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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
第一章

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2201.01.01



 《4:10 Aランク寮》



年が明けました。最悪の気分です。


私の寝ていたソファとテーブルを挟んで反対側にあるソファには里緒が眠っている。寝顔可愛いから写真を撮りたいけど勝手に撮ったら殺されそう。


薫は床でガーガー鼾をかいてる。寝相悪すぎだし腹見えてるし……豪快というかなんというか。


早起きな楓は散歩へ出掛けているらしく、既にいない。


上半身を起こすと、相変わらず部屋でなく居間で着替えている遊と目が合った。遊は何が目的か知らないがこちらへと歩いてくる。逃げたいがここで大きな音を出してソファから飛び降りれば里緒たちが起きる。


どうしようか考えているうちに肉体美がかなり近くまで来ていて、思わずすっと目を逸らした。



しかし。


「何目ぇ逸らしとんねん」


ガッと頬を掴まれて強制的に顔を遊の方へと向けさせられる。


「い、いや、遊着替え中なんだから当然の反応というか」

「そんなん気にする必要ないやろ。“男同士”やねんから」


……笑顔が黒いって、こういうことを言うんだナー。


遊の目に嗜虐的な色を感じられて、口元が引き攣る。


こええよ。遊めっちゃこええよ。


「楓も知っとったんやなぁ」

「まぁ、そっすね、ハイ」

「楓のこともあんな風に脅したわけか」

「…そーいう話すんなら、外行こうぜ。いつ薫と里緒が起きるか分かんねーし」


どうやら一応薫たちに隠してくれる気はあるらしく、チッと舌打ちして手を離した遊は、服のボタンを留め始める。


楓が上手く言ってくれたんだろう。遊も、やっぱ好きな子からのお願いには弱いんだな。


私も着替えるためにトイレへ向かった。今日はどのランクもお休みだからゆっくりできる。久しぶりの私服に着替えながら、そういえば小雪はあれからどうしたんだろうと思った。


帰って1人で寝たのかな。


昨日の雪乃の話を聞いていて思ったけど、あの2人はお互い何か隠し事をしていて、そのせいですれ違っているような気がする。


小雪の様子見に行きたいけど……遊のことも気になるんだよなぁ。優先順位を間違えちゃいけない。今は何より遊をどうにかしなくては。


張り切ってトイレから出ると、待っていたようで、前の廊下に遊が立ってた。女が用を足し終えるまですぐ外で待ってるって何かエロくない?


「飯行くで、飯。奢ったるわ」

「…え…でも……」

「そんな気ぃ遣うなや。裸見合うた仲やろが」

「間違いではないけど語弊があるよね」


ていうか、行くって言い方するってことは外食だよな。訓練所の食堂は朝は機能してないし、軍の施設外に行くってこと?


「はよ外出許可取れ」


遊に促されて端末を使い外出許可を取った私は、何だか遊のペースに飲み込まれているような気がして溜め息を吐いた。


「後で小雪の部屋行くつもりだったんだけどな……」

「小雪って、昨日来とった澤家の兄ちゃんの方か」

「そーそー。無理に来させちゃったの私だからさ、謝りたいんだよね。兄妹同士仲良くさせたいってのも私の勝手な希望だったし」

「まぁ、せやな。あの兄妹は、離しといた方がお互いのためやろな」

「は?……もしかして、勝手に小雪たちの心読んだの?」

「俺がよう知らん相手の心読もうとせんわけないやろ」


プライバシーもクソもねーな!


遊が一体何を知ったのか私は聞いちゃいけないけど、正直気になりはする。ただ兄妹仲が悪いだけなら放っておくが、2人共お互いの存在に苦しんでるように見えたのだ。


「気になるけど深入りはできへんって思っとるやろ」


私の心を読めるはずがないのに適確に言い当ててくる遊を見上げた。私はそんなに顔に出てるんだろうか。


「何であんだけ仲悪そうなんか知りたいんやろ?あいつらのことが心配なんやろ。でも自分のされたくないことをしたくない、ってところか。お前は探られたがらんもんな」


初めてAランク寮へ行った時、遊の心情を言い当てた時があったが、私に負けず劣らず遊も私の気持ちをなかなか言い当ててる。


「ちょっとくらい聞いてみてもええんちゃうの。友達なんやろ。気になるんやったら、関わっていけや」

「……………遊って、」

「あ?」

「オカンみたい……」

「……」


泰久と一也がオトンだとしたら、遊は友達関係についてのアドバイスをくれるオカンポジだよ。オカンとオトンが揃っちゃったよ。オトンが2人でオカンが1人ってどんな複雑なご家庭?


