ぼくのクリスマス2025
やぁ、ぼくは今年もクリスマスを生き抜いたよ。学生時代のクリスマスといえば友達とカラオケに行ってひたすら叫び続けてスタミナを使い切ってあとにラーメン食べて帰るのがお約束だったなあーって、この歳になってやわらかく振り返る。今と違った楽しかったがある。今のぼくに昔の楽しみ方はできないが、昔のぼくにだって今の楽しみ方はできやしない。どちらも間違いなく人生で一番楽しかった瞬間であり、きっと今後もそんな日が続いていくんだと思う。
今年のクリスマスは、生きてきた中で一番貧乏で苦しく、ドキドキワクワクがなく、力なく弱々しい、これまでで一番の充実した日だったのかもしれない。
2歳の娘のクリスマスプレゼントには、小さなリュックのバッグを選んだ。この頃なにかにつけては自分のものだと主張し、なるべくは自分で持とうとすることが多い。保育園のバッグも、小さな荷物なら必ずというほど自分で持ちたがる。ならばバッグを持たせようではないか。という流れで決定した。クリスマス当日の朝にリビングに置いたそれを、起きてすぐ見つけた娘は戸惑った様子を見せながら「あけて~」とせがんでくる。袋でラッピングされた中からバッグを取り出すと「お~。かわいい~。」と可愛らしい反応を見せた。小さなバッグといえど、さすがにキッズサイズ。2歳の子にはまだ少し大きかったようで、担ぐには少し重そうで、動きにくそうにモゾモゾとしていた。当日から使うにはなかなかまだサイズが合わなかったので、この日は使わないことにした。まずはビジュアルで好きになってくれたらいいな。
ぼくが小さな頃を思い出した。クリスマスの朝に寝床の枕元やリビング、部屋を出たすぐ足元なんかに赤や緑を基調としたキラキラのラッピングの箱が置かれていた。兄弟5人いるのだが、それぞれの名前が書かれたプレゼントに毎年心躍らせていた。クリスマスの朝はそんなキラキラした感情に包まれ、なにをどうしても幸せな1日になるような気がして過ごしていた。なんとなくではあるが、4~5歳くらいあとってふわーっと記憶に残っている気がしてる。
自分が親になって、自分の娘にそんな想い出の1ページをちゃんと作ることができているだろうか。と、ふとした時に不安になる。自分の両親は、毎年毎年楽しい時間を過ごさせてくれた。それでも、とりあえず娘が笑って1日過ごし、怒られてしまうこともあって泣かせてしまうことはあったけども。大きくなって後にそんな話ができたらいいな。
とにかく今、金がない。家族で食べるケーキは買えたが、みんなで少し豪華にごちそうだーとか、外食でもするかー、ってできる金が、余裕がまるでない。今看護師でデイサービスで働いてて給料は14万。家賃と保育料と食費の一部をもったら貯金すらできない。その他電気水道諸々を妻にもってもらっているが、まるで貯金預金に回せないどころか、今月のガス代まだ払えてない~とか、今月って外食できる日ある~?とか、クリスマスは二人で贈りあうというよりも、二人で何か少し大きなものを買うってのを続けていたが、それすら今年はやめようと話をしたレベルだ。これから来る正月の楽しみなんて最強どん兵衛くらいだぜ。あれマジ美味しそうだよね。CM大勝利。そんな状況なんだけど、まだ今のとこギリギリ楽しめてるのは、わたしさんのおかげなのだよ。ぼくはというと元来ネガティブな性格ってのもあって、金がないこと、夜勤のある仕事を選ばないで金欠で苦しんでいることを後悔し申し訳ないと思っていた。そんなことを二人で話したときがあった。
「お金はないけどさ、毎日家族全員集まれてどうにか過ごせてるのも、いいんじゃない?」
これに救われたよね。苦しい時にこれを素で言える人と結婚できたのがぼく様の一番の成功よな。子どもを通して家族の関わりが強化されたことと、夫婦のやりとりを通して今後の人生の安心感を確認できた大切な時間となったのが、今年のクリスマスから得られてものだった。粋なサンタさんもいたものだ。とてもたくさんのことが身になった。なかなか過酷な時期のクリスマスではあったけど、それ以上に有意義な時間だった。また来年はどんなクリスマスになるだろうか。楽しみやら不安やら。性格的には少し不安が強い感はあるけれども。
もしかしたら書きたいことも書けてない部分はあるかもしれないけども、酔っぱらってきたから今日はここまで。10人が10人。100人が100人のクリスマスがあっただろう。みんなに何か一つでもいいことがありますように。根拠に一つもない願いを込めて、おやすみなさい。メリークリスマス。
これ読んだ奴、ちゃんと寝ろよ???????




