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小牧さんは一番の美少女なので。「なワケないでしょ先輩のバカ」とか言われても褒めるのは止めません。

作者: 室太刀


 麗らかな春の日差しが、天窓からこぼれ落ちてくるのを見て。


 「やぁ~……今日も良い日だねぇ」


 まったりと呟く俺こと、伊崎(いざき)(しゅう)

 図書室のカウンターで本を開き、時たま返却される本の処理をする程度のこの時間は、厳しい勉学を終えた放課後の至福のひと時だった。


 「なにお爺ちゃんみたいなコト言ってんですか、先輩」


 そんな俺に悪態を吐くのは、同じ図書委員の後輩である小牧(こまき)果穂(かほ)さん。


 「本の片付けを後輩に押し付けて、自分は悠々と読書なんて良い趣味ですね?」

 「後輩が早く仕事に馴染めるように、仕事を振ってあげているんだよ。感謝してくれたまえ、はっはっは」

 「辞めていいですか、私」

 「冗談冗談。ありがとね、助かったよ」


 まったくもう、と悪態を吐きながらカウンターの奥に座る小牧さん。

 手にした単行本の小説を開き、「私の仕事は終わった」とばかりに読み始める。が、


 「……なんですか?」

 「いや、特に何も無いって。あとは落ち着いて本でも読んでて。……あっと、返却ですね。預かりまーす」


 俺の視線に、彼女がムッとした目を向けてきたところでちょうどお客さんが現れたので、これ幸いと対応に回る。

 いっぽう小牧さんの方はというと、カウンターの奥で縮こまるようにして、万が一にでも話しかけられないようにと顔を下に向けていた。

 この子、これで結構な人見知りで、カウンター業務も出来れば避けたがる子なのだ。


 「……ありがとうございます」

 「いいよ、気にしないで」


 対応が終わった後で、ポツリと小さく小牧さんが呟いたので、恐縮させないよう軽く受け流した。


 性格や得意不得意は人それぞれであり、苦手なところをフォローするのは先輩の役目だ。

 入ったばかりの新入生に苦手な仕事を押し付けるほど意地悪な先輩のつもりはないし、この程度ならいくらでもするつもりだ。

 さらに言うならそもそもの話、実は今日は本来、小牧さんの当番の日じゃなかったりする。

 本当は他の新入生の子の当番だったのだが、どうしても外せない用があるというので、急遽彼女が当番を交代することになったのだ。

 それでも、引き受けた以上は自分の仕事なのにと気にしてしまうあたり、律儀な子だと思う。


 「一番の美少女に頼られたら、イヤとは言えないってね」

 「っ、それ、先輩しか言ってないですからっ……!」


 なのであえて茶化すようなことを言ってみると、案の定目を白黒させて声を荒げた。


 「前も言いましたけど、それ、言っていい冗談のライン越えてますからね……?」

 「なら問題ないな。冗談では言ってないから」

 「……その方が余計に問題です! 一番……とか。なワケないでしょ先輩の、バカ」


 最後の方は声が小さかったので、聞こえなかったことにしておく。


 俺の個人的な感想ではあるが、小牧さんは美少女だと思っている。

 まだ出会って1ヶ月と少ししか経っていない間柄ではあるが、オドオドしていて守りたくなる雰囲気や、無愛想なようでいて気を遣わずにはいられない心優しい一面などは充分に好感の持てるもので、もちろん見た目もとても可愛らしいと思う。

