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被験体13号

「俺の恐怖は現実になる」

「そうならない未来を選べばいい」

「選べないんだ」

 白い室内で、何度となく繰り広げられた問答を今日もつづける。目の下にしわのはいった看守は、幾度の年月がたとうとそれでもなお、彼を見つめる実直な目の中のハリはうしなわれていない。

「お前は先の大戦で肉体を改造された、その事には同情をする、だが、君は自分の、自分に対する偏見にこだわりすぎている」

「いいや、俺は無能だといわれたんだ、唯一、フヘヘ、爆弾に関する知識だけを評価された」

「はあ、もう戦争はおわったんだ、囚人の身でカウンセリングをうけられることに感謝し、少しでも模範囚として勤める事だ、そうすれば“鉄壁の監獄”から脱出することができる」

「で?その先は?」

「その先は……元囚人たちのための少し自由な監獄島でくらすのさ」

 男はこぶしを握った。


 その夜、耳をつんざくような高い警報音がなりひびく。赤いランプが廊下のつきあたりに赤い影をおとしてまわっている。

「はははは!」

「おい!牢に戻れ!」

 男を一番にみつけたのは、あの看守である。彼との関係も長く最も親身になってくれた男。牢を破って、自分をつつんでいた拘束具を壊すのはわけがなかった。

「おお、おやじ、看守のおやじ」

「悪い事はいわない、脱獄はやめろ、これ以上罪を重ねても何もいいことは起こらない!」

「ふっ、罪を重ねなくても、いいことは起こりはしないんだよ、俺は30年前の戦争中の罪で裁かれ、あのクソマッドサイエンティストはまだ逃亡中だ、どうして俺だけが、俺たちだけが不自由なんだ、そこに理由はあるのか」

「ない、だが探せばいい、俺たちだって同じだろう、俺たち看守もこの島から、そうそう出られはしない。俺たちの仕事にだって理由はないんだ、だか……ラッ」

 次の瞬間、看守の首は吹き飛んでいた。

「黙れ!!俺はその理由を探すのさ!!」


 名前のない逃亡犯。そう呼ばれた男は、実際に戦争で名前を失った者たちだった。戦争中にできた正規の法と手続きを踏んでいたが、それは“人間バイオ兵器”としてうまれた“フェイブリアン”は、一つの自分の強烈な意思をもって、破壊的な能力を使う、人間と他生物や兵器を人間生物兵器だった。


 軽々と看守を飛び越え、やがてその要領で塀もこえていった。


「ああ……渇き、喉の渇き」

「あらあら」

 男は都市近郊のある邸宅に強盗にはいった。そこそこな広さと、まるで城のような趣のある建築だった。夜中だったので冷蔵庫をあさり、勝手に飲み物を飲んでいるところ老婦人に見つかった。

「あ?なんだ?」

「ふふ、奇妙な野良猫だこと」

 一人暮らしで認知症がはいっているのか、それでもそうとは思えないほどに親切に接してくれた。理由はわからないが、きっとその眼の中には畏れがあるのだろう。ここへくるまでも、幾人もの人を犠牲にささげてきた。それでも、なぜかその人と一緒にいると心がおちついた。何より目を引いたのは家のあちこちにある戦争に関する風景画だった。ばあさんの世話をして、そうしている間は普通の人間のようにすごせた。

「今日もお仕事つかれたでしょう」

「あ、ああばあさん、ありがとう」

 ほとんど家族のような暮らし、どこかで居心地の良さを感じていた、そんな時だった。

「ねえ、あなた、名前はなんていうの?」

「名前……」

「思い出したらでいいわ」

 そのやり取りは何度かつづいた。

「名前、私がつけてあげようか?」

「いいのか?」

「ええ、人は名付けられることによって、どうあるべきかを初めて思い出すの、そう、私の名付けた名前を、人生の困難にあったときに必ず思い出してね」

「ああ、わかったよばあさん」

「ジェイムスよ、戦争にいって、戻ってこなかった息子」


 いつまでも平穏な暮らしが続くと思っていた。しかしその平穏が崩れ去ったのは、ある夜中だった。ベットで寝ていると突然、体の上に重みを感じて、それをはらいのけようとめをあけると

「ジェイムスは私の息子じゃない!私の息子の命を奪った男よ!」

 老婆は包丁を握って、両手で自分の胸部をねらって刃物を振り上げた。

「キェエエ!!」

 おもわず、はものを打ち払った。そのとき、老婆は左手をあらぬ方向にまげたのか、痛みに震えていた。しくしくとなく老婆。ジェイムスはすぐに救急に電話をするようにいって、家をでようとドアの側で彼女をふりかえると、彼女は悲し気なかおをしていった。

「ごめんなさい、ジェイムス」


 彼はおたけびをあげて夜の街をはしった。強盗を食らい、暴走する危険運転の交通違反車両を捕まえて、金をうばった。そうしているうちに朝がきて、あさのうちはフードをかぶり、マスクをして街をうろついた。

