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生きたいと思えば、生きてさえいれば、何回でも

掲載日:2025/11/29

「————変——、人間とは思えないくらい静かで———」

「可愛いけど———凄く怖い」

「———親に好かれていなくて可哀想————、操り人形みたい」


 

 きっと、明日もそう言われる。

 こう言われるから嫌なのに、社交界には強制的に出される。

 令嬢、令息は私を恐れ、嫌い、何故か憎む。

 彼ら彼女らに嫌われるなんて、私は自分が思っているほどに酷いのだろうか。

 孤独なんかでは埋まらない、もっと重い言葉を私は知らない。だが、この心臓が孤独よりもずっと重たい言葉を抱えていること、私は知ってる。


「———チッ。居なくなれ」


 どうすれば正直に生きれるか。

 明日が怖くて、寝る時間が夜が終わってしまう気がするから夜も怖い。朝、昼、夜と安心出来ない毎日を過ごして行く。偶に暴力的に吐かれる舌打ちも、嫌な言葉も、全部、私を傷付ける。


(でも、人の目があるから———)


 そう。私に向けられる目は刃のように鋭い。そして、その刃が血塗れになるまで、人を傷付けていたことは分からないんだ。

 人の目があるから、私は泣きたくとも泣けない。そんな、毎日だ。


『世の中は残酷だよ。でもね、それでも生きることを選んだら………』


 誰だったか。私にそう言う令息が居た。


『過ちも生きてさえいればやり直せて、楽しいことだって起こる』


 生きてさえ、生きてさえいれば。

 それがどうしたと、その時、思った。


(………馬鹿らしい)


 生きていても、楽しいことなんてない。

 過ちも生きていればやり直せる。じゃあ、人々が私に向ける憎悪はどうするの?

 綺麗事ばかりじゃ、生きていけないの。


 〜〜*〜〜*〜〜


「——————ハァッ……!」


 今日も、あの夢だ。

 毎日、私はベッドのシーツを涙で濡らしている。

 目も腫れて、今日の気分も最悪だ。

 寝ている時しか、私は泣けない。


「お嬢様。おはようございます」

「……………うん」


 ふわふわとした心地でノックと共に入室して来た侍女に頷く。おはようもお礼も言えないで夜に涙だけ流す私は、まだまだ未熟者だ。

 リュアナ、という名前が私の名前だ。

 容姿はそれなりに整っていて、漆黒の髪に紫色の瞳。

 侍女に着替えを手伝ってもらいながら、私は今日の予定を思い出す。


(今日、は………社交はない。よかった)


 今日は、もう部屋に引き篭もろう。

 そう思いながら、私は侍女が退室するのを見守った。


 〜〜*〜〜*〜〜


「お嬢様。ウミア公爵令嬢様が、お待ちです」

「ウミア様? え、どうして」


 ウミア様は、私より一つ年上で身分も一つ上の公爵令嬢。令嬢だけのお茶会で私を庇ってくれた女神のような人だ。意志が強く、令嬢らしい堂々とした振る舞いは皆のお手本となる。

 私は、ウミア様の待つ個室に向かった。


「久し振りね。リュアナ様」

「はい。………お久し振りですね、ウミア様」


 二人微笑み合い、私はウミア様の向かいのソファに座る。

 だが、個室に居たのは彼女だけではなく、見知らぬ令息だった。殆どの社交に行っている私でも、彼は見たことがない。

 でも……、どこか、不思議な感覚。こんな感覚は初めて。


「そちらは…………」

「こっちは、私の弟よ。全然社交界に行ってないから、知らないのは仕方ないわ」

「………………」


 彼は、ウミア様の弟さんだったらしい。とても容姿端麗な令息様だ。

 金髪にダイヤモンドのような瞳で、細身でスラッとしている。だが、そんな彼は私のことをじっと見て、そのまま動かない。私も首を傾げながら、彼を見続けた。


「「…………………」」

「なに、貴方たち。一目惚れかしら」

「「違います!」」

「あら息ぴったり」


 揶揄うような声音だ。口角が上がって、ニヤニヤしているし。

 私は切り替えるために小さく咳払いをする。


「お名前を、聞いても宜しいですか」

「ゼノルです」

「…………ゼノル、様。ありがとうございます」


 私が名を呼ぶと、ゼノル様は柔らかく微笑んだ。その笑みを見て、私はどこか見覚えのある気がした。私を慰めようと頑張ってくれた人。そうだ、あの人だ。


『過ちも生きてさえいればやり直せて、楽しいことだって起こる』


 だが、どこかでお会いしましたかとか、そんなことを聞く勇気が、私にはない。私は心の中でトクントクと高鳴っている胸を抑えたまま、ウミア様の話に相槌(あいずち)を打った。


