質問のこたえかた
初投稿の作品となります。
日が沈み、空が青みを帯びた黒になりはじめた夕方。レンガ造りの建物が並ぶ大通りは街灯がつき、帰宅前にお酒や食事を楽しもうと人々がにぎわいはじめている。
その大通りに面した喫茶店のテラス席に、男ふたりと女ひとりの三人組がテーブルを囲んでいた。
宙に浮くパラソルの下には、あたたかな黄色のランプがつりさがっている。テーブルの中央には色とりどりのチョコレートをつめた箱と揚げたてのチュロスが皿の上で湯気をたてていて、それぞれの手元にはエスプレッソのマグ、ショットグラス、急須と湯飲みが置かれている。
私、レイはショットグラスをつまんで、隣で湯飲みにお茶をそそぐ羽織の男に視線をむける。
「それで話はなにかな?」
羽織の男は友人のセロという。彼にお茶でもどうかと呼び出された。たいていは面倒ごとを相談されるので、すぐに本題に入って早く帰りたい。
「そうよ。なにもないなら、これを飲んで帰るわよ」
私の向かいに座るジャケットを着こなした女性ミリアムは、目元にくまがあって不満げだ。セロはお茶をすすると、見せつけるように肩をすくめる。
「友達を茶に誘うのは悪いことじゃないだろう?」
「そういって、あなたのお願いを押しつけられる私たちの身にもなってほしいわね」
ミリアムはエスプレッソをぐっと飲み干して、じろりとセロをにらむ。にらまれたセロは湯飲みをおいて両手をあげた。
「俺は相談をしたいだけで、相談相手の君たちが解決できるというから頼んでいるだけだ」
「どうだか」
そっぽを向いてしまった彼女に、セロは弁明をはじめる。いつもの言い合いをいつものように繰り返していて、やっぱり仲がいいのだなと安心する。ふたりの話が落ち着くまで、私は増えはじめた人の流れをながめることにした。
ここの通りは夕方も綺麗だ。あそこの酒場をスケッチしてみよう。椅子の下のかばんから、鉛筆とスケッチブックをとりだして、白い画面を開く。どう描こうかな。正方形はつまらないし、縦にするか、横にするか。
「どけ!」
「ん?」
指でつくったフレームで構図を探していると、荒々しい声が響く。小さな悲鳴も続々と聞こえる。声と通りの人の体の向きにつられてフレームを動かすと、人を押し退けて走る人を見つける。
その人は灰色の服のフードをかぶって、顔もネックウォーマーで隠して見えない。右肩に大きめの黒のバッグをななめにかけて、持ち手をしっかりと左手で握りこんでいる。穏やかな夕暮れしては異様な存在感で、通行人も驚きをそのままに道をゆずっていく。
「魔法を使うなんて、どうかしたのかしら」
「逃げているように見える」
「なにかあったのかな」
駅の方に走り去った男を見送って、私たちはそれぞれ首をかしげる。変な人が走り去った方を指さして、隣のセロに問いかける。
「追いかけなくていいの?」
ついでに面倒ごとを避けて帰れないかな。そう思えば、セロはテーブルの縁においていた手をおろして、私とミリアムを見据える。
「追いかけたら、お前たちが逃げそうだ」
どうやら面倒ごとを聞き終えるまで家に帰してもらえないらしい。全力で走ろうとしても、きっと走り出す前の私をセロは捕まえる。ミリアムですら五秒もしないうちに捕まるだろう。
これは諦めて相談にのるしかない。私はため息をのみ込んで椅子の下のかばんを漁る。
なかから金属のパレットと水が押すと出てくる筆を取り出して、スケッチブックの端に焦げ茶のようにも灰色にも見える色の四角を描いて筆をしまった。こんなものだろう。
これで話をきく準備はできた。椅子に座りなおしてセロの方に体を向けると、彼も椅子をテーブルに寄せる。そしてミリアムはチョコレートをひと粒つまんでため息をついた。
「わかったから、はやくすませて。眠いの」
ミリアムも諦めたようだ。セロはここぞとばかりに話はじめる。
新たに発見された異界の扉の探索が、毒の霧のせいで奥までたどり着けない。解毒しつづける既存の魔法は効率が悪く、対応できる毒ガス用のマスクは高価で調査隊全員に支給できない。
君たちならどう対処するか。とセロに問われて、ミリアムは眉をつり上げた。
「あなた、レイを連れて来いって言われているの?」
すごむ彼女にセロは手をふって否定する。
「いや、俺はレイについて言及してない」
「人を魔法具扱いする外道が現れないとも言いきれないわ」
