生きたいと思えば、生きてさえいれば、何回でも
「————変——、人間とは思えないくらい静かで———」
「可愛いけど———凄く怖い」
「———親に好かれていなくて可哀想————、操り人形みたい」
きっと、明日もそう言われる。
こう言われるから嫌なのに、社交界には強制的に出される。
令嬢、令息は私を恐れ、嫌い、何故か憎む。
彼ら彼女らに嫌われるなんて、私は自分が思っているほどに酷いのだろうか。
孤独なんかでは埋まらない、もっと重い言葉を私は知らない。だが、この心臓が孤独よりもずっと重たい言葉を抱えていること、私は知ってる。
「———チッ。居なくなれ」
どうすれば正直に生きれるか。
明日が怖くて、寝る時間が夜が終わってしまう気がするから夜も怖い。朝、昼、夜と安心出来ない毎日を過ごして行く。偶に暴力的に吐かれる舌打ちも、嫌な言葉も、全部、私を傷付ける。
(でも、人の目があるから———)
そう。私に向けられる目は刃のように鋭い。そして、その刃が血塗れになるまで、人を傷付けていたことは分からないんだ。
人の目があるから、私は泣きたくとも泣けない。そんな、毎日だ。
『世の中は残酷だよ。でもね、それでも生きることを選んだら………』
誰だったか。私にそう言う令息が居た。
『過ちも生きてさえいればやり直せて、楽しいことだって起こる』
生きてさえ、生きてさえいれば。
それがどうしたと、その時、思った。
(………馬鹿らしい)
生きていても、楽しいことなんてない。
過ちも生きていればやり直せる。じゃあ、人々が私に向ける憎悪はどうするの?
綺麗事ばかりじゃ、生きていけないの。
〜〜*〜〜*〜〜
「——————ハァッ……!」
今日も、あの夢だ。
毎日、私はベッドのシーツを涙で濡らしている。
目も腫れて、今日の気分も最悪だ。
寝ている時しか、私は泣けない。
「お嬢様。おはようございます」
「……………うん」
ふわふわとした心地でノックと共に入室して来た侍女に頷く。おはようもお礼も言えないで夜に涙だけ流す私は、まだまだ未熟者だ。
リュアナ、という名前が私の名前だ。
容姿はそれなりに整っていて、漆黒の髪に紫色の瞳。
侍女に着替えを手伝ってもらいながら、私は今日の予定を思い出す。
(今日、は………社交はない。よかった)
今日は、もう部屋に引き篭もろう。
そう思いながら、私は侍女が退室するのを見守った。
〜〜*〜〜*〜〜
「お嬢様。ウミア公爵令嬢様が、お待ちです」
「ウミア様? え、どうして」
ウミア様は、私より一つ年上で身分も一つ上の公爵令嬢。令嬢だけのお茶会で私を庇ってくれた女神のような人だ。意志が強く、令嬢らしい堂々とした振る舞いは皆のお手本となる。
私は、ウミア様の待つ個室に向かった。
「久し振りね。リュアナ様」
「はい。………お久し振りですね、ウミア様」
二人微笑み合い、私はウミア様の向かいのソファに座る。
だが、個室に居たのは彼女だけではなく、見知らぬ令息だった。殆どの社交に行っている私でも、彼は見たことがない。
でも……、どこか、不思議な感覚。こんな感覚は初めて。
「そちらは…………」
「こっちは、私の弟よ。全然社交界に行ってないから、知らないのは仕方ないわ」
「………………」
彼は、ウミア様の弟さんだったらしい。とても容姿端麗な令息様だ。
金髪にダイヤモンドのような瞳で、細身でスラッとしている。だが、そんな彼は私のことをじっと見て、そのまま動かない。私も首を傾げながら、彼を見続けた。
「「…………………」」
「なに、貴方たち。一目惚れかしら」
「「違います!」」
「あら息ぴったり」
揶揄うような声音だ。口角が上がって、ニヤニヤしているし。
私は切り替えるために小さく咳払いをする。
「お名前を、聞いても宜しいですか」
「ゼノルです」
「…………ゼノル、様。ありがとうございます」
私が名を呼ぶと、ゼノル様は柔らかく微笑んだ。その笑みを見て、私はどこか見覚えのある気がした。私を慰めようと頑張ってくれた人。そうだ、あの人だ。
