自己紹介と魔法陣
来ていただいてありがとうございます!
澄んだ夜気の中、星の光が学園の植物達に降り注いでいる。
スノウレースの宴という名のダンスパーティーの夜。わたくし達三年生にとっては学園での最後のダンスパーティーになる。わたくしはアステル様にエスコートされてアビントン王立学園の大講堂へ入場した。大講堂には舞台があり、普段ならたくさんの椅子が設置されているけれど、ダンスパーティーの為に今は片付けられており大広間となっている。壁際のテーブルには飲み物やちょっとした食べ物が置かれ、会場は白い花、スノウレースの花とブルーのリボンで飾られていてとても綺麗だった。
「うん。やっぱり、リネットが一番きれいだ」
「あ、ありがとうございます」
アステル様から贈られたドレスを着ているわたくしと、周囲を見比べて満足そうに笑ったアステル様。褒めていただいて嬉しいのですけれど、正直緊張でそれどころじゃなかったの。
あの夢で会って以来、メイリーやブラッドリー殿下とは遭遇する機会がなかった。アステル様がずっと一緒にいてくれて守ってくれていた。これは予想なのだけれど、ヘンドリー王太子殿下の影の方達も協力してくれていたのだと思う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。僕がずっとそばにいて、きちんとエスコートするから!」
アステル様はずっと楽しそう。魔術道具を使った大捕り物にワクワクしてるみたいね。あの悪魔が怖くないなんて羨ましい……。できるのなら逃げ出してしまいたいところだけれど、そうも言っていられない。何せわたくしは「餌」みたいなものなんですもの。メイリーが絡んでくるかもしれないものね?
一応、今夜は何もせずにアステル様と一緒にいればいいことにはなってるの。王太子殿下とアステル様の計画では。でも、何が起こるか分からないし、何だか胸騒ぎがする。落ち着かないの。
会場には着飾った生徒達が続々と集まってきてる。まだメイリーの姿は無いみたい。ちょっとほっとしていた。
「ねえ、リネット、今夜のことが無事に終わったら話したいことがあるんだ」
小さな声。珍しくとても真剣な目でアステル様が顔を近づけてきたので、驚いて反射的に一歩下がってしまった。あの夢の中での出来事を思い出して顔が熱くなる。メイリーと殿下が出てくる前、アステル様とわたくしの顔が近づいて……。あ、ダメ!思い出さないようにしてたんだから!今はそれどころじゃ無いのよ!わたくしは頭を振って考えを散らした。
「……ごめん。僕達の近くには影達がいるはずだから、あまり私的なことは聞かれたくなくて……」
アステル様の瞳に少し影が差したような気がする。
「そ、そうなのですか。申し訳ありません。わたくしちょっと緊張してて……。驚いてしまって……。わかりました。無事に終わりましたら……」
「うん、ありがとう。リネット」
アステル様は安心したように弱く笑った。
大講堂の舞台の上で楽団がそれぞれの楽器の音出しを始める。やがてそれが収まると大広間のほぼ中央に一人の男子生徒が登場した。
「皆様、今宵はようこそお集まりくださいました!只今よりアビントン王立学園、冬のダンスパーティー、スノウレースの宴を開催いたします!」
実行委員会の代表の男子生徒が開催を告げると、談笑していた生徒達はおしゃべりをやめて拍手する。
「それでは、開会のご挨拶と最初のダンスを我が国の第二王子殿下にお願い致します!」
現れたのはブラッドリー殿下と彼にエスコートされているメイリーだった。メイリーはふんわりとした茶色のロングヘア―を結い上げて、レースやオーガンジーをふんだんに使用したピンク色のドレスを着用していた。
二人は顔を見合わせ笑いあう。幸せな恋人同士に見えた。ブラッドリー殿下はコホンと一つ咳払いをした。
「今宵は私達三年生にとっては学園生活最後のダンスパーティーとなる。皆で大いに楽しみたい……。だが、私は一つ残念な知らせをしなくてはならない。この学園には、いや、この国には相応しくない人物がこの場に入り込んでいるのだ!」
ここで殿下はわたくしを指さした。
「リネット・クレイトン侯爵令嬢!お前の正体はもうすでにバレているぞ!この悪辣な魔女め!」
「ああ、そう来たか……」
アステル様はわたくしの肩を抱き寄せた。
「お前の罪は許されない!!」
えーっとこれは自己紹介なのかしら?いえ、違うわね……。殿下の指は間違いなくわたくしを指してるわ。
「わが親友アステルまで洗脳して従えるとは!」
「あれ?僕はブラッドリー殿下とは親友だったかな?」
どちらかというと、ヘンドリー殿下の方が話が合うんだけどなあ。とかアステル様は呟いてる。軽口のようだけれど、とても険しい顔をしてる。
「本当に悪魔の様ですわ……殿下、私怖い……」
メイリーがブラッドリー殿下にしがみつく。殿下はメイリーの腰を抱いた。え?悪魔はそちらでしょう?自己紹介再び?
「だが、私は寛大だからな。お前が自分の非を認めてこの国を出て行けば、許してやらないこともない」
国を出て行く……つまり国外追放という事?わたくしは殿下の言葉を信じられない気持ちで聞いていた。わたくしは一応、この国の侯爵家の娘なんですけど……。いくら王子様だからって、正式な手続きも踏まずにそんなこと決めていいの?
「……国外追放だと?一体何の罪で?」
アステル様がブラッドリー殿下を睨みつける。わたくしを抱き寄せる腕に力が入った。
「アステル様、殿下は正気ではないのですわ」
わたくしはアステル様に小声でささやいた。
「だとしても、このような公衆の面前でこの発言は許されるものではないよ」
アステル様は殿下とメイリーを睨みつけたまま答えた。
「まあ、また……。リネット様ったら、アステル様に何を仰っているのかしら?怖いわ……」
メイリーはわたくしがとことん気にくわないのね。それとも彼女に憑いてる悪魔がわたくしを憎んでいるからかしら?
