2200.01.22 ⑧
《23:15 Aランク寮》楓side
Aランクの皆とは、大体それぞれと性交渉をする曜日が決まっている。
今日はもう遅いが、一応遊とする予定の曜日ではあるので部屋へ向かう。
……まぁ、あの調子じゃ今後どうなるか分かんないけど、なんて思いながら部屋に入ると、普段あまり飲まない遊がベランダでちびちびお酒を飲んでいた。
「珍しいわね」
あたしもベランダに出て遊と一緒に夜空を見上げた。
寒さが身に染みる。
「酔うたら気分変わるかなと思ったんやけど」
「変わらないわけね?まぁ、そりゃそうでしょ。遊みたいなタイプの場合」
「……俺、何かおかしいわ。なんやあいつのこと考えるとしんどいねん。悩んでる時食事も喉を通らんとかよう言うけど、今は精液も尿道を通らん」
「ぶっ」
謎の表現に思わず吹き出してしまった。
遊って真顔でこんなこと言う人だったっけ?
「あんたあたしのこと好きじゃなかったんだ?」
「俺はお前の、思ったこと何でもズバズバ言うカッコいいとこ気に入っとった。今もカッコいいと思っとるよ。……でも、何でやろなぁ。あいつはカッコよすぎるんよな」
少し酔っているのか、今日の遊はよく喋る。
「ふ~ん。恋しちゃったわけねぇ」
まっさか遊が哀に惚れるとは、哀と出会った頃は考えもしなかったなぁ。
「恋、て」
「何よ、恋でしょ?」
「そんなお綺麗な感情やろか、これ。どちらかと言えば肉欲に近い気ぃする」
「何?そんなにセックスしたいの?」
「……したい」
「オス丸出しねー、逃げられるわよ?」
「逃げれらんように囲い込みたい」
あー、ダメだわ。
これかなり惚れ込んじゃった奴の目だわ。
今後は遊とヤることもなくなるかもしんないわね。薫や里緒がいるから欲求不満にはならないだろうけど、相手が一人減ることになる。
不意に外を見ていた遊がこちらに目を向けた。
「つーか、俺の気持ち気付いとったんやな」
「まぁ、そういうのには敏感だからね」
「じゃあ薫の気持ちにも気付いとるわけか」
「そりゃそうよ、態度見りゃ分かるわ」
「ぶっちゃけ薫のことどう思てんの」
「分かってるくせに聞かないで」
薫は昔から知る友達……とはちょっと違うかもしれないけど、少なくとも恋愛対象として見たことはない。
「……やっぱ、お前が好きなんは佳祐のままやねんな」
「ええ。多分一生ね」
「薫の気持ちには気付かんふりする気ぃか」
「酷いって言いたいの?」
「別に。応えられへんのやったらそうするんが最善やと思うしな」
気にはなっているようだが必要以上に口出しする気もない様子の遊は、また外に目を向けた。
と。
「……あいつ、どこ行っとるんや?」
遊が訝しげに眉を寄せたので、あたしもベランダから下を見下ろす。
薫が寮を出てどこかへ行く様子だった。
「急にどっか行きたくなったんじゃないの?」
「さっき神戸行ったばっかやのにまた出掛けるんか」
「確かめたいことがあるとか」
「……嫌な予感しかせん」
「そりゃ薫だってもう違和感抱き始めてるでしょ。哀に関して」
今日の哀を見てて、あたしでも色々気になったくらいだ。
解除コードを知らないはずの哀がどうして二手に別れて平気だったのか。
そして何より、今も騒がれ続けている謎のサイバー攻撃は誰がしたのか。
「哀って、何者なのかしらね」
「そういうこと、考えんといたれ」
「…どうして?」
「あいつはEランク隊員の千端哀や。見たまんまな。俺らは、そう思っとかなあかん」
「……何か知っちゃったのね」
哀のことをあたしより知っているらしい遊は、こくりと頷くだけで、それ以上何も言わなかった。
《23:30 Sランク寮前》
神戸の店で破れた服を買い替えた私は、ちゃんと止血した後着替えて飛行タクシーに乗った。
痛みを我慢しながら真っ直ぐSランク寮へ向かうと、寮の玄関の前に一也が立っていた。
「……何で外出てるの?」
「待ってたんですよ。二人で神戸へ行ったのに一緒に帰ってこないのはおかしいでしょう。怪しまれますよ」
なんだかんだ、私のしたことがバレないようにわざわざ待っててくれたのか。
「ありがとう」とお礼を言って寮へ入る。
「荷物が増えてません?」
「ちょっと帰りに紅茶買ってきたんだ。泰久喜ぶかなって」
ひそひそ話しながら居間に入ると、いつも通りの様子の泰久がこちらを向いた。
「遅かったな」
良かった良かった。泰久はあんまテレビ見ないから、サイバー攻撃のことはまだ知らないんだな。
一也の言う通り明日の電子新聞でバレる可能性大だけど、とりあえず今怒られる心配はない。
「ちょっと急に遠出したくなってさ。プチ旅行してきちゃった」
「……二人でか?」
「そうそう、二人で」
「……」
「あ、あのね!お土産も買ってきたんだよ。私紅茶は詳しくないけど、何か聞いたことあるなーってやつ買ってきた」
「紅茶なんてどこでも買えるでしょう。お土産とは言えないと思うんですが」
「そういうこと言わないの!それ言っちゃったら終わりでしょ!?今や世界のどこにいても売ってる物は端末使えば何でも手に入っちゃうんだから」
一也に反論する私から紅茶の箱を受け取った泰久は、
「……アールグレイか」
と満足そうに微笑んだ。
「良かった。好きなやつ?」
「あぁ。アールグレイという名前は、昔の英国の政治家であるグレイ伯爵に由来するんだ。彼は中国へ行ってきた外交使節団から中国の茶を献上され、それをとても気に入った。そしてその作り方を調べさせ英国で作り、出来上がったものに自分の名を付けることを許可した。こうしてこの茶はアールグレイという名になったわけだ」
また泰久が蘊蓄を傾け始めた……!
