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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

湊火葬場雑談記

無限死に目

作者: 蒼碧

オチ担当:蒼風 雨静  それ以外担当:碧 銀魚

「柴田様、予定より三十分ほど到着が遅れるそうだ。」


 藤戸がスマホを切りながら、そう言った。

 柴田とは、今日火葬の予約が入っている家族だ。


「何かあったんですか?」

 準備をしていた狭山が、手を止めた。


「仏さんの奥さんが、結構な高齢の上、ちょっと障害持ちらしくてな。葬儀の後の、お別れの時にもたついたらしい。」

 参列者が多い葬儀では、よくあることだ。

 だから、火葬場も多少、時間に余裕は持たせてある。


「そうなんすね。」

 狭山はすんなり返事を返したが、藤戸はやけに渋い表情をしていた。


「まぁ、ややこしいことじゃなければいいがな。」


 その藤戸の言葉に、狭山は首を傾げた。

「どういうことですか?」

「おまえ、また資料を読んでないだろ。」

「す、すみません……」


 突然、藤戸に指摘されて、狭山は慌てて謝った。

 だが、一体なぜ、今のやりとりでそれがバレたのかがわからない。


「まぁ、いい。それより、準備だけは済ませるぞ。」

「わ、わかりました!」


 狭山は名誉挽回とばかりに、大急ぎで準備を始めた。

 だが、やはり資料には目を通さなかった。




 結局、柴田家は四十分遅れで到着した。

 亡くなったのは、柴田家の当主だった高齢の男性で、喪主はその長男だった。


「よろしくお願いします。」


 いつも通りの挨拶をすると、藤戸達は霊柩車から遺体を下ろし、手早く火葬場のほうへと運んでいく。

 一方で、女性職員である松崎が、遺族を誘導し、火葬炉の前室へと連れてきた。

 そこで、住職が軽くお経をあげ、棺桶の蓋の小窓が開けられて、故人との最後のお別れとなる。


 その最後のお別れの段でのことだった。


「重治さん、何でこんなことに……」

 そう言って、棺の小窓に泣きついたのは、故人の奥さんだった。


 障害があるとのことだったが、足取りもしっかりしていて、特段どこかが悪いようには見えない。

 ただ、室内なのに、帽子を被っており、それを脱ごうとはしなかった。

 それが、狭山には若干、不思議に見えた。


 奥さんは、しばらく泣きながら棺にしがみついていたが、やがて喪主である息子が宥め、棺から引き離した。


「よろしいでしょうか。」


 藤戸が確認すると、遺族一同が皆頷いた。

 それを合図に、火葬炉を担当している兼田が、棺を炉の中に入れ、ボタンを押した。


 徐々に閉まっていく扉を、特に奥さんが名残惜しそうに見つめている。

 やがて、扉が完全に閉まり、炉からゴオッと音が聞こえてきた。


「ご愁傷様でした。」


 藤戸はいつもの決まり文句を言うと、狭山、兼田共々、頭を下げた。




 焼き上がるまでの間、事務所でコーヒーを飲んでいた狭山が、ふと藤戸に尋ねた。


「またこの前みたいに、頭が焼け残ったりしないでしょうか……多分、死因は頭ですよね?」


 最後に棺の小窓が開かれた時、遺体の頭に巻かれた包帯が、狭山には見えていたのだ。

 となると、死因は頭の怪我か、もしくは手術が必要な頭の病気の可能性が高い。


「だから、資料に書いてあるってば。」

 藤戸が溜息混じりに答えた。


「す、すみません。」

 と謝りつつも、狭山は手元の資料に目を通さない。

 どうにも、こういう固い長文を読む気にはなれない性分らしい。


「まぁ、今回は大丈夫だろう。確かに、死因は頭の怪我だから、頭蓋骨はやけにしっかり残るかもしれないけど、その程度で済むと思う。」


 藤戸の言葉に、狭山は少しホッとした。

「そうですか。よかったぁ。」

「まぁ、それはいいけどな……」

 そこで、藤戸が言葉を濁した。


「え?何かあるんですか?」

 俄かに狭山は恐くなってきた。


「まぁ、大したことにはならんだろうが、遺族の動きにだけは、少し気を付けてくれ。」


「遺族の動き……?」

 藤戸の言葉の意図が、狭山には今一つわからなかった。




 一時間ほどで火葬は終わり、兼田が火葬炉から遺骨を取り出した。


 藤戸の予想通り、今回は頭が焼け残ったりはしていなかったが、頭蓋骨は綺麗に残っていた。

 だが、その頭蓋骨の一部が陥没していた。


「藤戸さん、もしかしてこの人、頭殴られて死んだとかですか?」


 狭山が尋ねると、藤戸は溜息をついた。

「だから、資料は目を通せって言ってるんだ。こういうこともあるから、心の準備が必要なんだよ。あと、遺族に迂闊なことを言わないようにしなきゃならん。」

 今更ながら、狭山は藤戸の言う事をきかなかったことを後悔した。


 その後、拾骨室へ遺骨を運ぶと、遺族が骨壺への納骨の為、ぞろぞろとやってきた。


 その時だった。


「重治さん、何でこんなことに……」


 聞き覚えのあるセリフを吐いたのは、故人の奥さんだった。

 その瞬間、狭山は強烈な違和感に襲われた。