 俯きがちな猫背の姿勢や、目を隠しがちな前髪とフチの大きな野暮ったいメガネのせいで地味に見えてしまうけれど、顔立ち自体は整っているように思う。


 「私が一番とかあり得ないですって。そういうのは、宮野さんみたいな子のことを言うんですから」


 だが、そんな俺が心の中で(こぼ)した感想をよそに、小牧さんは吐き出すようにそう言った。


 「宮野さんねぇ。ま、言いたいことは分からなくもないけど」


 彼女が口にした宮野さんというのは、彼女と同じく今年から図書委員になった新入生の子だった。

 明るく社交的で、おまけに誰もが目を見張るような美少女。

 正直、どうして図書委員なんかに入ったのかと思うくらいの逸材だった。


 彼女たちとの初顔合わせとなった、今年最初の図書委員会の様子を思い出す。


 『さあて、それじゃあ軽く自己紹介だけしておくとしますか。せっかくならここは新入生から────』

 『はいはーい! じゃ、わたし一番手やります!』


 なぜか進行役を任された俺がそう言ったところで、真っ先に手を挙げた女の子がいた。


 『宮野(みやの)(しおり)です! 読書好きです! よろしくおねがいしまーす』


 明るくハキハキと、元気よく自己紹介をしてくれた宮野さん。

 基本的に物静かな人間の多い図書委員会において、異例とも言える社交的な女子。

 しかもとびきり可愛いときたものだから、瞬時に全員の注目を一身に集めてしまった。


 『あ、えと…………小牧、果穂……です。その……(ぺこり)』


 それに対して小牧さんなどはこんな感じで、完全に気圧(けお)されてしまってまともに喋れているとは言えなかった。

 一年生は男子も女子も他に何人かいたのだが、どうしても印象が薄れてしまった感は否めない。


 「……すごいですよね、宮野さん。可愛いし、男子にも女子にもすごく人気で、私なんかにも楽しそうに話しかけてくれる良い子だし……」


 可愛くて、明るくて、性格も良い。

 これが人気にならないわけもなく、男女問わず、学年すら越えて学校中の注目を集めまくっているのが宮野さんだ。

 一部からは「天使」などとあだ名されてすらいるのだとか。


 「それに比べたら、私なんて……」

 「そういうのは比べるものでもないと思うけどねえ。可愛いとか美少女とか、そういう評価って結局は見る人次第だと思うし」


 そもそも、可愛いだとか美人だとか、そうした感想はあくまで絶対評価であり、相対的なものじゃない。

 パッとその人をひと目見たとき、ふとした仕草や表情を垣間見たとき、ふと心に「あ、可愛い」と感じる。

 それが全てであり、本質だと思う。

 本来比較できるようなものではなく、誰それが誰それよりも美人だとか、誰が一番可愛いなどと比べ始めた時点で、その感情は既に過去の感傷に過ぎない。


 「じゃあ、先輩は本当に私のことを一番だと思ったってことですか?」


 俺は以前に、小牧さんのことを「一番の美少女かもしれない」と言ったことがあった。


 「もちろん。そう思ったからつい言っちゃったワケだけど」

 「つまり、その場のノリだったと」

 「生憎(あいにく)その場のノリでウソを吐けるほど器用な人間じゃないんで」

 「宮野さんとか、他の子の前ではその子に対して同じこと思ってるに決まってます」

 「今の所、小牧さんの一番が更新されたことは無いなあ」


 疑り深く()き返してくる小牧さんに対して、出来るだけ平静を保ちながら答え続けた。

 ぶっちゃけコレ、告白しているようなものかもしれないけれど……


 正直なところ、俺にとっては小牧さんが好きなタイプなんだと思う。

 誰かと付き合ったことは無いし、付き合いたいと思ったことも無いのだが、彼女となら付き合ってもいい……と言うと傲慢かもしれないが、少なくとも、そう思った相手なのは確かだ。

 悲しいかな、彼女の方からはそういったリアクションが来ないので残念ながら望みは薄そうだが。

 俺は決してモテる人間じゃないし、ある意味当然ではあるのだけれど……


 「っ……そういうからかい方、サイテーです先輩」


 そう言って、カウンターのさらに奥、書庫の中に消えていく小牧さん。

 書庫の中には一般の生徒は入れないので、正真正銘誰にも邪魔されない空間だ。

 どうやら話はこれで終わりで、邪魔されず一人で本を読みたいらしい。

 他の生徒にも、……俺にも。


 (やれやれ、フラれちゃったか……)


 やはり、思ったよりも心にくるものだ。

 慣れないことはするもんじゃないと、思わずため息をつくしかなかった。



 ◇ ◇ ◇



 (ありえない、ありえないありえないっ! あんなこと、ヘーキで言うとかありえないって……!)


