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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第一章
8/200

2200.12.07



 《21:45 Aランク寮前》遊side



図書館に寄っていた俺の帰りを待っていたらしい薫は、寮の入り口の前で俺に衝撃の事実を伝えてきた。


「里緒がいなくなった」

「……はぁ?」

「それも、暴走状態のままだ。上層部は全力で里緒を探してる。5分前殺害許可が出た」


里緒の能力を使えば、町1つ吹っ飛ばすことも難しくない。多くの一般人に被害が及べば揉み消せないだろう。日本帝国軍の越度で大きな事故が起こったとしたら、軍隊への反発をより一層招きかねない。


「……軍部の都合で殺すんか」

「そういうことになるな」


里緒の記憶を読んだことがあるから、あいつがどれだけ悔しい思いをしたかは知っている。隊内で起こったあの事件は揉み消され、あいつにあんなことをした連中への処分は超能力部隊からの追放のみ。


「組織ってのは、そんなもんだ」


薫は冷たく言い、寮の中へ入っていった。


あいつは時に冷たい。冷たい、というか、諦めるべきところで諦めるようにしているんだろう。賢い性格だ。


俺は寮で休む気にはなれず、来た道を戻ることにした。暫く夜風に当たれば気持ちの整理がつくだろう。


仕方のないことだ。薫の言う通り組織というのはそんなもの。あんな不安定なAランク能力者を生かしておく方が危険だ。………そうだろ?


「里緒って誰だ?」

「……っ」


角を曲がったところで、予想だにしない相手が何冊かの本を抱えて立っていて驚いた。


それは、最近よく会うようになったEランクのチビだった。


「…盗み聞きか」

「いやー、そんなつもり無かったんだけど、薫に返すもん返しに来たら聞こえちゃってさ」


チビの腕の中にはよく見るとエロ本であろう本があった。


何を貸し借りしてんだよお前らは。思春期か。


「ロボットに返しに来させれば良かったやん」

「いや、貸したい本もあったからさ。ついでにオススメポイントも直接説明しておこうかと…」


エロ本のか。


阿保らしすぎて何だか力が抜けてきた。はあ~~と大きな溜め息を吐く俺に近付き、覗き込むように見上げてくるチビ。


近くに来るとますますチビだな。


「殺害とか何とか、物騒な単語聞こえたぞ。何が起きてんのか知らねぇけど、オレが何とかしてやろうか」


……………はあ?


「お前に何ができるねん」

「できるよ。事情さえ話してくれたらな」


簡単に言い切るチビに無性に苛立った。どうせ興味本位でこっちのことを知ろうとしてきているだけ。おもしろ半分でAランクの事情を聞こうとしているだけ。


―――Eランクのお前に何ができる?


「俺はいつも、他人を信用する前に相手の心を徹底的に読むで?そいつがどんな人間か、どんなことを考えながら行動しとるんかも」


人間なんてそう簡単に信用するものじゃない。それだけはあの頃から痛いほど分かっている。


「何も読めんような、得体の知れん相手を信用するつもりないわ」


心の底から言い切ってやると、チビは数秒ぽかんとして、その後眉を寄せて吐き出すように言った。


「黙れよ、ビビり」

「は?」

「怖いんだろ?人間に怯えてんだろ?相手が何であるか知っておかないと気が済まないんだろ?他の奴らが当たり前にできてることを、お前はできないんだろ」


チビは酷く冷たい目で俺を見上げてくる。月明かりがそれを照らし、何とも言えない不気味さを醸している。これまで一度も見せなかった本当の顔を見ている気がしてぞっとした。


「オレだって読心能力持ってるけど、人間関係を構築するうえでこの能力を使ったことはない」

「……だから何やねん。お前と俺を一緒にすんな」


チビは俺の返答にチッと舌打ちしたかと思えば、俺の胸倉を掴んで凄い力で壁に押し付けてくる。さすがEランク隊員、力業は得意なようだ。


「自分から言うか、オレに吐かされるか。お前には二択しかない」


睨みつけてくるチビを無言で見下ろすと、チビはついに怒鳴ってきた。


「助けたいのか助けたくないのかどっちだ!!」


人間には嘘を吐く、演技をするという能力が生まれつき備わっている。だからこのチビの必死な表情も演技かもしれない。


だけど、予感がしたのだ。


直感なんて当てにならない。


でもその予感は単なる直感とは少し違う気がした。



―――こいつなら何とかしてくれる。



何故こんなことを感じるのか分からない。


でも、気付けば俺は。


「………助けたい」


掠れた声でそう言っていた。





 《21:55 喫茶店》遊side



24時間営業の喫茶店。いつの間にか俺と自分の外出許可を取り付けたチビが連れてきた場所。これからホテルに行くであろうカップルの多い店で、俺は何故か男を前にして里緒の説明をしている。


