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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第一章
5/200

2200.12.03 ②



 《15:00 Aランク寮》薫side



底辺は文句を言いながらもキッチンを掃除して帰っていった。掃除の仕方は雑だったが許容範囲だ。なかなか使えるロボットだった。いや、ロボットに失礼か。


底辺がいなくなると、遊はソファに腰を掛けて聞いてきた。


「何で連れてきたん?わざわざ寮にまで」

「お前、あいつのこと気にしてたじゃねぇか。そんなに気になんなら連れてきてやろうと思っただけだよ。ついでに掃除もしてったんだしちょうどいいだろ」

「んなこと言って、ほんまは内心浮かれてるだけちゃうん。薫に話しかけてくる奴なんてそうそうおれへんもんなー。せんどぶりにできた友達や思てるんやろ。…ッいった!いたたた地味に痛いいたたた」


空気中の水蒸気を氷に変えてぶつけると、ようやく本題に入る気になったらしく真面目な表情になった。


「…そんで、どう思うんあいつのこと」

「あんな馬鹿に売国なんて発想ができると思えねぇよ。自分のことで一杯一杯って感じ。……あ、でも、一つ言うなら東宮と知り合いっぽかったぞ」

「…東宮?Sランクの?」

「あぁ。本人は否定してたけど、何かありそうな雰囲気ではあったな」

「……ふうん」


東宮と知り合いなら昨夜Sランク寮から出てきたのも頷ける。これで遊のあいつへの疑いも晴れるだろう。


「………なぁ、俺今、薫の心読もうとしたで」

「あぁ?勝手に読もうとすんなよ」


俺の心は必要以上に読むなと言ってあるはずだ。


「うん、そうなるよな。普通怒るわな。……でもあいつ、平然としてた。まるで“読めるはずがない”って安心しきっとるみたいちゃう?」


しかし、遊は別に本当に読んだわけではなく、ただ反応を確かめたかっただけらしい。


遊の声のトーンが変わったので気になってその表情を見ると―――今まで見たこともないほど、不気味な笑顔を浮かべていた。


「暴きたくなるわぁ」


…………怖。この顔楓に見せたら逃げ出すんじゃねぇかな。


どうやらまだ底辺のことを疑っているらしい。まー売国奴とまではいかなくとも色々と隠してそうだもんな。


遊はあの底辺に興味を抱いているようだが、俺にはあいつが何を隠していようと関係ない。


――あの底辺を目的のために利用すべきか否か。


それだけが俺にとっての問題だった。




 《20:30 Sランク寮》



この間薫たちに見つかってしまったこともあり、いつもとは違う時刻にSランク寮を訪れた私は、――何故か正座させられていた。


優雅に椅子に座って足を組みながら私を見下ろすのは魔王様。


「お前、今どのランクにいると言っていた?」


低い声で質問されビクッとする私を、脇に立つ一也は表情を変えずに見ている。


説教されてる私をいつもみたいにフォローしてくれないってことは、一也の反対も無視して超能力部隊に入ったことまだ根に持ってるんだろうか?


「…E。目立つと女だってバレるかもしれないから、影を薄くしなきゃって思って」

「何でEなんだ?お前、Eランクレベルの能力は持ってないだろ。読心能力はD、精神感応能力もDじゃなかったか?」

「何で私の持ってる能力、レベルまで全部把握してんの!?きもい!」


まるで思春期の娘が父親を嫌がるような態度を取ってしまったが、泰久は少し眉を寄せただけで構わず話を続けた。


「目立ちたくないなら一番人数の多いDランクにすれば良かっただろ」

「Eランクだと他のランクと違って能力抜きで体鍛えられるでしょ?」


泰久の言う通り、この部隊はC、Dランクの人数が1番多い。でも、そこに所属しちゃうと超能力を鍛えるのがメインの訓練になっちゃうし、私はどちらかと言えば体を鍛えたいからEランクにした。