 書庫に逃げ込んで隠れながら、私は熱くなった顔を必死に冷ましていた。


 (私を一番の美少女とか……そんなの、お世辞に決まってるのに)


 勘違いしてしまいそうな自分の心をとにかく落ち着かせる。


 冷静になって、と自分に言い聞かせるように思考を整理していく。

 普通、あんな何気ない場面で「可愛い」とか「美少女」とか言ったりしない。

 そんな告白みたいなことをサラッと、委員会の仕事の最中に言ったりなんて普通はしないはずだ。

 恋愛小説でも、告白っていうのはシチュエーションを考えて、考えに考え抜いてするものだと相場が決まっている。

 勢いで告白するってこともあるみたいだけど、あんなふざけた冗談みたいな言い方じゃ、勢いもなにもあるはずがない。


 普通じゃない。

 つまり、先輩は普通の人じゃない、普通の感性が通用しない人だということ。


 おそらく先輩は、そういうことを言うのに慣れている。

 きっと先輩は誰かに「可愛い」とか、そういうことを言うのを特別なことだとは思っていないのだろう。

 でなければ、私なんかのことを「一番の美少女」なんて言うはずがない。

 こんな、愛想も可愛げもない、地味で目立たない私なんかのことを……


 (…………やっぱりあの先輩、苦手だ)


 こんなに心をかき乱されて、(もてあそ)ばれて。


 私は、誰かと一緒にいるのが苦手だ。

 他の人が何を考えているか分からなくて、怖くなってしまうから。

 表面上は優しそうな人でも、心の奥では何を考えているか分かったものじゃないから。


 なのになぜか、あの人の言葉は不思議とウソだとは思えなくて。


 「……はぁ……」


 思わずため息が出て、壁の向こうにいる先輩の方をつい見てしまう。


 もう私は一人でいいと思っているのに、気が付けばこうして先輩と図書委員をできる日を、心のどこかで楽しみにしている自分がいる。

 宮野さんの「交代してほしい」というお願いを、嬉々として聞いてしまうくらいには。


 先輩はヒドい人だ。

 こんな私を勘違いさせて笑っているんだから。

 私は誰かを好きになったことも、誰かに告白されたことも無いけれど、こういう先輩にだけは捕まらないようにしなきゃ。

 間違っても、好きになってしまったりしないように。


 「はぁ……」


 私のため息は、誰もいない書庫の天井に消えていった。



 ◇ ◇ ◇



 「あの……」


 図書室のカウンターに座って本を読んでいた俺に、ふと声が掛けられた。


 「はい、なんでしょう?」


 今は図書委員としての業務中。

 当然、図書委員としての用事だと思って営業スマイルを作って対応する。

 声を掛けてきたのは、年下らしき男子生徒だった。

 学年章を見ても、どうやら一年生らしい。


 「あの……図書委員の人、ですよね」

 「それは、まあ」


 暗黙の了解的に、カウンター内には図書委員か司書さんくらいしか入らないようになっている。

 今さらそれを訊ねてくるのも変な話だ。


 「えっと、図書委員って当番は二人体制なんですよね?」

 「? まあ、そうだけども」

 「あ、あの、もう一人の当番の人に、これ……渡してください!」


 そう言って、男子生徒が若干ぎこちない動きで取り出したのは、1通の手紙だった。

 シンプルながら洒落たデザインの封筒。

 封筒自体には何も書かれていないが、彼の挙動不審さも含めて考えれば、その内容は容易に想像がつく。


 「あの…………そ、それじゃ!」


 照れくさいのだろう、俺が何かを言う前にいそいそと退散していく男子生徒。

 今どき手紙なんて……とも思わなくもないが、それだけ真剣な想いがあるのだと考えると、一周回って趣きがある気もする。

 何にせよ、非常に大事なものを預かってしまった。

 どうにも甘酸っぱいものが口の中に広がるような心地がした。


 (ほら、ちゃんと見てくれる人はいるじゃんか)


