祖母と犬と魔術の家
来ていただいてありがとうございます!
たくさんの植物が植えられた瀟洒なお屋敷
わたくしとアステル様はアステル様のたってのご希望もあって、わたくしの母方のおばあ様の屋敷を訪問することになった。おばあ様にお手紙を出したら、快いお返事をもらえた。
おばあ様は何年か前におじい様を亡くして、今はサンストーン王国の王都の郊外にあるこじんまりしたお屋敷で暮らしてる。通いの料理人さんとと住み込みのメイドさんがいて、大きな狼犬と一緒に住んでる。
学園のお休みの日におばあ様の家へ、アステル様と一緒に馬車に乗って向かった。
「わたくしが十一歳くらいの頃にポプリの作り方を教わり始めたのです」
わたくしはアステル様にノートを見てもらいながら当時の事を振り返った。
「基本的な事と、混ぜてはいけない香りを教わって、その他は自由に作らせてもらえました」
「へえ、じゃあ夢見のサシェも魔除けのサシェも」
「はい。基本おばあ様から教わりましたけど、わたくしのアレンジも多少入っています」
「そうなんだ」
「はい。アレンジと言っても感覚的なもので、この香りを足すともっと良さそうって思ってやってるだけですけれど」
「ううん。その感覚って大事らしいよ。魔術書にも書いてあった。魔術師は自分の感覚を信じるべきだって」
「魔術師……。わたくしは魔術師なんでしょうか……」
まさかおばあ様から作り方を教わったサシェにこんな力があるなんて……。アンリエッタ様とマリアンヌ様から頼まれた時もほんの軽い気持ちで作っただけなのに。
「僕はそう思ってるよ」
そうよね。アステル様は魔術大好き人間だからわたくしに興味がおありなのよね……。わたくしはため息が出た。
「大丈夫だよ。今、協力してくれる人と一緒に対策を練ってるんだ!もうリネットを一人で向き合わせたりはしないからね」
優しく笑うアステル様に、わたくしは少し恥ずかしくなった。わたくしは自分の事ばかりだわ……。アステル様はメイリーに憑いてる悪魔をどうにかしようとしてるのに。この国の為に。
このままじゃ、ブラッドリー殿下だけでなく他の王族の方々や、高位貴族の方々がメイリー、悪魔のいいようにされてしまうかもしれないんだもの。しっかりしなくては。
「はい。ありがとうございます。心強いですわ、アステル様」
おばあ様の屋敷に着くと、大きな白灰色の毛玉が飛びかかってきた。狼犬のノースポールだ。わたくしの頬を舐めて歓迎してくれた。
「ポールッ!久しぶりね!」
この子はあまり吠えたりしない。深い灰色の瞳でじっと見つめてくる。
「大きな犬だね」
アステル様はそっと右手を鼻先に差し出した。ノースポールは慎重に匂いを嗅いで、一舐めした。
「良かった。受け入れてもらえたみたいだね」
アステル様は安心したように笑った。
「リネット!久しぶりね。元気そうでよかったわ。よく来てくれたわね。さあ、入ってちょうだい。お茶を淹れるわ。お菓子もたくさん用意してあるわよ」
そういって屋敷の扉からおばあ様が迎えに出て来てくれた。
「おばあ様、お久しぶりです!あ、あの、えっと、こちらはアステル・ムーアクロフト様です」
「初めまして。よろしくお願いいたします」
アステル様は丁寧にお辞儀をした。
「まあ、貴方が……そうなのね。リネットがお世話になっております。わたくしはアネット・セイルウエイ。リネットの祖母です。さあ、貴方もどうぞ中へ。ゆっくりしていってね」
わたくしとアステル様は居間に通された。淡いグリーンの壁紙や木目の家具、同じく淡いグリーンで揃えられたソファやクッション。何度も来ているけれどいつ来てもこのお屋敷はとても落ち着くの。テーブルには温かい香茶とたくさんの種類のお菓子が並べられた。これも子どもの頃から変わらない。元気が出るお茶とお菓子。
