表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/200



 【第二章】


 恋しくはしたにをおもへ紫の

 ねずりの衣色にいづなゆめ


 <古今和歌集 恋歌 652>





澤小雪と澤雪乃が初めて出会ったのは、およそ8年前のことである。


2192年、12月。


小雪が15歳になってすぐの頃、北海道にはまだ戦勝国の占領軍がおり、どこへ行っても背の高い外人がウロウロしていた。


敗戦後暫くの間は金というものが機能しなくなったとはいえ、澤家の人間であるおかげで、小雪は周囲より十分な生活を送っていけた。


小雪の家での生活は戦前も戦後もそう変わらなかったのだ。


家から一歩外に出れば周囲の劣悪な状況が目に見えたが、家の中にさえいれば戦争が起こったことさえ小雪には嘘のように感じられた。



小雪は義母と2人暮らしで、小高い丘の上にある大きな屋敷に住んでいる。


初めて来た人間に高級旅館か何かと勘違いされるほどこの屋敷は立派だが、小雪が義母に聞くところに寄ると、澤家の中心として機能する家はもっと大きいらしい。


小雪は行ったことがないが、今は小雪の両親がそこに住んでいるそうだ。


澤家の仕組みは複雑で、小雪自身もよく分かっていない。


ただ分かるのは周囲の普通の家族とは少し違った形であることだけだ。



小雪には、本当の親に会っていた頃の記憶がない。それこそ赤ん坊の頃にしか会っていないはずだ。


物心ついた頃には義母に育てられていた。


義母は逞しい女性だった。1人で小雪をしっかり育て、叱る時は叱り、褒めるべき時には褒めた。



ある時から、小雪の家にはよく決まった客が来るようになった。


敗戦後の状況下でも商売のできる数少ない相手らしく、その客が来る度義母は小雪に「奥にいなさい」と言った。


そんなに自分が商売の邪魔をすると思われているのかと小雪は少し不満に思ったが、逆らうのも面倒なので言われるがままに奥で勉強をした。



学校が機能しなくなったことで、小雪は暫く義母以外の人間と会話をしていなかった。


退屈を感じながら教科書を閉じて窓の外を眺めていると、何者かが庭でもぞもぞ動いているのが見えた。


(……泥棒か?)