 書庫の中にいる後輩の方を振り返りながら、思う。

 君は自分に自信が無いようだけれど、こうして君のことを一番だと思ってくれる人だっているんだよ、と。


 「でもそれを、こうして行動に移せるってのは凄いよなぁ」


 真っ赤になりながら、直接ではないとはいえこうして手紙を書いてちゃんと手渡したのだ。

 その勇気と行動力は素直に賞賛できるものだった。


 俺にとって小牧さんは好みではあるが、明確に好きだとか、付き合いたいとまで言えるかというと、そこまでの想いは今のところ無いように思う。

 現にこうして彼女宛てのラブレターなんてものを受け取ってしまったが、嫉妬心のようなものはあまり湧いては来ない。

 どちらかというと彼女が正当に好意を持たれていることを喜ばしく思ったくらいだ。


 いずれにせよ、この手紙を手渡してきた彼の勇気を無下にはできない。


 「小牧さん、いる?」


 書庫の中に入り、片隅の足踏み台に座って本を読んでいる小牧さんに声を掛ける。

 書庫の中には机や椅子は無いので仕方ないのかもしれないが、にしたってこんな隅っこに丸まっていなくても良いんじゃないかと思う。

 本人曰く、書庫の中なら誰にも声を掛けられないからということなので、よほど他人と接するのが苦手なのだろう。


 「なんですか先輩」

 「君にお客さんだよ。もう帰ったけど。代わりに、これを渡してくれってね」


 彼女に例の手紙を手渡す。


 「こ……これってっ……!?」

 「さあ、中身は聞いてないけど。とりあえず、渡したからね」


 詮索するのは野暮というものだろう。

 明らかに狼狽して、頬を紅潮させる顔は見ていて可愛らしかったが、彼女の性格的にからかわれるのも嫌だろうし、特に追及することなく書庫を出た。


 「…………あの、先輩…………これをくれたのって、どんな人でした?」


 20分ほど経ってから、おそるおそる書庫から出てきた小牧さんが訊ねてきた。


 「一年生の男子、ということしか。一年は図書委員以外で知り合いいないし。でも、真面目そうで見た目も悪くなかったよ?」

 「……そう、ですか……」


 パッと見の印象しか語れないが、背はそんなに高くないものの、眼鏡を掛けていることもあってか理知的で大人しそうな男子だった。

 かといってあんな手紙を送るくらいだから、見た目よりも度胸や胆力はあるのだろう。


 それを聞いて、恥ずかしそうに目を逸らす小牧さん。


 「それで、どんな感じだい? 少なくとも、悪い手紙ではなさそうだけど」


 初心(うぶ)な可愛らしい反応を見るに、決して悪い印象は受けていないようだった。

 となるとこちらも野次馬根性が湧いてくるもので、ついニヤニヤしながらせっついてしまう。


 「ひ、秘密ですっ……! ……ただ、呼び出されてて……」

 「ほほー」

 「ど、どうしたらいいんだろ……こんなの私っ、初めてで……!」

 「まあ、気になるなら行ってみたら良いんじゃない? 受けるにしろ断るにしろ、まずは会ってみなきゃ始まらないと思うし」

 「です、よね……」


 そこで、若干不安そうに表情を(かげ)らせる小牧さん。


 「ちなみに、呼び出されたのはこの後すぐ?」

 「は、はい……裏庭で、図書委員の当番が終わるまで待つからって」

 「なるほど。となると下校時刻ギリギリか……」


 人気(ひとけ)も少なく、部活や課外活動をしている皆も下校し始める頃。

 上手くいけばそのまま一緒に帰ればいいし、もし失敗してもさっさと帰ればいいので後腐れしにくい絶好のタイミングと言えるのかもしれない。

 ただ、そんな時間に人目のない場所に呼び出されるのは女の子としては不安もあるのだろう。


 「……もしアレなら、待ってようか?」

 「え?」


 となれば、ここはひとつ先輩として、背中を押してやるべきだろう。


 「さすがに不安みたいだし。話は聞こえないように、校門のあたりで待ってるからさ。もし何かあったら大声で叫んでくれたら駆けつけるってので、どう? もしお邪魔になりそうならRAINか何かで『帰れ』って言ってくれたらいいし」


 人の恋路に余計な口を挟むつもりはないが、これは彼女が自分に自信を持つ大きなチャンスなのは確かだ。

 同じ委員会の“推し”のためなら、協力するのに(やぶさ)かではない。


 「……じゃあ……お願い、します」


 小牧さんはそう言って、おずおずと小さく頷いた。




 (なんか、自分のことじゃないのに緊張するな)


 図書委員の仕事を終え、下校時刻になった校門前で(たたず)む。

 今頃、小牧さんはさっきの彼と校舎裏で対面していることだろう。


 彼女は間違いなく素材は可愛いし、自覚さえすれば一躍人気者になり得る美少女だと思う。

 なんたって彼女は「一番の美少女」なのだから。

 あのときポロッと口に出してしまったその言葉は紛れもなく本心であり、彼氏ができて自信を持ったら、それこそ彼女は()()()気がする。


 「もしそうなら、最初に(?)見い出した身としては鼻が高いわけで」


 最初にあの子にそう言ってしまってからというもの、心なしか彼女は身だしなみを気にしだしたように思う。

 初めの頃はボサボサのままだった毛先が整っていたり、仄かに香水っぽい香りがしたり。


 自分が彼女を変えた、などと自惚れるつもりはないが、少しくらいは彼女に自信をつけさせてあげられたんじゃないかとは思っている。

 さっきの彼がそれ以前から小牧さんに想いを寄せていた可能性はもちろんあるが、それでも自分の言葉が今日に繋がったんだ、という考えが浮かんできてしまうのは仕方ないと思いたい。