つまらない話なら聞き流すんだけど、ちょっと“ふ~ん”ってなる話だから結局いつも聞いちゃうんだよな……なんて思っていた時、ふと、テーブルに電子ではないアルバムが何冊かあることに気付いた。
見るからに古いものだ。
「これって何?」
「10年ほど前の写真が入っている。Sランク能力者に関する電子データの多くは消されるから、これらの写真はここにしかない」
アルバムを開くと、そこには当時のお姉ちゃんや泰久、一也の写真があった。
私の知らない他の隊員も写っている。
ていうか!
「こ、紺野司令官も写ってる……!」
「あの人も元は超能力部隊の人間だからな。終戦と共に上層部に移ったが」
まぁ賢明な判断だよね。
能力は歳と共に衰えるし、35を過ぎて超能力部隊に居続けるのは本人としても辛かろう。
日々訓練で自分の能力の衰えを実感することになるんだから。
超能力部隊の軍服を着た今より若い紺野司令官が、意外にもお姉ちゃんのすぐ近くに写っている。
ほんとイッケメンだな~あの性格じゃなけりゃなぁ~。
お姉ちゃんと紺野司令官って親しかったの?と聞こうとして。
そう聞こうと顔を上げて、何も聞けなくなった。
―――泰久が、過去を懐かしむように写真を眺めていたから。
酷く愛おしそうにお姉ちゃんの写真を見ていたから。
……泰久が遠い。
この人の心は、この人が誰よりも羨望し恋慕しているあの人があの世に持っていってしまったのだ。
どんなに私がこの人を想ったって、この人には絶対に届かない。
「……私、そろそろ戻るね。お土産も渡したし」
小さくそう言って、早足でSランク寮を出た。
あいつに会ったせいだ。
あいつに会ったせいで、またこんな気持ちになる。
Sランク寮から出た途端、ぶわっと涙が溢れた。
あれれ、おかしいな。今日は泣いてばっかだな。
――「相変わらずだね、哀花ちゃんは」
ごめんなさい。
――「相変わらず、弱い」
ごめんなさい。
――「誰のおかげでSランクになれたと思ってるのー?」
―――あんな奴の手を取って、泰久の大切な人を、泰久から奪ってごめんなさい。
「……何してんだ、こんなとこで」
めそめそ泣いていた時、驚いたように私に話し掛けてくる、聞き慣れた声があった。
しかし驚くのはこっちの方で、バッと顔を上げた勢いでドアに後頭部をぶつけた。痛い。
目の前にいた人物――それは、いつも喧嘩ばっか売ってくる薫だった。
「か、薫こそ何してんだよ!こんな時刻に!」
「先に俺の質問に答えろ。何してんだ。何で泣いてんだ」
「な、泣いてねーし!!」
ごしごし涙を拭くがもう遅い。泣いていたところはバッチリ見られてしまったらしく、はぁ~と薫が大きな溜め息を吐いた。
「お前、いつもうぜぇくらいヘラヘラ笑ってるくせに陰ではそうやって泣いてるわけ?」
「……別に、いつもじゃねーし。たまにだし」
「馬っ鹿じゃねぇの。涙ってのは他人に悲しみを伝えるためにあんだよ。隠れて泣いてどうすんだ」
「……違うよ。涙っていうのは副交感神経を活発にさせて自律神経の乱れをだなぁ……」
「あーハイハイうぜぇうぜぇ。お強いSランク様方にいじめられたか?まぁ底辺だから太刀打ちできねぇよな、そりゃ」
「そんなんじゃねーし!ほ、ほんとにいじめられたとかじゃなくて、オレが全部悪くて、」
「――お前、怪我してるだろ」
「ほええ!?」
「動きで分かる。右腕と左足、それと……脇腹もか?」
全部言い当てやがったこいつ、外から見ても分からないはずなのに。
「西館でやられた、ってわけじゃねぇよな。少なくともあのビル行くまでは普通だったし」
こ、こええ。こええよこいつ。何で見ただけでそこまで分かるんだよ、関わりたくない。
「やっぱSランクにいじめられたか」
「ちげーってば!泰久たちはオレに十分優しくしてくれる!」
「つまり、他の奴にいじめられたんだな?」
「いじめられた前提!?」
私の話を聞かない薫は、玄関ポーチに腰を下ろす。
何となく私も座らなきゃいけないような気になって、その隣に座った。
「ん」
「え、……おっま、ティッシュ常備してんの!?真面目か!」
「うっせぇてめぇが鼻水垂らしてっから渡してやってんだろうが大人しく受け取れ!」
押し売りされたティッシュを大人しく受け取り鼻をかむ。
この際だから贅沢にティッシュを使おう。いつもなら1枚のティッシュ小分けにして使うんだけどね。ケチ臭いとは言わせない。
「お前が真っ先に遊の元へ行こうとしなかったら、俺らも多分行ってねぇ。遊が今頃どうなってたかも分かんねぇ」
ズズーッ!
