2201.01.15 ②
「―――――おい!何許可証持ってない奴入れてんだ!」
「す、すみません!それが、セキュリティが何故か反応しなくて……!」
「そこの隊員、止まれ!この建物には許可された人間しか入れない。……おい、聞いてるのか!」
つかつかつかつかつか。
つかつかつかつかつか。
つかつかつかつかつか。
「お前もお前だ!ちゃんとチェックしてから入れろ!機械に不備があった時のための見張りだろうが!」
「す、すみません!ちゃんと止めますから……」
つか、つか、つか。
私の前に、入り口で見た一人の女性が立ちはだかる。
紺野司令官の部屋は、もう目の前なのに。
「退いてください。あなたではなく紺野司令官に用があるんです」
「紺野司令官と面会したい場合はまず事前に許可を取る必要がありまして、」
「でもこの奥にいるんですよね?」
「大変お忙しい方でありまして、」
「でも、この奥に、いるんですよね?」
「ですから紺野司令官は……、」
「――――さっさと退けって言ってんだよ。殺されたい?」
びくっと震えた女性を少し強い力で押し退け、二重に掛けられたスマートロックを無理矢理解除し、司令官室へ入っていく。
……ここ、能力抑制電波が使用されてるな。
私の能力なら潜り抜けられるけど、小雪の能力の殆どはろくに使えないだろう。
できるだけ心を落ち着かせて部屋に足を踏み入れると、その広い部屋の片隅に、傷だらけの二人が立っていた。
「……ッ、哀……?」
……ああ、よかった、まだ殺してない。
多分小雪は能力を使って殺そうとしたんだろうけど、この部屋で能力が使えないおかげで、素手で殴り合ってただけみたいだ。
紺野司令官の方は殴られたせいか口が切れてるけど、小雪の方も結構殴られてる。
Sランクレベルの治癒能力もこの部屋ではあまり効果を発揮できないらしい。
素手でも人は殺せる。紺野司令官、あなたが強い人で良かったよ。おかげで小雪が殺人犯にならずに済んだ。
紺野司令官はいきなり入ってきた私を凝視している。その顔が可笑しくて、思わずふっと笑ってしまった。
「初対面なのに、そんなにじろじろ見ないでくださいよ」
「いや、失礼。君に似た女性を知っているものでね。君は……どうやってここに入ったんだ?」
「哀……何で来たの。危ないよ」
「少し外でお話しませんか、紺野司令官」
「哀!」
「小雪は黙ってて!」
私が怒鳴ると、小雪は迫力に負けたかのようにぐっと口ごもる。
……私怒ってるんだぞ。雪乃にはこのこと言ってないけど、言うつもりもないけど、雪乃の分も怒ってるんだぞ。
「僕に何の話があると言うのかな?」
楽しい時間を邪魔されたと感じているのか、紺野司令官は少し不機嫌そうな声を出す。
ああ、こんな近くで見たの初めてだけどこの人もう雰囲気からやばいな。怪しい色気っていうか、何かもうオーラだけで関わっちゃいけないと思わせてくる感じ。
「……それは外でお話します。付いてきてください」
「僕も暇じゃないんだがね」
若い男をいたぶって遊んでる暇はあるのにか。
「小雪」
「…な、に」
「オレと紺野司令官を瞬間移動で近くのグラウンドまで飛ばせ。能力抑制電波は今切ったから」
「……え?」
「早くしろ」
「何するつもりなの、」
「オレを信じろ。大丈夫だから」
「……」
「オレはお前に守ってもらわなきゃいけない程弱くない。自惚れんな」
「……」
「小雪は部屋で待ってりゃいい。オレまだ晩ご飯食ってねーから、美味しいご飯用意して待ってて」
「……」
「もう一度言う。――オレを信じろ」
「………男前過ぎるよ、哀」
泣きそうな顔で笑った小雪を見た次の瞬間、周囲の景色が一変した。
今はもうあまり使われていないグラウンド。辺りはもう真っ暗だが、他の建物の光や、オレンジ色の明かりだけが私たちを照らす。