 (ちょっとばかし、羨ましい気持ちが無いでもないけど)


 手紙を受け取ったときの、頬を染め、ドキドキさせられている小牧さんの姿はやはり可愛らしかった。

 あの表情が他の誰かのものになるのだと思うと、少しばかり胸がチクッとする。

 とはいえ、所詮は過ぎたこと。

 例えるなら、親が娘に対して思うような気持ちと変わらないだろう。

 あるいは、兄が妹に対して感じるような。

 こちらは俺自身、人気者な妹がいることもあって、経験は無くもない。


 「……ん?」


 キンコーンと、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴り響いた頃。

 そそくさと足早に歩き去っていく人影が俺の前を横切った。

 あの横顔は、見覚えがある。

 さっき手紙を渡してきた男子だったような。


 (これは……)


 さっきの彼が一人で帰っていったということは。


 「……先輩」


 その後しばらくして現れたのは、やはり一人で歩いてきた小牧さん。


 「って、メチャクチャ不機嫌!?」


 思わずビビッて後ずさってしまうくらい、素っ頓狂な声を上げてしまったのは、彼女が見るからに機嫌が悪そうに見えたからだ。

 口を真一文字に閉じ、むっすーという効果音が聞こえるくらい全身で不機嫌を表現している小牧さんだった。


 「ええと…………ど、どうだった?」


 おそるおそる、訊ねてみる。

 告白されて断った……にしては、明らかに様子がおかしい。


 「…………い、って」

 「はい?」

 「人違いって、どういうことですかっ!!!」

 「ひえっ!?」


 ついに爆発した小牧さん。


 「私の顔をみた途端、『えっと……誰?』ですよ!?? ひどいと思いません!!?」

 「ど……どういうこと?」

 「あの手紙は、宮野さんに渡してもらうつもりで受付にいた先輩に渡したって」

 「…………あ、あ~…………」


 ようやく、事情が呑み込めてきた。


 どうやら彼は、あの学校中の人気者である宮野さん宛てに、さっきの手紙を出したつもりだったらしい。

 今日は本来、宮野さんが図書委員の当番だった。

 それを彼は知っていたのだろう。

 それで今日、放課後になってあの手紙を渡しに来たのだが、肝心の宮野さんが当番を休んで小牧さんと交代していたことに気付いていなかったらしい。


 「おかしいと思ったんですよ。私なんかに告白とか、あるワケないし」

 「いや、それは……」

 「そもそも、先輩だって先輩です。フツーに考えて、今日の当番の子に渡してって言われたら、宮野さんのことに決まってるじゃないですか!」


 正直、盲点だった。

 考えてみれば自然のことなのかもしれないが、勘違いの可能性を全く考えていなかったのだ。


 「こんな私にコッソリ手紙とか……あるワケないのに」


 傷付いた面持ちで呟く彼女の表情に、居たたまれなくなる。


 陰に隠れがちではあるものの、ちゃんと見れば美少女な彼女のこと。

 隠れて彼女に想いを寄せる男子だっているはずだと、信じて疑っていなかった。

 これでは自信を持つどころか、余計に卑屈になってしまいかねない。


 「……っあー!!! なにが人違いだよっ! ちょっとは期待した私がバカみたいじゃん!! てか、手紙出すならちゃんと宛名くらい書けよバカ〜〜っ!!!」


 いきなり叫びだす小牧さん。

 もう下校時刻も過ぎて、人影も見当たらないとはいえ中々に大胆だ。


 「……これも、先輩のせいですから。何か奢ってください」

 「ええ……」

 「半分は先輩の勘違いのせいですし、おかげで可愛い後輩が赤っ恥かいたんですよ? 誠意みせてください、誠意」

 「はいはい」


 半ばヤケクソ気味だったが、ある意味吹っ切れて開き直った様子の小牧さん。


 まあ、いじけて塞ぎ込むよりかはよっぽど良い。

 そう思った俺は、言われた通りに駅前のショッピングモールでアイスを奢り、ゲームコーナーで2クレジットだけ付き合ってから彼女と別れたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 「はぁ……」