駄目だ、男2人と女1人が家にいる様子を想像しただけでまず二穴責めが思い浮かぶ私って汚れてるわ……って、おい。何してんの遊。


いつの間にか急接近していた遊の唇が昨日と同じく私の唇に触れ、暫くそのままいたかと思えば、あっさりと離れていく。


「……おっま、これ2回目だよ?乙女の唇を2回も奪うってどういうこと?遊ってキス魔なの?」

「なんかムカついた」

「なんかって……楓に見られたら誤解されるよ?嫌でしょ?」


というか薫や里緒が見ても誤解するわ。別の意味で。


「楓はちゅー如きでなんも思わんわ。…にしても、ほんま柔らかいのう。柔らかいんは耳たぶだけちゃうんか」


唇の柔らかさなんて誰でも一緒だろうと思うのだが、遊は確かめるように再び唇を近付けてくる。


おーいおいおいおい。飯行くんじゃないんですか。


寸前でさっと避けるが、それが気に入らなかったらしく、今度は頭を固定されたうえでキスされた。しかも触れるだけなのだから理解できない。


「……やっぱキス魔だよね」

「あ?」

「なんでもなーい」


触れるだけだというのに飽きないらしく何度も続けられる遊の謎行動を半ば諦めた形で受け入れた私は、結局その行為が終わるまで黙っていた。





 《4:30 軍施設外》



「ええとこがあるねん」と言って私を軍の施設のすぐ近くにある古びた店に連れてきた遊は、無遠慮にドアを開けて中に入った。


“たなべれすとらん”――外の看板にはそう書いてあった。こんな時刻に来ていいのか疑問に思うが、遊が慣れた様子で奥へと進むので私も後ろを付いていく。


お客さんは誰もいないし、電気も奥の方にしか付いていない。


と、その時。


「誰じゃ?こんな朝早くに」


80歳くらいのお婆さんが保湿化粧水らしき液体を顔に塗りながら奥から出てきた。


「千代さん、元旦やし特別サービスってことで今日くらいは営業してや」

「何だい、またお前か。まぁいいさ、元旦に1人は寂しいと思っていたところさ。……それにしても、お前に連れがいるとは珍しいね」


千代さんと呼ばれたお婆さんが私を一瞥する。品のある女性だ、と思った。


「今、“そんな歳になって化粧水か、見苦しいな”と思ったじゃろう。出て行け小娘が」

「ええええええ思ってません思ってません」

「女はいくつになっても女なんじゃ。若いもんにはスキンケアの重要性が分からんじゃろうがな!」


ほんとにそんなこと微塵も考えてなかったよ!?


「そんなことありませんって!私だってお風呂上がりに化粧水塗ることありますし!乾燥には弱いですし!」

「ふん、そんなことを言って内心馬鹿にしておるんじゃろう。自分の方が若いと」

「若いってそんなにいいことですか!?若い女には出せない魅力ってもんがあるんですよ!?私のストライクゾーンは5歳から90歳です!!」

「………ふん」


少し頬を染めて顔を逸らすお婆さんは、多分私より乙女な心をお持ちだと思う。


「この店はもう営業してないんだがね、特別につくってやるよ。わしんとこの料理はロボットに作らせるもんとはわけが違う。料理ってのは愛情で美味しくなるんだからね」


ヒッヒッヒッ……と毒キノコでも入れてきそうな笑い方をして奥へと戻るお婆さんは、この店で料理を作っている人らしい。


普段営業してないってことは、普通はもう食べられないってことだよね。


特別感にワクワクしながら、遊が座る席の向かい側に座る。


水は勝手に入れていいようなので自分で入れて運んだ。今時ロボットのいないレストランというのも珍しい。もう営業してないからかな?