 〜〜*〜〜*〜〜


「恋しちゃった…………」


 そう呟いた場所は、もちろん自室。

 今はウミア様たちに会った日の夜。私は自室のテーブルに頬杖を付いていた。


()()、どうしよう)


 私だってそんな鈍くない。自分の気持ちにだって気付ける。

 あぁもう本当に、これ、どうしたら良いのか…………。


 〜〜*〜〜*〜〜


 なんだろうな、って思う。

 僕、ゼノルは今日、可愛らしい令嬢に会った。

 その子の声は透き通っていて、漆黒の髪は絹のようだった。


「あらゼノル。貴方、帰って来てから上の空よ?」

「姉上…………っ。はい、そうっぽいです」


 ドクドクと鳴る胸に知らぬふりをしながら、僕は頷く。


「———やっぱり、恋煩(こいわずら)いかしらね」

「なっ…………」


 そう吃驚(びっくり)したものの、僕は暫し考えて頷き肯定する。姉のウミアは、興奮気味に「やっぱり」と言った。


「少し、見覚えがあるというか………」

「見覚え?」


 姉は僕が言った言葉に疑問を持ったのか、首を傾げる。見覚えがあるからって、僕もどこでリュアナ嬢を見たのか分からない。


「でも、どうすれば良いと言うんです………」

「そうねぇ。私、明日聞いてみるわ」

「え。誰に、何を…………」

「もっちろん。———リュアナ様に、弟のことどう思ってるかって」


 〜〜*〜〜*〜〜


 今日は社交だ。王城に招かれ、貴族に悪口を言われる。


「また居る————、屈辱的ですわ」

「全然、喋らなくて………ちょっと怖い」

「凄く人形みたいで———。操られてるみたいな」


 こんなに陰口を言われ、我慢していても、神様は褒美すら与えてくれない。

 恋をして、やっと自分自身に向き合えそうと思ったものの、辛辣な言葉を聞けばその気もなくなる。


(嫌だなぁ)


 どうして私が惨めになるのか。どうして、私だけ………。


「リュアナ様」

「え? ………、ウミア様」


 知らぬ間に私の背後に立っていたのは、昨日会ったウミア様。だが、今日の彼女は昨日よりも真剣で、揶揄うような顔もない。社交を真面目に行なっているのか、私に関係することで真剣になっているのか。


「少し、ついて来て?」

「は、はい………」


 ウミア様に促されるままに、私は王城の控え室へ行く。

 控え室には、ウミア様と私しか居ない。人払いをウミア様によってされているので、ここに来たのはそれほどに重要な話をするということか。僅かな緊張感が私を襲った。


「リュアナ様。貴女………」

「は、はい」


 背筋の伸ばし、無意識に姿勢をよくする。


「弟のこと、どう思う?」

「え………あ、え? ゼノル様?」

「そうよ。ゼノルも、社交に出ないダメ貴族だけれど、顔も良いし、性格も優し過ぎるし、笑顔も可愛いのよ? なんとも思わないみたいなことないでしょ?」


 興奮気味に尋ねられて、少し戸惑った。

 だが、暫し考えて、私はコクンと静かに小さく頷く。


「やっぱりね! ねぇ、どう思った?」

「えっと………、私は………」


 続く私の言葉を目をキラキラさせて聞くウミア様。茶会の時、他の令嬢から私を庇ってくれた彼女だけれど、案外恋愛好きなのかもしれない。しかも、他人の恋愛話を聞くことが好きというだけの人。私はそう言う人の方が、素直に話せる。


「どこか、見覚えがあるって。思いました」

「見覚え? ………ふぅん。ゼノルも、言ってたわね」

「ゼノル様も、思い出し掛けているんですね」


 私は、幼い頃にゼノル様と会ったことを、ウミア様に話した。


「私が幼い頃、顔も名前も知らない誰かに『過ちも生きてさえいればやり直せる』と言われたことがあります。その方がゼノル様なんだと、そう思いました。お互い幼い時の記憶は覚えてないから、覚えがないと感じるのは当然です」