『過ちも生きてさえいればやり直せて、楽しいことだって起こる』
だが、どこかでお会いしましたかとか、そんなことを聞く勇気が、私にはない。私は心の中でトクントクと高鳴っている胸を抑えたまま、ウミア様の話に相槌を打った。
〜〜*〜〜*〜〜
「恋しちゃった…………」
そう呟いた場所は、もちろん自室。
今はウミア様たちに会った日の夜。私は自室のテーブルに頬杖を付いていた。
(これ、どうしよう)
私だってそんな鈍くない。自分の気持ちにだって気付ける。
あぁもう本当に、これ、どうしたら良いのか…………。
〜〜*〜〜*〜〜
なんだろうな、って思う。
僕、ゼノルは今日、可愛らしい令嬢に会った。
その子の声は透き通っていて、漆黒の髪は絹のようだった。
「あらゼノル。貴方、帰って来てから上の空よ?」
「姉上…………っ。はい、そうっぽいです」
ドクドクと鳴る胸に知らぬふりをしながら、僕は頷く。
「———やっぱり、恋煩いかしらね」
「なっ…………」
そう吃驚したものの、僕は暫し考えて頷き肯定する。姉のウミアは、興奮気味に「やっぱり」と言った。
「少し、見覚えがあるというか………」
「見覚え?」
姉は僕が言った言葉に疑問を持ったのか、首を傾げる。見覚えがあるからって、僕もどこでリュアナ嬢を見たのか分からない。
「でも、どうすれば良いと言うんです………」
「そうねぇ。私、明日聞いてみるわ」
「え。誰に、何を…………」
「もっちろん。———リュアナ様に、弟のことどう思ってるかって」
〜〜*〜〜*〜〜
今日は社交だ。王城に招かれ、貴族に悪口を言われる。
「また居る————、屈辱的ですわ」
「全然、喋らなくて………ちょっと怖い」
「凄く人形みたいで———。操られてるみたいな」
こんなに陰口を言われ、我慢していても、神様は褒美すら与えてくれない。
恋をして、やっと自分自身に向き合えそうと思ったものの、辛辣な言葉を聞けばその気もなくなる。
(嫌だなぁ)
どうして私が惨めになるのか。どうして、私だけ………。
「リュアナ様」
「え? ………、ウミア様」
知らぬ間に私の背後に立っていたのは、昨日会ったウミア様。だが、今日の彼女は昨日よりも真剣で、揶揄うような顔もない。社交を真面目に行なっているのか、私に関係することで真剣になっているのか。
「少し、ついて来て?」
「は、はい………」
ウミア様に促されるままに、私は王城の控え室へ行く。
控え室には、ウミア様と私しか居ない。人払いをウミア様によってされているので、ここに来たのはそれほどに重要な話をするということか。僅かな緊張感が私を襲った。
「リュアナ様。貴女………」
「は、はい」
背筋の伸ばし、無意識に姿勢をよくする。
「弟のこと、どう思う?」
「え………あ、え? ゼノル様?」
「そうよ。ゼノルも、社交に出ないダメ貴族だけれど、顔も良いし、性格も優し過ぎるし、笑顔も可愛いのよ? なんとも思わないみたいなことないでしょ?」
興奮気味に尋ねられて、少し戸惑った。
だが、暫し考えて、私はコクンと静かに小さく頷く。
「やっぱりね! ねぇ、どう思った?」
「えっと………、私は………」
続く私の言葉を目をキラキラさせて聞くウミア様。茶会の時、他の令嬢から私を庇ってくれた彼女だけれど、案外恋愛好きなのかもしれない。しかも、他人の恋愛話を聞くことが好きというだけの人。私はそう言う人の方が、素直に話せる。
「どこか、見覚えがあるって。思いました」
「見覚え? ………ふぅん。ゼノルも、言ってたわね」
「ゼノル様も、思い出し掛けているんですね」
私は、幼い頃にゼノル様と会ったことを、ウミア様に話した。
「私が幼い頃、顔も名前も知らない誰かに『過ちも生きてさえいればやり直せる』と言われたことがあります。その方がゼノル様なんだと、そう思いました。お互い幼い時の記憶は覚えてないから、覚えがないと感じるのは当然です」
「なるほど、ねぇ」
納得したウミア様は、「それで、弟のことはどう思うの?」と私に問い掛ける。ウミア様になら、話しても良いかもしれない。
