第4章 小さな反抗
火曜の午後、案件Bの進捗会議。
長テーブルの端に座った鬼塚が資料を机に叩きつける。
「また数字が甘い! お前ら、利益率って言葉知らんのか!」
会議室に怒声が響く。
全員が視線を落とす中、俺は深く息を吸った。
胸ポケットの赤いランプが光っている。録音中だ。
「……部長。見積りは取引先の要望と市場価格を踏まえた上で算出しています。
この単価以上に吊り上げると、契約が流れるリスクが高いです」
静寂。
会議室の空気が一瞬止まった。
「何だと?」
「過去三件の案件では、強引な値上げが原因で受注を失いました。
数字は現実に合わせるべきです」
鬼塚の眉間にしわが寄る。
「お前、俺の方針に逆らうのか?」
「逆らうんじゃありません。データを見れば分かります」
俺はスクリーンに数字を映し、具体的な比較グラフを示した。
会議室の後ろの席から、誰かが小さく息を呑む音がした。
沈黙の後、鬼塚が鼻で笑った。
「……面白いな。じゃあお前のやり方でやってみろ。
結果が出なかったら責任はお前だ」
「分かりました」
声は落ち着いていた。
心臓は速く打っていたが、不思議と怖くはなかった。
会議後、廊下ですれ違った営業部のベテラン社員が小さく囁いた。
「あんた、勇気あるな」
ほんの一言。
だが、心に熱いものが広がった。
翌日、佐伯が笑顔で言った。
「山田さん、会議のあと、隣の席の人たちが“今日はスカッとした”って言ってましたよ」
「そうか」
胸の奥がじんわり温かい。
孤独ではない。
少なくとも、今日の会議室には自分を見ていた誰かがいた。
夜。
システム部の菅原からチャットが届いた。
〈ログ保存の件、協力できる。詳細は直接話したい〉
スマホを見ながら、ゆっくり笑みがこぼれた。
「……仲間が増えるな」
録音データを再生すると、鬼塚の声がクリアに響く。
もう怯えではなく、武器に聞こえる。
机にメモ帳を広げ、次の一手を書き込む。
・菅原と接触
・村瀬の帳票コピー回収
・次回会食に同席 → 音声取得
ペン先が紙を走るたび、胸の火が大きくなる。
週末、喫茶店で村瀬と合流。
「帳票のコピー、準備できたわ」
「ありがとう。菅原とも話す。サーバログも確保する」
村瀬が頷く。
「少しずつ、形になってきたわね」
「ああ。もう止まらない」
窓の外で、夕暮れの光がオレンジ色に差し込む。
その光が、新しい戦いの始まりを告げるように見えた。