悪魔の倒し方
来ていただいてありがとうございます!
「え?お、王太子殿下?」
通された部屋で寛いでいらしたのは、このサンストーン王国の王太子殿下だった。
「やあ。リネット・クレイトン侯爵令嬢。弟が馬鹿でごめんねー」
え、軽っ。いえ良いですけれど……。ってそうじゃなくて。
「何故?どうして王太子殿下がムーアクロフト侯爵家にいらっしゃるの?」
あ、思わずアステル様の胸倉を掴んでゆっさゆっさと揺すってしまったわ。
「やあ、二人は仲良しだねっ!」
「最近は随分うちとけてくれたよね、リネットも。僕は嬉しいよ。ちょっとクラクラするけれどね」
輝くばかりの二人の笑顔。アステル様の目は焦点が微妙に合ってない。え?何?この状況が理解できないわたくしがおかしいの?
アステル様と二人でおばあ様のお屋敷を訪問した翌日に、わたくしはムーアクロフト侯爵邸に招かれた。これからの対策を協力者と一緒に話し合うと言われたのだけれど、それがまさか王太子殿下だったなんて……。
王太子殿下はこのサンストーン王国の第一王子殿下だ。ブラッドリー殿下の三歳年上の兄君で、やはり金髪碧眼の美しい方だ。お名前はヘンドリー様。
「私達は魔術研究仲間なんだよ!」
テンション高っ。王太子殿下ってこんな方だったかしら?温厚な印象のブラッドリー殿下とは違って、冷静沈着で少し冷たい印象の方だったと思ったけど。
「そうそう!魔術書集めの途中、城下の下町で偶然出会ってね。意気投合したというわけさ!」
今日のアステル様、いつにもましてハイテンションね……。王太子殿下につられてる?わたくしはお茶をいただきながらお二人の魔術談義を聞いていた。ほとんど意味は分からなかったけれど。
あ、このお茶って透蜜柑のお茶だわ。あ、このパウンドケーキにも透蜜柑のジャムが入ってるわ。爽やかで美味しい!こちらの料理人さんも凄腕ね。あ、ちなみに透蜜柑っていうのは果物なんだけど、白黄色の皮で中身の果肉がほぼ無色なの。冬の時期に採れる果物で甘酸っぱくて美味しいのよ!わたくしの大好物なの。そのまま食べるのもいいけど、お菓子やお茶も美味しいわ。嬉しい!
ああ、空が綺麗ね。こんな日は花を乾燥させるのにちょうどいいわね……。ああ、そうだ!新しくおばあ様に教わったポプリを作ってみたいわ。材料、家にあったかしら?あ、学園に頼めば……
………………………………
「あ、クレイトン侯爵令嬢がひいてるよ」
「ごめんね、リネット。つい盛り上がってしまった……」
「……もう、よろしいのですか?」
「ごめんね。クレイトン侯爵令嬢」
「ごめんね。リネット」
「さあ、気を取り直して作戦会議といこうか!」
あ、このテンションでいくんだ。そうなんだ……。
「本当にいたね、悪魔!!」
「言った通りでしょう?」
「あの魔術道具はきちんと作用したね」
「ワクワクしてきましたね」
またしても話についていけていないわたくしにアステル様が説明してくれた。
「ほら、あの時夢の中で見せた魔術道具あるよね?あれの受信用の道具はヘンドリー殿下が持っていたんだよ」
「え?ということは……」
「そう、話を聞いた時はまさかと思ったけれどね。悪魔が本当にいて、メイリー・ダンバード男爵令嬢にとり憑いているなんてね。あれを見せられたら信じざるを得ないよねぇ。それにしてもうちの弟が取り込まれるとは……。そこまでアレとは思わなかった……」
王太子殿下ははあ、とため息をついて、お手上げとてもいうように両手を空に向けた。
「それにしてもリネットも災難だったね。あと、夢見のサシェだっけ?あれは凄いね!!」
「あ、ありがとうございます」
ご自分の弟君のことなのにそんな感じでいいのかしら?悪魔に洗脳されているのに……。心配とかなさらないの?
「昨日リネットのおばあ様から頂いた魔術書を徹夜で熟読したんだ。悪魔祓いの良い方法が書いてあってね、午前中に殿下と共有したんだ」
少し目が赤いアステル様。ああ、それで昨夜は夢にいなかったのね。少しだけ、ほんの少しだけ寂しいと思った事は何となく言わなかった。それでテンションが高いの?いくら急場とはいえ、きちんと睡眠はとられた方がいいと思うけれど。大丈夫かしら?
