悪役と異変と
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「最近、話しかけられることが増えてきたわね」
学園内では誰とも話せない日々が続いていたのに。アステル様と一緒にいることが多くなったお陰かしら。皆さんの視線も心なしか優しくなったような気がする。以前とは大違いね。何だか呼吸が楽にできるようになった感じだわ。
『いじめをするような方だったとはね』
『未来の王子妃だからって偉そうにしてる』
いつからかそんな陰口を聞こえるように言われるようになった。
メイリーがブラッドリー殿下と親しくなり始めた時にずっと励ましてくださったアンリエッタ様とマリアンヌ様。次々と友人達とその婚約者達もメイリーの周りにいるようになって、良好だった関係も悪化していった。特に男性達は体面を気にすることなくメイリーだけを大事にするようになっていく。
『身分をかさにきてやりたい放題らしいよ』
『酷い嫌がらせをされるらしい』
そんなことしてない。否定しても聞き入れられないわたくしの言葉。
そしてついにアンリエッタ様とマリアンヌ様の婚約者達まで取り込まれてしまった。わたくしならいい。殿下のことは好きじゃなかったし、そっけない態度をされても気にならない。でもあの二人は婚約をとても喜んでいたのに……。
わたくしはどうしても許せなかった。だからメイリーに一度だけ話しかけたのだ。
「婚約者のいる男性と親しくしすぎることは、良くないことですのよ」
と。メイリーがニヤっと嫌な笑いを浮かべたのを確かに見た。
「酷いわ!リネット様っ!またそのように……」
その時メイリーの後ろ、建物の影から出てきたのだ。ブラッドリー殿下が。彼女は殿下の後ろに隠れて顔を手で隠した。泣いているように見えた。
「信じたくなかったが、やはり君がメイリー嬢に嫌がらせをしているという話は本当だったのだな……」
困惑したようなブラッドリー殿下のお顔。
「?お待ちください!わたくしはそのようなことはしておりません!彼女とお話したのは今が初めてです!」
「嘘をつくのはお止めになって下さい!毎日毎日酷い言葉を言われるのはもう耐えられないのです!今日のように!」
「!」
わたくしはまんまと彼女の思惑にはまってしまったのだと気が付いた。でもどうして?殿下はわたくしの言葉は全く信じてくれないの?殿下と一緒にいらした他の方々も。
「こんな方と一緒にいるマリアンヌ様やアンリエッタ様もきっと同じような……」
震える声で告げられる最悪な言葉。
「わたくしは彼女達とは友人でも何でもないわ!あんな身分の低い方々と一緒にしないでくださる?」
こう言うしかなかった。殿下の後ろには彼女達の婚約者の方々もいたから。
「なんて酷い女性なんだ!マリアンヌは君を親友だと思っているのに!」
わたくしだって同じだわ。
「こんな人間とアンリエッタを近づけるわけにはいかない!」
貴方達よりずっと長い時間一緒にいたの。大好きなのよ。
わたくしの心の叫びは誰にも届かない。
その後はあっという間だった。わたくしの性格に難ありということで婚約破棄が申し渡された。両親は抗議したけれど、受け入れられなかった。
それからは、ずっと孤独な日々。学園ではわたくしが悪女かのような噂が流れ、わたくしは一人でいるようになった。アンリエッタ様とマリアンヌ様とも話をしなくなった。
でもね、しばらくして二人から手紙が屋敷に届けられるようになったの。とても嬉しかった。もう駄目だと思ってたから。二人とも婚約者からわたくしのことを言われたけど信じていないこと。婚約者の様子の方がおかしいので、婚約破棄を考えていることなどを伝えてもらった。
わたくしが孤独な学園生活を耐えられたのは二人からの信頼と、両親がわたくしのことを信じてくれたことのおかげだ。手紙や贈り物のやり取りを秘かにして、自分の心を保っていた。とても、とても寂しかった。
アステル様は今、わたくしの乾いた心に水をくれるような存在になっていってる。それでもまだその顔を長い間直視できない。つい俯いてしまう。わたくしを非難する方々の中にその顔があったから。確かに言葉を発していた記憶はないけれど、一枚の絵のようにメイリーとブラッドリー殿下を中心とした集団の中に彼はいたのだ。
