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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第一章
9/200

2200.12.07 ②



 《23:00 2人乗り飛行タクシー車内》



「お客さん、お連れさんまだですか?」

「んー、まぁもうちょっと掛かりますよ」


ガスの影響範囲外でタクシーを止めてもらい、楓と里緒の帰りを待つ。


今のうちにと思い隊長に電話をかけるが、なかなか出てくれない。


私が嫌で無視してるんだろう。仕方ないから隊長室にある電話、隊長のプライベート用の電話、隊長が浮気相手との連絡用に新しく作った電話、という風に色々な端末に繰り返しかけ続けてやると、とうとう諦めたのか出てくれた。


「Aランクの相模遊が里緒の確保に成功したって伝えといてもらえます?民間人への被害も出てません。殺害許可は取り下げるのが妥当かと」


真っ先に用件だけ伝えると、隊長は『……そうか…』と疲れたような声を出す。まだ確保できたかどうかは分からないが、遊が確保できなかったら私が無理矢理にでも連れて帰るからいつ連絡したって同じことだ。


「あのガス、貸してくれてありがとうございました」

『……二度と止めてほしいね、あんなことは。何が“渡さなかったら能力切る”だ。君の能力を急に切ったら日本がどうなると思っている』

「隊長が私の頼み事聞いてくれて助かりましたよ」

『ああいうのは脅しというんだ』

「やだなぁ、私が万一どうにかなった時のための緊急時の対策してない方がおかしいんですよ。この国は能力者に頼り過ぎです。私だって常に完璧に能力を使い続けるのは無理っすよ」


と。そこで窓の外に遊達が来ているのを見て、急いで通話を終了した。


案外早かったな、もうちっとかかると思ってたんだけど。


眠っている様子の里緒を抱えてやってきた遊は、タクシーに乗り込んでくる。さっきは画像だったが、実際に見ると本当に可愛い。眠り姫みたいだ。


「ていうか狭っ!」


一気に二人乗り込んできたもんだから、私は押し潰されているような状態になった。


「何で3人乗り取ってへんねん」


遊は自分の上着を脱いで寝ている里緒にかけながら、私に文句を言ってくる。


金ないっつったじゃん!? 後払いするにしても遊に奢ってもらうことになるわけだし、勝手にタクシー変えたら遊の負担が増える。知り合いに金銭面での貸しはあまり作りたくない。


飛行タクシーが走り出し、夜の空を飛ぶ。里緒の寝顔を月明かりが照らした。


「……お前の前で寝るってことは、それなりに気ぃ許してもらえたんじゃねーの?」

「それはどうやろ。能力の使いすぎで疲れて寝ただけやと思うけどなぁ」

「うーん、それじゃこれから仲良くなってくしかないな。直接じゃなくて電話で話すとかから始めてみたらどうだ?それから徐々に距離を…」


そこまで言った時、遊がずいっとこちらに顔を近付けてきた。


え、何。


「信用できへんとか言って悪かったな。……助かったわ」


意外にもちゃんと謝れる人間らしい遊は、言うだけ言ってそっぽを向いてしまう。


「…ふっ…ふふふふ…」

「何笑てんねん気色悪いな。里緒が起きるやろ」

「いや、だってさー。遊が可愛いから」

「はぁ?お前ほんま意味分からん」


以前より遊の口が悪くなっている気がするが、前向きに考えれば、それは遊が私に本音で話してくれていることを意味していた。


初めて会った頃のような作った笑顔は浮かべていないし、悪く言えば無愛想な感じだが、これが遊の素顔な気がした。


にやにやを抑えきれない私を見て、遊はちっと舌打ちし、とんでもないことを言ってくる。


「お前のことは無理に詮索せんといたろうと思ってたけど、やっぱやめたわ。徹底的に探ったる」


えええええ?ちょ、何でそうなるんだよ。


「覚悟しとけよ、チビ隊員」


遊はとても楽しそうに悪戯っ子みたいな笑顔を私に向け、私が必死にやめろと頼んでいるにも関わらず、結局寮に着くまで聞き入れてはくれなかった。




 《23:40 Aランク寮》


夜遅い時刻ではあったが、Aランク寮にはまだ明かりが付いていた。里緒を抱えて入ってきた遊と私を見て、居間にいた薫と楓は目を丸くする。殺害許可まで出ていたはずの里緒が戻ってきたのだから当然だ。


