第7章 危機一髪
会食二日前。
午前の会議が終わった直後、鬼塚が突然俺を呼び止めた。
「山田。ちょっと来い」
人気のない会議室に連れて行かれ、ドアが閉まる。
蛍光灯の下、鬼塚の顔が影を落としていた。
「……最近、お前、妙に動き回ってるな」
背筋に冷たい汗が流れる。
だが目は逸らさなかった。
「業務です」
「本当に業務か?」
鬼塚が一歩近づく。
机に両手をつき、顔を覗き込んでくる。
「俺のやり方に文句があるなら、正面から言え」
「文句じゃありません。数字を合わせてるだけです」
「……気をつけろ。お前、線を踏み越えるなよ」
その言葉が刃のように落ちた。
会議室を出たあとも、手のひらの汗が乾かない。
夕方、菅原から緊急チャットが入る。
〈やばい。部長が深夜にサーバアクセス、削除コマンド実行中〉
心臓が跳ねる。
〈復元できるか〉
〈できるけど時間がかかる。今夜やる〉
夜、オフィスに残り、サーバールームで菅原と並んで画面を見守る。
黒い画面にログの復元状況が流れる。
「あと10分……」
遠くでエレベーターが開く音がした。
足音。革靴の音。
「やばい、来たかも」
菅原が指示する。
「消音しろ、画面隠せ!」
二人でモニタを消し、書類の束を手に取る。
ドアが開き、鬼塚が入ってきた。
「何してる?」
「明日の障害報告の確認です」
菅原が平然と答える。
鬼塚は二人をじっと見たが、やがて鼻を鳴らした。
「……ふん。早く帰れ」
ドアが閉まる音と同時に、二人で息を吐いた。
「助かった……」
復元作業が完了。
USBに保存し、暗号化してポケットに入れる。
胸の奥で心臓が激しく打っていたが、確かに生き延びた感覚があった。
翌日、村瀬が経理部から駆け込んできた。
「部長が帳票のロッカーをチェックしてた。多分コピーに気づいた」
「隠せ。原本を守れ」
村瀬が頷き、帳票を別のキャビネットに移す。
その日の夕方、鬼塚が再び俺を呼んだ。
「山田、お前……何か企んでるな」
「企んでなんかいませんよ」
「……まあいい。金曜の会食、同席しろ。お前の度胸、見てやる」
皮肉な笑い。
だが、その言葉がむしろ好機に思えた。
ここで決定的証拠を取れば、もう逃げ道はない。
夜、チームのメンバー全員と合流する。
「ギリギリだったな……」
菅原が深く息を吐く。
「でも、これでデータは完全だ。あとは音声だけ」
全員の視線が俺に集まる。
ポケットの中でICレコーダーが冷たく光った。
「……やる。次で全部揃える」
その言葉に、全員が頷いた。
小さな部屋に、静かな決意の空気が満ちた。