4話 あぁ。
※今回は、陽斗目線です。
◇ ◇ ◇
――ふうかが死んだ。
それは、突然であり、もしかしたら防げたかもしれないことだった。
◆ ◆ ◆
遡ること五分前――
俺とふうかで、いつも通り学校に着くときっと遅刻ギリギリの時間帯だろうと思われる時間に家を出て、登校していた時のことだった。
いつも通りくだらない話をして、話の内容で思わず、くすっと笑ってしまった。
普段なら、ふうかも笑っていたのだろう。
でも、今日は違った。
? いつもだったら、すぐにつられて笑うのにどうしたんだろう?
気になって、ふうかの顔を見た時、俺は驚きと、疑問、ちょっとした不安で心の中が渦巻いていた。
いつもとは違う……顔をしている。
ふうかは、幼い時に両親を交通事故で亡くしている。
幸い、ふうかは家で留守番中だったので命に別状はなかったが、帰る家も愛情をくれる家族も齢五歳にして失ったのだ。
だが、そんな彼女を引き取ったのが幼馴染である藤間の家で、その二人が一緒に住むならと俺は、俺の両親と藤間のお母さんにお願いをした。
きっと許してもらえないだろう、と思っていたが意外にも「同年代のお友達が一緒にいてくれたら心強いだろうから、こちらこそよろしくね。」と承諾してくれたのだ。
その時は嬉しくて、天にまで上るような気持だった。
だが、実際に会ってみるとふうかの表情は、行動は、両親が生きていた時に見せた向日葵のような明るい笑顔も、よく喋る口も無かった。
ただ、生きる屍のようで、何も考えていなさそうで、何をしても表情筋一つ動かなくて、話す言葉は、「はい」、「分かりました」ぐらいだった。
それから、目に光が宿っていなかった。
あれこれやって、と誰かが頼むと嫌な顔も、言動も何もせず、只々そのことを遂行するのみで、操り人形とやっていることが同じな気がした。
ただ、一つのことを除いては。
その頃の俺は、無神経で何も考えずにふうかの両親のことをふうか自身に聞いてしまったのだ。
その時のふうかは、珍しく表情筋が動き、反応を示した。
だがそれは、最悪の反応であった。
笑顔とかそういう次元の話ではなく、何かに怯えているようで、だんだんと顔が青くなっていき、体が僅かに震えていた。
そして、今まさにふうかはそんな表情をしているのだ。
別に、ふうかが気に病むような発言をしたつもりはなかったが、少しでも思い出してしまったのなら、俺がどうにかするしかない。
「おい! ふうか、どうした? 顔色が悪いぞ」
取り敢えず、話を聞こうと思った。
ふうかといえば、俺の声に反応し、少し落ち着いたようで顔色が良くなる。
でも、段々と険しい表情になっていった。
「ごめん……かばん、持ってて」
「? おう。って、どこに行くんだ?」
突然、鞄を俺に押し付けてきてびっくりしていた。
その鞄を落とさないように持ち直しながら、ふうかの行動を目で追った先には、とんでもない光景が広がっていた。
目の前で、ふうかが、小さな女の子がトラックに轢かれそうな所を助けに入ろうと、飛び込んでいるところだったのだ。
俺は、そのことに気づくと急いで走った。
ただ、大きな声で叫びながら、周りの人に時々ぶつかりながらひたすら走った。
「ふうか! そっちへ行くな! ……っ! ふうかー!!」
周りの人もさすがに俺が大声を張り上げたことで、何が起こっているのか、と少し混乱していた。
ふうかも俺の声が聞こえているからなのか、はたまた疲れたからなのか分からないが少しだけ走るペースが落ちてきている気がする。
俺は俺で、高校生がもっている鞄が二つと三本もある傘のおかげで、だいぶ走りづらい。
これでも、部活とかでは結構、助っ人として頼りにされているはずなんだけどな。
それでも、追いつけないってどんなスピードで走ってるんだよあいつ!!
帰宅部は、早く家に帰るために足が速くなるって聞いたことがあるが、本当にそうだったのか!?