「そんな馬鹿は俺がその場でなぐりとばす」
「ならばよし」
今の会話のなにがよかったのか。私はふたりの優しさを受け取って、野蛮さに目をつむることにした。
「それで、効果的な補助魔法とか、似たような現象や事例を知らないか?」
持ちなおした鉛筆で頬をたたきながら、思い当たることがないかを考える。毒の霧なら、水分の中に含まれているのか。
「水のろ過をする魔法具では防げなかったのかな」
有害なものが水に溶け込んでいるなら、それで事足りるはず。セロは険しい顔でうなずく。
「ろ過を含む浄化系の魔法は、上位まで試して除去できなかった」
既存の浄化魔法が反応しないなら、未登録の物質の可能性が高い。セロの答えにミリアムが食いつく。
「成分分析にはかけているでしょう?データ、見せなさい」
「そういうと思って、持ってきたが」
「お、セロ!」
セロが懐から紙を取り出したところに、通りから声がかかる。通りをみれば、街の警備隊の詰め襟を着こんだ男がかけよってきた。
「ちょっといいか?」
「なんだよ」
「さっき強盗があった」
詰め襟の彼は不機嫌に顔を歪めて紙をしまうセロを無視して、私とミリアムを交互にみてくる。
「変なやつを見かけてないか?」
小声で誰かとたずねると、「同い年の同門のやつだ」という。私は詰め襟の彼に答えた。
「人を押し退けて駅の方に走っていく灰色の服の人は見ましたけど」
すると詰め襟の彼の目がひかり、テーブルに手をついて詰め寄ってきた。
「どんなやつだった?肌の色とか人種とか、くわしく」
押しが強い人らしいのか、知り合いのはずのセロが無表情である。私は苦笑いを詰め襟の彼におくって、ミリアムに質問をする。
「ミリアム、さっきの人の魔素の色はどんな色だった?」
「サフランをいれて炊いたお米の色みたいだった」
目をこするミリアムの言葉に、詰め襟の彼はメモを取り出した。私もすぐに金属のパレットをテーブルに開いて筆をとる。
黄色と呼ばれる絵の具をふたつ、黄色よりの赤ひとつをそれぞれ三方に置いて、塗り広げてグラデーションをかけた三角形をミリアムに見せる。
「この三角のどこら辺の色?」
パレットを眺めたミリアムは「ここ」と指をさす。私は絵の具を再び取って、ミリアムが教えてくれた色を新しく作りはじめる。
詰め襟の彼に「ちょっとお待ちを」と伝えると、セロが口を開く。
「俺が覚えているのは、身長がそこの道路標識の半分ほど。利き手が右手、フードのついた灰色の服と白のラインが入った黒のズボン、左腕に黒のバッグを抱えていた。きっと接近戦の心得がある。武装しているかもしれないから、気をつけろ」
「バッグはヤーイヤー社のものね。靴もヤーイヤーの白の作業靴だった。魔素光は見えたけれど認識阻害の魔法を使っていたから、顔まわりは誰も見ていないと思うわよ」
続けてミリアムも覚えていることを答えていく。詰め襟の彼は「ほうほう」とメモにふたりの言葉を書き留めている。ふたりはそんな風に見えたのか、すごいな。
私は友人ふたりに感心しながら、スケッチブックの灰色の四角のとなりに、ミリアムが指示した色で四角を描く。しまった。水が多くて、ちょっとムラが。
「ありがとう、助かった。それじゃあ」
立ち去ろうとする詰め襟の彼に左手を伸ばす。待ってほしい。ムラがあるのも嫌だけど、これを渡せないのも嫌だ。
「ちょっと待て、こいつを待ってやってくれ」
察してくれたセロがひきとめてくれる。詰め襟の彼はいぶかしげに腕を組んでせかしてくる。ごめんなさいと内心でつぶやきながら、筆で四角のなかの色をととのえる。
「あとは」
絵の具の乾きを待つあいだに四角の横にメモを書きこみ、スケッチブックから紙をちぎりとってテーブルの上に差し出す。
「ミリアム、この色は見た色に近いかな?」
「そうね、こんな感じ」
「それじゃあ送風の魔法で乾かしてもらえるかな。乾いたあとの色も確認してほしい」
ミリアムは「いいわよ」と紙の上で右手をふるう。ふわりと紙をなでる風にのってチュロスの甘い香りがかすめると、紙の上の絵具の表面が乾いた。
乾いた絵の具をもういちど見て、ミリアムにも見せると彼女もうなずく。そうして私はちぎった紙を詰め襟の彼に渡した。
「灰色の四角は私がみた不審な人の手の甲の色、こっちは彼女が見たらしい魔素光の色です。時間と場所も書いておきました。役に立てばいいですけど」