「あんな風に他人を助けようとすることなんて俺にはできねぇ。俺は、遊が復讐してぇなら放っておこうと思った。それが遊のためだと思った」
ズズズー!!
「遊のことがどうでもよかったわけじゃねぇ。誰かに復讐したいって気持ちは、嫌ってほど分かってるからだ。でもお前は違った。真っ直ぐ自分勝手に遊を助けにいった」
ズズズズズズー!
「人が喋ってる時に鼻かんでんじゃねぇ!」
「え、大丈夫大丈夫聞いてるよ!?どうぞ続けて!?」
「こっちが集中できねぇんだよ!人の話聞く気ねぇだろお前!ぶっ飛ばすぞ!」
薫が怒鳴るので仕方なく鼻をかむのを止めた。
薫は鬼みたいな顔をして、さも不服そうに聞いてくる。
「……里緒の時も。遊を動かしたのはお前なんだろ」
「さー?忘れちったわ」
「……俺はお前みてぇな人の問題に首突っ込まずにはいられねぇお節介が嫌いだ」
お節介ってなんだよ失礼な、と答えようとした時。
薫の手が私の頭を撫でた。
「でも、今回ばかりは助かった。――ありがとな、哀」
いつもよりは優しい声で私にそう言った薫は、照れ臭くなったのかそっぽを向き、それ以上何も言わず立ち上がる。
薫に優しくされたことが衝撃的で暫く動けずにいた私は、ふとあることに気付いた。
…………今初めて名前で呼ばれた……?
これはもしや、底辺からの昇格……!?
嬉しさの余り勢いよく立ち上がったが、移動の速い薫は、既に見えなくなっていた。
《23:45 Sランク寮》一也side
…………丸映りだ。
どんな会話をしているのかは知らないが、玄関の前で哀花様とAランクの男が話し合っているのが見えた。
いつもより長くモニターを眺めていた僕が気になったのか、アルバムを見ていた泰久様が座ったまま聞いてくる。
「どうした?」
「いえ。哀花様と大神薫が玄関の前で仲良くしていらっしゃったので気になりまして」
映像を切り泰久様の方へ向き直る。
“仲良く”という言葉に引っ掛かったのか、泰久様が僅かに眉を寄せた。
それが少し面白かったので、僕はからかい口調で泰久様に問い掛ける。
「泰久様の物が取られてしまいましたね?」
「哀花は俺の物ではない」
「保護者的立ち位置からしてみればご心配では?彼なかなか格好良いじゃありませんか。歳も近いようですし、哀花様が恋に落ちても不思議ではありません」
「あいつも年頃なんだから恋愛くらいするだろう」
「泰久様はつまらないですね」
「俺に面白さを求めるな」
「本当に少しも哀花様に対して何か感じたことはおありにならないんですか?本当は可愛いと思ってるんじゃありません?あれだけ一途に尻尾振ってくるんですから」
「哀花をそういう目で見たことはない」
「―――じゃあ、僕が彼女を何処かへ連れ去っても構わないんですか」
僕と話しながら再びアルバムを見ていた泰久様は、僕の言葉に顔を上げ、探るような目でこちらを見てくる。
数秒間の沈黙。
泰久様の護衛として勤め始めて10年、こんな目で泰久様に見られたのは初めてだった。
「笑えない冗談はよせ」
どこまでも鈍感な泰久様は、僕の気持ちなんて知りもせず、僕の言葉を冗談として片付けまたアルバムに視線を落とす。
……いつまで、過去に囚われてるんだ、この男は。
優香様は死んだんだ。
あの日々は二度と戻ってこない。
なのにこの男は、今でもふと思い出したようにアルバムを取り出しては中の写真を眺めて過ごす。
死んだ想い人に囚われ続ける泰久様。
そんな泰久様を想い続ける哀花様。
二人の線が交わることはない。
――彼女の気持ちに応える気が無いのなら、さっさと突き放せばいいものを。
「……見てて鬱陶しいんだよ」
思わず口から漏れた独り言が、泰久様に届くことは無かった。