 次の日の昼休み。

 教室の隅でお弁当を突っつきながら、不機嫌さを隠すことなくため息をついていた。


 昨日は散々な一日だった。

 宮野さんと当番の日を交換して、挙句にはそのせいで、宮野さんと間違えて告白されかけるなんてことに……

 いくら何でも、あんまりだと思う。


 「ごめんね果穂ちゃん、昨日は当番代わってもらっちゃって」


 そんな「話しかけるなオーラ」を全力で出している私にも気にすることなく話しかけてくるのは、学園一の美少女こと宮野さんだった。


 「代わりにっ、今日の放課後はわたしが当番するからっ!」

 「別に、気にしなくても……元々そういう約束だったし」


 申し訳なさそうに気遣いながら、グッと両手に握りこぶしをつくって言ってくれる。

 その姿は可愛らしく、さすがは誰からも愛される美少女。

 「一番の美少女」なんて褒め言葉は、やはり彼女にこそ相応しい。

 間違っても、私なんかが並んで、比べられていい存在じゃない。


 「……や、やっぱり怒ってる?」

 「あ……ううん、違くて。宮野さんのことじゃなくて……」


 不機嫌なのは、どちらかというとあの“間違い手紙”のことだ。

 間接的には宮野さんのせいと言えなくもないが、もちろん彼女自身は何も悪くはないので、怒っているわけでも、邪険にしているわけでもない。

 むしろ、クラスでもあまり他の人と話さず友達もいない私にとって、クラスも違うのに話に来てくれる彼女の存在は有難いものだった。


 それでもどこか一歩引いた対応になってしまうのは、私の彼女に対する劣等感のせいなんだろう。


 「……うん、今度ちゃんと埋め合わせするね」

 「あの、べつにそういうつもりじゃ……」

 「でもでも、果穂ちゃんも結構ダイタンなんだね! そのまま帰りに柊先輩をデートに誘うなんて」

 「へっ…………で、デートっ!?」


 が、宮野さんのとんでもない発言に、思わず素で反応してしまった。


 「実は友達がね、駅前のモールでデートしてる果穂ちゃんと柊先輩を見かけたって! フードコートから出てきてゲームコーナーに行って、楽しそうに一緒に遊んでたんだ〜って」

 「あっ、あれはっ、デートとかそんなんじゃっ……!」


 たしかに昨日は先輩と帰ったけれど、デート……とか、そんなのじゃ決してない。


 「あれは……その! 先輩のミスの埋め合わせで、奢ってもらっただけだから! デートとかじゃないからっ!!」

 「そ、そうなの?」

 「そうなの! あー、ないわー、あの先輩とデートとかないわー」


 思わず、躍起になって否定してしまった。


 先輩と一緒にショッピングモールに行ったのは本当だ。

 でも、デートのつもりなんて無かったし、何より先輩にそんな気などさらさら無かったに違いない。

 実際、昨日のアレにデートっぽい雰囲気なんて全然無かった。

 アイスをお互いに食べさせ合ったりなんて甘酸っぱいこともしてないし、ゲームでも先輩一人では目標クリアも覚束なくてこっちがリードしっぱなしだったし……

 うん、あれは断じてデートなんかじゃない。


 「そっか…………うん、勘違いしちゃってた、のかな?」

 「そうそう、勘違い! ……悪い人じゃないのは確かだけど、なんか微妙に女慣れしてそうでムカつく、あの先輩」

 「う〜ん、柊先輩って妹いるらしいし、年下の扱いには慣れてるっぽいよねぇ」


 なるほど、妹がいるのなら先輩の私への扱い方、というかあしらい方に手慣れているのも頷ける。


 (というか、先輩に妹がいるなんて知らなかった……)


