2201.01.01 ②
《7:00 軍施設内》遊side
会計を済ませた後も千代さんの世間話を聞かされ、随分長い間たなべれすとらんにいることになった。
昔の日本はこうだったとかいう昔話をチビは目を輝かせながら聞いていたが、俺としては何十回も聞かされた話なので聞き流すしかない。
1時間ほど経ってようやく軍の施設に戻ることができた。
「千代さんいい人だね……あの白髪と色気のあるシワがそそる」と俺には理解できない性癖をあっさりと晒すチビは、満足そうな笑顔を浮かべて俺の隣を歩いている。
「遊遊、ねえねえねえねえ」
「あ?」
「また行こうね、たなべれすとらん!胃袋掴まれちゃった」
見下ろした先にある無防備な笑顔に、すぐには言葉を返せなかった。俺に探られて嫌そうにしていたにも関わらずまた行こうと言う。
……変な奴。
「機会があればな」
「あーっそれ行かないフラグじゃん!」
「別に行かんとは言ってないやろ。つーかお前、今朝から思とったけど――」
顔色悪ないか?と続けようとしたところで、チビがびたーん!!と床にうつぶせに倒れ込んだ。
「…………おい、何やっとんねん」
躓いたのかと思って手を貸さずに聞くが、チビの返事はない。仕方なく屈んでチビの肩を揺らすと、服越しにも伝わる熱さにこちらが驚かされた。
こいつ相当な熱ちゃうんか。
運ばなければとチビの腕を掴んだ時、
「―――何をしてる」
怒気を孕んだ声音が――妙な威圧感が、俺の動きを止めた。
そこにいたのは。
「…東宮…泰久…」
水流操作能力者、東宮泰久。最近は合同訓練で顔を合わせることが多くなった、日本帝国に5人しかいないSランク能力者の1人。
その東宮が険しい表情で俺を退かせ、―――チビを抱き上げた。
「いつこうなった?」
「は?」
「いつから体調が悪かったのかと聞いている」
思い返してみると顔色が悪いだけでなく、今朝から動きが微妙に鈍かったような気がする。
「……今朝、からや」
「なら何故すぐに休ませなかった?」
東宮の質問に俺は答えられなかった。
こいつなら大丈夫だと思った―――そうだ、俺は無意識にこいつの力を過信していた。こいつだって人間だというのに。
何も答えない俺から視線を外し、チビを抱えたまま歩き出す。
「Aランクの相模遊だったな」
「……あぁ」
「もうこいつに関わるな。こいつがお前らに関わろうとしたとしても拒め。迷惑だ」
吐き捨てるように言われたが、それには納得できない。
「何でお前にそんなん言われなあかんねん」
体調の悪さを見逃しただけで、そんな風に言われる筋合いはない。
「俺が何しようと俺の勝手やろ。そいつが誰と仲良くしようとそいつの勝手や。いくら幼馴染やからって、お前にこいつの友人関係まで口出す筋合いは――」
「そんなことを言うくらいなら、俺が口を出さなければならない状態にするな!」
―――東宮が怒鳴った。あの、いつもすかした顔をしている東宮が、声を荒げた。
「こいつは無理をする。自分を制御できない壊れた機械だ。誰かが止めてやらなきゃならない。こいつの傍にいるつもりだったなら、それくらい分かっていなくてはいけなかったな」
それだけ言って俺に背を向けた東宮から感じられたのは、チビへの底知れない庇護欲だった。
《10:30 Sランク寮》
目が覚めると、点滴をされていた。灌注器の中にある液の独特の色からして、おそらく能力抑制剤だろう。
体が熱い。怠い。……ああ、性別転換ドリンクの影響か。誰が点滴なんか……私は日本を守らなくちゃいけないのに。
注射針を抜こうとした手を、誰かに止められた。視線だけを動かしてその手の主を見上げると泰久だった。