「Aランクにはもう1人、里緒って奴がおってな。念動力者やねんけど」

「ほうほう」

「そいつは、男が苦手なんよ」

「は?自分も男なのに?」


薫の顔も知らないくらいだからもしかしてとは思っていたが、やはりあの事件のことも知らないようだ。多分こいつはそう昔からいる隊員じゃない。


俺は里緒の写真をミニスクリーンに映した。


「可愛い顔しとるやろ?」

「おお…まぁ確かに男にしては可愛い系の顔だよな。それで?」

「いや、だから、そういうこっちゃ」

「は?」


意味が分からないといった様子のチビ。それくらい察しろ。


「Cランクにいた時集団でやられかけたんよ。その時Aランクレベルの念動力が発動して、Aランクに来ることになった。でも、そのトラウマが原因で暴走することが頻繁にあんねん」


俺の言葉を聞いてチビは黙り込んだ。さすがに想像していなかったんだろう。


交通事故や地震………何らかの危機が原因で高レベルの能力に目覚める人間は多い。里緒もその一人だった。


しかし心の傷が癒えていない状態でAランクに送られた里緒は、俺達を見て毎日暴走した。女である楓がいる時はいくらか大人しかったが、俺達と同じ寮にいることはやはり苦痛なようだった。


それを報告しようとした俺を止めたのは薫の言葉だった。


“こいつがこんな状態であることを上に報告したら、こいつ、どうなるか分かんねぇぞ”。使えなくなった能力者の軍人がどうなるか……それは容易に想像できた。


いつ安定するかも分からないAランクの念動力者を上が野放しにするとは思えない。記憶を消したうえで放り出されるか、殺処分されるか。記憶を消す技術もまだそこまで確かな物ではない。軍隊で起こった出来事だけを忘れさせることは難しい。下手すれば食事の仕方、数の数え方すら忘れるかもしれない。脳の機能に影響を与えるかもしれない。里緒にとってあまり良いとは言えない状況になることは確かだ。


だから俺達は里緒の様子を報告せずに、里緒が俺達に慣れるのを待っていた。


「まずは、上の連中より先にその里緒って奴の居場所を突き止める必要があるな。ちょっと待っといてくれ」


席から立ち上がったチビは、店の外へ出て行く。


本当に良かったんだろうか、あんな得体の知れない奴に里緒のことを話して。


一抹の不安に駆られながらも、運ばれてきた珈琲に口をつける。


………予感なんてものに頼ったのは、能力が目覚めて以来無かったことだった。


5分もしないうちに戻ってきたチビは、テーブルに置かれていた珈琲を一気に飲み干した後、


「お前、今金持ってるか?」


よく分からない質問をしてくる。


金はいくらか端末に入っているので素直に頷けば、チビは俺を引っ張って立たせ、早足で店の出口へ向かう。


「じゃあ、飛行タクシー乗るぞ。里緒の居場所を特定した」


チビは出口で端末を翳して珈琲の代金を俺の分まで払い店を出ると、飛行タクシー停車場のボタンを押し、夜の空を見上げる。


「…どういうことやねん。全っ然分からんのやけど」

「あれだよ」


ものの数秒で飛んできた飛行タクシーに乗り込み、空に浮かぶいくつかの監視カメラを指差すチビ。


「超能力が暴走してどっか行ったのに住民に被害が出たって情報はまだ入ってない。里緒は空を飛んでどっかに行ったんだ。それも比較的高いところをな。…となると、上空からの様子を常に撮影してるカメラの映像から探すのが早い。謎の飛行物体があればそれが里緒だ」

「言いたいことは分かるけどな、お前がそんだけ簡単に場所を特定できたってことは、上の連中にもできるってことやぞ」

「いや、それはねぇよ。あの監視カメラ管理してる会社の本部のネットワークに侵入して乗っ取ったから、今日本全国の浮遊監視カメラは全部オレの管理下にある。軍部から要請が来ても会社側は対応できない」


……それを、この短時間で……?


「まぁ、これ犯罪だけどな」


何でもない顔で付け足すチビは、悪いことをしているとは全く思っていない様子だ。


「ついでに隊長に頼んでまだ開発中の超能力抑制ガスも貰ってきた」


そう言いながら、試験官のように細長い容器を俺に渡してきたチビ。超能力抑制ガス……聞いたことはあるが、こんな物を下級隊員に渡すのも受け取るのも当然犯罪だ。隊長がそう簡単にこのチビに渡すとは思えない。…どうやったんだ?


「お前を里緒の場所まで連れていくのがオレの仕事。あとは、お前の仕事。これがあれば一時的に里緒の能力をある程度封印できる。開けた本人も吸うわけだから、能力が抑制されるのは里緒だけじゃないけどな。……でも、それでいいだろ?」


窓の外の夜景を見下ろしながら、頬杖をついてチビは言う。


「人類は進化しすぎたんだ。本来超能力なんか無くたって―――人と人は触れ合える」


俺の今までの生き方を否定するようなその言葉がずしりと体にのしかかかる。読心能力をコントロールできるようになってから、他人と関わる時必ず能力を使うようになっていた。


