憶の数年後
起業した理人は軌道に乗ったのを境に、聖司とともにニューヨークに生活拠点を移した。
二人は穏やかに暮らすが、理人は聖司が外に出て働くことを決して許さなかった。
ニューヨークに来て、最初こそ緊張していた聖司だったが、日を追うごとにこの空間に慣れ始めてきた。
マンハッタンの高層マンションから見下ろす景色は、全く見飽きない。
理人が部屋に帰ってきた時、聖司は慣れない英語で書かれた本を読んでいた。
「おかえり、」
立ち上がり、理人を出迎える。仕立ての良いスーツをきっちりと着込んだ理人は、どれだけ見慣れても非現実なほど端正だった。
「ああ、ただいま。お腹すいただろ、すぐ何か作る」
ジャケットを脱ぎ、大きく座り心地の良いソファの背にかける。シャツの袖をまくると、白く細い腕が顕になった。
思っていたより早い帰りに、聖司は驚いて立ち上がった。
「たまにはさ。俺が作るよ。暇なんだしさ」
「駄目だ。おまえが作ったら、俺が何のためにいるかわからなくなる。それに怪我でもしたらどうする」
真面目な顔をして随分なことを言うものだ、と聖司は嘆息した。
「や、簡単なものだったら、さすがに作れると思う…ていうか、どんな理由だよそれ」
「聖司、」
理人が聖司の腰を抱いた。中性的な、綺麗な顔が、聖司のすぐそばにある。理人は甘えて聖司を抱きすくめる。
理人は過剰なスキンシップを、聖司にだけはいつも求める。他人に触れられるのは耐えきれなさそうな顔をするのに、自分だけには蕩けるくらい甘い顔を向ける。
聖司はそれだけで、優越感に浸った。周囲に厳しい理人が自分だけには甘い。思えば高校の時からそうだった。
しばらく理人の好きにさせてから、おもむろに聖司は口を開いた。
「なあ、理人。おれもそろそろ働いてもいい?」
「…いやだ」
「嫌ってなんだよ、嫌って」
「おまえのために死ぬほど稼いでくる」
すごい口説き文句だ、と聖司は苦笑する。
「それは嬉しいんだけど、おれだって外でなんかしたい。おれも必要だって思われたい」
この街で、自分の居場所を作りたい。友人や同僚と過ごす休日が欲しい。
「…俺以上に聖司を必要としている人間はいないだろ」
聖司の肩に顔を埋めて、理人は反論した。
眉を下げて、嫌だ、と懇願する理人を拒否することは聖司にはハードルが高い。
それも仕方ないのだ。聖司は嘆息する。
目の前の親友が幸せであることが、自分の幸せなのだから。
【END】