これに関しては私の言いたいことを理解したらしい泰久は、次のお説教に入る。


「Aランクの人間と付き合いがあるようだな。大神薫と廊下を歩いていただろう。目立つことを避けようとしている人間のすることとは思えないが?」

「…別に、ただ廊下歩いてただけだし」

「“Aランクと仲の良いEランク”というだけで十分目立つ。くれぐれも…」

「……そんなに私を気にかけるのは、あの人のため?」


言い返した後でハッとして、無言になった泰久に謝った。


「…ごめん。意地悪なこと言った」


……泰久は私を心配して言ってくれてるのに、何言ってるんだろ、私。


「泰久の言うこと、その通りだと思う。今後は気をつけるよ」


泰久は私のことを自分の妹みたいに気にかけてくれてる。喜ぶべきことなのに、それを恋心が邪魔する。泰久が本当に気にかけてるのはあの人だって思うとモヤモヤする。


能力でも美しさでも心の強さでも、私はあの人に絶対に勝てないって分かってるから、余計に。


立ち上がり、部屋を出ていこうとする私を泰久は止めない。かっこよく出ていこうと思っていたのに、ドアに足をぶつけて「いたっ!」と思わず悲鳴をあげた。


「………気をつけろ」


更に格好悪いことに、泰久に注意されてしまった。


痛む足の指を押さえていると一也が私の傍にやってきて、「あちらの部屋に行きましょう」と私を抱き上げた。


「い、いいよ、ぶつけただけだし」

「そういうわけにはいきません。血が出ているかもしれない」


いや、見れば分かるでしょ出てないよ、と言おうとしたが、一也は私と2人きりで話したいのだろうということに気付き、黙った。



 ◆


「痛みが治まるまでそこに座っていてください」


連れて来られたのは一也の部屋で、大きなベッドの上に座らされた。


足ぶつけただけでこれってどうよ?ちょっと過保護すぎない?


「一也は優しいね」

「……優しい、ですか」


一也は私の隣に腰を下ろし、私を見ずにぽつりと言う。


「そんなことを言ってくださるのも、あなただけですよ」


言うのは私だけでも、一也のことを優しいと思ってる人は他にも沢山いるだろう。


自己評価が低すぎるよ、と言おうとしたが、その前に一也が口を開いた。


「泰久様はあなたのことを心配されているんです」

「……知ってる」

「それに、僕も、心配です。大神薫、でしたっけ?既に体の関係を持たれているのでは?」

「断じて持ってない。私、男として部隊にいるんだよ?分かってるでしょ?」

「あなたはえげつない女ですからね。大神薫の弱みを握って口封じしたうえで自分の性別をバラし夜毎抱かれていてもおかしくはない」

「一也の私へのイメージってそんななんだ!?」

「実際そんな人間でしょう。男がいないと生きていけないじゃないですか。十代の頃、何股してました?あなた。刺されかけたことだってあるじゃないですか」

「それは若気の過ちなんだって!やめてよ、掘り返すの!」


確かに十代の頃はセフレ関係という都合のいい関係を知らなくて、わざわざ一人一人と付き合ってから行為に及ぶことを繰り返していた。刺されかけてからは相手を絞るようになって、今では安心安全の一也だけだ。


黒歴史を口にされ真っ赤になる私を見て、一也はくすくす笑う。


それにちょっとムカついて、一也をベッドに押し倒してキスをした。キスは受け入れたくせに、服を脱がそうとするとその手を制止し、小声で注意してくる一也。


「ダメですよ。言ったでしょう、泰久様がいるうちはできないと」

「……私をベッドに座らせといてそんなこと言うんだ。てっきり誘ってるんだと思ったのになー」


つまんないの。


仕方なく上体を起こすと、一也はふう、と安心したように溜め息を吐いてネクタイを締め直す。


「とにかく、あの方への嫉妬感情は抑えて泰久様の言うことには素直にお返事してください」

「…だって、泰久があの人のために私を守ろうとしてるのは事実じゃん」

「はあ…。そんなに気になるなら、いっそのこと言ってしまわれては?ご自分の気持ちを」

「…振られるって分かってるし」

「ええ、そうでしょうね。散ってきてください」

「そこまで言う!?」

「それで―――僕の元に来ればいいんだ」


妙に真剣みを帯びた一也の声音に、思わず噴き出してしまった。


「何それ、口説いてるの?」

「……まさか。あなたを口説いたらヘリコプターペアレントの泰久様に殺されます」

「あはははは!ヘリコプターって!」


大笑いする私を、一也がまたあの複雑そうな表情で見ている。


その表情の意味を――この時の私は、まだ知らなかった。





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