「奥さん、さっきも同じこと言ってませんでした……?」

「狭山、余計なことを言うなよ。」

 藤戸が押し殺した声色で、狭山に釘を刺した。


 奥さんは遺骨に近寄ると、また大泣きしながら、夫の死を悲しんでいた。

 喪主である息子が、またそれを宥め、ようやくお骨拾いが始まった。


 だが、その最中に奥さんはトイレに行きたくなったようで、息子の嫁が連れ添って、トイレへと行ってしまった。

 そして、再び拾骨室に戻ってきた時だった。


「この骨は、誰なの?」


 奥さんは不思議そうにそう言った。

 とても、演技をしているようには思えない。


「母さん、これは父さんだよ。三日前に亡くなったじゃないか。」

 息子がそう言うと、奥さんは心底驚いた顔になった。


「重治さんが!?どうして!」

「それは……」

 そこで、息子が言葉を濁した。


 その異様な光景を、狭山は固唾を飲んで見守っていた。

 訊きたいことは山ほどあったが、藤戸が今は何も言うなと、目で制してきている。


 それから、お骨拾いが終わり、骨壺に骨覆を被せると、部屋の隅で意気消沈していた奥さんに、骨壺が渡されることとなった。

「母さん、お願いできるかな?」

 息子がそう言って、骨壺を渡そうとすると、奥さんは怪訝そうな顔で尋ねた。


「これ、誰のお骨なの?」




 結局、そんなやり取りが続いたので、ここでの火葬も、予定時間よりだいぶオーバーしてしまった。


「今日が混んでる日じゃなくて、よかったな。」

 車に乗り込む遺族を見送りながら、藤戸がつぶやくと、隣でげんなりしている狭山が頷いた。


「そうっすね……」

 いつもの業務の、十倍は疲れた火葬だった。


 事務所に戻ると、珍しく藤戸がコーヒーを淹れて、狭山に手渡した。


「だから言ったろ?ちゃんと資料を読めって。」

 狭山は徐に頷くと、藤戸にもらったコーヒーを一口啜った。


「すいませんでした。でも、あの奥さん、一体何だったんですか?普通に認知症とか?」

 狭山が尋ねると、藤戸は首を横に振った。


「そもそも今日の仏さんだが、あの奥さんに殺害されたんだよ。」


「えっ!?」

 狭山は思わず持っていたコーヒーを落としそうになった。


「正確には、夫婦喧嘩で殴り合いになったそうで、お互いに鈍器か何かで頭を殴り合ったらしい。夫のほうはそのまま意識不明の重体になり、一か月後に死亡。奥さんは夫ほど傷が重くなかったが、衝撃で記憶障害が残っているらしい。」

「記憶障害……」


 そう言えば、奥さんは室内でもずっと帽子を脱がなかった。

 あれは恐らく、頭部の傷を隠す為だったのだ。


「喪主の話だと、数か月前までのことは覚えているが、事件の記憶はないらしい。しかも、新しいことをほぼ覚えられないようで、今日に至るまで、夫が死んだことを、きちんと認識できていないそうだ。」


 それが、今日のあの光景の正体だったのだ。


「じゃあ、あの奥さんはこの後、警察に捕まるんですか?」

 狭山が尋ねると、藤戸は肩を竦めて見せた。


「多分、心神喪失扱いになるから、刑務所に行くことはないんじゃないか。本人は殺害したことそのものを覚えてないわけだからな。」

「まぁ、そうですよね……」

 どこか、釈然としない思いを抱きながら、狭山は頷いた。


 その時だった。


「……地獄みたいだよな。」


 不意に、藤戸がそう言った。


「地獄、ですか?」

 狭山が尋ねると、藤戸はうなずいた。


「地獄ってさ、罪を償えるその日まで、何十年でも、何百年でも、責め苦に苛まれるらしいじゃないか。針山で串刺しになって死んでも、また生き返って串刺しになる、みたいな。」

「ああ、なんか聞いたことがありますね。」


 藤戸はコーヒーを一口啜った。


「あの奥さん、夫の死にショックを受けて、でもそれを忘れて、また夫の死を知って、ショックを受ける。それを、日に何回も繰り返すわけだろ。まるで、地獄だよな。」


 藤戸の話の意図を理解して、狭山はぞっとした。


 確かにあの奥さんは、夫の死というショックを、日に何度も味わうのだ。

 昨日までも、そしてこれからもずっと。


 それが、自らの手によるものだとも知らずに。


「まさか、夫は意識を失う間際に、わざとこうなるように、奥さんの頭を殴ったんじゃ……」

 狭山が呟いたが、藤戸は首を横に振った。


「そんなピンポイントな怪我の負わせ方、できるわけないだろ。」

「そ、そうですよね。」

 狭山が引き攣り笑いをすると、逆に藤戸の顔から表情が消えた。


「ただ……」

「ただ?」


 藤戸はコーヒーを飲み干すと、カップを机に置いた。


「執念ってやつは、あるかもな。」

「執念、ですか?」


「ああ。あの仏さんは、自分の死を、奥さんが死ぬまで噛み締めさせたかったのかもしれん。しかも、喧嘩の記憶を消して、最愛の夫の死という、残酷な形にしてな。」


 それだけ言って、藤戸はコーヒーのカップを片付けた。

好評により(?)、シリーズ化しました。

今後も、連作短編として、続けて行こうと思います。

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