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三十六日間の忘れ物  作者: 香澄翔
三.さよならは言わなかったけど

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迷子の告白

「ね。友希(ともき)くん、これあげる。可愛いでしょ」


 そう言って取り出したのは、犬のキャラクターがついたキーホルダーだった。

 いつもの海辺の公園で、ベンチに僕とひなたの二人で座って話していた。


「これね。わんこ&にゃんこってキャラなんだよ。知ってる?」


「いや、知らないけど」


 初めて聞いたキャラクターだ。ひなたの事だから、たぶんあまり知られてない、売れていないキャラクターなのだろう。


 ひなたは多少、いや、かなり他の子とは感性がずれている。その為か、いつも聞いた事のないようなものを、どこからか探し出してくるのだ。


「そっか。わんことにゃんこは仲良しなんだよ。可愛いの。だから私がにゃんこ。友希くんがわんこね」


 ひなたはにこやかに笑顔を浮かべながら、自分の鞄につけた猫のキーホルダーを見せびらかせていた。これではっきりと分かった。ひなたは僕にもキーホルダーを身につけろと強要している。


 そう。ひなたがこうして言い出した時は絶対だ。ふわふわとして優しそうに見えるけれど、案外ひなたは頑固だし押しが強い。そうと決めたら簡単には折れる事がない、と言うよりも、ひなたが折れたところを見た事がなかった。


「ね。決まり」


 決まり、と言われても僕は正直こういうキーホルダーの類をつけるようなタイプじゃない。どうしたら避けられるのか、フル回転で頭を回す。素直に嫌だと言っても、ひなたが引くはずはない。


 何で嫌なの、可愛いのに。試しにつけてみたら友希くんも気にいるよ。お揃いだし。とか言って、強引に迫るのが関の山だ。


「はいっ。友希(ともき)くん」


 すでに魔の手は押し迫っていた。とにかく何かひなたの興味を逸らさないと。


「犬と猫か。……なんだか犬のおまわりさんみたいだね」


 僕はとりあえず思った事をつぶやいてみた。少しでも興味をそらそうと思っただけで、特に深い意味はなかった。


 でもひなたは僕が言うなり、ずいぶんと目を開いて、それから嬉しそうにして僕の背中を強く叩いた。


「いてっ」


 思わず痛みを訴えるが、ひなたはまるで気にもしていない。

 それどころか何か良い事を思いついたかのように、二つのキーホルダーを見つめていた。


「友希くん、冴えてるっ。わんこは迷子のにゃんこを家に届けるの。でも、にゃんこは自分の家も名前もわからないんだよ。大変だね。わんこは」


 うんうんと一人で納得してうなづきながら、わんこ、いや犬のキーホルダーと視線を合わせていた。


 僕もいま興味のないキーホルダーを強制されそうで大変だよ、と思うが口にはしない。それはそれで余計に面倒なことになるだけだ。しかし大変つながりかと思うと、大変だねと言われたその犬のキーホルダーに、逆になんとなく親近感を抱いてしまう。


「そういえば、僕もひなの家は知らないよ」


 もういちど思いついた事を口にしてみる。さっきのと合わせれば、話をだいぶんそらせたかなと思う。


「そういえばそうだね。なら、うちにくる? 今日はお父さんもお母さんもいないけど」


「えっ!?」


 何事もないかのように告げるひなに、思わず声を張り上げていた。


 両親がいない家に招かれるって、それはまずいんじゃ。いや、ひなたの事だ。素直に言葉通りとっちゃいけない。でも兄弟がいる、とか、おばあさんがいるとか、そういう事に違いない。よしんばいないにしても、わざと僕をどきっとさせるように仕向けているのは間違いないはずだ。


「あ。変な事、想像したねっ。私に触りたいのかな。でも駄目だよ。友希くんは私の彼氏じゃないからね」


 やっぱり思った通りではあったものの、僕が何か言い返す前に断定されてしまっていた。最近は時間を与えると僕が反撃してくる事を学習してしまったのだろう。


「危ない危ない。やっぱりお母さんがいるときにしよっと」


「あのね、ひな」


 からかうような口調で告げるひなたに、僕は呆れた声をもらしながにもため息をこぼす。ひなたのこのからかうような話をするところは、出会った頃から少しも変わっていない。


 ひなたは僕の様子も気にせずに、すぐにまた話を続けていた。


「ん、なぁに? あ、彼氏だったらいないよ。いたら友希くんとこうして毎日会わないし」


 聞いてもいない事を勝手に話し始める。そりゃ興味はあったし、いないときいて内心ほっとしたけれど。


 ひなたはいつもこうだ。明るくて、マイペースで、でも笑顔がとても眩しくて、何をしても思わず許してしまう。元気という言葉がよく似合う女の子。


 僕はいつの間にか彼女に惹かれていた。いやもしかしたら出会ったその時からだったのかもしれない。ひなたと一緒にいる事が当たり前になっていて、ずっと一緒にいたいと心から思っていた。こんなにも誰か特定の人の事を好きになったのは始めての事だったと思う。