ちくしょう!! ふうか、もう横断歩道渡るとこじゃねぇか!
あともう少しってところで、ふうかは子どもを突き飛ばし、さっきまで、小さな女の子目掛けて一直線に走ってきていたトラックに身を投げ出した。
そして、ふうかは、トラックに轢かれた。
俺が走って駆け寄ると、浅く弱い呼吸音と、至る所から皮膚が剥けて血が出ており、そして、骨も何本か折れていた。
ふうかを轢いたトラックは直ぐに止まり、運転手が下りてきた。
だが、俺の視界にはそのことすら入ってこなかったため、気づかなかった。
「ふうか! こんなところで、死んだら許さないからな! あの、すみません。そこの男性の方、救急車呼んでくださいますか? お願いします! 早く!!」
俺は、ふうかがまだ息をしていることに少しだけほっとしながらも、ふうかが確実に助かるように、素早く周りの人に指示を出した。
でも、トラックに人が轢かれたということもあり、思った通りに指示が伝わらない。
それに、ふうかが助けた子どもが、お母さん! と何度も泣き叫んでいる。
女の子にとっては、一生のトラウマものになるだろうな。
フォローしてあげたいけど、今それどころではないからな……如何したものか……
俺が少し悩んでいると、どんどん体が冷えていくふうかの口が僅かに動いた。
「……はる、ごめん、ね。」
「しゃべるな! 寿命が縮むから!」
俺は、反射的にふうかの行動をやめさせようとした。
だが、ほんの僅かだけれど、ううん、と首を振っているように見えた。
それを見て、俺はこれだけは聞いておかなければいけないと本能で感じ取り、ふうかの言葉を遮るのを止めた。
それから、言葉を受け止めるためにも、心の準備をした。
「だい、じょうぶ、だから。…わたし、の分、までなが、いきし、てよ。……それ、と、お酒も、たくs、ん、のん、でね。とう、ま、にも、よろし、くって、いって、おい、て」
「……!」
まるで、遺言を聞いているようだった。
実際、ふうかはそのつもりで話していたのだろうけれど。
そしてその時が訪れるのは、遅くはなかった。
ふうかは、言葉を伝えきると満足し切ったかのように目を閉じようとする。
「! ふうか!」
俺の声が届いたのか少しだけ、目を開けたが――もう駄目だった。
――ふうかは、死んでしまったのだ。
まだ、高校生にもかかわらず。
俺の感じたちょっとした不安は、最悪の形で的中してしまったのだった。
◆ ◆ ◆
それから、俺は絶望感でいっぱいで、その場から動けずにいた。
しばらくたった頃、ポケットの中にあるスマホが突然振動をし始めた。
現実に引き戻された俺は、何だろうと思い、スマホを取り出す。
どうやら、電話が掛かってきたらしい。
掛けてきた人は、とうだった。
スマホに映し出されている時間は、いつもだったら、学校でホームルームをしている時間帯だった。
普段、遅刻ギリギリのものの遅刻はしたことのない二人が、がっつり遅刻をしてしまっているから、先生が心配してか、とうが独断でやったのかは分からないが、きっとそういった理由でかけてきたのだろう。
そうだ……このことを、とうや先生に伝えないと……。
でも、伝えてどうするんだ?