「体調が良くなるまで能力を使うな」
「……でも、私この能力を使い続ける約束でこの部隊に入ったんだよ。下手したら辞めさせられる…」
「上には俺が報告してある。暫くは組織が機能するはずだ」
手首に感じる泰久の手が冷たくて気持ちいい。
そう、そっか。じゃあ暫く休んでいいんだ。安心して目を瞑ろうとした私の手首を、泰久が先程より僅かに強い力で握った。
「高熱がある。原因は何だ?」
「……風邪だよ、きっと」
女だってバレそうになって日本では販売されてない飲み物を飲みました!なんて言えない。
「本当にそれだけか?」
「……うん」
「俺の目を見て答えろ」
「……風邪だってば」
視界に入った泰久は、険しい表情をしている。
「あまりこういうことを続けるようなら、軍隊を辞めさせる」
「……まだ反対してるの?私が超能力部隊にいること」
「お前が超能力部隊にいることどころか、軍隊に入っていること自体気に食わない」
「……」
「この時代に軍人になることがどれほどの意味を持つのか、戦争を経験していないお前には分からないだろう。人を殺す。仲間を殺される。死と生の間をさ迷う。それが日常になる」
「……だから、何…?」
そうだよ。私は泰久や一也みたいに前線で戦ったことなんてないし、戦争で死にかけた経験も無い。軍人として戦争に参加することがどういうことかなんて知らない。
だけど、それでもこの戦争に勝ちたいんだ。
「私の能力が戦争に役立つことは分かり切ってる。それを使うことが悪いことだって言うの?」
「……もう、あの男のことは忘れろ。憎悪は自分を苦しませるだけだ」
―――泰久は何も知らない。あの男が憎くて、私が敵国に復讐しようとしてると思ってる。
でも違う。私の秘密を泰久は知らない。私が誰かを憎んでいるとするならば、相手はあの男じゃない。
―――私が憎んでいるのは私自身だ。
「泰久には関係ない」
「……、」
「私が何をしようとほっといてよ!」
「放っておけるわけがないだろう。お前に何かあったら、俺は――」
「ッそういうこと、言うからじゃん!もっと好きになっちゃうじゃん!泰久の馬鹿!天然たらし!こんな風にされたらちょっとは大切にされてるって勘違いしちゃうでしょ!?」
「…誤解させたなら悪い」
「あーあームカつく!その返事もムカつく!」
「…ただ」
何でもない表情で、いつもと同じ声のトーンで、恥ずかしくも何ともないって態度で、
「大切なのは事実だ」
泰久は全てを持っていく。
「……~~~っ、そういうとこだよ!?分かってんの!?」
「うん?」
“うん?”じゃないよ!何きょとんとしてんの!?
ああもう、いっそ憎らしい。
「………………………体調管理には、気をつける」
なんだかんだ、私は泰久には弱い。
「あぁ。そうしてくれ」
ほっとしたように微笑む泰久なんて、この部隊じゃきっと一也や私くらいしか見たことがないと思う。
泰久のこういうふとした瞬間に見せる表情にいちいちドキドキする自分が馬鹿みたいだ。ていうかこれ泰久のベッドだよね。泰久が毎日寝てるベッドだよね。ちょ、収まれ私の心臓。
「何か欲しいものはあるか?持ってくるが」
「…紅茶。泰久の入れた紅茶が飲みたい」
「分かった。ちょうど買ってある」
「泰久好き。大好き」
「悪いがお前の気持ちには、」
「分かってるし!そーいう意味で言ったんじゃないし!今の好きはお礼のニュアンスだし!」
「お礼……何だ、そういうことか。お前は礼の代わりに好きと言うのか」
今までのも日頃の礼だったんだな、と言いたげな口ぶりに、思わず何か投げ付けたくなった。
駄目だ伝わってねえ!この鈍感男には私の好意が伝わってねえ!
