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第3章 心の火種

土曜の夜。

 布団の上に寝転んでも眠れない。

 頭の奥で鬼塚の声が何度もリフレインする。


——コストが歩くな。

——自己管理不足だ。

——余計な詮索はするな。


 額に手を押し当てる。

 胸が苦しい。

 眠気が遠ざかる代わりに、鼓動の音がやけに大きい。


 スマホを手に取り、匿名掲示板を開いた。


〈同じ会社のやついる?〉

〈昨日営業辞めたってマジ?〉

〈部長飛ばす方法知ってるやついない?〉


 指先が止まる。

 スクロールを戻し、もう一度読む。


——俺だけじゃない。


 スレッドを眺めていると、見知らぬ誰かの投稿が目に留まった。


〈録音してる。タイミング見て出す〉


 心臓が跳ねた。

 画面の明かりがやけにまぶしい。

 画面の向こうにも、戦っている人間がいる。

 勇気の火種が胸に落ちる。


 翌朝、まだ暗い時間に起きる。

 机にICレコーダー、USB、メモ帳を並べる。

 自分専用のフォルダを作り、ファイル名に日付を付けた。


「証拠フォルダ」


 名前を入力し、エンターキーを押す。

 画面に新しいフォルダが表示されるだけなのに、背筋が伸びる。


 メモ帳に、箇条書きで書き出した。


・録音:朝礼/会議/面談

・データ:メール/チャット/請求書

・協力者:佐伯/村瀬/菅原システム

・出口:労基署/社長直訴/取引先通知(同時送信)


 書き終えると、少しだけ呼吸が整った。

 まるで戦略会議のホワイトボードのようだ。


 昼、喫茶店で佐伯に声をかける。


「……お前、手伝ってくれるか」


「もちろんです。僕ももう限界ですから」


 佐伯は即答した。

 声がかすかに震えているが、その目は真剣だった。


「まずは録音とログの保存からだ。消される前に集める」


「了解です」


 二人で手帳を広げ、作業分担を決める。

 そのやり取りは、妙に落ち着いていて、心が静かだった。


月曜。朝礼の前、俺はレコーダーのスイッチを入れた。

 赤いランプがポケットの中で光る。


 鬼塚の声が響く。


「昨日の数字、目標未達。お前ら、やる気あるのか?」


 声が鼓膜を叩くたび、胸の奥に波が立つ。

 けれど今日は、不思議と怖くない。

 録音している。

 この声は、あとで証拠になる。


 会議で鬼塚に叩きつけられた資料を拾い上げ、机に置く。

 指先が冷たい。

 でも、心は静かだった。


 終業後、喫煙所で村瀬が待っていた。


「これ、コピー取ってきた。数字が合わない月の帳票」


 茶封筒を受け取り、深く頭を下げる。


「助かります。これで一歩進んだ」


 村瀬が息を吐いた。


「私も、もう止まれない」


「俺もです」


 視線が交わる。

 その瞬間、孤独感がすっと消えた。


 深夜。

 机の上に証拠を並べる。

 USBに複製し、クラウドにもバックアップを取る。


「……やるぞ」


 声に出した。

 その声が、夜の部屋に確かに響いた。

 胸の奥の火が、一気に燃え広がる。


——もう終わらせる。


 その言葉を心の中で繰り返し、目を閉じた。

 眠りは深かった。

 久しぶりに、悪夢を見なかった。

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