第10章 緊迫の対峙
全社集会の前夜。
廊下で鬼塚に呼び止められた。
「山田、来い」
人気のない会議室に連れ込まれ、ドアが閉まる。
蛍光灯の明かりが冷たい。
鬼塚の目が、獲物を狙う肉食獣のように光っていた。
「お前だろ。通報したの」
「何のことですか」
「とぼけるな。俺のPCにアクセスしたやつ、ログで分かってる」
嘘だ、と頭では分かっている。
でも喉がひりつく。
鬼塚が一歩近づく。
「今からでも遅くない。証拠を全部消せ。
そうすりゃ見逃してやる」
机に手をつく音が響く。
心臓が速く打つ。
だが、ポケットの中でICレコーダーが冷たく光っている。
「……部長」
ゆっくりと口を開いた。
レコーダーを机の上に置き、再生ボタンを押す。
『——例の謝礼、来週には経理通すから』
鬼塚の声が会議室に響く。
その瞬間、鬼塚の顔から血の気が引いた。
「てめえ……!」
「これ、全部残ってます。消せと言われても無駄です。
クラウドにも保存済みです」
鬼塚が拳を握る。
だが、振り下ろすことはできなかった。
沈黙が続く。
やがて鬼塚は椅子に崩れ落ちた。
「……俺が悪者か」
「自分で決めたでしょう。そうなるように」
鬼塚の目が俺を睨む。
だが、その視線はもう鋭くなかった。
「……明日、全部出します」
俺はそう告げ、会議室を出た。
背後で鬼塚が何か叫んだが、ドアが閉まる音にかき消された。
資料室に戻ると、仲間たちが待っていた。
「どうでした?」
佐伯が息を詰めて尋ねる。
「脅された。でも、もう大丈夫だ。奴はもう何もできない」
村瀬がほっとした表情を浮かべる。
「……じゃあ、明日、全部やりましょう」
藤田が拳を握った。
「社長宛、労基署宛、取引先宛、三方向同時送信だ」
「午前九時ちょうどに送る。準備は?」
「完璧です」
部屋の中に静かな決意が満ちる。
誰も笑わない。
でも、その沈黙は怖くなかった。