「……“何でも完璧にこなすあいつはかっこいい。でも、できないなりに頑張ってるお前も、俺はかっこいいと思う”」
「何だ?それは」
「泰久が私に言ってくれた言葉だよ。私、この一言で泰久のこと好きになった」
「……」
「努力することやめちゃおうって思った時も、泰久のこの言葉思い出して頑張ってた」
「……いつの話だ?」
ずーっと前。それこそ10年は経ってると思うけど、そんなに長く想っていることを伝えたら、泰久は困るだろうから微笑むだけにしておいた。
「私はほんとに泰久が好きなんだよ。真剣だよ。応えてほしいなんて思ってないけど、知っててほしい」
「……分かった」
「ほんとに分かってる!?」
「お前は俺が好きなんだな?」
「…う、うん」
泰久本人に確かめられて何だか気恥ずかしく下を向いた私を見て、泰久が笑う気配がした。
「おかしな奴だ」
何故かその一言だけで心臓がきゅうっとして、駄目だ泰久といると余計体調が悪くなると思い再び寝転がる。
しかし、次の泰久の言葉でまた起き上がることになってしまった。
「昨夜はAランク寮で泊まったらしいな」
「えっ、な、何でそれを」
「一也から聞いた」
あの野郎、やっぱ見張りを付けてやがったか!
「これ以上は見逃せない。Aランクの連中と関わるのはもうやめろ」
「……そうだ、遊だ!私遊と一緒にいたよね!?どうなったの!?」
「あいつにも、もうお前と関わるなと言っておいた」
「えええ、そんな勝手に!」
「そもそも俺は以前からAランクとは関わるなとお前に言ってあっただろう。約束を破ったのはお前だ」
「そうだけど……」
そうだけど、何だ?
私は何を寂しく思ってるんだ?
ただちょっと、知り合っただけじゃん。Aランク寮にいる奴らに協力してもらおうと思ってることもないし。
強いて言うなら遊に売国奴探しを手伝ってもらおうとも思ってたけど、頑張れば1人でも十分だし。
Aランクの皆と話すのは楽しかったけど、友達作りたくてここにいるわけじゃないし。
泰久に2度も注意されたら終わりだ。
「……分かった。もう関わらない」
「いい子だ」
20を過ぎても相変わらず子供扱いしてくる泰久は、そう言って私の頭を撫でたのだった。
《10:30 Aランク寮》楓side
―――遊の機嫌がすこぶる悪い。朝帰ってきてから物凄く怖い顔をしている。
「……遊、何かあったの?」
聞きたいけど聞けない状況が続いていたが、ここに来て何とかその状況を打破できた。話し掛けたら怒鳴られそうな雰囲気だったから放っておくべきかどうか悩んだのだが、遊は存外あっさり答えてくれる。
「東宮に言われた。あのチビともう関わんなってな」
「…は?東宮ってあの東宮泰久?Sランクの?」
「やっぱ知り合いだったのか、あいつと底辺」
聞いていないようで聞いている薫が、ゲームをしながらぽつりと言う。
「あぁ、幼なじみらしいわ。それも相当可愛がっとんで、あれは」
吐き捨てるように言う遊は、やっぱりなかなか機嫌が悪い。
ていうか何でそんなこと言われたのかしら、と考えていると、呼び鈴が鳴った。
この寮に客なんて珍しいのでもしかしたら哀かもと思って外を確認せず玄関のドアを開けると、――そこには怖い顔をした男が立っていた。
怖い表情をしているわけではないのに見た目が怖い。
「上がらせてもらってもよろしいですか」
「はあ…。えーっと、すみません、誰ですか?」
「一ノ宮一也と申します。Aランクの皆様にお話が」
え、……え?名前しか知らないけど、一ノ宮一也って確かSランクじゃないの?何でSランク能力者がこっちの寮に?