「異性として好き、なんだと思います………」
「まぁっ!」
ウミア様は両手で口元を抑える。
でも、私が紡いだ言葉で真剣な表情になった。
「でも、私は恋なんてしない方がよくて………っ」
自分で言っといて、何こんなに悲しくなるのか。
だが、ウミア様は口元にあった両手を膝に戻して、私に「リュアナ様。………ねぇ」と話し掛けた。私が顔を上げると、私の額にピンッとデコピンする。少し肩が跳ねた。
「何、言ってんの」
デコピンされた額を抑えながら表情を窺えば、彼女は悲しい顔をしていた。
「そうね。これからも、貴女は悪意に耐えなきゃいけない」
額を抑えていた私の手を取り、大事そうに包んだ。
「弟が幼い頃、貴女に言ったことは本当よ。貴族が貴女に向ける評判も、生きて努力さえすれば何回でもやり直せる。リュアナ様はこれから何回でも、そう言った怖い決断を迫り、追い込まれることだってあるかもしれない」
今までよりも真剣な、その表情に私は息を呑みながら考える。いや、自分と向き合っている、と言った方が正しいか。
(評判、決断………でも。私………)
自分と向き合い、向き合い続けて無理だった。でも今思えば、自分自身を追い込んでばかりで、何も考えずにメンタルを傷付けて来た。
「貴女は強い。だって、皆の悪意も全て受け止めて来たから」
「私が、強いだなんて…………」
涙が溢れて、どこか解放されるような感覚だった。
「幼い頃言った弟の気持ちも同じよ。貴女に楽しく生きて欲しくて、言ったこと。悲観するのはやめなさい。生きるためには、悲しい気持ちだけでは無理なの」
生きたい。そう思える時は絶対に来ないと思っていた。生きたくない。でも、大人たちの目には生きて苦しめという命令が滲んで見えた。それに従い、従い続けて今だ。でも、それ以外に私は何かしていた? 言われてばかりで、言い返していない。
「ゼノルも、私も。………貴女が大好き」
「っ…………!」
涙腺が緩んだ私は、声を殺して号泣した。
「何日後でも良いから、ゼノルに思うがままに伝えなさい。きっと、大丈夫」
「はい………っ、は、はい!」
ウミア様に抱き締めてもらいながら、私は答えた。
〜〜*〜〜*〜〜
一週間後。やっと、決意出来た。
ウミア様に用意してもらったこの茶会で、ゼノル様に想いを伝える。
「ゼノル様」
「何かな。………リュアナ嬢」
なんて言えば良い?
柔らかい笑顔を見せてくれる、貴方が好き?
それとも、小さい頃に慰めてくれた、ゼノル様が好き?
婚約者になってください?
『ゼノルに思うがままに伝えてみなさい。きっと、大丈夫』
ウミア様の言葉を思い出し、私はハッとした。
思うがまま。そう、思うがままだ。
「——好き…………」
「好き? え、は」
ポツリと溢したら、彼は一瞬で顔が赤くなる。
同時に、私も戸惑った。まだ言うつもりなどなかったからだ。
「ごめっ」
「謝らないで」
俯きながらぎゅっと目を瞑り謝罪しようとすれば、彼は肩を掴み止めてくれた。私は俯く顔をあげて、恐る恐るとゼノル様を見る。彼の頬は薄ら染まっていて、どこか……嬉しそう。
「僕も、貴女が好きだ」
「………………」
「ええと。だから、好きだから、婚約者になってくれないかな」
戸惑い、それでも勇気を出して言うゼノル様。その姿はとても、眩しい。
私も、ウミア様やゼノル様のように、眩しく在りたい。
「はい。貴方の婚約者になりたいです。ゼノル様」
「っ…………ありがとう」
惹かれ合うように、キスを交わす。
そっと離れた唇は、寂しいけれど幸福感に満ちた。
私はやっと、心からの笑みを溢せた。
「ウミア様に、お礼の手紙書こうかな」
「姉上に?」
「はい。私を、勇気付けてくれたので。そのお礼に」
「そうだね。僕からも、礼を言おうと思う」
私、やっと自分と向き合えた。
これからは、悪意を向ける人には静かに言い返す。
強く在れと。ウミア様のその言葉を信じる。
そして、幼い頃にゼノル様から告げられた言葉は、絶対に忘れない。
過去の私は俯いて、嫌いだったけど。
今の、私は———。
「「大好き」」