簡易の色見本を受け取った詰め襟の彼は、驚きと感心を合わせたまま会釈する。
「これは、ありがたい。協力感謝します」
それではと走る彼を見送ると、セロが頬杖をついてニヤリとする。
「さっき絵筆を出したのは、色を覚えておくためか」
「そうだね」
「数秒だけしか見えなかった色を再現できるなんて、すごいわ」
見えた色を作れるように訓練すれば、誰でもできるようになる。絵筆とパレットをしまって鉛筆を持つと、向かいのミリアムは小さく笑う。
「それにしても、相変わらず律儀ね」
どういう意味で彼女が言ったのかはわからない。すぐに「そんなことないよ」と否定した。
「いつもの訓練というか、癖というか」
「さっきのメモにはお前の連絡先まで書いていただろう。そこまでするか?」
「わざわざ色見本まで作るなんて、ねえ」
あきれた様子のふたりが私のことを視線でなじってくる。私は思うところを口にした。
「いやさ、読んだ推理小説で犯人が逃げたあと、警官が聞き込みをする場面があってさ」
「あるわね、さっきみたいに」
なんの話だと言わずにミリアムは同意してくれる。隣のセロも「そうだな」とお茶を口にふくむ。
「その時に、どんなやつだった、と聞いたあとに、肌の色は何色かって質問されるところがあって」
「あって、なんだ?」
「その質問された人が水色だって言ったら、警官がどこの人種なのかって聞き返す。そしてエーレア族だと思う、って答えるわけ」
あー、とふたりは煮えきらない声をだす。
「差別的ね」
「差別以前の話だよ」
否と言うと、ふたりはお互いをみて首をかしげる。私は小説の状況を伝える。
小説のなかの時間帯が夕方で、季節は秋だった。その上、明かりの乏しい薄暗い路地だった。
「この時間と環境では、日中に水色に見えた色も、水色に見えない可能性が高い。逆に言えば、経験で水色に見えたかもしれない色は、水色じゃないかもしれない」
こんなふうにとスケッチブックをとじて、表紙をふたりに見せる。スケッチブックの表紙は薄い緑色だが、黄色のランプのしたでは灰色かがって見えて、光を手で遮ると影になったところはいっそう黒っぽく見える。
この色をまっさらな画面で再現すれば、緑とは言い難いだろう。
「それなのに、水色として話を進めるのは変だと思ったわけ。だから、どんな肌の色だったのかっていう質問には、色見本に時間帯と、誰がどこで見たかを明記して渡してあげるのが筋かなって」
私の思いこみだったとしても、情報をもとに検証すれば違っていたとわかるはず。情報が整理されていれば、強盗した人が見つかるのも早くなるかもしれない。「まぁ、自己満足だよ」と頬をかいて締めくくると、向かいのミリアムがチュロスをつまむ。
「そういうことをするひとを律儀というのよ」
ミリアムがふと微笑み、セロは腕をくんでうなずく。
「それをいうなら、ふたりだって自分の見たことを答えたじゃないか」
君たちも律儀に答えていた。そういってもふたりは笑うばかりだ。
「色を作って渡そうとする時点で、真面目だよ」
「そのうえにまわりのことまで伝えてあげるなんて、優しすぎるわ」
そんなことはないとおもうけど。私の呟きはミリアムが口にした小気味よいチュロスの音でかき消された。納得がいかないままチョコレートの粒を摘まむと、にっこりとセロがこちらをみる。
「で、俺の質問に対してはどう答えてくれる?」
さきほどの未知の毒についてだろう。つまんだチョコレートを口にいれて視線をそらす。通りのざわめきが私たちをつつんですこし、いくつか考えてみてから答えた。
「まずは、毒の組成を確認してからにしようか」
そうして会話は続くことになる。店員に閉店だと追い出され、セロの自宅でお茶と資料を交えて、空が白むまで三人で話し合った。途中、キッチンで簡単な実験で小さな爆発をおこして、寝ていたミリアムに怒られたりもした。
そこまでして解決に手が届きそうな情報は、みつけられなかった。朝日を眺めて難しいと呟けば、セロが駅のほうを指でさして言う。
「やっぱり、三人で実物を見てみないか?」
結局、私とミリアムは毒の解析に駆り出された。セロの思う壺だったとしても、面白かったのでよしとする。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。