「入りますね」
「ちょ、ちょっと!」
こちらはまだ許可していないというのにズカズカと中へ入ってきた一ノ宮一也は、躊躇うことなく居間へと向かう。あたしも慌ててその背中を追った。
居間には里緒がいる。知らない男が急に入ったらびっくりするだろう。
走って一ノ宮一也を追い越し、両手を広げてその前に立ちはだかった。
「待ちなさいよ!」
「何でしょう。退いてくれませんか、邪魔です」
邪魔っつったか。邪魔っつったかこいつ。
「勝手に上がってきて何その態度?」
「僕が急いでいるのが分かりませんか?融通のきかない方ですね」
「はぁ!?まずは用件を言いなさいよ、話はそれからよ」
「彼らと顔を合わせてから話します。退いてください」
にこりと笑って退けと言う一ノ宮一也は、何が何でも今すぐ薫たちと話したいらしい。
とりあえず里緒を上の階に移動させなくてはと考えていた時、
「Sランク様が何の用だぁ?」
居間から出てきたらしい薫の楽しげな声が後ろから聞こえてきた。
「東宮の次は一ノ宮か。今日はSランクとよう会うなぁ」
振り返ると、遊も出てきていた。里緒はその後ろに隠れるように立って一ノ宮一也に対し警戒心丸だしの目を向けている。
「哀様が高熱を出しました。お心当たりは?」
私を挟んで後ろの3人に問い掛ける一ノ宮一也は、少し苛立っているようにも見える。
哀が熱?
「…………あ」
――性別転換ドリンク。
あれ、使用した後に熱が出ることがあるって話じゃなかったかしら。
あたしの僅かな反応を見逃さなかったのか、一ノ宮一也はふう、と溜め息を吐いて言った。
「やはりあなた方が関係していると考えて間違いなさそうですね。本日はお願いをしに参りました。―――今後一切哀様とは関わらないで頂きたいのです。あなた方には見張りを付けさせ、見張りには少しでも彼に接触するようならば攻撃するよう催眠をかけておきます」
催眠て。あたしは軍人としてここにいるわけじゃないから知らないけど、催眠能力を持ってるってことなんだろうか。
あたし達に直接かけてこないってことは、あたし達には効かないのかしら。
「……どうして初対面のあんたにそんなこと言われなきゃいけないの?」
素朴な疑問を口にすると、目の前にいる一ノ宮一也が少し驚いたような顔で初めてちゃんとあたしの方を見た。
「あなたは彼に熱を出させたことに関して微塵も悪いとは思っていない、と?」
「その熱、多分すぐ下がるわよ。そういうもんだし。ていうかあんた、あたし達に因縁つけてあたし達とあいつを引き離したいだけじゃないの?」
急にやってきて何かと思えば、哀に熱が出たからもう関わるな?
それを決めるのは少なくとも第三者であるこの男ではないはずだ。
睨みつけるあたしを見下ろし、一ノ宮一也は感情の色の見えない眼を細めた。
「気のお強い方ですね。―――虐めたら愉しめそうだ」
ぞくり――室内は暖かいはずなのに、嫌な寒気がした。一歩。一ノ宮一也が一歩踏み出してあたしに近付く。その威圧感に少しも怯まないわけではないが、ここでビビる素振りを見せたら負けな気がする。
「偉そうな口を利きますが、あなたは哀様の何であるおつもりなのでしょうか?」
「……友達よ」
「ッハハ、友達ですか」
無表情だった一ノ宮一也が冷笑を漏らす。
「…何かおかしなこと言ったかしら」
「いえ。随分おこがましい考えをお持ちだなと。10年間ずっと彼を見てきた身として断言しましょう。彼は絶対にあなた方に気を許したりはしない」
そこまで言って、一ノ宮一也はあたしの後ろにいる3人にも目を向けた。
「あなた方のためにも言っているのですよ。……うちの泰久様が少々お怒りなものでね。この寮ごと沈められても文句は言えない」
泰久……東宮泰久?何でSランクの2人が哀に熱が出たからってそんなに怒ってんのよ?
そもそも哀とSランクの間に交友関係があったこと自体初耳だし、ここまで大事に――過保護と言えるほど大事にされてるなんて知らなかった。
「そういうことで、お気をつけて」
にこり、とその怖い顔に似合わない優しい笑顔を最後に見せた一ノ宮一也は、踵を返して出て行った。




