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三十六日間の忘れ物  作者: 香澄翔
一.初めてみる再放送
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幼なじみの美優

友希(ともき)、今日は一緒にかえろ」


 背中から呼ばれた名前に僕は振り返る。


 もうずいぶんと見慣れた顔。幼稚園のころから一緒だから、彼女の顔を見続けてきてもう十年以上になる。


 僕にとっては見飽きた顔だけれど、たぶん誰に聞いても可愛いと答えるだろう。ぱっちりとした大きな目に、やや柔らかい雰囲気ではあるものの、整った優しげな顔。


 肩まであるセミロングの髪が、彼女のふんわり感を余計に増していた。これで性格を知らなければ、おっとりとしたお嬢様然に映ったかもしれない。


 口を開かなければ多くの人に好感を抱かれそうな雰囲気ではある。

 実際、僕が知っているだけでも、彼女が好きという奴も何人か知っていた。ただ内面を知った後でも、同じように思うのかどうかまではわからない。


美優(みゆう)。悪い、僕は今日日直だ」


 つぶやいて、それから立ち上がる。僕がいる教室の中はまだ数人が残っていたけれど、すでにかなりまばらになっていた。


 他に残っているのは掃除当番と、特に目的もなくだべっている奴らが数人。彼らも掃除当番から邪魔だから退いてくれ、と言われて、仕方なく腰を上げていた。もうすぐどこかに向かうだろう。


「なら、待ってるよ。友希は特に用事がある訳じゃないんだよね」


 美優は隣の席に腰掛けると、ほら、早く早くと僕を急かしていた。

 確かに言う通り予定がある訳じゃない。誰かと遊ぶ約束をしたという事もないし、部活動に精を出している訳でもない。僕はいわゆる帰宅部という奴だ。


 でもわざわざ待っていなくてもいいのに、と心の声を漏らすと、英語の長文が書かれたままのホワイトボードへと向かう。正直こういう時の美優にはあまりいい予感はしない。不穏なものを感じながらも、僕はそんな様子をおくびにも出さないようにふるまう。


「待ってるのはいいけど、手伝ってはくれないの。佐川の奴、今日に限って休みなんだよね。おかげで日直は僕一人だよ」


 僕の言葉にしかし美優はまるで待ってましたとばかりに手を打つ。


「ふぅん。じゃあ、キタミ亭のチョコパで手を打つよ」


 美優の言葉にああこれが目的だったかと得心をいったものの、同時にため息を漏らす。たぶん美優は最初から僕にチョコパフェをおごらせるつもりだったのだろう。


「……高い」


 いちおうは抵抗してみるも、美優はまるで気にせずにホワイトボードクリーナーを手にとる。いちおう手伝ってはくれるらしい。ただしこれによっておごらせられる事は確定のようだけれど。

 はかない抵抗の言葉を遮るようにして、美優はにこやかな視線を僕へと向けていた。


「じゃあ、抹茶パフェ」


「値段、一緒だって」


「じゃあ、いちごパフェ」


「どうあっても、僕にパフェを奢らせたいんだね」


「わかる? おこづかい日前でお金ないんだけど、どーしてもパフェが食べたいんだよね」


 美優はちょろっと舌を出す。


 こんな様子も知らない人なら可愛いと思ったのかもしれない。だけど僕は美優の内面をよく知っているから、可愛いと感じるよりも呆れる気持ちの方が強い。

 それでも僕は最後には彼女の言う事をきいてしまうのだから、やっぱり彼女の可憐さに負けているのかもしれない。


「それで珍しく待ってるなんていったんだ。さては最初から奢らせるつもりだったな」


「正解! だって友希、お金持ちだし」


「違う。美優と違って無駄遣いしないだけだ。だいたい僕の小遣いの殆どが、美優のパフェ代に消えているような気がするんだけど」


「ま、堅い事いわないでよ。ほら、日直手伝ってあげるから。それにこんな美少女に、友希なんかが奢らせてもらえるんだから、光栄でしょ。ありがたく思いなさい」


 美優はいたずらな笑顔を向けながら、僕の額を指先でつつく。それからすぐにホワイトボードを消し始めた。


 言っている内容はろくでもないのだけれど、彼女の笑顔に騙されてしまう男は多いのだろう。たぶん彼女のためになら何でもしてあげようと思う男も多いんじゃないだろうか。


 僕はそこまでは思わない。だけどいつも結局は美優のペースに巻き込まれて、彼女の言う通りにしてしまうのだから、結局は変わらないのかもしれない。僕はふたたびため息をついた。


 美優とももう長いつきあいで、彼女の性格も知り尽くしている。見た目と違って強気で自分勝手で、でも性根は優しいところもあって、彼女といると楽しい。たまにこうやって理由をつけておごらされるのだけれど、それが案外嫌でも無くって、なぜか悪くも思えない。


 幼い頃からずっと一緒にいて。軽口をたたき合って。たまにおごって、それよりももっとたまにはおごってくれたりして。なぜかつかずはなれず一緒にいる。たぶんこんな二人の関係はいつまでも変わらないのだろう。


 それでもおごらされてばかりでもたまらないので、少し彼女に水を向ける。


「美優さ、金持ちの彼氏でも作ったら?」


「えー、もしいても彼氏にはこんな事頼めないよ。友希だからいいんじゃない。だいたい、それにこの私に釣り合うほどの男がなかなかいないんだよね」


「この間、サッカー部の部長に告白されていたじゃないか。彼はけっこう美形だったと思うけど」


「だめだめ。だってあんな人、顔が良くたって、ぜんぜん知らないし。中身を知らない人とはつきあえないよ」


 美優は全く僕の言う事なんて聴くつもりはないらしく、彼氏を作るつもりはないらしい。見事に撃沈という訳だ。


 実際美優に言い寄る相手は少なくはない。僕が知っているだけでもたぶん両手では収まらないくらいは好意を寄せらた事があったと思う。でも知る限り一度も彼氏を作った事はない。美優は彼氏といった存在は求めていないのかもしれない。


「じゃ、ここは私がやっとくから友希はゴミ捨ていってきて。五分以内に戻ってこなきゃ殴るからね。はい、いってらっしゃい」


 てきぱきと片付けをしながらも、僕に向けてゴミ箱を指さす。すでに掃除当番の掃除は終わっているようで、ゴミ箱の中にごみがたまっているようだった。最後のゴミ捨てと戸締まりは日直の仕事だ。


 もっともゴミ捨てといっても、廊下に設置されているダストシュートに投げ込むだけだから大した作業でもない。


「何で仕切ってるの。美優はただの手伝いだよね。っていうか、何で僕殴られるわけ?」


「いいから、はやく。私は一刻でも早くチョコパが食べたいの」


「奢るのは決定事項なんだね」


 何とかごまかせないかとは思ったけれど、当然ながら忘れてはいないようだった。

 渋々とゴミ箱を持ち上げて、廊下へと向かう。その間に美優は戸締まりを進めているようだった。


 変わらない日常。変わらない日々。

 失った記憶の間でもきっとこんな毎日が過ぎていたのだろう。


 そしてこんな日がこれからもずっと続いていく。この時の僕は信じていた。

 信じていたかった。

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