伝えたところで、何か変わるわけでもないのに……。
ずっと鳴り続けている電話の着信音を聞きながら、少し躊躇う。
周りの人は、人が突然死んでしまったことに動揺していたり、俺の着信音に気づいて、数人が電話なってるけど出なくていいの? と聞いて、気持ちを誤魔化そうとしていたりとしていた。
トラックの運転手は、自分が人を殺してしまったという罪悪感などに押しつぶされそうになっており、顔が死んでいた。
女の子は、ふうかが死んでしまったことにより、より一層大きな声で声にならない叫びをしながら泣いていた。
だが、俺の見ている世界は、冷たくなったふうかと俺、スマホの着信音だけしかないように思えた。
しばらくの間、決められずにいたが、このままでも何も変わらないのなら、行動した方がいいと思い、電話に出ることにした。
通話開始のボタンを押すと、とうが、勢いよく出てきた。
「おい! 陽! 遅刻してるの分かってるのか!? もうホームルーム始まってるぞ! 今どこにいるんだ? なぁ、聞いてるのか?」
段々と、落ち着いた声になってきてはいるが、質問は止めなかった。
とうは、ふうかにも掛けたのに何で出なかったんだよ、いつもならすぐ出るくせに…とぼそぼそ言っているが、今はそれどころではなかった。
やっぱり、知らないんだな…ふうかが、死んだこと――
伝えたらどんな表情をして、どんな反応をするんだろうな。
もし、俺が伝えなかったら、とうは幸せなまま生きていけるのかな。
それは、無理か。
遅かれ早かれ、とうの耳には必ず入るだろうから。
その時、きっと怒るんだろうな。
何で、もっと早く伝えてくれなかったんだよ! って。
俺は、今、どうすればいいんだ……。
「……一応聞いておくが、風花も一緒にいるんだよな? 風花に代わってもらうことってできるか? 先生が用があるっt…」
「! ふうかは、ふうか、は」
俺は、とうの純粋な疑問にちょっとした怒りを覚えたが、すぐに消えた。
ただ、とうの話を遮ってしまっているこの状況では、最後まで伝えないといけない気がした。
「? ふうかがどうしたんだ? まさか、本屋に行って、今、本買ってる、とかじゃないよな」
少しだけ、声が明るくなったのが分かった。
きっと冗談半分で言っているからだろう。
これから伝えようとしていること、伝えなければいけないこと、そして、伝えた後の反応を想像するとどうしても伝えたくなかった。
それでも、伝えなければいけないことだと覚悟を決める。
「なぁ、なんか反応しろよ。本当にどうしたんだよ…」
「ふうかが、な……」
「……?」
やっと口を開いたからなのか、さっきまで質問攻めだったのに急に静かになった。
スマホ越しから、クラスの皆の声が聞こえないから、きっと廊下ぐらいにいるのだろう。
「……ふうかが、…ふうかが、死んだんだ。」
消え入るような声で、話した。
伝わったか分からなかったが、次の言葉で伝わったかどうかが分かった。
「っは? 陽、なんて言った、今。……ふうかが死んだ? 冗談言ってないで、本当のこと言えよ!」
「…本当だよ、ふうかは死んだ。トラックに轢かれそうになってた小さな女の子を庇って。…代わりに、自分が轢かれて……今、目の前で幸せそうな顔して横たわってる」
口にすることを躊躇っていたことが嘘のように、次々に言葉が出てくる。
それと同時に、さっきまで、なんとなくしか理解していなかった、いや、しようとしていなかった状況を言葉にして、それを発することで徐々に俺の中で現実味を帯びてきていた。
「ふうかな、死ぬ前に言ってたことが、あってな、私の分まで長生きして、ってさ。それから、それからさ、酒を沢山、飲めって。ほんと、ふうからしい、別れ方、だよな」
「陽……。お前、もしかしなくても泣いてるのか」
とうに言われて、頬を通って行った暖かいものを触ってみると、手が濡れた。
それで、やっと泣いていることに気が付いた。
何で今頃なんだよ。
ふうかが死んでしまったときは受け止めきれなかったからなのか、状況を把握していなかったからなのか涙は出てこなかったのに。
「…本当だ。俺、泣いてるらしい。この年齢になって泣くとか笑えるよな……」
「そんなことは、ないんじゃないか。だって、風花が死んでしまったんだろ。しかも、目の前で」
「うん。」
「だったら、泣いてもそれは誰も咎めしないよ。それよりも、よく今まで泣かないでいられたな。頑張ったな」
「うん。」
今は、ただとうの優しい声音と言葉が心に染みてきて、泣くことしかできなかった。
「最後まで、風花の傍にいてくれて、風花の言葉を聞いて、伝えてくれてありがとうな」
「! うん。暫く、泣いててもいいか」
「あぁ。」
その言葉を境に、俺は糸が切れたように大きな声を出して、泣き出したのだった。
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※これは、『那雲 零』と『黒神 波切』の共同創作です。