「お前はこのメイリー嬢に嫌がらせをするだけでは飽き足らず、怪しげな魔術道具を使って他人を洗脳し、操ろうとしている。それがこれだ!!」
え?だからそれってメイリーがやってることでしょう?やっぱり自己紹介って、あら?
殿下はメイリーがアンリエッタ様から取り上げた夢見のサシェを掲げて勝ち誇ったように笑って見せた。
「これを持っている者はすぐに差し出せ!メイリーが私に教えてくれた。これは心を操る魔女の魔術道具だ!!」
ブラッドリ―殿下の言葉に戸惑う生徒たちの中からは小さなサシェを放り出す者が出始めた。サシェが床に投げ出されると、あちこちでボッと音を立てて燃え始めた。
「?!」
「どうして?」
一体何が起こったの?これってまさか悪魔の仕業なの?アステル様も驚いてる。
「リネット様!こんな物で何をなさるおつもりなのですか?皆さんにこんな危ないものをお配りになって!アステル様を操ってご自分の味方にして!アステル様っ!どうか目をお醒まし下さいませ!ああ、私の声は届かないのですね……。リネット様……酷い方……。でも、今、罪をお認めになれば、お優しい殿下はきっとお許しくださいますわ!」
この間にも次々とサシェが床に捨てられ、炎を上げていく。
「これは……」
わたくしはあることに気が付いた。捨てられているのはわたくしが作ったサシェではない……?そもそも、わたくしはこんなにたくさん作れてない。渡したのもわたくしに近しい人達が主で、後は影の方々に。ではこれは?わたくしはしゃがみ込んで燃え残ったサシェを拾い上げた。
「リネット、これは違うね。君のものじゃない」
「ええ、縫い目が荒いですわ……」
わたくしの手元を見ていたアステル様の言葉に答えた。
周囲の視線が、元に戻ってしまったようだった。再び冷たい視線がわたくしに降り注ぐ。ああ、またか……。周囲に目をやるとわたくしを心配そうに見つめるアンリエッタ様とマリアンヌ様がいた。彼女たちの婚約者は皆と同じように冷たい表情。わたくしは大丈夫だというように二人に笑いかけた。
「これはわたくしの作ったものではありません」
わたくしは立ち上がった。いつの間にか近づいて来ていたブラッドリー殿下とメイリーに向き直ってそう言った。無駄だとは分かっていたけれど。
「わたくしはそのようなことはしていません」
わたくしとアステル様はじりじりと後退しながらそう主張したけれどそれは通らなかった。
「捕らえろ!!」
ブラッドリー殿下の命令で、メイリーの取り巻きの生徒達がわたくしとアステル様を引き離し、わたくしは後ろ手にされ大広間の中央の床に跪かされた。
「リネットを離せっ!リネット!!」
アステル様が必死に振りほどこうとしているけれど、尋常ではない力で両腕を押さえれているみたいで、苦し気な表情をしている。
「なんて力なの……」
わたくしを押さえつけているのは女子生徒二人なのだけれど、表情がやや虚ろに見えた気がする。そしてその二人も強い、というかとても重い力なのだ。これも悪魔のせいなのかしら……。腕が痛い。アステル様は大丈夫かしら……。
ブラッドリー殿下とメイリーがわたくしの近くへやって来て落ちていたサシェを踏み潰した。
「このような魔術道具で我々にどのような害をなそうとしていたのかは知らないが、残念だったな!お前の企みはこのメイリー・ダンバード男爵令嬢が暴いてくれた!彼女こそお前のような魔女から国を救った聖女だ!」
ブラッドリー殿下はうっとりとメイリーを見つめてた。
「まあ、殿下……聖女だなんて恐れ多いですわ。私は当然のことをしただけです」
「なんと謙虚な。貴女こそ私の伴侶に相応しい!」
あ、そういうこと?つまり更にわたくしを悪者にして身分の低いメイリーを王族に迎え入れようってことなのね?
「ああ、ブラッドリー殿下!私嬉しいですわ!」
感動したようにブラッドリー殿下の胸に飛び込んで、メイリーは勝ち誇ったようにわたくしを見下ろしてきた。
今だわ!
わたくしがそう思った時、一陣の風が吹きすさび、白灰の獣がわたくしの体を自由にしてくれた。つまりわたくしを押さえつけていた女子生徒達を吹っ飛ばしてくれたのだ。怪我してないといいけれど、緊急事態だから許してもらおう。
「ありがとうノースポールっ!」
わたくしは言いながら急いで立ち上がり、その場を走り離れる。その間に白灰の狼犬はアステル様の拘束を解いた。つまりアステル様を押さえていた男子生徒達を吹っ飛ばした。緊急事態だから以下略……。
「リネット!こちらへ!!」
「はいっ!!」
わたくしはアステル様の腕の中へ飛び込んだ。魔除けのサシェを二人に投げつけながら。アステル様がわたくしを強く抱き締めて、二人から距離を取った。
「ぎゃああああああっ」
サシェがぶつかって悲鳴を上げるメイリー。二人の動きが止まった。
「な、何だ?!何が起こっている?」
ブラッドリー殿下はメイリーを抱き締めたまま困惑している。
二人の足元が光を放ち始め、大講堂の木の床に大きな白い魔法陣が浮かび上がった。
「悪魔祓いの結界陣が発動した……」
アステル様が静かに呟いた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
少しスランプ気味?で遅くなってしまいました。すみません。