「アステル様は何も悪くないのに。わたくしはきっと心が弱いのね」
悪魔、洗脳、それはもしかすると間違いじゃないのだろう。それでも。わたくしの受けた傷はここに確かにあって……。グルグルとベッドの上で考えながらわたくしはいつの間にか眠ってしまったみたい。
「だから、もう夢見のサシェを持ってないのにどうして……」
わたくしの呟きはアステル様の輝く笑顔にはじき返される。優しい風に綺麗な花々。よく見るとクリアセインやスノウグラス、色々な季節の花々が一斉に咲いてるみたい。不思議な場所。といってもこれは夢なんだけど。
アステル様とわたくしは花畑に現れたベンチに座った。
「前にも言ったかな?君の力が源なんだと思うよ。サシェに君が力を与えてるんだと思う」
アステル様はうーんと腕を組んで考えながら説明してくれる。
「本来は君自身の力なんじゃないかな。そして自覚が力を後押ししてる。強力にしてる?のかな?部屋の中にはポプリの原料になる植物や精油があるよね?」
「あ、部屋の中が大きなサシェみたいになってる?」
「うん。多分ね。それと僕達が引き合ってるんじゃないかな?運命だからね!」
アステル様はにっこり笑って片目を瞑ってみせた。
「あはは……」
思わず乾いた笑いが出た。だからそれはもういいのに……。メイリーに憑りついてるであろう悪魔を何とかするための作戦なのだから、こんな所でまで演技しなくていいのにね。
「……むう」
笑ってごまかしたわたくしの反応が面白くなかったのか、不満そうなアステル様。
「アステル様、そのペンダントは?」
わたくしは話題を変えた。夢の中で会えるアステル様はいつも学園の制服を着てる。アステル様からどう見えるのかは分からないけれどわたくしも制服を着ている。学園にいた時にはつけて無かった小さな透明の球体がついたペンダントが目に入った。
「ん?これ?僕のコレクションの一つ!これは二つセットの魔術道具になっててね、このペンダントが僕の見たものをもう一つの鏡に送ってくれるのさ。鏡を持ってる人間がそれを見ることが出来るんだよ!いやあ、最初は何に使うものか全くわからなくて苦労したんだけど、たまたま見つけた古い魔術書にこれの絵と記述があってね。この魔術書を見つけた場所というのが何と王家の書庫で……その時王太子殿下がね……………………」
「…………」
「起きた?」
「え?アステル様?」
「夢の中でも眠ることができるんだね。興味深いな」
アステル様のお顔がすぐ近くにあるっ?え?え?わたくしいつの間にか眠って?よりかかって?わたくしは慌てて離れた。ううん離れようとしたけど、肩を抱かれててできなかった。
「申し訳ありませんっ」
「ふふ、寝顔見ちゃった。可愛かったよ」
「……っ」
顔に全身の熱が集まってるみたい。
「ごめん、ごめん。つい一人で喋りすぎちゃったね」
「いえ!とっても失礼なことをしてしまいましたわ。本当に申し訳ございませんでした」
話の途中で眠ってしまうなんて。申し訳なくて顔が上げられない。ここのところ、勉強に加えて魔除けのサシェを必死で作ってたから。寝不足だったなんて言い訳にもならないけれど。
「魔術道具を作るのには魔力と精神の力を使うからね。リネットの事だから無理をしてるんだろう?」
……なんで、わかってくれるの?
「こっちを向いて」
アステル様はわたくしの頬を空いた手で包み込んで自分の方へ向かせた。
「僕は嬉しいんだ。それだけリネットが気を許してくれてるんだから」
アステル様の顔が近づいてくる……?
「僕のこと、嫌?」
わたくしは頭を勢いよく横に振った。アステル様がふっと微笑んだ。え、待って。このままじゃ……。演技とか作戦とか……。そんな言葉がぐるぐる浮かぶ。思わず目を強く瞑った。温かな吐息が……。
異変が起こる。晴れた空に黒い雲が広がり、急に強い風が吹き始める。
「あらぁ!こんな所でお二人で何をなさっていらっしゃるのぉ?」
メイリーとブラッドリー殿下がそこに立っていた。黒い霧のような影を纏って。
どうして?
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