相手が信用できる人間か。それは能力を使えば分かることだった。


……だけど、俺の能力はこいつに効かない。だから尋ねるしかない。


「お前……何者なん?」


チビは俺の質問に対し何も答えず、ただ困ったように微笑む。きっと聞いてはいけないことなのだ。聞かれたくないなら今聞くほど鬼でもない。


ただ、それ以外にもう一つ、聞きたいことがあった。


「お前、何でここまですんねん。犯罪に手ぇ染めてまで助けようと思えるほど、俺とも里緒とも関わり無かったやろ」


一体どこまでお人よしなのか。俺ならできたとしてもそこまでしない。するとしても見返りを要求する。このチビは、この世界にごく稀にいる人助けの好きな善人の一人なのだろうか。


「綺麗事抜きにして言うなら、貴重な戦力だからだよ」


しかし、チビの答えは俺の予想していたものとは違うものだった。


「上層部の無能力者は能力者の使い道も、価値も、全然理解してない。でなきゃAランクをそう簡単に殺そうなんて思わない。この国の軍事力は能力者に依存してる。超能力部隊に所属するAランクは3人、Sランクは2人。この5人だけでも世界の軍隊と並ぶ力がある。昔の戦争みたいに一般人の能力者を駆り出すわけにもいかねーから、1人欠けるだけでもかなりの打撃だ」


上層部の無能力者への不満。それは俺がいつも抱いていたものと同じだった。


「っははは!!」

「!?」


思わず大きく笑う俺に、びくっとして驚いた表情を浮かべるチビ。


しかし、俺は面白くて仕方ない。


「うん、せや、せやな。ほんまその通りやわ」


ひーっと引き笑いして肩を揺らす俺を、チビは何だこいつ……という目で見てくる。


―――まさかEランクのチビ隊員と意見が合うとはなぁ。


俺は可笑しさと妙な感動で思わずチビの髪をくしゃっと撫でた。ついでに触ってやった耳たぶは、予想通り柔らかかった。



 ◆


やってきたのは石狩山地。まさか乗り物も使わずにこんなところまで来ているとは思わなかったが、里緒の能力なら有り得ない話でもない。


俺は急いで飛行タクシーを出たが、チビは出ようとしなかった。


「オレこの辺で待ってるから、さっさと里緒連れて戻ってこいよ。あとオレはさっきの珈琲分で端末に入れてた金使い果たしたから、タクシー代はお前が奢ってくれると有り難い」

「ええけど、…お前来うへんのか?ここまで来て」

「ただでさえ男が苦手なのに2人も行ったらビビらせるかもしんないだろ。早く行け。時間無くなるぞ」


チビに急かされ、俺は端末の示す里緒がいるという場所へ向かった。


12月の北海道はさすがに寒い。冷たい風のせいで耳が痛くなってきた。もっと厚着をしてくればよかった。


歩いていくうちに、何かを破壊する大きな音が聞こえてきた。目を凝らすと、向こうで木々が倒れていくのが見える。きっと、里緒だ。


俺はチビに渡された容器の蓋を開け、暫く様子を見た。徐々に音が小さくなっていくのが分かる。すごいな、ほんまに効いとる。


能力がある程度弱まった頃、俺はゆっくり里緒のいる方向へ近付いた。所詮抑制剤だ。Aランクレベルの能力を完璧に抑えられるとは思わない。いつもと比べて弱い力でも、攻撃される可能性は十分ある。


それを覚悟して里緒の前に現れた俺は、そこにいた里緒を見て声を振り立てた。


「…ッ里緒!!」


能力が切れて力が抜けたのか、里緒は倒れていた。しかも、こんな寒い中これから寝るみたいな格好をしている。


駆け寄って抱え上げようとすると、その手を弾かれた。


「触、んな……」


息も絶え絶えにそんなことを言われ、俺は思わず怒鳴る。


「そんなこと言うとる場合か!めっちゃ体冷えとるやないか!」


俺の怒鳴り声にびくりと体を震わせた里緒だったが、構わずその腕を引っ張り上げ、その俺よりはいくらか小さい体を背負った。


「っ、やめろ、離せ…!」

「ぴーちくぱーちくうっさいやっちゃなあ!!こんなとこまで飛んでこれる力があって、今更何に脅えとんねん!今のお前やったらどんな男もぶっ倒せるやろが!」

「……ッ、何も知らないくせに…!」


悪いが俺は寝ている人間相手ならその記憶を読めるし、里緒の記憶も読んだことがある。


何も知らないわけではない。とはいえ寝ている間にこっそり近付いたことを知らせたらこいつはパニックに陥るだろうから、あえて何も言わずチビのいる飛行タクシーまで走る。


「……離せよ……」

「俺は弱っとる男襲う趣味ないで。男を一括りにしたらあかん」

「………」

「お前を襲った奴らはクズやったけど、俺や薫はそこまでクズとちゃうわ」

「………」

「同じAランク隊員になったんやから、ちょっとは仲良くしようとしてくれや。なぁ?」

「………」

「…おい、聞いとるんか」


返事が無くなり、まさか死んだんじゃ――と焦って顔だけを後ろに向けると、そこにはどうやら眠った様子の里緒がいた。






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