「なるほど、ねぇ」


 納得したウミア様は、「それで、弟のことはどう思うの?」と私に問い掛ける。ウミア様になら、話しても良いかもしれない。


「異性として好き、なんだと思います………」

「まぁっ!」


 ウミア様は両手で口元を抑える。

 でも、私が紡いだ言葉で真剣な表情になった。


「でも、私は恋なんてしない方がよくて………っ」


 自分で言っといて、何こんなに悲しくなるのか。

 だが、ウミア様は口元にあった両手を膝に戻して、私に「リュアナ様。………ねぇ」と話し掛けた。私が顔を上げると、私の額にピンッとデコピンする。少し肩が跳ねた。


「何、言ってんの」


 デコピンされた額を抑えながら表情を窺えば、彼女は悲しい顔をしていた。


「そうね。これからも、貴女は悪意に耐えなきゃいけない」


 額を抑えていた私の手を取り、大事そうに包んだ。


「弟が幼い頃、貴女に言ったことは本当よ。貴族が貴女に向ける評判も、生きて努力さえすれば何回でもやり直せる。リュアナ様はこれから何回でも、そう言った怖い決断を迫り、追い込まれることだってあるかもしれない」


 今までよりも真剣な、その表情に私は息を呑みながら考える。いや、自分と向き合っている、と言った方が正しいか。


(評判、決断………でも。私………)


 自分と向き合い、向き合い続けて無理だった。でも今思えば、自分自身を追い込んでばかりで、何も考えずにメンタルを傷付けて来た。


「貴女は強い。だって、皆の悪意も全て受け止めて来たから」

「私が、強いだなんて…………」


 涙が溢れて、どこか解放されるような感覚だった。


「幼い頃言った弟の気持ちも同じよ。貴女に楽しく生きて欲しくて、言ったこと。悲観するのはやめなさい。生きるためには、悲しい気持ちだけでは無理なの」


 生きたい。そう思える時は絶対に来ないと思っていた。生きたくない。でも、大人たちの目には生きて苦しめという命令が滲んで見えた。それに従い、従い続けて今だ。でも、それ以外に私は何かしていた? 言われてばかりで、言い返していない。


「ゼノルも、私も。………貴女が大好き」

「っ…………!」


 涙腺が緩んだ私は、声を殺して号泣した。


「何日後でも良いから、ゼノルに思うがままに伝えなさい。きっと、大丈夫」

「はい………っ、は、はい!」


 ウミア様に抱き締めてもらいながら、私は答えた。


 〜〜*〜〜*〜〜


 一週間後。やっと、決意出来た。

 ウミア様に用意してもらったこの茶会で、ゼノル様に想いを伝える。


「ゼノル様」

「何かな。………リュアナ嬢」


 なんて言えば良い?

 柔らかい笑顔を見せてくれる、貴方が好き?

 それとも、小さい頃に慰めてくれた、ゼノル様が好き?

 婚約者になってください?


『ゼノルに思うがままに伝えてみなさい。きっと、大丈夫』


 ウミア様の言葉を思い出し、私はハッとした。

 思うがまま。そう、思うがままだ。


「——好き…………」

「好き? え、は」


 ポツリと溢したら、彼は一瞬で顔が赤くなる。

 同時に、私も戸惑った。まだ言うつもりなどなかったからだ。


「ごめっ」

「謝らないで」


 俯きながらぎゅっと目を瞑り謝罪しようとすれば、彼は肩を掴み止めてくれた。私は俯く顔をあげて、恐る恐るとゼノル様を見る。彼の頬は薄ら染まっていて、どこか……嬉しそう。


「僕も、貴女が好きだ」

「………………」

「ええと。だから、好きだから、婚約者になってくれないかな」


 戸惑い、それでも勇気を出して言うゼノル様。その姿はとても、眩しい。

 私も、ウミア様やゼノル様のように、眩しく在りたい。


「はい。貴方の婚約者になりたいです。ゼノル様」

「っ…………ありがとう」


 惹かれ合うように、キスを交わす。

 そっと離れた唇は、寂しいけれど幸福感に満ちた。

 私はやっと、心からの笑みを溢せた。


「ウミア様に、お礼の手紙書こうかな」

「姉上に?」

「はい。私を、勇気付けてくれたので。そのお礼に」

「そうだね。僕からも、礼を言おうと思う」


 私、やっと自分と向き合えた。

 これからは、悪意を向ける人には静かに言い返す。

 強く在れと。ウミア様のその言葉を信じる。

 そして、幼い頃にゼノル様から告げられた言葉は、絶対に忘れない。

 過去の私は俯いて、嫌いだったけど。

 今の、私は———。


「「大好き」」

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