「オレを拷問させようとしたそうですね」
寒く感じるのは、気温が低いからというだけではない。
紺野司令官の纏う雰囲気は、嫌に不気味だ。
「あぁ。まさか小雪くんがあれほど感情的になってくれるとは思わなかったがね。驚いたよ、あの部屋で能力が使えないと分かれば殴りかかってきたんだから」
「……そのわりには楽しそうですが?」
「予想外にも従順な駒の1つが僕に歯向かったんだ。ドラマや映画でも、予想外の展開というのは面白いものだろう?」
「そうやって今まで小雪を苦しめてきたんですか?ただ小雪の反応を見るために?小雪はあなたの玩具じゃないんですよ?」
「君は怒っているのか?小雪くんの友達だから、かな?……実に若いね」
まるで金魚鉢の中の金魚を観察しその動きを楽しむかの如く笑う紺野司令官の目元の皺が、酷く恐ろしく感じる。
「……拷問させようとしたのは、何故です」
「君にスパイ容疑が掛かったからだ。もっとも、僕の中で今その疑いは晴れたがね。君がスパイなら、こうして堂々と僕と関わりを持つことは避けるだろう」
スパイ容疑……やっぱりね。
イタリィで内通者が千端哀と名乗っていると聞いた時から予想していたことだが、恐らく売国奴は自分以外の名を使って情報を売っている。
私だけではない。他にも名前を勝手に使われている隊員はいるだろう。
自分が疑われないための努力をするのではなく、他に疑わしい人間を大量に作ること、それが売国奴の狙いだ。
「最後にもう1つ聞かせてください。小雪は8年間あなたの言いなりになっていたそうですが、あなたのような人間に小雪が自発的に従うとは思えません。何らかの弱味を握っている、と考えてよろしいのでしょうか?」
紺野司令官は、ふう、と白い息を吐いた。
「君も知っているんじゃないか?小雪くんと、その実の妹の関係のことは」
「……、」
「ああ、誤解しないでくれ。僕は彼らを否定しているわけじゃない。この世にはもっと劣悪な性癖が星の数ほどあるからね。しかし彼が妹に恋をしていることを知り、彼の義母が倒れたのは事実だ。大切なのは僕がどう思っているかじゃない。彼自身が、そして世間一般の人々が、実の妹に欲情するような人間をどう見ているか。大多数の人間が否定する恋は十分弱味に成り得る。そして人の弱味を利用することは、友情や愛情、口約束よりも確実だ」
まるで、利用価値のある道具を利用しただけだとでも言いたげな口振り。
だが恐らくそれだけではない。
―――人を操るのが楽しいのだ、この男は。
自分の掌の上で人を転がし、その様子を眺めるのが楽しいのだ。
「……お願いがあります。小雪を解放してください」
「何のメリットもなく君の言うことを聞くと思うかい」
「力尽になっても聞いてもらいます」
「できるのか?Eランク隊員の君に」
「できなくてもやります」
私がそう言うと、紺野司令官は弾けたように顔を上げ、高らかに笑い出した。
「ハハッ…ハハハハハハハハハ!アハハハハハハハハハハハハ!!……面白いじゃないか。しかし1つ言っておこう」
その目が私を捕らえる。
「―――僕は弱い人間に口出しされるのが嫌いだ」
「……ッ!」
グラウンドの横の建物にあった大きな看板が飛んでくる。
念動力?いや、娘である楓の能力を考えるとおそらく気流操作だ。
あんなの当たったら、死なないにしても大怪我するに決まってる。
咄嗟に近くにいた人型掃除ロボを操り、代わりに看板に当たってもらった。
ガチャン!と大きな音がしてロボットが壊れたが、私は無事だ。
すまんロボット、修理代は後で払う。
にしても、今の凄いな。能力は歳と共に衰えるから、40過ぎてあれだけ強い能力を維持できているのは珍しい。Cランクくらいあったんじゃないか?