「じゃあ、そうだ。犬のおまわりさんは、こんど私の家まで送りに来てね。わんこキーホルダーは迷子のにゃんこを送り届けたその時にプレゼント」


 楽しそうに告げると、ひなたは満面の笑みを浮かべる。本当に良い事を思いついたとばかりに、はしゃいでいたと思う。


 だけど不意に少しだけ視線を落とした。


 顔をうつむかせて、それから何かを口の中でつぶやく。


 何を言ったのかは聞こえなかったけれど、すぐに顔をあげて向き直ると、それから少しだけ真面目な顔になって、僕の目をじっと見つめていた。


「ねぇ、友希(ともき)くん。いま私は迷子の子猫ちゃんだけれど、もしも犬のおまわりさんが私を家まで送り届けてくれたら」


「それは、つまり僕がひなの家に遊びにいったらってこと?」


「うん。そう。友希くんが、私の家に遊びにきたらね」


 ひなたは僕をまっすぐな目でみつめていたけれど、それからそっと立ち上がる。

 ベンチから少しだけ遠ざかると、それから振り返って少しだけ前屈みになって背中側で手を合わせる。


「その時、言いたい事があるんだ」


 ひなたの表情が少しだけ赤く染まっていたように思うのは、空が茜色に染まりつつあったからだろうか。

 それだけ言うと、再びひなたは振り返り背中を向ける。


「今じゃだめなの?」


「うん。だめなの。私は迷子だから。まだ迷子だからね。ちゃんと家に辿り着いたら、その時に言いたい」


 ひなたは背を向けたまま告げると、うんっと大きな声を漏らす。

 まるで暮れてゆく空に溶け込むようにすら、少しだけ感じていた。


「だって大事なことだから。六日の大会が終わった後にしたいの」


 ひなたの声はどこか寂しそうにも感じられたけれど、それは僕の気のせいかもしれない。ただ大会を前にひなたが緊張しているのは間違いないだろう。


 ひなたが何を言うつもりかなんて分からなかったけれど、ひなたの思うようにさせてあげたいと思う。

 ひなたが笑っていてくれたら、僕はそれ以上は求めない。それで十分だと、僕は思っていた。









「思い出したよ」


 取り戻した記憶に、僕は静かな声を漏らす。


 この家を訪れた時に、ひなたがくれるといったキーホルダー。それが見せてくれたキーホルダーだ。


 汚れてしまっていたのは、事故のせいだろうか。傷ついてすれてしまったキーホルダーだったけれど、ひなたは大切な残していたのだろう。


 ひなたをじっと見つめる。ひなたは何も言わずに僕の言葉を待っているようだった。


「僕がこの部屋にきたから、ひなは僕にわんこをくれるんだ」


 僕の言葉に、ひなたの顔が少しだけ明るく変わる。それからくすくすと笑って、少しだけいたずらな瞳を僕に向けていた。


「だから聞こえないから」


 言われてその瞬間、僕の顔が真っ赤に染まったと思う。そうだった。思い出した記憶にとらえられていて、ひなたの耳の事を失念していた。


 ひなたが笑ったのは、たぶん僕が一人で話している事をおかしく感じていたのだろう。


「でも、思い出したみたいだね。友希くんがうちに来たときに、言おうと思って言葉があるんだ。きいてくれる?」


 ひなたははにかんだ笑顔で、僕とまっすぐに目を合わせていた。

 僕がうなづくのをみてとると、ひなたはまた微笑みをもらして、それからもういちど歌い始めていた。


 犬のおまわりさんのワンフレーズをいつものように高らかに歌う。


 歌い終えると、ひなたの表情が少しだけ明るく変わる。やっぱり歌う事はひなたにとって大切な事なのだろう。

 ひなたは少しだけ照れたように笑うと、それからまた僕をまっすぐに見つめていた。


「ずっと迷子だったの。ずっと迷ってた。それなのに、私こんな風になっちゃって、余計に言おうかどうか悩んでた」


 ひなたは綿菓子のような笑みを浮かべて、それから少しだけ寂しそうに視線を落とす。

 それでもひなたの瞳は僕をとらえていて、むしろ逸らしそうになったのは僕の方だった。


 ひなたを慰めるために僕はここにいるはずなのに、僕は何も彼女にしてあげられない。それどころか逆に元気づけられている。


 僕は何も出来ない。いろんな事を忘れてしまっていて、ひなたを不安がらせているかもしれない。

 それでもひなたのそばにいたいと素直に思えた。ひなたに笑っていて欲しいと思う。


「でも。いまなら、言いたい」


 ひなたは胸の前でぎゅっとその両手を握りしめて、それから一度だけ強く目をつむる。

 それでも僕から目をそらさずに、はっきりとした言葉で僕へと告げる。


「私は、友希くんが、好き。好きなの。ずっと一緒にいてほしい」


 ひなたの言葉は、どこか柔らかく甘い香りがしたように思えた。

 その香りに誘われるように、僕はゆっくりとうなづいていた。


 いろんな事を忘れたままに。

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