「おもろいやろ、千代さん」

「…ここにはよく来てるの?」

「まぁこの店が潰れてなかった頃から来とるからな。今も食いたくなったら無理に開けてもらうねん」


遊は椅子に深く座り、無駄に色っぽい目付きで私に視線を向けた。


「さて、と。本題に入ろか、哀チャン」

「その呼び方やめてよ、気色悪い」

「女の子やねんからチャンやろ、チャン。なぁ哀ちゃん?」

「……」

「哀ちゃーん?」

「……」

「あーいーちゃーん?」

「馬鹿にしてるよね!?そうだよね!?」

「施設内やったら話しづらいと思って施設外に連れ出したんに、正体教えてくれへんの?」

「外だろうが内だろうが一緒です!正体も何も、私は私だし」

「じゃあ持っとる能力の種類全部教えて?」

「読心能力と精神感応能力!」


きっぱり言って水を飲もうとコップを手にした時、遊の手がコップを持つ私の手の上に重なる。指長いな、と感心した後遊の顔の方に視線を向けると、相変わらずの死んだ目が私を捕えていて。


「“設定”の話はしてないねん。それ以外にあるやろ、能力」

「……、」

「そっち教えて」


随分厄介な人間に興味を持たれてしまったものだ。探るのはやめろと言ったはずなのに……この男は私の言葉をちゃんと聞いていたのか?


「自分のされたくないことを他人にしちゃいけません、って習わなかった?遊だって知られたくないことあるよね?―――神戸の能力者育成所で何があったか、とか」


一瞬。遊が動揺した一瞬の隙に遊の手から逃れ、立ち上がって遊の首に手を伸ばし、そこに爪を立てる。


「あんまりしつこいようなら、遊のこと殺す覚悟はできてるよ」


殺人なんて爪があれば十分可能だ。


遊は微動だにせず私を見上げ、先程よりかは冷たい声で問うてくる。


「調べたんか」

「さぁ、どうだと思う?」


睨み合うように見つめ合う。


本当は調べてなどいないのだが、あの時の反応からして、能力者育成所という場所に遊が何か嫌な記憶を持っていることは確かだ。触れられたくないことだろうから触れないようにはしたかったが、そっちが遠慮しないならこっちも遠慮しない。


必要以上にこちらを探ってくるようならこっちだって探ってやる。



と。


「最近の若いもんは物騒だねぇ。おいしいもん腹一杯食って機嫌直しな」


いつの間に近付いてきていたのか、千代さんがお盆に味噌汁を乗せて傍に立っている。


ハッとして椅子に座り直した。人んちの店で殺しなんてやっちゃいけないわ。


千代さんは味噌汁とご飯、サラダをテーブルに並べ、また奥へと戻っていった。


一見普通の朝食に見えるが……味の方はどうだろうか。


遊が「いただきます」と言って食べ始めるので、私も「いただきます」と言って味噌汁を吸った。


遊がちゃんといただきますを言うことに少し驚いたけど、おかげで私も久しぶりにいただきますを言った気がする。


「……おいしい」

「せやろ?千代さんの作る飯はどんなロボットが作るもんよりうまいからなぁ」

「ご飯もうまい!噛みごたえちょうどいい!味噌汁の汁ってどうやったらこんなおいしくなるの!?こんなの初めて!うおおおおおお」

「ぶっ」

「何で笑うの!?」

「さっきまでとは別人やなぁ、と思って」

「……さっきはちょっと、ムカついて」

「ムカつかれただけで殺されかけたらたまらんわ」

「じゃあムカつかせないでよ!私に深入りしたらやばいんだからね!仲間が遊を潰しにくるんだからね!」

「何の仲間やねん」

「実は私は世界征服を目指す闇の組織のボスの娘で……」

「はいはい」


千代さんのウルトラスーパーデリシャスなご飯のおかげで場が和み、遊も私もお互いを探り合うのはやめた。


遊の身長が何メートルだとか、このたなべれすとらんが普段も営業してたのは戦前だとか、千代さんは夫に先立たれた後も生きる希望を失わず婚活してるだとか、他愛ない話が続いた。





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