考え事をする暇もなく、今度はベンチが飛んで来る。
風を感じるから、やっぱり気流操作で飛ばしてるんだろう。
周囲の建物を利用した接着能力で回避する。
建物の壁と自分の背中を接着させようと力を働かせ、接着してしまう前に能力を切って下に落ちる。
これなら接着能力であることはバレないし、弱い飛行能力か何かだと思ってくれるだろうけど……紺野司令官、思ってたより強い。
上層部は全員無能力者かそれに近い存在だと思ってたから、Cランクレベルの能力を持つ人間がいるとは思わなかった。
参ったなぁ……手加減してられないじゃないか。
「……10キロメートル圏内に巨大ロボまもるくんが10体」
「うん?」
「ご存知の通り、まもるくんは陸上での中心気圧850ヘクトパスカルまでの台風を想定して作られたものです。風速100メートルでも耐えられます」
台風の際、人間や家屋の安全を守るために沖縄を始め日本全国に設置されたロボットのまもるくん。
いくら気流操作能力者でも……まもるくん相手じゃ不利でしょう?
「5体お借りしてきました」
私の身長の20倍はあるであろうドでかいロボット、まもるくん達がゆっくりと私の背後に着陸する。
ほんとは10体持ってきたかったんだけど、このグラウンドそんなに入らないしね。
「そんなものを遠くから5体も同時に持ってくるなんて、Sランクレベルの念動力でも難しいはずだが?」
これは流石にビビるだろうと思ったのに、紺野司令官は笑顔を崩さない。
それどころか面白がっている。……あ、予想外の展開が好きなんだっけこの人。
そりゃあ、この質量を念動力で運んで来るのは無理だろう。
でも、私はロボット同士のネットワークに侵入してロボット達に指示しているだけだ。ロボットに自主的に動いてもらえるのなら、念動力者ほどの体力はいらない。
紺野司令官の能力についてはよく知らないが、40を過ぎればBランク以上の能力を維持することは不可能だというデータがある。
よって紺野司令官の能力レベルは精々Cランク程度。Cランクレベルの気流操作で、まもるくん5体をどうにかできるはずがない。
「オレ達がここで軍人として学んでいるのは、人を殺す技術です。今実践してもいいんですよ?」
「面白い、どうやらただのEランク隊員ではないようだ。小雪くんのように能力レベルを偽って入隊したんだろう。―――君は一体何者だ?」
私はロボットを使って先程紺野司令官が投げてきた看板を拾わせ、それを紺野司令官の背後の壁にぶつけさせた。
ガチャン、と大きな音をさせて看板は壁と衝突する。
「こちらのことを詮索する前に、さっさと約束してもらえませんかね。小雪を解放すると」
今の攻撃をちょっとずらして紺野司令官に当ててたら大怪我間違いなしだ。
さすがにそろそろ、状況をよく考えてくれますよね?という意味を込めて微笑むと、紺野司令官の方もクックッと笑って軽く両手を上げる。
「降参だ。君の言う通り僕は精々Cランク程度の気流操作能力しか使えない。こんなロボット相手では歯が立たないよ。小雪くんのことはもう苦しめないことを約束しよう」
……降参してるくせに笑顔なのが腹立たしいが、とりあえず力量差は見せつけられたようだ。私が近くにいる限り、この人はもう小雪で遊んだりしないだろう。
「約束、破ったら命は無いと思ってくださいね」
ロボットに指示して元の場所に戻らせる。
飛行して去っていく大きなロボット5体を見上げながら、紺野司令官は呟いた。
「スマートロック解除、能力抑制電波遮断、ロボット操作―――……あぁそうか。君は、」
風に吹かれながら、私に向き直る。
「橘優香の妹―――現SランクNo.1か」