「悪い、楓、こいつ部屋まで運ぶから、起きるまで部屋におったってくれへんか。疲れきっとるんか全然起きへん。多分明日の朝までは爆睡やろな」

「……いいけど、どういうこと?どうやって里緒持って帰ってきたわけ?」

「色々あったんや。とにかく来てくれ」


里緒の部屋まで里緒を運んでいく遊に、楓は付いていく。


居間に残された私と薫。


そういえば薫に渡す予定だったエロ本どっかに置いてきちゃったな。わざわざ来る意味無かったわ。帰ろう。話すこともないので黙って踵を返すと、襟首を掴まれて動きを止められた。


「お前が里緒を連れ戻したのか?」

「…えっ!?いやいや、ちげーよ。連れ戻したのは遊だ。オレはたまたまそこで遊と会って手伝わされただけだし」

「……ふーん。あいつが、なぁ」


合点が行かない様子で考え込む薫の思考を遮るように、私は無理矢理話題を薫と楓の方に向けることにした。


「つーか、邪魔して悪かったな。折角二人っきりだったのに」

「…別に、酒飲んでただけだし。お前も飲むか?」


そう言われてみれば、テーブルの上には酒の缶が並んでいる。


「いや、オレはいいよ。酒弱いし」


下手に酔ったら男のふりしてることも忘れて何するかわかんないし。男のいる場で酒を飲んで相手を襲わなかったことがないので、この場で飲んだらきっとろくなことにはならない。


と。次の瞬間体が後ろにぶっ飛んだ。薫に放り投げられたのだ。


え、ええええ、な、何。マジで何。


咄嗟に受け身で衝撃を和らげたが、ゆっくりとこちらに近付いてくる薫はあの悪魔のような笑顔を浮かべていて。


「誘ってやってんだから飲めよ。な?」


その顔が少し赤いことに気付いて言葉に詰まる。え、もしかしてこういう酔い方?酔ったら他人に飲むことを強要するタイプ?


「お、オレマジで弱いんだって!」

「あー?一滴も飲まねぇで何言ってんだよ」


這ってでも逃げ出そうとする私の足を薫がガシッと掴んだ。ひえっ。


地獄に引きずり落とされそうになっているような感覚に襲われ、必死に抵抗するが薫は離してくれない。


こうなったら殴ってでも逃げ……っておい。


「ちょ、ちょちょちょちょ薫サン?何で服脱いでるんすか?」

「……暑い」


片手で上の服を脱ぎ出した薫は、私の足を掴む手を入れ換えつつも器用に上半身裸になり、あろう事か下半身まで出そうとする。


「待てって!薫の裸体より楓の裸体が見てえよ!」

「あん?失礼な奴だな。まー見ろよ、きれーに剥けてっから」

「何の話だよ!」

「何ってちん…」

「だから何の話だよォ!!!」


男のそれとは一線を越える時に見られるからこそその瞬間特有のドキドキがあるのであって、強制的に見せられたって何のときめきも生まれない。


だから何とか薫が下半身まで出す前に逃げようとしていたら、遊が里緒の部屋から戻ってきた。


「何か大きな音したと思ったら、酔うてんのか、薫」


かと思えば、悠長に欠伸をしてソファベッドに寝転がる。


まぁ時間も時間だしね。そりゃ眠いよね。って違う。


「助けろよ!」

「あー無理無理、俺平和主義者やもん。争い事には巻き込まれたくないねん」


じゃあ何で軍人になったんですか?


酔った薫には慣れているのか、またかという風にしているだけで本当に助けてくれる様子がないので、私は仕方なくもう片方の足で力一杯薫を蹴り飛ばし、手の力が緩んだ隙に距離を置く。


まだだ。これで全速力で玄関に逃げても向かう途中で捕まる。ある程度ダメージを与えてから走ろう。


そう思って薫に殴りかかったが、薫はひらりと避ける。


「んだよ、やんのか?」


そして楽しそうに―――凄まじい速さで私の腹を一発殴った。


あ、これ……何回も喧嘩したことある奴の動きだわ。


「おいおい、加減したれよ。ここで倒れられても困るわ」


さすがに見兼ねたらしい遊が薫に注意するが、薫は聞く耳を持たないご様子。私も何だか闘争本能を煽られゆらりと立ち上がり、本気で薫を殴る。今度は入った。


遊が驚いた顔をしているのが視界の片隅に映ったが、今はそれどころじゃない。


薫の次の攻撃を避け、横腹に蹴りを入れようとする。しかしその足を掴まれまた投げ飛ばされる。


何とか倒れないよう踏ん張り、また次の攻撃へと移る。


―――楽しい。こんなに本気でやり合うのは初めてだ。


薫もそうなのだろう、口元に笑みを浮かべている。



気付けば私たちは時間が過ぎるのを忘れ、いつまでも喧嘩をしていた。






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