「悪魔に対抗できる魔術を試せますね!」
「我々にはあまり魔力が無いからね」
「何の!そのための魔術書と魔術道具じゃないですか!」
「そうだったね!本当に楽しみだ!」
魔術バカがここにもいたのね……。口が裂けてもそんな不敬なことは言葉にできないけれど。
悪魔が今後何をしてくるか分からないのに……。アステル様が仰っていたように、控えめに言って国の危機なのではないかしら?そんな感じで本当にいいの?わたくしが呆れていると何やら話がまとまったらしい。
「学園ですね」
「学園だな」
「学園がどうか?」
「「悪魔を封じ込める!!」」
「え?学園でですか?」
アビントン王立学園では年に四回のダンスパーティーが開催される。生徒同士の交流や、パーティーの運営を通した社会性の育成などを目的としている。という建前だけれど、実際のところはただの楽しいイベントだし、まだ婚約者のいない貴族子女達のお見合いの場ともなっているの。わが国では貴族の間でのある程度自由な恋愛も許されてるから、このパーティーで恋人同士になって、ひいては婚約ってこともよくある。まあ、身分などの制約はもちろんあるけれど。
今回メイリーに憑りついた悪魔を引きはがして、封印するために選ばれたのはスノウレースの宴と呼ばれる冬のダンスパーティーの夜だった。ちなみに前回のリーフオレンジの宴という秋のダンスパーティーの時はブラッドリー殿下のエスコートは無く、わたくしはその場で婚約破棄を言い渡された。その前までのダンスパーティーでもブラッドリー殿下は最初のダンス以外は殆んど別の女子生徒達に囲まれていたわ。だから正直ダンスパーティーにはあまり良い思い出は無いわね。わたくしは今回は参加をやめようと思っていたのよね。
「まずはメイリーが会場入りしたら逃げられないように会場ごと封印する」
王太子殿下が話し出すと、
「影達に囲ませ、封印の結界陣の中へ誘導。魔術書にある炙り出しの魔術を使う。そして出てきたところを封印術具で捕らえるのですね!」
アステル様が応える。
王太子殿下とアステル様の作戦はメイリーごと悪魔を学園に閉じ込めるというものだ。影達に少しずつ囲い込むように結界をはってもらうらしい。
「そんなに大勢の人が集まる場所では危険なのでは?」
わたくしは心配だった。あんな恐ろしいものがみんなの前に出て来るなんて、パニックにならないかしら……。
「パーティーならば影達が変装して紛れ込んでも不自然には見えない。ダンバード男爵邸を取り囲むのは逆に危険だ。逃げられて誰か、どこか別のところへ憑りつかれてしまうかもしれない」
「影」とは、王家の人間が従える隠密の魔術集団の事で、わたくしは今回特別にその存在を知らされたけれど、事件が解決したら魔術でその記憶は消されてしまうそうだ。
ブラッドリー殿下やアステル様の行動や態度に不審な点があったため、秘かに王太子殿下は王家の影達を学園内に送り込んでいたらしい。ただ、わたくしの婚約破棄騒動以外の問題点がなかったため、様子見をされていたのだそうだ。以前に感じたことのある視線はその人達だったのかもしれないと思った。
「それに洗脳された被害者達も集まるだろうし、一気に洗脳を解くこともできるだろう。今のところ被害は学園だけに留まってる。これは不幸中の幸いだね」
そうよね。わたくしのことなんて、国の危機に比べたら些細なことよね。分かってはいるけれど、内心ため息が出るのは止められなかった。恐らくわたくしがここへ呼ばれたのは、確実にメイリーと悪魔をおびき寄せるためだ。ダンスパーティーへのわたくしの参加は必須なのでしょうね……。
「ダンバード男爵家の調査も進んでる。あの家にはもともと魔術の素養は無いが、母親の実家がそういった流れを受け継ぐ家だったようだ」
「流れとは?」
「魔女、悪魔、魔物の研究をしていた家だったんだ。まあ、それらの存在を証明し、対抗する手段を研究していたようだが……」
「いつしか、目的が変わっていったのでしょうか?」
「さあ、変わったのか、ただ、メイリーがたまたまそれを利用したのかは分からないがね」
わたくしはなるべくたくさんの魔除けのサシェをつくって欲しいと頼まれた。アステル様にお渡ししてあったものを研究して効果が認められたのだそう。ダンスパーティーまではあまり時間が無いけれど頑張ろうと思う。
殿下がお帰りになった後、アステル様と二人でお茶を飲んだ。明日はまた学園に行くのだから、もうお暇しようと思ったけれど、アステル様に引き留められたのだ。
「ねえ、見て欲しいものがあるんだ」
「え?何かの魔術道具ですか?」
アステル様に案内された部屋にはトルソーに着せられた美しいドレスとアクセサリーがあった。ごく淡い空色のドレスに薄い青緑色のアクセサリーだ。
「綺麗……」
「これを君に。ダンスパーティーで着て欲しいんだ。僕が選んだんだよ」
「あ、ありがとうございます」
まさかこんなことをしてくださるとは思わなかった。嬉しい。以前、ブラッドリー殿下からもドレスは送られてきたけれど、黒や赤と言った大人っぽい色で正直あまり好みのものではなかった。贅沢だとは分かっていたけれど、殿下がわたくしに興味が無いのだとその度に思い知らされたものだった。でもこのドレスは……ふんわりしてて淡い色合いで、本当に素敵だった。
「あ、勿論エスコートもさせてね。婚約者をエスコートするなんて初めてだから緊張するな」
嬉しすぎて、顔を赤らめるアステル様をじっと見つめてしまった。アステル様は更に顔を赤らめて視線を逸らした。
「それにこの石の効果も見たいしね」
「石の効果ですか?」
「うん。このネックレスや髪飾り、ドレスについてる宝石は魔術道具なんだ。きっとリネットを守ってくれるよ」
「ああ、そういうことなんですね」
「え?」
つまりこれも実験の一つということね。わたくしったら、ちょっと喜んでしまって恥ずかしいわ。浮かれてる場合じゃないわよね。もちろん魔除けのサシェは持っていくつもりだけれど、装備はたくさんあるに越したことは無いものね。
「アステル様、ありがとうございます!心強いですわ」
メイリーの標的がまだわたくしなら、何かしてくる可能性もある。目的だったブラッドリー殿下はもう手に入れているけれど、メイリーの中の悪魔はわたくしの家系を恨んでいたようだし。悪魔にもう一度対峙するという緊張で、わたくしは両手を握りしめた。
「え?あ、うん」
「ノースポールも連れて行きますね」
おばあ様が連れて行くように言ってくださったのだから、必要になるかもしれない。
「頑張りましょうね」
わたくしは気合を入れた。といってもわたくしは特に出来ることは無いけれど。
「……リネットのことは僕が守るよ」
疲れてらっしゃるのかしら?少しだけアステル様の沈んだ声が気になった。
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