“またもや名前をうしなった、俺の名を知っているものはいない、名残惜しいのは博士につけられた名前“13号”人殺しの兵器の名”


「待て」

 夕暮れ時、路地裏でよびとめられた、ゆっくりと振り返る。マスクをした厚手のコートを着た男。

「ふん、お似合いだな、13号」

「お前は……誰だ?」

「名前のないもの同士だ!」

「!!」

 相手の男は、拳銃をぶっぱなした。そして、マスクにてをかける。中から見えたのは、焼けただれた皮膚とその顔。

「情けない男だ、自分だけが被害者だ思っているのか?あれだけ人を殺しておいて」

「何のことだ?」

「23年前の事だ!お前が起こした事件で、お前は捕まった、あの演劇上爆破事件だ!」

「ああ、その遺族か……ふん、まだ恨みを持っていた奴がいたとは」

「“まだ”だと?恨みの力は人間の強力な原動力だ、おかげで俺はこの力をてにいれた」

「??」

 男はコートを開く、するとびっしりといくつもの銃口が腹部と合体した不気味な胴体が姿を現した。

「お前……まさか」

「そうさ!俺も兵器になった!お前に復讐するためになあ!アハハハ!」

 男は腹部の拳銃をぶっ放した。少しの追尾性能を持った弾丸は、しつこくジェイムスをおいまわした。廃墟の間にかかる看板や物干しの突起、古びた照明配線を盾にしてにげきったが、袋小路に迷い込んだ。

「しまった!!」

「ここでおわりだ、死ね!」

 コートを広げると、全ての拳銃が火を噴いた。しかしその瞬間、にやりとジェイムスはわらった。火を噴くはずの拳銃は、目づまりをおこし、ところどころ内側に向かって火を噴いた。

「ぐあああ!ああ!!」

 ジェイムスは男のとり落した拳銃をひろった。

「お前は名前がない事をおそれないのか!?」

「おれはあの時死んだ刑事だ!」

「ちょっとまて、私の23年前の事件の爆発か?あの時確か……一人の警官が生き残り……それ以外は死んだ」

「そうだ、三日後に病院から失踪した、お前が、いや、俺があの時真っ先に逃げたことが、ずっと引っかかって、許せないでいる」

「俺に恨みはないはずだ!恨まないでくれ!俺の中の悪魔が悪いんだ」

「いいや、俺はしっかりとみたぞ、あの時お前が自分の意思で“兵器化”の薬を飲んだのを、お前は普段はしっかりとした頭をもっている、だが犯行を起こすときだけ、狂人になる精神を病んでいるように見せる薬を飲むのさ!死ね!」


 次の瞬間、吹き飛んだのはその警察官の頭だった。しかしその後方から、白黒の貴族のような仮面をつけた男が二人現れた。ヒーローのような、古びたマントを背負って。やがて一人の男が前に出た。後ろの男はひょうひょうとして、戦うつもりがないようだ。まるで女性のようなしなやかな動きだ。

「なんでこんな夜中に変態が?」

「ふん、君とは趣味が合いそうだな、変態同士、踊りあかそうじゃないか!」

 いいきらないうちから、男は天井に、壁に、まるで跳弾する砲弾のように飛び回る。俊敏な男に最初はとまどったが、ジェイムスはふと自分の手のひらに刻んだタトゥーをみた。長らくつかっていなかった力がよみがえる。そんな気がした。右手が豹変し右手がスパイク状に変異する、そしてとげが飛び散ると、さすがに“仮面の男”もひるんだ。それでもなお、男は一人で自分に立ち向かう。男の口がぱっくりとあいた。まるで深淵に飲み込まれるような巨大な口だった。

「あんぐり……」

 しかし、男はそこで行動をとめた。

「君が私たちに忠誠を使うのなら」

「はあ?素性もわからない組織に」

「ふん、それは君も同じだろう」

「俺には名前が……!」

「ふん、別にかまわないだろう、君がその罪悪感の伴う名前を愛しようとも」

 男は、口を器用に折り曲げ縮め、元の大きさにもどすと、失礼といいながらジェイムスに近づいていく。そしてどこからあらわれたか、先ほどの女のような華奢な男が自分を“痺れと脱力を感じるなわ”でしばりつけた。

「なぜこんな事をする!」

 相手の仮面から、涙がこぼれた。

「ジェイムス、あのおばあさんは昨夜息を引き取ったよ」

「俺は!ばあさんを殺していない」

「そうだとも、だからいったろう?我々は君の戦争の罪などを問うつもりはない、おばあさんを殺した罪さえ覚えていればいいのだ、私たちの仲間に加わり、巨悪と戦うのだ」

 ふと、ジェイムスの頭に自分を改造した、戦争の大犯罪者、行方知れずのアダムスの顔が浮かんだ。


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