こんな状況下では引ったくりも強盗も珍しく無い。


何か奪われたものがあればそれを取り返してから超能力で外へ飛ばそうと思い庭に出ると、小さな体が地面に生えたクローバーをじーっと見ていた。


子供だ。しかも、最近には珍しく上質な着物を身に纏っている。


「そんな風にしてたら服、汚れるよ」


その姿が泥棒ではないように感じられてそう優しく声を掛けると、小さな塊が小雪の方へと顔を向けた。



―――その瞬間、両者は視線が絡み合って動けなくなった。



小雪はその少女――雪乃を見て、大和撫子という表現がぴったりな見た目をしていると思った。


薄桃色の唇と白い肌、ぱっちりした大きな瞳、綺麗に整えられた前髪、幼さに反して色気を感じさせる口元の黒子。品のある美しさだと思った。



一方雪乃は。


小雪の思わず触りたくなるようなふわふわした天然パーマと、男を感じさせない色の白さ、それとは逆に男らしい体格を見て、それまで感じたことの無い胸の高鳴りを感じた。




―――そう、彼らの悲劇は出会ったその瞬間から始まっていた。


好きになったのがたまたま兄だった、妹だった、では済まされない。


彼らはおそらく、無意識下で互いを他人ではないと分かっていて惹かれ合ったのだ。


この性質こそが、彼ら一族を苦しめる業だった。




妙な間が生まれた後、小雪は何とか「……誰?」と聞くべきところを聞いた。


雪乃はぱちぱちと瞬きした後、「義父様が、この家に話があるというのだけれど……退屈で、出てきちゃいました」と透き通るような声で言った。


なるほど、今日来ている客の娘さんか、と小雪は納得する。


「内緒にしてくださいね。義父様に、この家の人には会わないようにって言われてるんです」

「ふーん。何でだろう」

「分からない……けど、この家の人に会うのはいけないことらしいです」


どういう意図があってそんなことを娘に伝えているのか知らないが、まるでこの家にいる人間が汚いかのような扱いだ、と小雪は思う。


「いくつ?多分、俺とそう変わらないよね」

「…中学2年生です。……あなたは?」

「中学3年生」

「じゃあ、やっぱり先輩ですね。大人びてるからそうだと思った」


そう言ってふふっと笑う雪乃を見ると、小雪は何だか温かい気持ちになった。


退屈していたということもあり、暇潰しに雪乃のことを知りたいと思った。


「名前は?」

「雪乃です」

「俺は、小雪」

「お互い冬っぽい名前ですね」


名前を教え合っていたその時、占領軍の軍用機が上空を飛んだ。


小雪は雪乃から空へと視線を移し、過ぎ行く軍用機を眺める。


「……ああいうのがお好きなんですか?」

「うん。戦争が終わってから、あまり見れなくなったけどね。こう見えて軍人志望なんだよ?」

「軍人…?軍人って、なるの大変じゃありません?」

「普通科は結構大変かな。ただ超能力部隊の方は人手が足りてなくて、超能力持ってれば入れる感じ。俺はSランクレベルの能力持ってるから、多分入れる」

「Sランク……?凄いです……初めて会いました」


滅多に見られない動物を見るかのような目で見てくるもんだから、小雪は思わず吹き出してしまう。


「退屈になったらまたおいでよ。話し相手くらいにはなってあげる」



―――それから2人は、お互いの親に秘密で会うようになった。



義母はいつもこの家に雪乃たちが来る日には小雪に「奥にいなさい」と命令していたのだが、雪乃はこっそり抜け出しては小雪に会いに庭を訪れた。



ある日、小雪は素朴な疑問を雪乃にぶつけた。


「いつも雪乃と一緒に来てる男の人って誰?」


雪乃たちが帰る頃にこっそり窓からその後ろ姿を見たことが度々あったのだが、雪乃の隣にはいつも30代程であろう男がいた。


小雪は彼を商売の相手としか教えられておらず、前々から疑問に感じていた。


最初は雪乃の父親だと思っていたが、それにしては隣に並んで歩く姿に距離感があるように思った。


「……え?」

「帰る時いつも隣にいるよね」

「……ああ……あれは、私を育ててくれた人です」


“育ててくれた人”という言い方からして、実の親ではないのだろう。

雪乃も自分と同じような境遇なのかもしれない、と思うと、好きな子との共通の趣味を見つけたかのような嬉しさがあった。


「何年一緒にいるの?」

「物心ついた時からずっと。……でも私は、あの人といるよりも、小雪さんといる方が安心します」


その発言に対して、小雪は素直にどきりとした。


ずっと一緒にいる人間よりも、出会って間もない自分と一緒にいる方が安心だと言うのだ。


小雪は雪乃のその無防備さに―――少なからず庇護欲を煽られた。


「……義父様は、変なことをするから」


その発言に違和感を覚え、変なこと?と聞き返そうとした小雪より先に、雪乃がハッと顔を上げた。


何やら驚いた顔で自分の後ろを見ていたため、小雪も後方に顔を向ける。


そこには、高そうなコートを身に纏う、暗い目をした男―――紺野芳孝が立っていた。


当時三十代後半の、雪乃の義父である。


男の小雪からして見ても、芳孝には大人の妖しい色気があった。


雪乃の年齢に似つかわしくない大人っぽい雰囲気は、この男の近くにいるから移ったものだろうと小雪は感じた。


「この家の者には会うなと言っただろう」

「……ごめんなさい」


憤りを感じさせないゆっくりした口調ではあるが冷たい声だ。


怒っているわけではないが自分の言い付けを守らなかったことが気に食わない、といったところだろう。


芳孝は雪乃から小雪に視線を移し、「……君か」とぽつりと呟いた。


「初めまして、小雪くん。うちの娘が迷惑をかけたね」


