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深を知る雨  作者: 淡雪みさ
最終章

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200/200

一番大好き



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イタリィの中心街へ向かう電車が、ガタンゴトンと揺れる。


電車自体ほぼ輸送でしか使われていない乗り物なので、乗客は私と、一也と泰久しかいない。


お姉ちゃんはイタリィの駅で先に待っていると言っていた。大方、私への大掛かりなサプライズの準備でもしているのだろう。気付かないふりをしてあげよう。




「何ですか、その花束」



ふと、一也が私の持っている花束について聞いてくる。


さっき遊からもらったものだが、置きに行く時間がなくてそのまま持ってきてしまった。



「誕生日プレゼントだよ。もらった」

「……誰から?」



一也の目がすぅっと冷たくなったので変な汗がダラダラ流れる。



「友達からだよ?」

「Aランクの方々や澤兄妹からですか? それとも個人から?」



反対隣に座っている泰久も私の返答に耳を傾けるようにしてじぃっとこちらを見てくる。


両隣からの圧がすごい……。



「……遊から」

「でしょうね」



分かりきっていたかのように言うと、チッと舌打ちした一也。



「薔薇の花束って。ガチすぎでしょう。まったく貴女はすぐ余計な虫を付けてくるんですから……」

「お前の返事を待つつもりでいたが、早めに片を付けた方がよさそうだな」



グチグチ文句を言う一也に気を取られていると、急に泰久が私の手を取って顔を近付けてきたのでびっくりして座席から落ちそうになった。



「何、何泰久、近いよ」

「恥ずかしがらなくていい」



――いつからそんなセリフを恥ずかしげもなく言えるようになったんだ!?


5年という月日は私が思っていたより長かったようだ――……と絶望する暇もなく、泰久の私の手を握る力が強くなる。



「俺が以前伝えたことは覚えているだろう」

「……以前というのは……」

「お前が好きだと言った時のことだ」



モテ期って大変かもしれない。


さっき遊のせいでドキドキしたばかりなのにここでもドキドキしてたら心臓が持たない。そろそろ死ぬんじゃないかな。



「好きだ、哀花。今ここで返事を出してくれ」



一生分のモテをここで使い果たそうとしているのかもしれない。


それも、好きな人から、ずっと好きだった長年の片想いの相手から告白されるなんて幸せすぎる。


戦前に間接的に泰久に好きだと言われたことも、記憶を失っている間に血塗れで告白してもらったことも、もちろん覚えている。


……でもまだ迷っている。


記憶が戻っても泰久にこの話題を出さなかったのには理由がある。何なら泰久のことを避けていたと思う。



「……私、記憶がなくなってた時、一也と付き合ってたじゃん」



――“優柔不断”。


遊に言われた通りだ。私はまだふらふらしている。以前の私ならここで即答していたはずなのに。



「その時自分が確かに一也のこと好きだったことも、その感情もときめきも、まだ覚えてるんだよ」



私は今物凄く気まずそうな表情をしていることだろう。


ちらりと隣の一也を見ると、その口角がニヤァ……と不気味に上がっていった。



「えー僕のこと好きなんですかぁ?」

「ムカつく! 何その顔!!」

「だって哀花さんが僕のことを大好きだって言うので」

「そこまでは言ってないけど!?」

「どういうことだ? 一也が好きなのか?」

「いや、そういうわけじゃなくて……泰久が好きで……でも一也への恋愛感情もまだ覚えてて……」

「無駄な抵抗はやめて僕の方へ来てくださいよ。楽になりますよ」

「哀花。この変態はやめておけ」



両方向から色んな言葉が飛んできて頭を抱える。



「――……今、一旦恋愛からは離れたいかもしんない」



そう。私が言いたかったのはこれだ。秘技、保留。


もう何も考えたくないのである。いやそりゃあ、いずれ考えるけど今は……。



「泰久のことも一也のことも、どっちも好きだよ。どっちも好きだけど」




だけど私は。




「私、お姉ちゃんが一番大好きで、今はお姉ちゃんを大切にしたいんだ。誰よりも」




そう言って本当の笑顔を浮かべた私を、泰久と一也が否定することはもうなかった。




 :


「お姉ちゃぁぁぁぁぁん!!」



駅に着き、お姉ちゃんが視界に入った瞬間、私は逃げるようにお姉ちゃんの元へ走っていき、花束を一旦置いてお姉ちゃんに抱きついた。



「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん……」

「どうしたのよ? いじめられたの?」

「いじめられた。泰久と一也に」

「殺し方はどういうのがいい?」


「別にいじめてません。やめてください」

「気持ちが整理できたら早めに告白の返事をしろと釘を刺し続けていただけだ」



後から出てきた一也と泰久が弁明するのに対し、お姉ちゃんは「ああ……」と納得したような声を出した。


そして泰久を見て意地悪そうにニヤリと笑う。



「当たったでしょ。あたしの予想」



予想?


何の話だろう、と思って泰久を振り返ると、泰久は諦めたように笑い返していた。




「そうだな。お前には敵わない。今も昔もだ」






駅の壁には相変わらず、スプレーで沢山の人の名前や日付が描かれている。


ここへ来た人が電車を待っている間に描いたものだ。昔描いた私たちの名前を探したけれど、見つけることができないくらいに壁は他の文字で埋まっていた。



「描きますか?」

「あぁ。」



泰久と一也が当然のように、赤いスプレーで“東宮泰久”、“一ノ宮一也”と壁に文字を描き始めた。


それはあの日と同じ光景だった。



――この場にもう1人、私の大好きな人がいること以外は。



私は書き終わった泰久からスプレーを受け取り、お姉ちゃんに差し出す。



「お姉ちゃんも描こうよ」

「えー、あたしぃ? あたしはいいわよ」



こういうのに面白さ感じられないし、と興味なさげにしているお姉ちゃんに、それでも無理矢理スプレーを受け取らせた。



「ダメだよ。私、もう二度とお姉ちゃんのこと忘れたくないもん」

「……」

「もしおばあちゃんになって忘れちゃっても思い出せるように、いっぱい痕跡残しとかなきゃ」




今度こそずっと、4人で一緒に居られる未来が欲しいから。




ね?と言うと、お姉ちゃんはちょっと照れたように視線を逸らすと、壁にゆっくりと名前を描き始めた。


それはお姉ちゃんらしい綺麗な字だった。






“ 東宮 泰久 ”


“ 一ノ宮 一也 ”


“ 橘 優香 ”


“ 橘 哀花 ”




並んだ4つの名前が

今後ずっと消えないように

願いを込めて。



赤い文字の並ぶその壁に触れ、

にこりと笑って背を向けた。








  【完全完結】



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