「でも突然どうしたの?驚いたわ」
「あ、あの……おばあ様、実はその……」
どこからどうやって説明したらいいかしら。
「お話って、貴女とブラッドリー殿下の婚約破棄の事かしら?貴女も殿下もアビントンの三年生だったわよね。そしてメイリー・ダンバード男爵令嬢は今年入学してきた一年生ね。ブラッドリー殿下にも困ったものね……。そして貴方がリネットの新しい婚約者ね?ムーアクロフト様?」
「私の事はどうぞアステルとお呼びください」
「ふふふ、アステル様はイケメンねぇ……。良かったじゃない、リネット。殿下よりよっぽど良い方みたいね。ちょっと風変わりという事らしいけれど……」
「ご、ご存じでしたの?」
「ふふふ、社交界の情報網を甘くみてはだめよ?」
おばあ様は口の前で人差し指を立てて、片目を閉じた。
「僕の方からお話します。実は今、僕らが通う学園は非常にまずい状況になっておりまして」
アステル様は今までの経緯を説明してくれた。
「悪魔、ですって?」
打って変わって真剣な顔になるおばあ様。
「学生、子ども同士の色恋沙汰だと思って黙っていたけれど、そんなことになっていたのね……。リネット、ごめんなさいね。何もしてあげられなくて」
「いえ、そんなこと……。わたくしも上手く対処できなくて、結局ブラッドリー殿下とのお話も無しになってしまって。自分が情けないですわ」
「いいえ!わたくしの可愛い孫をそんなモノに振り回されるような人間に任せる訳にはいかないわ。婚約破棄、上等ではないの!」
「そんな風に仰られると私は耳が痛いですね。最初は私もすっかり悪魔に洗脳されてしまっていましたから」
アステル様は悔しそうにしている。
「まあ!それでもご自分で洗脳を解かれたのでしょう?凄いじゃないですか!もしも自分がと思ったら自力でそんなことが出来るかどうかわからないわ!」
おばあ様の言葉にハッとさせられた。そうだわ。わたくしはたまたま標的だったから……。考えてもみなかった。自分がアステル様達の立場だったら……。そうね、まんまとメイリーと悪魔に取り込まれて、わたくしじゃない誰かを攻撃していたのかもしれないのね。わたくしは唇をかみしめた。
「あの、アステル様はどうやって悪魔の洗脳を解いたのですか?」
わたくしは今まで思い至らなかった質問をした。
「ああ、それは完全に偶然だったんだよ。手に入れた魔導書にあった浄化の魔法陣を描いてみたんだ。そうしたら、急に頭の霧が晴れたようになってね。自分が見てもいない検証もしてないことを信じていたなんて、愕然としたよ」
アステル様の言葉におばあ様がとても驚いていた。
「魔法陣を描いたの?普通は描いただけじゃ発動はしないと思うけれど。あなたにも魔術の才能があるのね、きっと」
「私にも……そうなのでしょうか……。それにしてもやはり、あなたは魔術についてお詳しいのですね」
「わたくしの母方の家は、魔物討伐専門の家の末裔なのよ」
「アストランディア家ですか?!」
アステル様の翡翠の瞳が輝いた。
「ええ、そうよ!よくご存じね。そういえば悪魔を呼び出す方法が伝わる家もあると聞いたことがあるわ。 メイリー・ダンバード男爵令嬢の家がそうだったのか、たまたま彼女が何かで知ったのかはわからないけれど」
おばあ様は少し考え込んだ後、
「そうね、家の書庫に悪魔祓いの方法がのった魔術書があったと思うわ。それを譲ってあげるわね。それと、王宮の魔術に詳しい友人にも話を通しておくわ」
そう言って片目を瞑った。
「ありがとう!おばあ様」
「ありがとうございます!とても助かります!よろしければ、その他の書庫の本を見せていただくことは出来ますか?」