口角だけを上げて余所向きの優しい声音で言ってくる芳孝に対し、小雪は少なからず寒気を覚えた。


芳孝は「おいで」と雪乃を呼び、近付いてきた雪乃の肩を抱いて歩き始めた。


端から見れば娘を大切にする父親の図なのだろうが、小雪にはどうもそう見えなかった。


雪乃が自分の所有物であると誇示するような―――そんな背中に見えた。





「お客さんに1つ部屋を貸すけれど、その部屋には近付いちゃ駄目よ」


雪乃と知り合って半年ほどが経った頃、義母は小雪にそう言った。


ここは宿屋でもないのにどうしてかと目だけで聞き返すと、ロボットに家事を任せることが嫌いな義母は洗い物をしながら答える。


「本土へ行く交通手段が一時的に占領軍に管理されることになるみたいで、芳孝さん、帰れないのよ。誰が泊まったか分からないホテルの類もお嫌いだと言うし」

「一泊ですか?」

「多分一週間くらいかしら」


それを聞いた小雪は内心少し嬉しかった。


2人で話しているのを芳孝に見つかった日から、雪乃はもう来ないのではないかと心配していたが、雪乃は芳孝に許しを得たらしく、あれからも庭へやってきていた。


一週間も雪乃たちと同じ屋敷にいるということは、雪乃と会える機会が増えるということだ。


口元が緩むのを義母にばれないよう、小雪は義母から顔を逸らした。




しかし、雪乃は3日経ってもいつもの庭には来なかった。


貸した部屋は1つであるらしいし、許しを得たとはいえ、同じ部屋にいるあの義父の目を気にしているんだろうと小雪は想像した。



その晩、小雪はこっそり雪乃に会いに行こうと思い立ち、雪乃たちが泊まっているはずの部屋を探した。


夜ならあの義父は寝ているだろうし、上手く行けば雪乃だけを起こして一緒に話せるかもしれない――そんなことを考えたところで小雪は、自分の中にある淡い恋心を自覚する。


傍にいるのに雪乃に会えないと焦れったく感じるのは、雪乃と話したいと感じるのは、小雪が初恋をしているからであった。



学校での小雪は、教師から中学生らしくないと思われる存在だった。


勉強も運動もできる優秀な生徒ではあるが、クラスメイトとは意図的に付かず離れずの関係を築き、仲の悪い相手も仲の良い相手も作らない一匹狼。


他人に興味を抱かず、誰かと特別仲良くしようとしないその姿は、子供にしては少し不気味なところがあった。




恋は人を変える。


小雪は雪乃と仲良くなりたいと感じていた。



恋は人を変える。


雪乃に会いに行こうとするこの小雪の姿を見れば、おそらく教師はこの生徒にも中学生らしいところがあったのだとある意味ほっとするだろう。




恋は人を変える。


――――それが良い変化か悪い変化かは、ともかくとして。




「義父様………ッ!」


もう使われていない1番奥の部屋から聞こえてきた声音に、小雪はぎょっとして足を止めた。


嫌な汗が体を伝う。鼓動が速くなる。


急に重くなった足を、小雪はそれでも動かした。



―――やめろ。戻れ。それ以上関わっちゃいけない。


何よりも小雪の理性が引き返すことを命じていたのだが、それとは逆に、体は知りたがっていた。嫌な予想が的中しているのかを確認したがっていた。


まさか、とは思うが。もしかしたら、と。




襖が少し開かれていた。


音を立てないようそこまで歩き、覚悟を決めて中を見る。


「と、義父さ、義父さま……っ、」


―――とても14やそこらの少女の出す声とは思えなかった。


男を欲しがり甘える声。普段小雪が聞いていたものとは全く違う。


暗い部屋の中、月明かりだけが2人を照らす。何をしているかは明らかで。


小雪は自分の予想が当たっていたことに絶望した。


「そんなに声を出したら気付かれてしまうよ?」

「……っ、だ、だって義父様が……、」

「僕が、何かな?」

「―――ッ、ぅあっ……」


―――つい数年前まで小学生をやっていたような子供に、何てことをしているんだ。


雪乃と芳孝では20以上歳が離れているはずだ。年の差恋愛も珍しくない時代であるが、どうも恋仲のようには見えない。


何より彼は義理とはいえ雪乃の父という立場なのだ。雪乃に手を出す等許されるはずがない。


小雪は青冷めたまま走って自分の部屋に戻った。




まだ中学生である小雪は、当然ながらショックでなかなか眠れなかった。


義父と雪乃の先程の姿を頭から振り払おうとしたが、どうしても忘れられなかった。


あんな小さな身体であんな大きな男の相手をしている雪乃を可哀相だと思ったばかりではない。


衝撃的だったのはそこだけではない。


雪乃の先程の表情が何度も頭に浮かぶ。


ぐるぐるぐるぐるぐるぐる、気分が悪くなるほどに。


暗闇の、気付けば痛い程勃起していた自身のモノを見て、小雪は自分を汚いと思った。


(―――あんな幼い女の子が、あんな酷いことをされているのに、俺は何を考えているんだ)




小雪はその夜から、雪乃の姿を思い出しては1人で果てるようになった。


その後の罪悪感はいつもする行為の比では無かった。


しかし得られる満足感もまた、他の人間で抜いた時とは全く異なるものだった。


そのうち雪乃を想像することでしか果てられなくなった小雪は、自分はもう2度と雪乃と対面すべきではないと感じた。


出会うべきでは無かった、とすら。


義母の言うことを聞いて、雪乃が客の娘だと知った時点で関わるのを止めれば良かったのだ。




小雪は庭に近付かなくなった。


もし雪乃が庭に来たとして、どんな顔をして会えばいいのか分からなかったからだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