 改めて宮野さんとのコミュ力の差を痛感する。

 何より、先輩のことで宮野さんが知っているのに、私が知らないことがある、という事実に衝撃を受けている自分がいて。


 沸々と、言いようのない感情が湧き上がってくるのをひた隠す。

 冷静に考えて、私なんかが宮野さん相手に勝てるわけないのに。


 「……果穂ちゃん?」

 「な、なんでもないっ!」


 宮野さんは良い子で明るくて美少女で、見た目も性格も何もかも良い。

 こんな子を相手に「羨ましい」なんて、思うだけでも分不相応なのに。


 「……じゃ、私、行くとこあるから」

 「あ、うん」


 そんな考えを頭から振り払うように、私はお弁当の残りを一気に片付けた。


 私は、どうしようもなく嫌な子だ。

 勝手に不機嫌になって、勝手に嫉妬して。

 こんな私が、誰かに好かれるなんて、ありえないのに。


 逃げるように教室を出て、駆け込んだのはいつもの図書室の書庫。

 ここなら図書委員以外とは会うこともなく、誰とも話さずにいられる私にとっての避難所のようなものだった。


 「当番でもないのに来るなんて、生粋(きっすい)の図書委員だねえ」


 なのに、こういう時に限って居るのが先輩だった。

 先輩は今日も昼当番なので、当たり前なのだけれど。


 「……どうした、人をそんなまじまじと見つめて」


 しばらく先輩の顔を観察してみて、思う。


 私は別に先輩のこと、好きとかそういうワケじゃない。

 先輩は顔は悪くはないけど決してイケメンではないし、みんなからモテるタイプでもない。

 私なんかを美少女と言ってしまうあたり、センスはどこかズレているし、話が上手い人ってわけでもない。

 一緒にいるだけでドキドキするような、彼氏にしたいって魅力があるわけじゃない。


 「なんか、失礼なこと考えられてる気がする」

 「……気のせいです」


 ついでに、わりと鋭い。

 こうして絡んでくるのも、私に友達がいないのを知っているからみたいだし。

 私は友達をつくらないようにしているけれど……寂しくないと言えばウソになるから。


 私はたぶん可愛くなんてないし、性格も悪くて、何も良い所なんてない。

 ほとんどの人にとって私は、居ても居なくても変わらない名もない登場人物の一人だ。


 「まあ、一番の美少女の注目を集めるのは嬉しいけどねー」

 「……そんなんじゃないですから」


 それでも。

 こんな私を見て、バカみたいにこうして「一番」だって言い続ける人がいる。

 ああ、きっと私は、先輩に(すが)りたくてここに来たんだって。


 「どうかした? いつもなら、引っ叩く勢いで言い返してくるのに」


 やっぱり、先輩は鋭い。

 ちゃんと私のことを見てくれている。


 「……私は、一番なんかじゃないです」

 「そうか? 俺はずっとそう言ってると思うけど。それに、信じられないとしても、もし実際に()()一番じゃなかったとしても、そう自分で信じ込むのはアリなんじゃない?」

 「……それってやっぱり、ホントは先輩も思ってないんじゃ」

 「めんどくさいなこの子……」


 そう、私は面倒くさい子なんだ。

 自分に自信なんてないし、先輩の言葉ひとつ信じられない嫌な女の子なんだ。


 「まずは、自分で一番だって信じてみることから。そうしたら、いつの間にかホントに一番になってるかもしれないだろう?」

 「なら、信じさせてください。私は、今は一番なんかじゃないって思ってますから。私、けっこう頑固ですよ?」


 こんな私でも、一番だって思ってくれる、信じてくれる人がいると、そう信じさせてくれるのなら。


 この人の口車に、乗ってみようと思った。


 「────よし、任せろ。イヤってくらい何度も何度も言い聞かせて、自分が可愛いって認めさせてやる。なんたって、小牧さんは一番の美少女なので。ねえ?」

 「あ、やっぱいいです。ウソっぽいので。先輩に頼んだ私がバカでした」

 「ヒドい!?」


 私はそっぽを向いて、先輩から顔をそむけた。


 今、ゼッタイ顔にやけちゃってるから。

 先輩に褒められて、喜んじゃってるから。

 こんな風に臆面もなく「可愛い」とか言ってくれちゃって……


 やっぱり先輩は女の子慣れしてる。

 ゼッタイ他の子にも、歯の浮くようなこと言いまくってるに違いない。

 何より、こんな風に気軽に女の子に「可愛い」とか言う人、信用しちゃいけない!

 ニヤけるな、私っ!


 私はつい緩みそうになる頬をなんとか保って平静を装いながら、こんな人に気を許しちゃダメだと、改めて決意を固めるのだった。


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