アステル様は目をキラキラさせている。おばあ様はそんな様子を微笑ましそうに見てる。まるで小さい頃のわたくしを見るように。
「ええ、もちろんよ。必要な本があれば持って行っていいわ。貴方は未来の孫ですものね!ふふふ、アステル様、リネットの事よろしくお願いしますね」
「お、おばあ様、わたくしは……」
「はい!お任せください!」
アステル様が書庫で本を見ている間、おばあ様と二人でソファに隣り合って座って話をした。
「本当に大きくなって……。とても綺麗になったわね、リネット」
「……そうかしら。ブラッドリー殿下には認めてもらえなかったけれど」
わたくしは俯いた。好きではなかったけれど、ここまで信頼関係を築けてなかったのかと思うと落ち込んだ。
「自分に自信が無くなってしまったのね」
「自信なんて元々ないの。学園で孤立してしまって本当は怖かった。一人でおばあ様が教えて下さったサシェをつくってたの。ずっと寂しかったけど、いい香りがおばあ様のことを思い出させてくれて、安心できたわ。お父様とお母様はわたくしの味方をしてくださったけど、申し訳なくて……」
涙がこぼれた。おばあ様が抱きしめてくれた。
「一人でよく頑張ったわね。アステル様とはどうして婚約することになったの?」
わたくしは夢見のサシェの事と、アステル様がわたくしの魔術に興味がある事を説明したの。
「わたくしにはそれだけではないように思えるのだけれど……。夢で逢えたのでしょう?そう、会話も出来たのね。わたくしもあなたのおじい様との婚約が決まった時はそうだったわね。……でもね、運命は定まってはいないのよ?」
「定まってない?」
「そう、運命は変わっていくものなのよ。だから、夢見のサシェは絶対ではないの。欲しいもの、好きなものは自分で引き寄せなくては!あなたの気持ちは?ブラッドリー殿下にまだ思いがあるのかしら?」
「それは無いです!あり得ませんわ!」
「あらまあ、ふふふ。そうなのね、じゃあ……」
「でも、よくわからないのです。嫌いじゃ無いのですけれど。好きな事に真っ直ぐで、勉強熱心で、凄い人だなって思ってます」
おばあ様は目を細めて微笑んだ。
「あなたはまだ若いのだから、ゆっくり考えるといいわ。ただし、さっきも言ったけど、運命は変わっていくものだからあまりのんびりはできないわよ」
「……はい、分かりました。おばあ様」
「ふふふ、良い子ね。あなたには後でとっておきを教えてあげるわね」
「凄いよ!リネット。ここには素晴らしい魔術書がたくさんあるんだ!」
興奮したように頬を赤らめてアステル様が駆け寄ってきた。本を開いて幼い子のように説明してくる。ああ、この人は本当に純粋な人なのね。わたくしは眩しく感じた。
お屋敷を辞する時もおばあ様が外まで見送りに出てくれた。
「また今度ゆっくり泊まりに来てちょうだいね。いつでも大歓迎よ」
「ええ!是非!本日はありがとうございました」
「おばあ様ありがとうございました」
アステル様とわたくしはお礼を言った。
「くれぐれも気を付けて。ノースポールを連れて行くといいわ。この子はきっと役に立つから」
白灰色の狼犬は濃い灰色の瞳に何らかの意思の色を宿してわたくし達を見つめてきた。
わたくしたちは燃えるように赤い夕陽の中、馬車に揺られて帰途に着いたのだった。
「アストランディア。アステル様のお名前と似ているわね。これは偶然ではないような気がするわねぇ。アステル様がリネットの味方についたのは確かに運命だったのでしょうね。でもその先はまだ……」
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
1/13 訂正します。
アビントンの二年生→アビントンの三年生
申し訳ないです。よろしくお願いします。